『将来の夢は何ですか?』



 そうして、練習の日々が続く。

 個人個人の練度が高まると同時に、ドラムを軸にして互いのテンポ感を掴み、ひとつの淀みない楽曲として完成に近付いているのが日に日に分かった。

 これを上達と呼ばずして何と呼べばいいのか。


 オレ達は妥協しなかったし、三日坊主で終わる奴もいなかった。

 その理由は……、単純にバンド活動をするのが楽しかったってのが大きかった。


 皆、音楽を楽しんでいる。

 あんなに血腥ちなまぐさい日々を送ってきた、仮面の界隈に属するオカ研の面々が。

 テロも人死ひとじにも全部なかったことみたいに青春の最中さなかにいる。




「いよいよ、だな」




 明日、遂に文化祭が始まる。

 オレ達の演奏は2日目のラスト。つまり、明後日の夕方。ステージ出演枠の最後でゼロとの対バンが予定されている。


 ここまでよく頑張ってきたと思う。

 ほとんど経験値のないところからスタートして、楽器の扱いを覚え、オリジナルの楽曲を用意し、協調性のないエゴイスト達が手を取りあって良い演奏をしようと調整をし合って試行錯誤。反復練習。

 その結果が、明後日に全部出る。




「煌、行こうよ」


「ああ」




 すっかり髪が長い野崎に慣れてしまったが、これは通常ではない。

 本来の野崎ならこんな風に言われるはずだ。




「煌、そろそろ行くぞ」


「ああ」


「君は何をしているんだ? 今日は文化祭直前で音楽室や多目的ルームは本職である軽音部達が利用する。 だからオカ研は演奏可能な部屋のあるカラオケで練習をする。 そう言ったのは君だろう? その鈍臭どんくさていたらくで部長としての役目が務まるのかよ? しっかりしてほしいものだよ、本当にね」




 くらいは言ってきてもおかしくはない。


 ……いや、ちょっと誇張しすぎか?

 野崎ならオレの時間感覚がぶっ壊れてるくらい分かってくれているハズだ。5分、10分の遅れくらいは流石に許容してくれるだろう。


 なんて妄想とは裏腹に、今の野崎の返答はこうだ。




「……もし当日、私がギター間違えてしまっても……、嫌いにならないでね」




 ゼロが言うには、今この野崎に表出しているのはだという。

 つまり、いつも高圧的で利己的な理由のためだけにテロなんてものを起こす危険な輩が到底放つとは思えないこの言動は、野崎の本当の『心』の言葉なのだろう。


 ……とは把握していても、頭が理解を拒む。

 オレに苦言を呈してきた野崎はこんな事を言う奴じゃない。だから、助けなきゃいけない。

 元の野崎に戻ってもらうために。そして、いつか……、ゼロの権能なんて関係なく、素のまま心根を吐露してもらえるようになるために。




「安心しろ、嫌いになんてなれねえよ。 明後日、絶対に勝とう」




 包帯越しの野崎の口角が緩む。

 ハイライトのない目が、優しく細む。


 オレ達ならやれる。

 勝てるし、青春を果たせる。

 きっとこの文化祭は思い出に残るものになる。




「――――夢を見るのは自由だが、夢は夢。 叶わぬものが故、目蓋を閉じている時にのみ見えるのだ」




 冷水をかけるような声に反応し振り向く。

 ゴスいシルバーメッシュの黒髪にマッドな黒リップ。下に薄いフーディーを着込んだ、細身を印象付けさせる着こなしの制服。首から逆十字のネックレスが揺れ……、背中に背負った、メタル風ロゴステッカーだらけのギターバッグ。




「当日までに楽器を揃えるだけでも上出来と思っていたが……。 この短期間で確かによくやったものだ。 しかし、その努力も敗北の下に露と消える。 全て徒労だったのだと教えてやろう」




 部室に訪れたのは、オレ達が明後日に対決するその相手。柊雫ヒイラギシズク……、ゼロだった。




「なんだよゼロ、まさかオレ達の上達が怖くなって敵情視察か?」


「自意識過剰も甚だしいな。 やつがれがここに来た理由はただひとつ。 大恥をかく前にステージ出演を辞退するチャンスは今が最後だと助言に来てやったのだよ」


「デカい口を叩いたって無駄だぜ。 辞退をあおぎに来たのはお前が不安だからだろ。 負けるかもしれねえって少しでも思ったから不戦勝を貰いに来たんじゃねえのか?」


やつがれはこう考えたのだ。 日継のステージは毎年、大の人気イベント枠だ。 それは客としても、出演者側としても。 今回の対決も文化祭の運営協力しているやつがれが権力を利用して強引に差し込み、なんとか閉会式の直前の枠に滑り込む形で企画できたものだ。 それほど枠は少なく、切迫している。 故に今回、やつがれ其方そちらも一曲ほどしか演奏する時間を与えられていない。 そこで、貴様らが戦前から白旗をあげてくれさえすれば必然的にやつがれが二曲分の演奏をする時間が生まれる、とな。 貴様らが文化祭イベントの最後を汚して中途半端な幕引きとなってしまうより、このやつがれに任せた方が日継のためになるのではないか?」




 こういう時、最初に噛み付くのが野崎だった。

 だが野崎は今、性格が変わってしまっている。噛み付くどころか、こんな状態にさせた元凶たるゼロのことを恐れて少し怯えているようにも見える。


 そんな野崎を庇うように出てくるのはオカ研うちの二番槍。御山秀次郎だ。




「ソレ、取って付けたような理屈話されてもさ、言い訳なのバレバレでしょー。 いつだって自分のことが一番のハズの仮面持ちぼくらが、学校のためにどっちな方がいいなんて言わない。 思いつきもしないよ異常ふつうは。 やっぱ怖いんだ、僕たちが。 あれだけ勝ち気に勝負吹っかけてきて負けるかもってえ?」


「フッ、下賎な者と話していると笑いが止まらない。 君とは言葉を交わしても無駄と判断した。 会話不能だよ、レベルが低過ぎる」




 前回の会話で煽り耐性がないことがバレてしまったゼロの用意した、対御山の戦術は「無視」のようだ。確かにそれならボロを出すことはないだろうが……、明らかに意識しまくっているのがバレバレだ。




「それに一条から聞いたぞ? 学外から協力者を呼んだらしいな。 なんと浅ましい。 揃々ぞろぞろと小虫が集まっても結果は変わらんと言うのに。 蟻が巨象に打ち勝てるものか」


「逆にいいのかよ、お前はソロで。 ギターだけじゃ音だって足りねえだろ。 今からでも他のメンバー拾ってきた方がいいんじゃねえか?」


やつがれは孤高だ。 例え敵陣の中心、燃え滾る火中とあれど好き好んで孤立する。 一人でなければ、他の不純な者の音色が混じってしまうのでね」




 忍者が背に帯刀したカタナの柄に手をかけるみたいに、ゼロは威圧的にギターケースを撫でる。




「何より、やつがれの詩を理解できる者など居はしない。 何も分かっていない輩に音楽性を否定されたり指摘されたりなんてされたくはないのでね」


「……どうせ誰もわかってくれない。だから、誰とも足並み揃えることなんて出来ないって? 勝手に不貞腐れてるだけじゃねえか」


「何とでも言え。 やつがれの詩は、ぼくと同じ境遇の者にのみ共感される、なのだよ。 悲しみに溺れ、空っぽになった『心』に。 誰かに傷つけられ、ヒビ割れた『心』に。 そういった隙間を持つ者にのみ刺さる詩を生み出すことが出来る。 それが、やつがれに与えられた真の才能だ」




 ゼロが言う才能とは、きっと権能のことではない。

 人の持つ才覚。非超常的な技能。努力の結晶。本来の意味での才能のことを言っている。


 仮面持ち達と関わりすぎて何もかも疑ってしまう癖がついたが、本来の能力とはそういうものだ。

 個性、長所、将来性。他の誰かより秀でた何か。仮面も異能も関係ない。人の身で練り上げた、または誕生してすぐに授かった特技。


 ゼロには、それがあるのだ。

 人の隙間に入り込み共感を引き出す詩を生む才能。

 そして、その独特な音楽性に高い自信を持っている。音楽であれば誰にも負けない、自分が最高だと。

 故に誰にも協力を求めず、今度の文化祭だってソロで演奏をするつもりなのだ。




「いいか……。 やつがれは一人だ。 だがしかし、後ろには何百、何千、何万、何億もの支持者が連なる。 やつがれはその†皇帝†となる! 誰一人、孤高たるやつがれに並び立つことは叶わない。 しかしっ、圧倒的なカリスマ性と共感性の高い創作物は悲しみを抱く者への救いの手だ! 魅了された国民ファンやつがれの後ろを追い続け……、それはいつか、行列する一国と成るのだよ」




 ゼロは前にも皇帝がどうと言っていた。

 あれは、そういう意味だったのだ。


 誰一人として自分に肩を並べられる実力者はおらず、同じ音楽の方向性を進む仲間だって居ないが、後ろには自分の音楽が刺さったファン達が並んで追い続ける。

 自分を皇帝と呼ぶのは、いつだって自分が最前線であるという自覚と、他の誰とも違う高い立場にあるという自信があるからだった。




「オレ達がそんな話を聞いて怖気付くとでも思ってんのか? 辞退なんてしねえよ、やってやるぜ。 お前に勝つための策だって練ってきてるんでな」


「フフ……、正面衝突か。 まあ、それも良いだろう。 比較対象があれば絶品の評価も上がるというもの。 ……貴様らのような陽キャ集団に、影の薄い陰キャがたった一人で立ち向かって無双する展開。 これはこれで良いものだ。 フフフ…………!」


よう……、え、何だって?」


「それでは、当日を楽しみにしているぞ。 さらばだ……」




 ゼロが小さく笑いながら部室を後にしようとしたところで、勇気を出したカフカの一言が投げ込まれる。




「あ、あの……、ゼロさん……。 扉は、開けたら、閉めて、ください……」


「……………………フッフッフッ。 それでは、当日を楽しみにしているぞ。 さらばだ……」




 後ろ歩きで廊下から戻ってきたゼロが今度こそ扉を閉めて、部室から退出をした。




「……まんねーな」


「私はあんな阿呆な男のせいでこんな事に……」


「オレ達もそろそろ行くか。 練習時間が勿体ねえ!」




 ゼロに勝つための演奏練習は毎日してるし、オレなりの仕掛けだって準備してる。

 オカ研は食い下がってでも貪欲に勝ちに行くぜ、それがオレ達なりの青春の在り方だからな。




「……そーいや、野崎。 爪大丈夫か?」


「痛むよ。 演奏用のネイル越しに振動が伝わってくるからね。 でも、耐えられない程じゃない。 少なくとも、本番までは安定して弾けると思うよ」


「良かった。 じゃあこれ、要らねえかもだけど一応持っとけ」




 渡したのは、ポケットサイズで持ち運べる絆創膏のパッケージだ。

 下手な弾き方をして爪が引っ張られたりして出血したら大変だし、緊急用として常備しておくことは悪いことではない。




「……こ、これは……」


「…………? お、おう……?」




 何故か目を逸らされた。

 親切心からの贈り物だったんだが、嫌がられてしまったのか……?


 確かにこんな風貌で毎日暮らしているんだから、包帯や絆創膏なら予備ストックはいくつだって持っていそうなもんだ。余計に渡されても荷物になるのを嫌がられたのか?

 それとも、お気に入りの絆創膏メーカーでもあったのだろうか。絆創膏によって触り心地とか、回復力に違いあったりするもんなのか……? マスカットの香りがする高級絆創膏とかあんのかな……。


 とにかく、余計なことをしてしまったようだ。




「こだわりとかあんなら別に使わなくていい! 一応渡しとこうと思っただけで……、」


「嬉しいよ、ありがとう……。 受け取っておくよ」




 そう言って、包帯の隙間から覗く目をやっと合わせてくれた。




「……良かったぜ。 ほら、メレンゲも持ってけよ」




 学生鞄スクールバッグから野崎に渡したものと同じパッケージの絆創膏を取り出して、メレンゲにも手渡す。


 ドラムは爪だけでなく、手のひら全体に負担がかかる。スティックを振るうことで生まれる摩擦で怪我したり、タコが出来ることもあるだろう。絆創膏が必要になるシチュエーションは少なくないはずだ。




「ワーーイ! キラぶっちょ、優しめデース!」


「うわっ、おい! 抱きついてくんな!」




 絆創膏のついでに寄生型エイリアンみたいに飛びついてきたメレンゲを力任せに引き剥がす。


 なんでこいつ、見た目はしっかり帰国子女の可憐な女の子って風なのにこんな力強ぇんだよ……。




「…………は?」




 ……ん?

 野崎からとてつもなく低い声が聞こえてきた気がするが、気のせいか?




「カフカも、ほらよ。 しばらくピアノ触ってなかったんだろ? 突き指した時とかのために持っておけよ」


「ど、どうして……、私が久しぶりのことを知って……」


「あれ? 違ったか? 前に習い事受けてたって言ってたからよ、その頃の経験値はあれど最近は触ってなかっただろうと思って……」


「……やっぱり、神無月さんは……、、ですね……」




 そうだ、オレはカフカの理解者だ。

 あの図書室の一件からそうなろうと決めたんだ。




「……………………は?」




 …………んっ?

 おかしいな、オレは他の仮面持ちの『引力』を感じ取ることは出来ないはずなんだが……、今、隣から感じているこのドドドドス黒い圧迫感のようなものは……、何だ……?




「御山は……、器用そうだけど一応持っとけよ」


「ラッキ〜。 無料ってサイコー」


「なんて現金なヤツなんだ……」




 全員に絆創膏を渡しきったところで、不安になって横を見る。




「えーと……、野崎? どうして今にも『爆弾作りベータテスト』しちゃいそうな感じになっちゃってるんですか?」


「……………………、」


「おいっ! 何が気に食わなかったんだよ!? おでこに手ぇ当てんじゃねえ! それ仮面出す時のやつじゃねーか! こんなとこで槍斧ハルバードなんか出したらッ……!!」




 爆発しそうな野崎をなだめ続け、出発が更に遅れる。


 正直、表の野崎の方が行動と発言が一直線で分かりやすい。裏側になった野崎は随分と人間らしくなった分、分からないことが多い……。

 オレはどこで選択をミスっちまったんだ……?




「次はちゃんと好きなメーカー聞いてから買いに行くから……!」


「…………君という人は! 本当に何も分かっていない!」




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