第五十話 戦闘 黒狼④

魔法を使って身体を強化したとき、一般人の動体視力のまま移動するとテレポートした感覚に近い事が起こる。


こう、目的地を決めて走ろうと思うと、気付いたらそこにいるみたいな、そんな感じ。


多重ブーストとかいうとんでもない魔法を使ってからというものの、感覚だけで移動してるから上手いこと思った場所に行けない。


腕力に反映された分は豪災との打ち合いで十分な威力を発揮しているから、利便性は正直五分五分ってところか。


右手に粘着質な何かを感じる。皮膚が少しだけ癒着してる。少し爛れていたようだ。ジクジクとした痛みは今尚集中力を削ぐ。アドレナリンが出てなきゃいい歳して痛い痛いのたうち回ってることだろう。


痛みを振り切るように足に力を入れ、加速する。全身に加わる風圧が俺が前に進むことを妨げるが、お構い無しに進む。風を切る音で耳が使い物にならないが、視覚さえあれば十分だ。


未だに動き出せない豪災は無視だ。今最優先のは、


「パスを繋いでるお前だッ!」


捉えていたのは最初からお前だよ霞んだ狼分身野郎!俺に対してデバフかけ続けやがって、いい加減しんどいんだよ!


俺の叫びでようやく自分が狙われてることに気付いた霞んだ狼の身体が跳ねた。慌てて魔法を展開してるようだがもう遅い、射程圏内だ!


「いい加減、人数有利で攻めるの、」


「―――!」


「やめろよぉ!」


俺の切実な願いとともに繰り出された一閃は、見事に分身に当たる。クリーンヒットっぽく、ピリピリする手が肉の繊維を無理やり断ち切る余り気持ちよくない感触が伝わってきた。


「―――――!」


「うぐぅ!」


無音の咆哮から繰り出された衝撃波?のようなもので体をふっ飛ばされ転がる。小さい石ばっかで良かった。左腕に体重をかけつつ俯せの状態から立ち上がる。


「――――ッ――――――ゥ.........!」


霞んだ狼は今まで無声だったにも関わらず、小さく呻く程の深傷を負っていた。ボドボドと、黒い粘液状のものが切られた部分からこぼれ落ちている。足取りはおぼつかなく、身体は震えていた。


「うっ」


辺りに異臭が立ち込める。人一倍鼻がいい(と自負している)俺にはキツいぐらいの臭さだった。状況から察するに、あの粘液が発生源か。生き物の排泄物の臭さではなく、ドブ臭さが強い。


生物が出していい匂いじゃないぞ、これ。分身でも生き物って訳じゃないんだな。


「grau!!!!」


「ガッ」


ぐっふぅっ


「かっ.......はぁっ?!、はぁっ?!」


横腹が、はぁっ!?ふっふっ、っっふぅ


またもや明滅する視界を左腕で擦る。駆け寄る音が無いことからこちらに来てるわけじゃないから今すぐ命が危なくなる訳じゃなさそうだが、なんであれ視界が潰れるのは不味い。


焦点が合わないことから自然と眉間にシワが寄り、次第に痛みが出始める。そしてようやくマシになってきたところで、


「!?」


豪災が分身に向かって魔法をかけているのを見た。身体の周りが薄く光っている。あの感じ、青か緑っぽい。まずい、それは!


「まじ、かよ?」


霞んだ狼はまた平然と立っていた。まるで怪我などしていなかったかの様に。


ギロリ


二匹の目がこちらを向いた。


「ヒッ!?」


無理だ、殺される!!..........あれ?


地面には真っ黒のドロドロした液体が未だ残っていた。ところどころ砂がくっついているのを見るに液というよりゼリーに近いようだ。


もう一度あの狼に目を向ける。


こちらを睨みつける力、その圧は最初の頃から全然変わっちゃいないが、威勢の強さは見る影もない。襲う気配どころか、吠えることすらしない。構図も最初と同じで豪災が前に出て、分身は.....


「ま、て、庇っ、てる?」


豪災が前に立って見辛いが、よく見れば後ろの分身の足は生まれたての子鹿と比喩できる程に震えていた。体全体からは震えが見られなかったが、どうも全回復してるわけじゃなさそうだ。


満身創痍


ふっ、酸素が回ってない。はっはっ、頭がぼーっとするし、思考に霧がかかっているような感覚がする。


“物体生成”、“物体構築”


蒼雷が両手に爆ぜ、俺の思い通りの形に変わっていく。振ることに重きを置いた長身の刃は要らない。


脳が戦えない状態なら、脳死で触れるものでいい。避けるどうのこうのはこの状態ならどれだけ喰らったところでもう変わらないだろう。ならば数だ。数で攻めればいい。


刀身は比較にならないほど短く、そして恐ろしく軽い。中までぎっしり詰まっているから重いのだ。そんなギチギチにしなくてもすぐには壊れないだろうし、切れ味なんざ落ちるわけもない。


刀身に大きな穴が空いた短剣を両手に握りしめ、弱音を吐いた口を戒めるように.........流石に刃が当たらないよう気をつけながら両頬を叩く。気合を入れろ、時亜迅。腕は気がついたらパンパンになってた。握る手よりも振る腕が先に限界を迎えるとは、何とも滑稽ではあるが、今はそれでも振らなくちゃならない。


握る手の力を抜き、右手は若干ねちょりながらも逆手に変えていく。いや、元に戻そう。肉が剥がれるような痛みに顔を顰めながら握る手を緩め、そして、左手を逆手持ちに変えた。


うん、下手に利き手で逆手持ちをするより制御の利かない左手でやるほうがしっくりくる。


どうやら此方と同様、あちらも準備が終わったようで、後方の震えは未だ治まっていないようだが、豪災の方は臨戦態勢に入っていた。疲れ知らずか、アイツは。あー、馬鹿は風邪を引かないに近い感じか。馬鹿は疲れにくいみたいな。


「grrrrrr」


「いや、バイクの待機音やめろよ。」


響く重低音がそれに似すぎていたため思わず突っ込んでしまった。


「ば、バイク?」


「なにそれ。」


ごめんよ、こんな状況で言う例えじゃなかったな。


さっきの例えが煽りに聞こえたのか、怒りの形相でふたたび飛びかかってきた。ワンパターンな攻撃方法である。


ただ、此方も同じ様に対処出来ますかと聞かれるとそうでもないのが厄介なところで。リーチが極端に短くなった俺も俺で距離感を掴んでない。掴み損ねてすらないのだ。


俺の胴、正確には肺、心臓を的確に狙うその攻撃は、重力によって軌道がずれることなく一直線に迫りくる。大質量が野球並みの速度でやって来るのは迫力があるが、さて。


「ゴブリンの時と既視感感じるかぶるなぁ、これ。」


やはりリーチが圧倒的に違うが、やることは同じ。いや、今回は前回よりも簡単か。魔法だってあるし、何より刃先をアイツが来る地点に向かってあらかじめ構えておくだけでいい。


重心の移動で軌道から体を逸らし、ヤツの爪に当たらないよう腕は狙わず、胴体に沿った位置に刀身を固定する。すると、あら不思議。


「gaaaaaaa!!!?」


相手の力だけでダメージを与えられる。カウンターとはほど遠い。あえて言うならいなしだろうか。これなら体力を消費せず、相手が突っ込んでくるのを待つだけでいい。命を奪われるあの焦燥感は今はもうなく、あとは淡々と終わらせればいいという、やり切った感でいっぱいだ。


分身とは違い生き物本体だからか、傷口から流れるのは人よりも黒いが血液だ。ぬっちょぬちょのあのゼリーではない。腹部から足を伝い出来ていく血溜まりが大きくなるにつれ、奴の震えも大きくなっていく。手応えからそれほど深い傷にはなっていないだろうと思ったが、予想より致命傷になったようだ。


「――――――」


足を引き摺りながら豪災に近付いた分身はまた淡い緑の光を纏う。ポワポワとした光の粒子が二匹の周りに漂い、そして豪災に集まる。黒い液体の流出が見られなくなり、また平然と立つ豪災であったが、もうわかってる。


痩せ我慢


向こうも向こうで満身創痍なんだ。そりゃそうだ。時代劇なんかでもあるように、普通は切られたら一発で重傷なんだ。アニメみたいに切っ先が強靭な筋肉によってせき止められただとか、切られても回復するからまだ戦えるだとかそんなんあってたまるかよ。


回復しても、直前まで感じていた痛みは綺麗に取れるわけないし、失った血が元に戻るわけもない。いくら便利な魔法といえど、万能ではないんだ。水仙さんの回復魔法で実証済みだ。ガワがどれだけ綺麗になっても蓄積した疲労や痛み、失ったものが補完されるわけじゃない。現に、豪災は自信が流した黒い血にまみれたまま。体の起伏から呼吸もままならないのが見て取れる。


もう少しだ。


終わりのない戦いに、遂に終わりが訪れる。

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