第四十九話 戦闘 黒狼③
体に服が張り付く嫌な感覚が集中力を削いでいく。俺は疲れを感じながら黒色の狼に目を向けた。豪災であった頃の面影はない。激しい憎しみを感じる表情をしていて、体毛は黒色に染まった。それに加え、アイツは自分の分身を出しやがった。圧倒的不利な状況。だけど限度があるだろ?普通。
周りの狼達はアイツが吠えただけで動けずにいる役立たずだし、王餓さんも呼びに言ってくれないし。マジでどうしよ?しかもだんだんと疲れてきてるし、この状態でいつまでいられるか分からない.......ん?
「うっ」
まただ。立ち眩みに高い感覚と体から、特に膝から力が抜ける感覚が同時に襲ってくる。嘔吐する直前の不快感のおまけつき。さっきから定期的にこの感覚が集中力をそいでくるんだけど、一体何?
「まさか....」
目を下に向ける。俺の(支給された)服はいまだに濡れていて、ぴっとりと肌に吸着し、言いようのない不快感を覚える。
おかしい。
いくら魔法で生み出されたとはいえ、通常の水とは何ら変わらないはず。さらに言えば、魔法で生み出された水なんだから、魔法が終わったじゃてんで蒸発してもおかしくはないはず。
この水、何か仕掛けてあるな?
意識を肌に感じる気持ち悪さとは別のものに向けていく。
「うっ」
タイミングよくまた力が抜ける。その時、一瞬だけだが、体の表面に俺とは違う
だが、
「やっぱお前か豪災!」
視線の先にはやはり豪災が居て、その顔からは愉悦を感じる。
仮の名称を付けるならエナジードレインってとこか。水の玉の攻撃は痛みを感じず、ただ嫌な感覚を感じさせられただけだったため、何か有るとは思っていたが、まさか体力を吸いとってくやつだとは思っていなかったな。
そうなってくると早く本体をどうにかして倒すか気絶させるかしてこの魔法のパスを切らないといけなくなるが、
「分体がだるいな。」
本体に意識を向けようとしても、ちまちまと、だが確実に俺の脳天を狙う礫が、集中力を削いでいく。これが無視できる攻撃ならここまで苦戦はしていないのだが、どれも当たれば重症は間違いない。相手もそれを分かっているから一斉に礫を放つことをせず、間をおいて、俺が豪災を狙おうとするタイミングで攻撃をちらつかせ、長期戦に持ち込もうとしてやがる。
だが、正直このドレインに関して、本当はここまで焦る必要はない。無理に豪災を倒す必要はなく、何なら文体から攻めてもいいのだが、問題は別にある。
果たして、この“多重ブースト”は最後までもつのか。
体力を削られる分にはこの魔法でいくらでもカバーができるとは思うが、これが体内魔素まで吸われているとしたら話が変わってくる。魔素を燃料に動いてるのだから、他からも吸われればその消費量はとんでもないことになる。
そして、想像できる最悪のパターンは魔素の欠乏だ。
藍華さんと鎌風さんの話から、大体症状はわかっている。それをこんな戦闘真っ最中のこの場でなってみろ、本当に死んでしまう。かといってこの状態を解いてしまうと、一般貧弱ピーポーに戻ってしまうため、長期戦でも死、燃費を考えても死に一直線なことは容易に想像できる。
動き続けて出た汗と、嫌な感覚から来る汗とが流れ体の体温を奪っていく。風を引きそうだ。異常に体温が高くなっているのもあって、余計に寒い.....体力がなくなって死にそうになってるから寒いとかじゃないよな?
「うおっ!?」
いきなり岩みたいな塊が迫ってきたため、俺はジャンプして避ける。その岩の着弾地点には、その岩が深々と地面にめり込んでいた。
はっ、まずい!
反射で岩の落ちた場所を目で追ってしまった。案の定視線を挙げてみれば黒い狼は場から消えていた。
「Gahooooooooo !」
「クソッタレ!」
魔法が打ち込まれたあとすぐさま黒い狼が突進してきた。あいつが見えなくなったらたいてい飛びかかってくるってことは大体予想できてた。分かってはいたんだ。だけど、傷が痛い。
「あっ」
体に力がっ―
「Graaaaaaaaaa!」
「ぐぅっ」
狼の突進が俺にクリーンヒットする。腹部に衝撃と痛みが走り、情けない声を出しながら地面を転がる。幸い爪の攻撃ではなかったため、腹部貫通なんてことにはならなかったが、それでも痛いものは痛い。
息をしようとするが、吹っ飛ばされたためか肺に衝撃がいって咳き込んでしまう。
うまく酸素が吸えない。チリチリとした痛みでさらに息が漏れる。まずい、このままだと.........
でも咳は止まってくれない。正直苦しい。口を大きく開けて酸素を取り込みたいのに、歯を食いしばってしまってうまく息を吸えない。
片目を開けて前を見てみる。黒い狼が真っ直ぐこちらに向かってくるのが見える。
俺は立ち上がる。身体中が痛くてたまらない。ぬるりとした暖かい液体が伝い、反対に体が寒くなっていく。
あ、やっべ。
「迅!?」
手に力が入らなくて剣がすっぽ抜けた。ひりひりしてる手のひらから握っていたものの感覚が無くなるとともに、体に冷たい何かが流れた。
「Graaaaaaaaaaaaaaaaa!」
黒い狼の声が一気に近づいてきた。俺に向かって爪で攻撃しようとしているのだろう。
「迅ーーーー!」
そして、黒い狼は爪で俺の体を貫いた。
はずだった。
「いい加減あからさまな隙には何があるって学べよ!」
「Graaa !?」
蒼雷が散る。
唐突に眼前に現れた切っ先に対して、驚異的な反射神経と身体能力で致命傷を免れた黒い狼であったが、避けきることは無理で、肩部分に決して浅くはない傷が付いた。
周りの狼がザワついた。
黒い狼は驚いているようで、飛び退いた後、俺から間合いを取り始めた。
相変わらず切れ味の良い木なことで。
あぁー、死ぬかと思った!とっさに創らなかったら体が縦にさかれてたんじゃないかな?体の震えが止まんねぇ。
手に持つのは片手剣。やっぱり太刀とか鎌とかとは違って持ちやすいし、しっくりくる。それに軽いし手にかかる負担も少ない至高の武器種といえる。ま、使ったことないけどね。
「ふむ。」
地面に捨てた剣を見た。隙を作るために地面に投げたけど、刀身部分がボロボロだ。砥石で研がないと多分使い物にならない。アイツの爪を防ぐために無理に使ったのが祟ったようだ。
でも、勿体ないな。
地面に落ちてるそれを拾い上げ、
「ふんっ」
魔法で強化されたパワーで刀身部分と柄の部分をパキッと折った。同様に創った剣も折る。これで準備は万端だ。
「信じてるぜ...........“物体構築”。」
蒼雷は爆ぜる。
握った手の内側からその光は広がり、ボロボロの刀身が溶けるように消えていく。
その代わりに、木の柄から新たに鈍色の刀身が生えていく。うわっ、生きてるみてぇだ。キモチワルッ。
「信じられない...........」
誰かの呟きが聞こえた。やっぱこの能力って傍から見るとチートなんだな。
刀身は先程より長く、細い。頑丈さよりも振りやすさと軽さに重きを置いた。自分の
「おっと」
視界が一瞬真っ暗になる。酸素が足りないからか、血を流しすぎたからか、貧血の症状でふらついた。そうそうに決着をつけたい。というか、誰か助けに来いよマジで!
「ここからが本番だ、黒狼共。..........かかってこいよ!」
去勢を張り続け、少しでも威圧しろ。相手に弱ってるのだけは悟らせるな。よろめく足を叩いて震えを止める。
俺は二匹の狼に向かって駆け出した。
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