第四十話 動く歯車、運命の出会い
外が明るかった頃から暗くなるまでの時間何をしていたかは覚えていないが、気がついたら辺りが真っ暗になっていてびっくりした。
呪い。
その言葉そのとのが今の俺にとっての呪いだよ。俺、本当に魔法使えないのか?ふざけんなよ。可笑しいだろ。ここでも無能か?イカれてんのかこの世界のカミサマは。
「すぅ、ふぅぅぅ。」
誰もいないから呼吸の音だけが聞こえる。静けさをより一層引き立てるが今の俺には関係ない。
「.............」
右手に意識を集中させ、蒼雷を発生させ板を1枚創る。カランカランと虚しく地面に落ちる音が煩い。
「これ、魔法じゃないのかよ。」
いや、これが俺に使える唯一の魔法って筋も.......いや、ないない。どうせこれは魔法じゃないんだろ?知ってるよ。ふざけんな。
「あー、寝よ。」
現実から逃れるように惰眠を貪ろうとするのは、はたして何回目だろうか。
風が肌を撫でた。
下の方を見やればちらほらと木々が生えているのが見えるが、風を遮るには本数が足りなさすぎる。
まして、ここは崖だ。風が地上よりも吹き荒れるのは至極当然であろう。
だが、ここを吹く風は珍しく穏やかで、そよ風と言う表現が最も相応しいといえる。
心地いい。
目を細めて見れば、空は橙一色の鮮やかな夕暮れである。眩しいとは言い難い優しい光と風のせいで満足に目は開けられないが、それだけで十分だ。
ふと、足音がした。
背後から聞こえるサクサクという音。草を踏む度に聞こえるそれは、心なしか軽やかだ。
後ろを振り向く気はさらさらない。正体などとうに分かりきっている。
そもそも会いに来るやつなど、
音は真隣まで迫り、そして止まった。振り向く気も見る気も無いことを知っているのか、怒る素振りを見せず、それどころかこの反応まで楽しむような
笑顔で顔を覗き込んできた。
はぁ。
仕方ない。これ以上不愉快な顔で視界の端を占領され続けるのも困る。
この景色に抱いた印象がコイツによって変わる前に目を向ける。
すると、満足そうに、先程とは違う笑みを浮かべたコイツは口を開いた。
「ごめんね、待った?」
誰も待ってなどいないというのに。
ふと、鳥が囀る騒音が聞こえた。
家に居た頃と違って窓とか扉とか、外と中を隔てるものが極端に少ないから本来聞こえ辛いもしくは全く聞こえないような音がダイレクトに耳に伝わるからハッキリいって迷惑である。
............変な夢だったな。よく分からんかったし。俺あんな景色の場所行ったことないし。仮に想像力で作り出したとしても、あの訳わからん気持ちというか、思いが流れ込む?感じる?上手いこと表せる言葉がないが、ともかく、第三者の視線で見たストーリーを視界と感情を共有した状態で俯瞰するなんて夢見るわけないだろ。
景色は確かにハッキリ覚えてる。正夢なんじゃないかってぐらいには鮮明だ。起きた今でもスケッチ出来る。でも、あの視点で映ったはずのもう1人の顔が全く思い出せない。モザイクよりも酷く、顔そのものがなくて、背景がその部分だけ歪んでるような、存在そのものに霧がかかってるような感じ。
だけど、ちゃんと別の人物がいた事は分かるのだ。キモチワル。見るならもっと鮮明な夢を見ろよ、まったく。
てか、ふて寝したせいで朝スッキリ目覚めてしまった。いつもなら更に寝ようとして起きられなくなるのに、頭が冴えすぎて寝ようと思えない。
あれ以上不幸な出来事を考えたところで何も無かったが、せめてもう一時間ぐらい寝るの遅らせればよかったな。
「はぁ。」
ため息しか出ねぇ。
この人生詰みゲーをどの様に攻略しろと言うのか。いやはや、リアル人生までもがクソゲーだったとは。
「おはよう。ため息が朝から聞こえるのは芳しくないが.............そうなるのも当然ではあるか。」
「鎌風か。」
布が擦れる音と共に翡翠色の瞳が暖簾の隙間から覗く。声からするに鎌風の様だ。こんな朝っぱらから何の用なのだろうか。
「あぁ。伝えることがあってな。分かりきってはいるとは思うが、今日の実習はナシだ。」
「俺が血反吐吐いたからだよな。」
「そうだ。」
ま、予想はしてたよ。一応狩猟をする種族だとはいえ目撃したのは子供。種族がどれだけ違おうと口から
「あの時に場が混乱に陥りまともに講習が出来なかったからな。今日も含め3日間は取り止めをする予定だ。」
「それで、お咎めは何だ?」
この前置きをするなら絶対そうだろう。なに中止する原因を作ってくれたんだとか言ってきそうだし。だが、俺には一切非は無いからな。その責任を取らされたってどうもできねぇよ。
「?いや、咎めなどあるはずが無いだろう。命の危機に瀕した者を咎める程我々は落ちぶれてはいない。」
「軽々しく他人のトラウマ使って矯正しようとするのにか?」
「ぐっ、そ、それに今回君に非はないだろう。」
落ちぶれてるのは認めてるってことか。反省しているようで良かったよ。
「なら、要件は何だ?」
「要件というよりもお願い、だな。」
今の2つの単語にいったい何の違いがあるというのか。どっちも
だろうが。
「君にはとある子と10日程、一緒に暮らしてもらいたいのだ。」
「とある子?.......まぁ、それはいいとして、何故10日なんだ?」
「それなんだがな、実は講習が再開しても君は今日から10日後まで一切の魔法の使用を禁止されたのだ。」
「..........」
おそらく水仙さんだな。身を安じてくれたのだろう。だが、10日というのが引っかかる。
「何故七日じゃないんだ?」
別に丸々1週間でもよかったじゃないか。今は特段身体に不調を感じないし。
「理由は私にも分からない。だが、10日間の魔法の禁止により、君は講習への参加が実質不可能になったため、君にこのお願いをしに―」
「ちょちょちょ!」
あぁ?!何だって?実質参加不可能?
「どうして講習に参加出来ないんだよ。」
「再開後から10日間、講習は祭事により特別強化実習を行うことになっているからな。そして、どの内容も魔法を絡めたものになっている。そのため、だ。」
丁度その祭事とやらと期間が被ったわけか。うーん、にしても10日か。身体が鈍るなぁ。
「外出は?」
「それは禁止されてはいない...........いや、2日程は安静にして欲しいと言っていたか?」
どれだけ俺の身体ボロボロだったんだよ。
「..........まぁ、いいか。その依頼を受けるよ。だが大丈夫か?俺寝相悪いし一緒に暮らすのは余りおすすめ出来ないが。」
壁とか阻むものがないと極端に寝相が悪くなるからな。お相手さんが不快に思わなければいいけど。
「それに関しては問題ない。あの子もそれには慣れてるはずだ。それに、寝床に関しては我らは床だからな、その台は使わない。」
じゃあ何のためにこれ作ったんだよ.....まぁいい。俺の危惧していたことは別に問題ないようだ。
「ところで、俺と暮らす子って、誰なんだ?」
結城か?いや、彼からは昨日そんなこと話されなかったし、他の奴?でも、俺が関わったのは結城しかいないはず。
「では、入ってきてくれ。」
その発言と同時に、扉の右側からその相貌が徐々に露わになっていく。スッとした顔立ちに、体毛は基本白だが所々に青のものが混じるその身体は、鎌風とは違い華奢に見え―
『~~~~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~?』
『~~~~~、~~~~~、~~~~~~~~~~~~。』
『............~~~~~~、~~~~~~~~~~~~。』
『~~、~~~~~~~~~~~~?』
『~~~~~~~~、~~~~~~~~~~。............ 』
『仲間を作ることだよ!』
「!?」
「どうした!?」
あ、頭が...........!血管がドクドク脈打つ毎にジクジク痛む。
っふぅ、おさまった。
「大丈夫なのか?」
「え、ええ。少し頭痛がしただけで.........」
「そ、そうか。それなら良かった。では、改めて紹介しよう。」
言葉の後、その少し小柄な狼は俺の方に近づいてきた。
「この子が君と共に暮らしてもらう子だ。」
「そ、その、君がとあ、じん君?」
「あ、あぁ、そうだ。」
たどたどしい彼の言葉にシンパシーを感じながら俺は返事をした。
すっ、と彼は足を出す。
王餓さんの時とは違う、こっちの世界と同じ握手だろう。俺はそれに応えるため手を出し、彼の足に触れる。
「っ!?」
『そういえば、名を聞いていなかったな。』
ソイツは呆然とした後、何やら慌て始めた。
『あぁ!?そうだった!話すのが楽しくて忘れてたよ。』
『一方的だったがな。』
『いやぁ、話し相手がいるのが嬉しくて。僕、こんな見た目だからさ。仲間にいれてもらえないんだよ。』
相槌を適当に打っていたため何を話していたかを全く理解していないのだが、コイツはそれでも楽しんで話していたと思ったようだ
『それは、可哀想だな。』
『それ、本気で言ってる?』
『あぁ、そうだが?』
『なら君感情無さすぎ。もっと努力したら?』
何だ、分かっていたのか。だが、どうしようもない。
『感情は、とうの昔に捨てた。あんなものは、必要ない。』
『ほーん?僕はそんなことないと思うんだけどなぁ。』
『............人それぞれだ。』
『僕達、人じゃないけどね。あ!そうそう名前!言っておかなきゃね。また会うと思うし。』
次に会うことなどないだろう。そもそも俺とお前は.........
ノイズのかかった音声は途切れる。でも映像は今だ鮮明に見えていて。
夕焼けで真っ赤に染まったような大地と壁の白色が重なり目が痛くなる。
そして、その映像は、目の前にいる彼の姿とダブって見えた。
「『僕の名前は風牙。どうぞよろしく。(!)』」
その言葉は、ノイズもかからずハッキリと耳に聞こえた。
これは、決して幻聴なんかじゃない。
そしてこの時、俺の人生の歯車が、軋みながらも動き出した。
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