『嘲笑的星々が心を綯い交ぜた』
昨日まで雑音混じりだった未完成のメロディがプロの手によって整えられ、今オレ達の前で完全版のデータとして再生されている。
書き上げられた歌詞に合わせて微調整とCパートが組み込まれ、その上からアリサが歌った音声がのっている。彼女が言うには業界ではこれを仮歌と呼ぶようだが、素人目からすると既にひとつの楽曲として完成されているようにしか聴こえない。
オカルト研究部のメンバーは事前にこれを聞いて演奏の練習を進めていた。
その合奏会が今日、この場だった。
「『LastStudent.』のみなさん! それではリハいっかいめ! 楽しんでいきましょーう!」
ステージの前でノリノリの挨拶をするアリサに対して、生徒代表として顔を出しにきた一条は背筋を伸ばして丁重に言葉を重ねる。
「本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます。 メールにてご連絡させていただきました、生徒会長の一条大亞です。 添付致しました契約文書にも記載させていただきましたが――――、」
「あーうんうん! 見た見た見ました! あの文字ぎっしり4ページくらいのやつだよね? おけまるでーす。 さっ、練習やろ!」
どうもアリサは演奏に入りたくて仕方がないようだ。
あくまでゲストの立場でお呼びしたはずだったのだが、今では誰よりもバンドを楽しみにしているし、ハイテンションで、周りごと成功に向かって引っ張ってくれそうな明るいオーラを感じる。
だから、アリサがやる気を爆発させるとオレ達もやる気が出る。もう才能のあるなしはどうでもいい。目の前の出来る限りに挑戦したいと思えるのだ。
「まずは一番だけ合奏しよう! 途中でミスってもノーストップで! 皆さんの個人練の成果を聴かせてください! それでは、いっきますよー!」
一条が見守る中、ステージの上でアリサに指を差されたメレンゲのドラムをオープニングに演奏が始まる。
しっかりとした合わせ演奏はこれが初めてだったが、ステージ下から聞いている印象は悪くなかった。
……いや、悪くなかったなんて言い方で曖昧に評価するのはやめよう。今のオレは演奏に参加が出来ない分、助監督的な立場にある。印象、感想、問題点を言語化して伝えなければならない。
まず、演奏自体は出来ている。
各人が
アリサの歌がのっていることで完成度の高さを醸し出しているが、ひとつひとつの細かな音に注目すると足並みが揃っていない。ガタガタだ。
「エゴがこんなとこで足を引っ張ってくるか……」
楽器の練習、オリジナル曲の練習を始めたのはすぐこの前のことだ。それでこのクオリティまで演奏できるのは驚くべき成果だとは思う。
だが、日が浅い故に彼らにはまだ余裕がない。周りに合わせてテンポを調整し、強弱を整えることがあまりにも出来ていなかった。
演奏に合わせて歌うアリサはそれを誰よりも感じ取っているだろう。プロの才覚がなくたって分かるレベルの強調のなさ。これを、どう指摘するべきか。
そんなことを考えているうちに一番が終わる。演奏が止んだところでアリサが放った言葉は、
「みんなっっっ!! すごい、すごすぎ! もうこのレベルまで演奏できちゃうなんて思ってなかった!」
アリサらしさ全開の、ハイテンションなベタ褒めだった。
「ほんとー? なんか全然うまく合ってない感じしてたんだケド」
「ベースのイケメン君が言いたいことはすごーく分かる! でも、まずは一番だけでも曲として成り立ったこの瞬間を称え合いましょう! みんなナイス〜!」
……そうか、この人は。
この人は本気でオレ達に青春してもらおうとしているんだ。
初めての合奏は緊張するものだ。
それと同時に、きっと思い出に残る。
いつかの未来で、バンドをやった文化祭のことを思い出す。そして、その回想は今日この時、初めてリハーサルをしたエピソードにも辿り着く。
「みんな緊張したと思う! 失敗しちゃった人もいると思うし、もっと上手くやれたなーって人もいるかも。 みんな一人一人違う反省あるよね。 でも、ひとつだけ誰も違わない、共通の思ったことがあるはずです! それは、みんなで演奏するとこんな感じなんだって感動! これだけは一生忘れられないことだから、憶えておいてね」
始まりの感動は、努力の継続に至る半永久的な燃料となる。
彼女はオレ達に、より尊い感動経験をさせたがっている。そうなるように立ち振る舞ってくれている。
「今はみんな自分のことで精一杯だったからバンドとしてはもっと練習必要! 一小節一小節の瞬間に『心』を重ねて、みんなの歩幅を合わせていこう。 そのための練習会なんだから!」
エゴだけが取り柄で、
エゴこそが切り札で、
エゴだけが処世術で、
エゴこそが防衛術で。
利己的な生き方に特化し、
独善的な死に方に終始し、
誰にも理解のされない、
誰にも理解されたがらない。
『
『
雑踏を行き交う普通にもなれない。
そんな、怪物の様な除け者達。
オレのいるこの集合は、
そういう集まりだったというのに。
「こっからは皆の友情パワーを振り絞るターンですよ! お互いを理解し合って、歩幅を整えていきましょーう」
……どうしてこうなった?
あんなに敵対し、殺し合い、傷つけあったオレ達は何がどうして深い絆を築くことになったんだ?
「まずは回数こなしていかなきゃなので、このまま二回目やっていきましょーう! ドラムちゃんは安定感あるし、この勢いで! ピアノちゃんギターちゃんベースくんがそれに合わせていこう。 でも無理に合わせようとかしないで。 とにかく反復練習!」
それから、アリサの指揮のもと練習が続いた。
オレもちょくちょく口出しはしたが、正直あまり言えることはなかった。
これじゃあ舞台監督役は失敗かもしれないが、それよりも……、嬉しかったんだ。
オレには音楽の才能はない。バンドに関わるような人生じゃない。そんな人間ではないと、勝手に諦めて可能性を閉ざしていた。
でも、こいつらと一緒ならそれも出来る。出来てしまう。未来に期待してしまう。可能性に待望してしまう。
別に音楽がやりたいわけじゃない。
将来の職業にしたいわけじゃない。
でも、「やっぱり駄目か」じゃなかったことがこんなにも嬉しいなんて。
「……変わったな、オカルト研究部は」
「一条……」
オレ達が何かやらかさないか監視していた大男が優しく語る。
「部活動の発足時はもっと殺伐としていた。 こんな奴らがどうやって足並み揃えて活動をするのだと疑った。 だが、いつの間にか空気が変わったな。 連帯感もある」
……その変化はきっと、あの日からだ。
ジョン・ドゥに裏切られ、シュレーディンガーに騙され、EXEに人形みたいに使われた。
皆で、同じ苦境を共にしたから。
皆で、同じ悲しみを背負ったから。
皆で、同じ痛みを分かちあったから。
利己的思想の、「利己」の定義の領分の内側に……、いつの間にかオカ研が入り込むようになったのだと思う。
もし違ったとしても、そうだと信じたい。
きっとオレ達は前に進んでいる。
青春というイベントを越えて、もっと良い関係になれる。そうありたい。そうであってほしい。
「確かに
「……何が言いてえのかあんま分からねえが、何をしなきゃなんねえのかは分かる。 精一杯に努力して、全力で青春して、勝つ! そんだけだ」
「それでいい」
一条はそう言い残して場を託し、去っていった。
「勝つ……。 勝つ、か」
頭の中で、自分が放ったその一言を
勝負に勝たなければ、元の野崎は戻ってこない。このままではあいつが気の毒だ。あんだけ自我の強い奴が他人が元凶で自分らしくいられないというのは。だから、オレ達は仲間として共に戦うと決めたんだ。
でもいつからか、この状況を楽しむ自分がいたことに気が付いた。理由は明白、この毎日が平和で、青春的で、普通だからだ。
勝負には勝つ。だが、その過程を最大限楽しむ。その上で勝つ。そうしたい。その方が、健全な気がする。
野崎だってきっと分かってくれるはずだ。
御山弟も、メレンゲも、カフカも、みんな普通の学生みたいに楽しんでいるんだから。
きっと。
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