第二十二話 ここは異世界

鎌風、と名乗った狼と、今喋っている。


先ほどの文字の話と打って変わって、今度は俺がここに来た経緯についてもう少し詳しく話してほしいと言われた。


先程の阿保みたいな話を、鎌風さんは信じてくれた。だから、この人?には話してもいいかもしれない。


俺は、勇気を振り絞って話してみることにした。俺が、家から門に吸い込まれ、変なところにいたこと。そして、そこから落ちてこの森に着いたこと。


俺の世界や、途中の戦闘のことは言わなかったが、それ以外のことはほぼ喋った。


鎌風さんは俺の話を真剣に聞いてくれた。


これ程まで馬鹿げた..........俺自身今も信じられていない事をしっかりと聞いてくれたことがとても嬉しかった。


「ふむ、普通なら現実味のない話として聞くが、君は本当のことを言っているようだ。だが、自分が落ちてきたであろう場所が見つからないとなると、君が元の場所に帰ることは難しいのではないか?」


そうなのだ。多分、俺はもうあの世界に帰ることは出来ない、と思っている。


俺は、あのパソコンヤローが設置したであろう門に吸い込まれてあの場所にやってきたのだ。帰りもあの門がなければ帰ることは出来ないと考えている。


ようは一方通行だったっていう線が一番濃い。


そうなると一つの問題が出てくるんだよな。どこに住むか、どうやって生活資金を稼ぐか。この世界の通貨の価値や、食べ物、生活用品、習慣、そして魔法についての知識をどれだけ吸収できるか。


日本、というか地球の価値尺度や生活に慣れてしまっているから、新しいことを吸収しようとするのは難しい。



全てが異なるこの世界で生きていくために知る必要がある知識が多すぎるがゆえに、ここで生きていけるかが分からないのだ。


どうやって食いつないでいくかなぁ?


「君は、住む場所が今はないだろう?」


「え、まぁはい。」


「ならば..........ここに住んでみないか?」


「へ?いいんですか?」


願ってもない言葉だった。断る選択はないのだが、一つ疑問が出てくる。


「えっと、ここに住むことを許されたとして、僕はどこで働けば良いでしょうか?」


「ふむ、そうだな.........。」


そのことは考えていなかったようで、鎌風さんは悩むそぶりを見せた。


世界というのは、労働に対する対価から成り立っているもの。俺の仕事ぐらいは事前に把握しておきたい。


「特に君が働く必要はない。一緒に暮らすだけでいい。」


「え、えぇ?」


「なんだ?不満か?」


「いえ、ちょっとびっくりして。あの、本当に働かなくていいんですか?」


「先ほども言っただろう?そうだ。」


鎌風さんは平気な顔でそう言った。


マ、マジか。さも、当たり前のことのように言ってやがるぞこの


俺にとってはそれはとんでもない発言だ。働かなくて済む生活なんて誰もが望むもので、俺だってそういう生活を何度も望んだことがある。


だけど、


「いえ、やっぱり働かせてください。」


働かずにタダで暮らすのは申し訳ない。特に世間体がマズイ。


鎌風さんは、俺のこの発言に驚いたようで、少しの間だけ口をポカンと開けていた。

そしてすぐ、


「ははははははははは!」


え、この発言の何がおかしかったのだろうか?不思議なんだが。


普段ぐーたらで怠惰な生活を送っていた俺が働きたいといったことも不思議だ。


だが、普段の俺をしらない鎌風さんにとってこの発言には何もおかしいところは無かったはずだ。


なのにどうして..........


「いや、なに。ただ人間がそんなことも言うのだなと思っただけだ。」


えぇ、人間に対するイメージどうなってんの?


「その心意気はいい。なら、君には狩りに出てもらおう。」


「..........狩り、ですか?」


「ああ、そうだ。実はな、今我らは食料問題に陥っているのだ。」


え?今飛んでもないことをさらっと言ったよこの狼。食料問題か...........ん?飯喰えてないの?


「狩りはしてこなかったんですか?」


「いいや、今でもしている。」


「狩りをしていてもダメというなら、この付近にはモンスターがあまり生息していないと言うことですか?」


「いや、居るには居るのだが、どれも食用には向いていない。肉は固すぎて食えるものではないし、例え食べようとしても一匹から得られる肉の量はとても少ない。なんにせよ、この場所にいる魔獣、俗にいうモンスターは食えないのだ。」


「では、農作物などは?」


「君も多分見ただろう?ここの水はあまりにも神聖すぎるため農作物すら育てられないのだ。」


...........ホワッツ?神聖すぎて育てられない?


「神聖すぎる?と何でダメなんですか?確かに俺が見た湖の水は、とてつもなく綺麗でしたが。」


まぁ、プランクトンが一匹もいないぐらいの魚殺しの水だったけどね。


「あの水は特別でな、あの水を吸収して育った農作物等は、すべて神聖樹という種に変わってしまうのだ。その種は果実などを実らせない。だがら、どうやっても食料は手に入らないのだ。まぁ、例外はあるが。」


神聖樹とは何ぞや?まぁ、説明的にあそこの木は果実を実らせないってのは分かるが...........おい、ちょ待てよ?


「僕、あの森を歩き続けていたとき、途中でリンゴが実っている木を見つけましたよ?」


「む?そうか、君もか。私も見つけたのだよ。多分、私たちが見つけた林檎の成る木は私の言った例外で、神聖樹が浄化しきれなかった水を吸収して育った木なのだろう。数十年に一度のことなのだが、やはり今年はすごいな。」


え、俺マジでラッキーだったんじゃん。の垂れ死なずに済んで良かったぁ、とか思っていたが、肝心なことを聞いていないことに気づく。


「あの、すみません。」


「ん、なにかな?」


「ここって、何処なんですか?」


「?」


あ待ってその顔おもろいからヤメテ腹筋も痛いの。


「..........ここは牙狼の森と呼ばれている危険区域だ。そして君が今いるここは、我らが牙狼族の村、牙狼の村。村の存在は知られていないかもしれないが、この森は人間の間ではかなり有名な場所らしい。人は近寄りすらしない場所なのだが。」


そう言って、鎌風さんは俺を見る。そんな森は知らないし、牙狼族なんてものも初耳だ。

まぁ、十中八九そうだろうなぁとは思ってたけども、まさかなぁ、俺がそうなるとはなぁ。


異世界転移


本当にファンタジーな展開になってたんだなぁって。もう喜びすら出来ねぇよ。死にかけたんだし。


んー、そうか、あまりここは人気な場所ではないんだな。


あれこれって..........あの、思いっ切り疑われるパトゥーンじゃないっすか?


「聞いたこと.........ないですねぇ。てか喋る狼なんざ見たこと無いですよ、うん。」


「...........なるほどな。」


ただ一言、鎌風さんはそう言った。


え、何ダメぇ?


なんか嫌な空気だな。この空気嫌いだ。換気してぇというかさせてくれ。


「話を戻すんですけど、僕が仮に狩りをするとして、何を狩ってくればいいんですか?食用に不向きなモンスター意外にもいるんですか?」


「いいや、我らが狩っているのはそのモンスターのみで、私が君に狩ってほしいと思っているのもそいつだ。間違えることはないだろう。」


「食用に不向きなんですよね?ならどうして............。」


「不向きなだけで、食べられないことはないと言っただろう?保存食として今は大切に貯蓄している。肉質で四の五の言える状況ではないしな。」


なるほど、保存食としてならなんとかなると。ふーむ、食料問題を抱えるとこって大体こう言うものなのかな?


「あと、仕事をさせてもらえるのはありがたいのですが、僕狩りなんてやったことなくて。」


すると、鎌風さんは俺に顔を向けた。だけどその顔は..........俺にでも分かる。


「森の中でゴブリンを倒した人間が、よく狩りをしたことがないと言えるな。」



警戒心丸出しの顔。


あのぉ、もう少し取り繕っても良くないですか?いや、他人に言うのもあれだし俺が言うのもお門違いだけどさぁ。






せめてその牙ぐらいはしまってほしいのですが。怖いんすよ。


尋問と言うよりこの絵面捕食じゃね?

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