『独りは嫌だって泣いたんだ』




 文化祭実行委員が忙しく舞台裏を走り回る中、KIRAとゼロだけが静止していた。




「貴様らは仮面を人前で現すことを避けていたはずだ……、それなのに、何故……!」


「オレだって野崎を説得するのに苦労したんだぜ。 もし元の性格の野崎だったらオレがどれだけ口説いたって跳ね除けられてたハズだ。 話し合った結論として、使ってことになってな。 ハロウィンは来週だし、異能の力を使わなければただの仮装ってことで見逃されんだろってな」


「仮装……? 仮面の力は神聖なもの! 選ばれた者にのみ与えられる力……! それを仮装だと!?」


「ああ。 そんでお前は、その仮装に負けたんだ! どんだけ格好つけてようがな、お前にあってオレ達にあるものが勝敗を決した。 その差は絶望的にデカい。 どんだけ演奏が上手くたって、歌が上手くたって届かない! お前の大敗だよ、ゼロ」


「負けた? やつがれは負けてなんかっ……!」




 顔を隠したオカ研による演奏が終わり、舞台上のライトがカットアウトする。

 暗闇の中で客席からあがったのは拍手と歓声。しかも、普通の称賛ではない。鉄柵から抜け出した囚人達が暴れ回らんと騒ぎ立てるみたいに、無秩序アナーキーに満ちた声々が体育館中に広がった。




「……何故だ、なぜ、これほどの支持が……! ただ奇をてらい、人気曲を弾いただけだと言うのに……! やつがれの詩の方が、ずっと良いのに……っ!」


「確かお前、人に共感される詩を書くのが得意なんだってな。 実際、お前の曲は凄かったよ。 もしこの場がプロの歌うま選手権みてーなのだったらオレ達はボコボコだったぜ。 だがここは日継高校文化祭のステージだぜ? しかも二日目、最終日のラスト演目だ。 一年に一度しかねえ青春イベントだもんな、パーッと気分の打ち上がるアクシデントのひとつくらい欲しいもんだろ。 だから用意してやったんだ! 閉会式乱入! 校内放送ジャック! !」




 オレ達じゃあ逆立ちしたってゼロに勝てない。だが勝てないってのは音楽性、そのクオリティーだけだ。

 アリサの地下ライブで学んだ。生ライブの良さは心地いい音だけじゃない。舞台装置をフルに使った演出。そして、舞台に立つアーティストに注目を集めるよう計算された構成、下準備。その全てが素晴らしいライブという結果に繋がる。


 そう、オレ達が勝負したのは音楽じゃない。

 ライブの盛り上がり、衝撃度インパクトで勝負することにしたのだ。




「お前は言ったな、勝敗を決する方法は会場の盛り上がり具合で決めるって。 ホントは圧勝するつもりだったんだろ? 自分が勝つと信じて疑いすらしなかったんだろ? 実際はどうだ?」


「有り得ない! やっ、やつがれが……、人を惹き込み率いることで遅れを取った、だと……!」




 ゼロが唄うのは、日常に染み込む黒い共感の詩だ。ふとした時に降ってくる希死念慮だとか、何処にもやり場のない怒りや哀しみを思いきりぶつけた音楽。

 自らを皇帝と自称し、詩が刺さったファンを率いて行軍を成す。振り向くことなく歩き続け、そのセンスとスキルで生み出した音楽を後ろを追う者達が拾い、また追い続けるエネルギーに変換する。

 ゼロは一見、孤独に苦しむ者を共感の詩で救って回る救世主メシアに見えるが、実際は誰かのためになんか唄っちゃいない。

 全ては、自分のため。この音楽がいいと思った奴は勝手に着いてこいという、振り向くことなきエゴイストの詩だ。


 人気のアーティストというものは総じてそういうものなのかもしれない。ファン一人一人のために音楽性を変えたりしていては自分らしさがブレてしまう。しかし、まだ無名に近い一介の学生がそんなスタンスを取ったところで支持は獲得し辛い。プロを目指す音楽家としては正解なのかもしれないが、評論家のいないエンジョイ勢ばかりの一般客が集まるステージでは、演奏が下手でも流行りの曲を演奏したB級バントの方がずっと会場を盛り上げられる。


 ゼロが自信を持っていた人を惹きつける詩は、内容が尖っているが故に時と場所に評価が大きく左右される。

 この事実を正しく認識せず、己を過信し、準備を怠り、勝負に熱くなった……、そして、。それが、ゼロの敗因だった。




「ゼロ。 見ろよ、この手。 油性ペンで書かれちまってしばらく消えねーんだよ。 こいつはラクガキでもタトゥーでもねえぞ? お前には分かんねえだろうが、これがオレ達の勝因だ。 お前になくてオレ達にあるもの。 答え合わせは明日にしようぜ、今日はこのあと大逃走劇があって忙しいんでな」




 緞帳が下がる中、楽器をその場に置いて舞台袖に逃げ込んで来たバンドメンバーとハイタッチを交わす。




「お前ら、最高だったぜ! そんじゃあ行くぞ!」


「おい、どこへ行く! まだ話は終わってはいないぞ!」


「逃げなきゃなんねーからまた明日! 大掃除の昼休みに屋上でっ!」


「おい……っ!」




 逃げるのか貴様、とまでは発声出来なかった。

 ステージから戻ってきたオカルト研究部の面々は、ゼロに勝ち誇るどころか見向きもせず、横を通り過ぎて裏口の煌の元へと走っていく。

 彼らの手の甲には、煌にもあった謎の黒線。共通の絵柄の欠片ピース。恐らく全員が手を突き合わせればひとつの絵になると思われるが、その完成形がどんなデザインなのかまではゼロには判別がつかなかった。

 だが、それの意味するところはそれとなく分かる。




「……繋がり」




 オカ研は、繋がっていた。

 皆で作戦を相談し、計画し、準備し、実行した。そして、それなりの結果を成した。


 オカ研にあって、自分にないもの。

 KIRAにあって、ゼロやつがれにないもの。

 神無月煌にあって、柊雫ぼくにないもの。





「そんなものに……、負けたのか……?」





 音楽とは、孤独な創作だとゼロは信じていた。

 他者の手を借りれば完成は早まるが、音が濁る。楽器が足りなければ自身で修練し、旋律に加えればいい。詩が物足りなければ、誰かに意見を貰うより自身で別の100パターンを書いて選別すればいい。

 音楽は一人で創れる。これは正しい。何も間違ってはいない。しかし、独りソロのライブでは音が足りない。MP3プレイヤーや自動演奏楽器には血が通っていない。想いのこもった曲は流せるが、血の滲んだ努力ゆえの必死なライブ感は損なわれる。


 音楽は孤独な創作だ。

 しかし、ライブはその限りではない。

 プロのソロアーティストでもライブには演奏家を呼んで協力する。ゼロは、それをしなかった。




「柊、勝敗は決したか?」




 ゼロの肩を叩いたのは、白い制服に身を包む大男。生徒会長の一条だった。




やつがれは負けて、など……」


「お前の曲、素晴らしかった。 おれはあまり音楽を聴かん。 だが、それでもお前の凄みはよく伝わったぞ」


「慰めの称賛など要らない……!」


いいや、駄目だ。 お前は受け入れなければならない。 お前が大成するため……、お前がより成長するため……、お前がいつかどこかで挫折しないため……」




 睨み立てるゼロの目に対し、一条は優しく哀しみに満ちた表情で。




「そしてお前が……、いつまでもおれの認めた男であり続けるために。 数少ないオレの友人として横に立ち続けてもらうために」




 真っ暗だったステージライトが再点灯する。

 フェードインしてきた明かりが、一条の真剣な眼光に光を灯す。




おれはお前が好きだ。 自身の音楽性を愛し、信じ抜き、そしてアウトプットする。 創出こそクリエイターの本分。 その点において、おれはお前ほど真正面から創作に挑み続ける男を知らん。 それにお前は、その意識だけでなく相応の技術も持っている。 お前が何を原動力エンジンに唄うたいを始めたのかは知らん。 だが、今日日まで辿り着いたその道中には大方の想像がつく。 そこまでの技能を得るには三日・四日の鍛錬では到達できない。 時間を費やし、青春を焚き木にし、汗水血肉の末に専門性を得たのだろう。 学生というモラトリアム期間に、一切の悩みなく一直線に道を行く姿は素直に尊敬できる。 だから、おれはお前が好きなんだ。 お前の活躍をずっと近くで見ていたい」




 ストレートな言葉ばかりが、睨みつけていたはずのゼロの目を歪ませ、涙腺を緩ませる。


 一条は何か報告に寄ってきた実行委員を無言の手で制止し、「だからこそ」と続けて、




おれは、お前に足りていないものを知って欲しい。 不足を埋めろと言っているのではない。 他者とつるみ、その音楽性や覚悟を再考しろと言っているのでもない。 ただ、知る必要がある。 クリエイターにはどこか欠陥がなければならない。 足りないものがあるから、不足している分を他の能力に振ることが出来る。 それが特徴、個性、クリエイティブになる。 だが、何が足りていないのか知らずに進むこと……、それはただの弱点となってしまう。 驕っていてはいけない。 足りていないことすら武器に出来れば、お前はもっと美しい音を創れるようになるはずだ」




 実際、迎合は音を濁らせるかもしれない。

 しかし、弱点を知覚することは能力を洗練する材料となることも確かだ。

 他人と繋がりを持ち音を重ねることが失敗を呼ぶ可能性もある。だが失敗なき創作には音が欠けている。


 欠けた音を必ず拾う必要はない。

 欠けていることを知るだけで、それは選択肢になる。手札が多いことはクリエイティブの拡張性に直結する。


 いつか、ゼロの力になる。

 後からでも遅くはないが、早ければ早いほどそれは能力に還元されやすくなる。




やつがれに欠けているもの。 オカルト研究部に、あるもの……」


「お前は知らなかっただろうが、あいつらは今日のライブのためにかなりの準備を要してきた。 ただ楽器を弾けるようになっただけでも、有力なシンガーを呼び寄せてチームの増強を図っただけでもない。 ……柊、今日の閉会式は何時スタートを予定していたか覚えているか?」


「……17時」


「その通りだ。 今の時刻は17時12分。 奴らの乱入もあって既に12分経過しているな。 ではもう一問、この体育館の退館案内は何時からを予定していた?」


「……やつがれがまとめた資料では確か、17時45分」


「あと30分近くも余裕があるな? ステージのスケジュールは詰まりに詰まっている。 だからお前たちの勝負は一曲のみの演奏になってしまった。 だが、この余った時間は何だ? これはただのバッファではない。 ……驚くだろうが、実はオカ研の乱入は計画通りのものだったのだ。 この余った時間は、。 関係者のみに伝えられていた正しい閉会式開始時間は、17時15分。 あと3分後なんだ」


「……ステージ乱入に、校内放送ジャック。 奴らだけでは実現出来るわけがない。 それになにより、本当の乱入事件なら一条……、君は演奏中だろうと関係なく止めに入るはずだ。 風紀委員長も務める君が、何故オカルト研究部のテロに肩入れを……?」




 一条が微笑んだ。

 その表情に、罪悪感などの黒い感情は宿ってはいない。




「彼等に……、オカルト研究部に、神無月煌に。 あの転入生に根回しされたんだ」


「根回し……?」


「相談された内容はこうだ。 文化祭実行委員として手が空いている間はステージ進行に手助けに入る。 必ずやアクシデントなく、分刻みのスケジュールを円滑に進めて予定時刻どおりに全てのステージ企画を完了させてみせる。 だからその代わりに、とな」




 オカルト研究部が一条たち実行委員と協力したのは、ステージ進行だけではなかった。

 文化祭全体から緊急連絡を受けて現地に走り、お客様とのアクシデントに対応したり。迷子の子供を親御さんに届けたり。

 実行委員達の代わりに、ミッドフィルダー的な立ち位置となって一条たちの手が届かない部分の手助けをしていたのだ。




「そしてあいつらは、約束通りに成し遂げた。 遅延の起きやすいはずのステージ企画は全て時間通りに完了。 校舎棟でのアクシデントも即時対応してくれたよ。それと、図書館の一角を医務室・休憩室として利用する許可を取ってきたらしくてな、保健委員側のサポート体制がパンクすることも防ぐことが出来た。 ……あいつらは、ただ音楽をやったわけではない。 音楽をやるために周りを助けて、協力し、自らその機会を作り上げたのだ。 おれはそれを評価した。 だから、あいつらがやりたいと言い出した計画に加担したのだ。 閉会式の予定時間を大きく取り、乱入ライブの時間を確保した。 放送委員会のトップと掛け合い、生演奏を流すだけという約束のもとなんとか許可を取り付けた。 校長、教頭や風紀委員顧問などの関係各所には断りを入れた。 ……これが、根回しだ。 オカルト研究部は地道だった。 地道だが、確実で安全で、純白なやり方でテロを計画した。 全ては理想のシチュエーションで音楽をやるため。 そして、会場を盛り上げるため。 おれも甘くなったもんだ、熱意に負けたよ。 三文芝居で場を繋ぎ、名を貸して、この後は何も知らされてない教師や生徒、警備員に頭を下げて回らねばならん」




 一条の目は、じっと柊を見つめている。

 オカルト研究部の熱意に負けたというのは真実だが、その先に一条なりの狙いがある。

 、混乱の発生を認可し、加担していた。




「……おれなりのエゴだ。 いつもこの学校の為に身を粉にして動いているのだし、たまにはこれくらいは許されるだろう」


「一条…………」


「改めて言う、おれはお前が好きだ。 だからこそ、お前を挫くためにオカルト研究部の協力要請に応じた。 もしお前から助けてくれ手伝ってくれ共に悩んでくれと頼まれたら、お前を選んでいたよ。 そういうことだ、そういうことなんだよ、柊。 お前が皇帝を自称するなら他人を引き連れるカリスマ性だけでなく、




 全て独りで完結し、完成させてしまう柊雫。

 終始を皆で結束し、実現を叶える神無月煌。


 誰に認められなくたって唄い続ける者。

 多くの人々を利用して青春を起こす者。


 自分のための音楽を創った者と、

 自分たちのためのライブを作った者。


 両者とも、原動はじまりはエゴだった。

 両方とも、同じ舞台に立っていた。


 しかし、見ていたビジョンは違っていた。

 しかも、それは初めから。





「そろそろ、本当の閉会式の時間だ。 今回の件、幾らでもおれのことを責めてくれてもいい。 おれを嫌になってくれてもいい。 それくらいは覚悟している。 それではまた後でな」




 頻繁に壁の電子時計をチェックしていた実行委員からマイクを受け取り、一条はステージに戻っていく。

 場を収め、予定の通りに会場閉めを行なうために。全ては計画通りであることを示すために。ただエゴで動くだけの獣ではない、理的な人間であることをアピールにするために。


 今でもまだ、信頼に値する柊雫の友人であることを行動で語るために。





「……ぼくは、耐えられるだろうか」





 その手には、先の丸くなったギターピック。この削れ方で正しいフォームで弾けているのかどうかを知ることが出来るというが、誰にも相談したことがないのでその実は分からない。

 だからゼロは、これが正しいと信じざるを得なかった。





「……人と繋がる、その生暖かさに」






――――――――――――――――――――






「もう部室に残ってるもんはねぇよなっ!? 急げ、すぐに誰か追っかけてくんぞ!」


「ア! ワタシ、タオル置いてきてしまったのデスガ! ステージの楽屋サンに!」


「ンなもん明日にしろ! 今日んところは逃げねえと捕まんぞ!」


「仮面かぶってたし、僕たちってバレないでしょー。 そんな焦んなくても大丈夫じゃないー?」


「あんなもんバレバレだっつの! ありゃああくまで雰囲気出しの衣装っつーだけで、直前に顔出しで出ちまってるのに素性隠しって点じゃあんま意味ねえ!」




 急いで夜逃げでもするみたいに各人の荷物をまとめて部室を飛び出す。

 関係各所には話はつけてある。オレ達はこの後の文化祭片付けには参加せず下校して、明日の大掃除にだけ参加することになっている。

 それが許されるくらいには今日はもう働いた。働きすぎて、いつこの身体が重力に負けて倒れる一反木綿いったんもめんになるか分からない。全身クッタクタだ。




「うぉ、めっちゃLINNE来てる」




 客席からライブを見ていた奴、事前に事情説明済みの奴からは校内放送越しの感想メッセージがいくつも届いていた。

 この通知の数々が、繋がりの証明だ。一条にも説明できていない数多の協力と結束が、今日のライブを成し遂げた。この全員がいなければ実現はしなかったと思う。



 やりたい放題にやった。

 頭悩まして、努力して、こんな夕陽に辿り着いた。


 トワイライトがオレ達を照らす。

 廊下を走りながら、野崎に向かって右手を伸ばし、特大のピースを作る。




「どうだ? ほんの少しだって嫌いになんなかったぜ!」




 低い体力で必死に走る野崎が、息を切らせながら苦い顔を見せる。


 言いたいことは「よくもそんな恥ずかしいことを口走ることが出来るね」ってところか?




「……君ってやつは」





 その時、想定外のことが起きた。

 オレはまだ、裏の野崎の思考回路を理解し尽くせていなかったらしい。



 こちらに目も合わせず、肩を揺らして走りながら、包帯に包まれた細い指で、今にも隠れてしまいそうな小さなピースを作ってこちらに見せたのだ。





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