第四十一話 君は、僕


「あぁ、よろしく。」


映像と現実の重なりと再発症した頭痛とで間ができてしまったが、なんとか繕い笑顔を保つ。


気持ち悪い。


だめだ。相手は騙せても自分は騙せない。視点が何度も変わって、白と赤とがチカチカ入れ替わり、頭痛が起こるを繰り返したからか、3dゲームをやり過ぎた時の酔いに近い不快感が拭えない。


「大丈夫か?顔色が良くないが、また水仙様に診療を―」

「大丈夫だ。多分顔色が悪いのは血を吐いてまた貧血になってるからだと思う。再診は必要ない。」


「む?そうか。無理はしないでくれ.........あぁ、私は急ぎ容態を水仙様に伝えなければならないのでな、ここで失礼する。」


そう言って鎌風はゆっくりとこの場を立ち去っていく。話すことがなくなったから居た堪れなくなったんだろうな。


さて、残ったのは、俺と小柄な狼、風牙の二人............ いや、一人と一匹だけ。


先程の映像の断片に出てきた見えないナニカと声がそっくりで、名前は同じ。だけど、口調や第一印象、表面上の性格は、それとは全く違っていた。


考え過ぎか、まだ頭が混乱しているのか分からないが、俺自身も初めて会ったような気はしなかった。


「えっと、いいかな?」


「へっ?あ、は、はい。」


あぁ、なんかやだなぁ。自分陽キャみたいなことやってるよ。


「そんなに緊張しなくてもいいんだけど。あのさ、俺達って、何処かで会ったこと、ない?」


いや、聞き方ってもんがあるだろ。こんなの明らかヤバい奴の発言じゃん。


「へ?」


ほら!予想通り訳わからんって返事されたよ。どうすんの。


「な、無いです。僕ら牙狼族は、基本的にこの森からは出ません。他種族との関わりは、多分今もないです。この森の近くに住む種族とは関わりが、ありますが、それもいいとは言えない、です。あの!僕に似た狼に会ったことが、あるんですか?」


うぉっ、めちゃくちゃ早口だなこの子。


「あ、いや、無いな。ちょっと聞きたくなったから聞いただけなんだ。」


対面での会話が下手すぎて上手く言葉が出なかった。でも、そうか........そうだよな。となると、適当に言ったけど別の牙狼族と会った可能性が高いな。


いや、俺に限って転生したらほにゃららだったなんて無いだろうし、ふむ、じゃああの映像は何だ?

何処かで起きていることを、断片的に、リアルタイムで見ている?..........止めよう。どれだけ考えようとも、この疑問の答えを知る者はここにはいないし、答えも聞けるとは思ってない。


分からないことは分からないと割りきろう。そんなことより今は、こっちの方が大事だ。


俺は風牙さん?君?の方に向き直った。


「まぁ、今のは忘れてくれ............では改めて、鎌風から紹介されてると思うけど、俺は時亜 迅だ。何故か魔法を使おうとすると心臓が止まったり体中に激痛が走ったりする、そんな人間だ。これからよろしくな。」


「え、はい........はい?大丈夫なんですか?」


「別に大丈夫じゃないけど大丈夫だ。それで、なんだが、何故俺と君が一緒に暮らすことになったのか、理由は聞いてるのか?」


「え、いいえ。僕は母さんにここに来て泊まるようにって言われたから来たんです。理由なんて、僕が聞きたいぐらいですよ。」


「...........成る程ね。」


互いに理由は知らないと。うーむ、ますます目的が分からんくなったんだが。


「あのさ、君のお母さんって、誰?」


「えと、水仙っていう名前何ですけど。」


なんやて?水仙さんの息子だと?うわ、きな臭ぇ。さっきの報告しに行くってコレのことじゃね?


「はぁ」


「えと、どうかしたんですか?」


やべっ、ため息が漏れ出てしまった。いやでも、ねぇ?面倒事の予感しかしねぇよ。


「いや、なんでもないさ.........」


「.............」


会話止まっちまったよ。どうしよ。


「あー、あのさ。」


「なんです?」


「魔法の使い方、教えてくれない?」


「............魔法が使えないのに?」


「あぁ、一応鎌風からは内容を聞いてるんだな。」


「はい。詠唱をした途端に吐血して倒れたんだとか。」


「呪いのせいにされたよ。だが、んなわけあるかっての。呪いののの字も伝わってない環境でかけられるわけないだろ。」


「........理由が分からない場合によく使う言葉ですよ。何も出来ることは無いっていう暗喩です。」


「やってみなけりゃ、分かんねぇだろ。」


「魔法を発動する時の不具合や不完全な発動の例はよく見られますが、発動する前段階で人体に被害を受ける場合ケースは前例が無いらしいんです。だから、そう言われたんだと思います。」


「..........」


ここでも、諦めろってか。


「はぁ、。」


「?」


「前例が無いなんてよくあることだろ。俺達が目を向けてないだけで、そこら中前例の無い事だらけなんだよ。病気だってそうだ。発見当初はどんなものが原因か分からない。世の中未知で溢れてるんだ。」


「...........」


「やる前から諦めて、どうする。」


胸に深く突き刺さる。そういえば俺も同じだった。やりたくなくて、やる前から諦めて、正論で叩かれて。


何とも言えないモヤモヤとした感覚が、ズキンという幻痛が、体の内側に広がっていく。


「それに、やったら何か掴めるか―」

「そんなの、綺麗事ですよ。」


前を向けば、瞳に光の無くなった子狼が真っ直ぐ俺を見ていた。だが、その目は俺を見ていない。瞳孔は、焦点が合ってないのか開いている。


「やったところで、何だって言うんですか。結局無駄に足掻いて、そして他の力に押しつぶされるだけなんです。夢を見るのも、期待を抱くのも、誰だって出来るけど、誰もが本当の意味でそれが出来ていない。見ていないだけなんですよ。誰もがそうやって目を背けている。」


子狼は止まらない。


「足掻いて、努力して、認められるのはほんの一部だけなんです。どれだけやっても、報われないような事例が殆どなんです。皆成功例だけに目を輝かせて、自分の失敗を直視しない。目先の問題を無かったことにして、理想だけがある状態に持っていく。」


子狼は、止まらない。


「誰も現実を見ていないんだ!現実っていうのはどれも残酷だから。だから!目を逸らす。逸らして逸らして、そして結局行き着くんだ。理想だけを見ているのが一番楽なんだと。そうやって出来ないヤツらを居ないものにして、出来る奴らばっかり集めて、自分の理想の状態に近づけようとする。出来ない奴がやったところで、結局見向きもされなくなったら終わりなんだよ!無駄なんだよ!っ、ゲホッゲホッ」


呼吸することを忘れ、自分の中の本音と思しきモノを吐き出した彼は、咽せながらも呼吸を整え始める。


ひどい嫌悪感と既視感を感じた。そして、彼の言う事を一つも否定しようとは思わなかった.............否、思えなかった。


あぁ、そうか。彼は俺と似ているんだ。同じ考え方をしているんだ。だから、さながら同族嫌悪の様なものを感じたんだ。


「............そうだな。努力して報われるやつは皆が思ってるより遥かに少ない。努力出来るのも一つの才能だし、努力が報われるってのも一つの才能だし。俺はそう思ってるよ。」


目に光を灯した子狼は、暗い表情をしながら顔を上げる。


彼の瞳には、今の俺がどう映っているだろうか。


「ずっと、努力の意味って何だろうなって、俺も考えてた時期があった。やっても意味ないのに、どうして我武者羅にやれって、そう言われるんだろうって。自分とは違う他人だから、他人の人生だから好き勝手に言ってるのかなって。」


どこぞの入試を思い出す。自分の行きたいとこのために我武者羅に勉強をしろ、と言われ続けてきた日々。学生の内にしか勉強だけに集中できる期間はないと。そうやって色々理由をつけられて、やりたくないのにやらされて。


正直、理不尽としか思えなかった。もっと遊んでいたいとか、苦しいことしたくないとか。ずっとそんなことしか頭の中になかった。


「でも、現実を更に突きつけるなら.........そうやって何もかも無駄だと思って」



胸に針が突き刺さるようだ



「物事をする前から諦めて」



頭をハンマーでガンガンと叩かれているようだ



「無駄なことをしないっていう姿勢も」



お前が言えるのか、と非難されるような幻聴が頭を反響する



「君が嫌う現実逃避と同じじゃないのか?」



吐き出して、少しだけ憂鬱さが晴れた。彼に正論を言ってスッキリしたってわけじゃない。自分の中に溜まってた自分への文句を、彼のように吐いたから、楽になったのだ。


「...............」


「努力は、無駄だよ。俺はそう断定付けている。さっきも言ったように、やったところで報われる機会チャンスなんてそうそう来ない。自分がやりきったと思うぐらいやったところで、結局は何も変わらない。他者が見てやってないように見えても、自分がやっていると錯覚するから。だから他人はそれを見て怒るんだよ。お前やってないだろって。でも、逆に誰が見てもやり過ぎだって言うぐらい努力して、報われなかった場合、他人は何ていうと思う?よくやったな。今回はたまたま上手くいかなかっただけさって、そう言うのさ。君の言う通り、他者は上手くいかない出来事から目をそらすんだ。そういう言い訳をして、自分が間違ってないと思うようにしてる。」


「じゃあ―」

「でも、当の本人はそれから目を逸らさない。」


そう、そうなのだ。


「努力という無駄な行為を行った奴は、失敗という結果に、絶対に納得しない。時間が短ければそれは自分がやったと思っていると錯覚した野郎の末路だから自業自得としか言いようがないが、時間が長くなればなるほど、ちゃんとやった奴ほど、次に進もうとするんだ。一見それも逃避に聞こえるかもしれない。失敗という現実からの逃避に、ね。だが、実際は。」

「!」


「現実を受け入れないのは、何も逃避にひとくくりされるわけじゃない。失敗を拒んで次へ進む行為は、むしろ現実に立ち向かう姿勢だと言えるんじゃないか?」


「でも、結局は失敗して―」

「そしてそこで終わらない。次は成功するように、無駄な足掻きを続けていくんだ努力をし続けるんだ。じゃあ、何故努力をし続けるのか。それは......」


「悔やまないためだよ。」


「............」


「誰もがその結果から目を逸らして、理想に逃れても、自分だけは、その無駄な足掻きが無駄なものじゃなかったと、そう言ってやるために。自分の頑張りを、救ってやるために。」


子狼は、その顔を歪ませながら俺を見ていた。口の端は、静かに震えている。


「努力っていうのは、無駄だよ。報われるのは、ほんの一握りだけだから。それは変わらない。でも、自分のやったことに対して、一区切りつけてくれる。そしてそれは、同時に自分の頑張りを証明してくれるものなんだ。現実から目を背けずに立ち向かったという頑張りを。だから、努力は、無駄だけど。それに、それが実ったら万々歳じゃないか。ま、報われないから辛いんだけどな。」


風牙の目から、一雫の光が落ちた。


「努力は他者が測ってやることができない。本人の頑張りは本人にしか分からないからな。だから、無責任にやれ、もっと、またやれる、だなんて言ってくるんだよ。」


その姿が、いつかの僕と被る。


「そして、それをされ続けると、いつしかポッキリ折れちまう。どんなに心が強くとも、な。」


ゆっくりと、俺は風牙に向かって歩き出す。身体が痛いのは治ってないし、正直今も辛いことに変わりない。でも、彼を救ってやれるのは、今しかない。


片鱗を見た。


彼は拗れてしまった。過去の僕と同じ様に。これが続けば、本当に終わってしまう。だから、


「だから、他者はその頑張りを、認めてやらなきゃならない。」


「あっ」


モフっと、その頭を撫でてやる。相変わらずここの狼は毛並みがいいな。ずっとこうしていたい。


「踏ん切りがついても、他人からの称賛がなきゃ、やってられないからな。」


微かな震えが、手から伝わってくる。顔は、見えなかった。


「俺は途中から来た新参者だし、君とは初対面?だ。だから、君の境遇を一切知らないし、君の身に起きたことも分からない。」


俺は触れない。他人の事情には、絶対に。それが、一番いい関係でいられる条件であり、互いに心地よいと思える距離感だ。特に、今みたいな時にはな。


「でも、だからこそ、気休め程度にしかならないが............」




「よく、頑張ったね」



..........誰もが、最初からこうなるのではない。絶対に、キッカケがあるんだ。こういう拗れ方をするときは、大抵が誰もそこ子の努力を認めてあげてない場合が多い。俺みたいにやってないのにやったと言い張って更に変に拗れるならいざ知らず、僕の様に、見えない努力が結果として出てこず、最終的にやってないものと括られると、こうなる。


見えない努力は、他者にとって厄介極まりないのは分かっている。本人からの進言だけでは分かってやれないからだ。それに、そう言ってるだけでやってない場合に無理に褒めるとつけあがって更に怠惰になる可能性がある。


その結果、認めてやれなくなってしまって、どんどんこじれていってしまうのだ。また、努力する側も中々特殊で、見られてないところでする努力は得意だが、見られる状態での努力が出来ないというパターンの子がいる。そういう子は更にこういう境遇になりやすい。


こればっかりは、他者の理解力に頼るしかない。でも、たまにはその子を褒めてあげてもいいのではないか。それが嘘であろうと、本当であろうと。振り返ってみて欲しい。懸念点ばかりを挙げて、その子に頑張るようにばかり言って、一切褒めてあげていないなんてことになっていないだろうか、と。


だから、手放しに褒めてやるのも必要なことだ。それが、変に拗れる原因を無くす方法でもある。


ぽたりぽたりと、静かな部屋の中で小さな音が聞こえた。本来なら絶対に聞こえないだろう、小さな音が。


そして、その音はやがて別の音でかき消されていく。


零れ出る想いが、苦しみが、ゆっくりと吐き出されていく。


溜まったものを、ゆっくりと。


そして、徐々に吐き出すごとに、その震えと声は大きくなっていき。


そして、止めどなく、溢れ出した。




掛けてやれる言葉なんて、そんな大層なものは持ち合わせていない。


だから、ただ背中をさすり、時にはポンポンと叩いてやり、そして、ただ抱きしめた。


じんわりと温かくなっていく服の感触に少し戸惑いつつ、不謹慎だが、ここで起こった出来事で荒んでいた心が、ゆっくりと穏やかになっていくように感じた。


溢れる気持ちは、まだ止まりそうにない。


今はそれでいい。


ゆっくりと、想いを吐き出してくれ。


そしたら、幾分か楽になるはずだから。





/////////////////////


夜の帳が下り、辺りは闇に包まれ、静けさが世界を支配する。


風は弱いはずであるのに、痛いほど聞こえる木々の葉音に胸騒ぎを感じる。



その日も、ただの夜が世界を包みこんでいた。




「おやぁ?何やら温かい光が見えるねぇ。」



暗闇に紛れて、異音が発せられた。


だが、誰もその声には気づかない。気づけない。


「いやはや、感動モノだねぇ。見方を変えれば既に歪とも言えるが。」


くるくると回るナニカは、それはそれは愉快そうに言葉を発する。


「あぁ、あぁ、綺麗だねぇ綺麗だねぇ。ボクもその美しさに瞳が焼かれてしまいそうだよぉ。」


真っ白な月からの光が、雲のすき間から周辺を照らした。


照らされるナニカは、ただただ真っ白で、まるで輝いているようにも見える。


「本当に、美しいねぇ。良かったねぇ、理解してもらえる存在が来てくれて。」


照らされた人形の様に端正な顔が浮かべる笑顔は当然のごとく美しく、


「でも、つまらないねぇ。」


当然のごとく、気味が悪い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る