『過去と未来』




 ディオの血だらけの腕を肩に回し、今にも崩れてしまいそうな肉体を強引に引っ張りあげて、歩き出す。




「……ディオ、気ぃ失うんじゃねえぞ。 あいつらはすぐそこにいる」


「……あァ!」


「クソ重てえな! 老化で筋肉萎んでんじゃねえのかよ……」


「殆どは鎧の重さだ……。 ウウッ、脚に力が入らんッ! 世話をかけるッ……!」


「しっかりしろ! もう、すぐ、そこだ……!」




 数本の柱を越えた先で、一直線上に玉座のエリアを視認する。




「…………なんだよ、あれ……!」




 玉座の裏に立っているのはEXE、ジョン・ドゥ、シュレーディンガー、そして二名の黒ローブの人物。

 彼らは一列になって、光り輝く何かに見惚れているようだった。それは、鍵穴の形をした空間の裂け目……、あるいは、浮遊する光の門。表現し難い何かが、向こう側の眩さを口を開いて見せびらかしている。


 玉座から数メートル離れた位置で、オカ研の面々がボロボロになって座り込んでいた。

 どうやら、ジョン・ドゥがラヴェンダーの様子を見に来た時に「全員コテンパンにしてきた」と言っていたのは、本当の事だったようだ。


 今思えば……、他人の権能を封印する顕現アナザーを持っているのだから勝てるに決まってる。

 あんなズルいのを使えるんだったら、相手が野崎や御山弟だったって関係なく封殺できてしまうだろう。




「煌……!」


「お前ら大丈夫か!?」


「なんとか……、ね……。 それより、奴を……!」




 ジョン・ドゥはこちらの様子を見ようともせず、鍵穴の中に足を踏み入れようとする。




「待てっ、ジョン・ドゥ!」


「ポーズボタン押したきゃ、時間停止でも出来るような能力者連れてきな。 もう俺達はこのエピソードはクリアしたんだよ。 その証拠に、この通り。 全ての必須カノンイベントを通過した報酬リワードに、俺は次の『主人公』に。 EXEは『代筆者』になる。 その為の扉が開かれたんだ」


「どこ行くつもりだよ! こんな……、何もかもぐちゃぐちゃにして!」


「……この世界ゲームボードの外側だよ」




 鼻血を流して横になっていた御山弟が不意打ち狙いで放ったスーパーボールが、EXEの後頭部を目掛けて床と柱を跳ねて飛んでいく。

 が、あとほんの数メートルというところで黒いローブの人物が腕を伸ばし、黒いナイフでスーパーボールを受け止めてしまう。


 ビギリ、と赤黒い閃光が空気を揺るがした次の瞬間。スーパーボールが飛んできたルートと全く同じ道筋を辿って持ち主のもとに返っていき、最後には発射地点である御山弟の手の甲に直撃した。




「――――我が名は、EXE。

 新世界の『代筆者』なり。

 古のメインキャスト達よ、

 此処で、お別れエンディングだ」




 咳き込むディオを肩から降ろして玉座を睨む。

 EXEは気にも止めず、語り続ける。




「世界を創りし『原作者』は、

 脚本シナリオを未完成のまま放棄した。

 我々はその最後のページを、

 遺された通りに通過した。

 この先は、白紙の未来だ」




 ジョン・ドゥが握った拳銃をこちらに向ける。




「ヒーローに全ての必須カノンイベントを滞りなく通過させること。それが俺とEXEの計画だった。『主人公』の誕生、闇の組織との邂逅、学園を巻き込んだテロ事件の発生、物語の先を不穏に演出する異常気象、無限ループの体験、国家権力の介入、対異能用の兵器の出現、アンドロイド兵士、異能レーダー探知機、警察サイドの裏切り行為、転校、新たな出会い、学級裁判、異世界転生、闇の組織との正面衝突、光と闇の衝突……。 ふふっ、全部身に覚えあんだろ? ありゃあどれもこれも、『原作者かみさま』が事前にプロットで決めていた展開だったんだよ。 俺たちがやったのは、その展開から逸脱しないように陰でサポートしただけ。 スゲー面倒くさかったぜ。 転入先の学校を裏工作で操作したり……、『特務課』の奴らが早めにレーダー探知機を開発できるように下っ端の仮面持ちどもをわざと捕まえさせたり……、ホントは頭使うプレイングは苦手だってんのによ! でも……、全てはこの瞬間のためだったんだよなぁ!!」




 こちらに向けてられていた銃口が、ゆっくりとジョン・ドゥの隣に立つ少女の側頭部に向けられる。




「お前、またその子を人質に……!」


「人質? ハッ、違うなぁ。 シュレーディンガーはだ。 初めから、そのためだけにここにいる」


「犠牲……? 犠牲だと……!?」


「折角、この瞬間に間に合ったんだ。 お前にも歴史的瞬間を見せてやらねえとな? 『主人公』変更の儀式を……!」




 拳銃のハンマーが親指で落とされても、シュレーディンガーは逃げ出すどころか恐れている様子すら見せない。

 EXEはそれを確認して、最後の口上を並べ始める。





「古き物語の終わりは、悲惨なる結末。

 新たなる物語の始まりは喪失より始まる。

 その因果を――――、ここに紡がん」





 そして、


 そのまま、


 拳銃は発射された。




 少女の上半身が衝撃で横に飛び、


 ぺたん、と倒れ込む音が響いて、


 血溜まりが広がって空薬莢を飲み込む。





「な…………っ、」




 今度は、脅しじゃない。

 本当に撃ちやがった。


 目の前で、シュレーディンガーを。

 いつも近くで慕ってくれていた少女を。

 仲間を……、迷いなく撃ち殺した。




「……いつも隣にいた女の子が死んだ。 あー、悲しい。 スゲー悲しい……。 心にポッカリ穴が空いちまうぜ……。 でも、それでいい! 喪失感を抱いて戦う悲しみの異能力者! 主人公として最高の肩書きだと思わねぇか!? これが、最後の条件フラグ! ……必須カノンイベントは全てクリアされた。 『主人公』は役目を全うし、お役御免になる。 ……もう、お前に主人公補正は訪れない!」




 オレの全身から、光の粒子が溢れて離れていく。

 その光は河となって、山なりに連なり……、鍵穴の中に吸い込まれていく。




「良かったなぁ、ヒーロー。 いや……、もう『主人公』じゃなくなったんだ。 フツーにキラって呼ばせてもらうぜ。 キラぁ……、お前は遂に、本当の意味で普通の学生になれたんだ。 もう権能にも、テロリストにも、国家権力にも関わらず、流血も苦しみもない、目の前で女の子が死ぬこともない……、そんな毎日を送れるんだぜ? 人生イージーモードだ。 嬉しいだろ? だから後は俺に任せておけや」


「オレが今までテメェらに巻き込まれてきたのも、お前がシュレーディンガーを撃ったのも、オレが『主人公』だからだって言うのか!? 主人公補正ってやつのせいだっていうのか!?」


「ああ、そうだとも! 『主人公』には大いなる力と、大いなる宿命が与えられるものさ。 例えキラが望もうとも、望まぬともな。 お前が全ての起点であり、終点だ! 因縁の交差点。 運命の分水嶺。 『主人公』が道を行けば、後ろには花が咲き、行く先には茨が広がる。 そういうものだ、世界とは。そういうものさ、設定とは。そういうものなのだ、お約束とは!」


「……何を、言って…………?」


「お前はこれまで、自分の生活をおかしいと思わなかったのか? 記憶喪失であることが。 ワケありの一家に拾われたことが。 校外学習に向かった先でテロに巻き込まれたことが。 転入生が因縁の相手だったことが。 学校がテロリストに占拠されることが。 学校の屋上が解放されてることが。 転入先でも次々に友達ができることが。 不良に絡まれる女生徒を助けてモテることが。 普通、ありえないだろ? ラノベとかアニメみたいだ、なんて思わなかったのか? そうだよ、その通りなんだよ。 全ては『原作者かみさま』がベッタベタな王道系の学園異能バトルを描こうとして『主人公』に設定した運命力の成果だ! これまでお前の周りで起きてきたことの全ては、俺という究極のライバル的な存在がお前の前に現れたのも、何もかも! お前がこの世界の『主人公』席に座っていたことで与えられた運命の補正だよ」





 ……あまりの出来事の連続で、思考が満足に動かない。

 これまでのオレの人生……。記憶喪失を自覚したあの日以降、オレの周りで起きた出来事は全て……、『原作者かみさま』って奴の想定範囲内で。

 しかも、大切な場面は必須カノンイベントってので通過することが確定させられていて。


 ……そんなのって、信じられない。

 信じたくもない、が……、

 


 頭では疑っていても、『心』が納得しているのか?

 ジョン・ドゥの話す熱に当てられているだけとは思えない、もの哀しい感情が肺に漂う。


 オレがこれまで努力してきたことも、繋いだつもりでいた友情も、戦いで流した血も、汗も、全ては、脚本シナリオ

 オレの意思で、オレの力で成し遂げたことは……、本当は、たったのひとつもなかった、のか……?




「キラ、絶望してんのか? まー、気持ちは分かるぜ? これまで自分が上手くやってきたって思ってたことも、なんとか切り抜けたって修羅場も、土壇場も、火事場も、全部自分の力じゃなかったってんだからな? でもな、安心しろよ! その『主人公』の席は、今日から俺が貰い受ける! お前はもう『主人公』じゃない! お前はもう、じゃあない! ただの廃棄物モブキャラになるんだ! コンテンツ不足ゆえの強制ハッピーエンド楽勝コース行きだ! やったなぁ! ……んでもって、俺も、もう廃棄物モブじゃあない。 『主人公』になって、主人公補正を受けて……、数々の試練や、戦い、出会いと別れ、恋と因縁、約束と旅立ち! 新しい仲間を作って、新しい環境で、新しい物語を始めるんだ! 世界の中心としてなッ!!」




 ジョン・ドゥは鍵穴の門に足をかけて、

 勝ち誇った顔で振り向き――――、





「じゃあな、廃棄物モブキャラども。

 俺だけしてくるぜ」





 そう言い残し、こちらに質疑応答も抗弁のタイミングも与えず、好き勝手に話すだけ話して鍵穴の光の向こうへ消えて行ってしまった。

 それに続いて黒いローブの男たちもぞろぞろと後を追い、EXEだけが残る。




「――――古の、メインキャスト達よ。

 『神の遺作』に翻弄されし学徒よ。

 汝らの命を奪うことはしない。

 我が代筆による新世界を享受し、

 後の世を、己らしく生きるが良い」


「お前たちの描く世界……。そんなの、どうせ下らないに決まってる。誰も彼もみんな殺しあって、みんな歪んでて……! 権能が溢れてて、みんな死ぬ……。 混沌カオスの世界に決まってる。 そんな世界で、自分らしく自由に生きていけるワケないだろ!」


「そうだとも。

 我が代筆によって描き出されるは、

 権能の広まった混沌カオスの世界。

 異能を持ちし者が増えなければ、

 ジョン・ドゥという『主人公』が

 チート能力で敵を薙ぎ倒して進む、

 異能バトル創作は成立させ難くなる。

 そして、その為の布石は既に打った」




 EXEがコートの中から取り出したのは、一丁の古めかしいデザインの銃器。




「我が『福音エクストラコイン』の権能は、

 負の念を持つ者に権能を授ける能力だ。

 発動の条件は、この銃で対象を撃つこと。

 神聖ながらも手のかかる権能である。

 そこで、アノニマスの権能を利用し

 

 


「……………………は?」


「今頃は、世界中で覚醒が起きているだろう。

 強大な負の念を抱いている者にのみ、

 救済の解放は訪れる。

 汝らの血族、隣人、相識。

 これまで少数派だった全ての者に、

 多数派の立場に着く好機を……」


「ふざけんな……! 本当に……!

 本当にっ、何もかも……!

 一切合切ぶっ壊しやがって……!

 自分たちのエゴのために、好き勝手にッ!」


「――――嗚呼ああ

 何せ、我には『心』が無いからな」




 EXEが、血を流して横たわるシュレーディンガーの遺体を一瞥する。




「他者の脚本シナリオ

 淡い肌の少女が何人逝こうとも、

 筆を止めてしまえる程の人間らしさは

 此処までの道で落として来たのでな。

 貴様もそうだろう?

 永遠を生きる白き魔女よ。

 有も無も、是も否も手中の、

 童女のなりをした可能性の悪魔よ」




 その言葉の直後、オレは息を飲んだ。

 追っかけでもうひとつ、理解不能な出来事が目の前で起きたからだ。


 




「お、お前……、生きて……?」


「…………権能」




 シュレーディンガーはいつの間にか彼女の仮面であるネコミミヘッドセットを装着していた。頭から流れ出した血で全身を真っ赤に染めていたが、はだけた服の下に隠されていたはハッキリと視認することが出来た。

 マーカーペンか何かで、肌に直接書き込まれたおびただしい量の黒い数列を。




「私自身を『箱』と見なして、『行方不明ルートボックス』で中身の状態を分岐させた。 死傷という事象、そのものを成功と失敗に振り切らせて……。 私は、失敗の分岐を選んだ。 死傷の失敗。 だから、死んでもいないし、傷もない。 撃たれたけど、撃たれてなかったことにした。 これがジョンにとっての、私の存在意義。 あの人に必要なのは、あの人にとって大切な立ち位置にいるヒロインの死。 最後の必須カノンイベントを越える犠牲者要員。 でも……、イベントを越えて貴方から『主人公』の役目を奪えば、私の仕事は終わり。 本当に死ぬ必要はない。 だから、さよなら」


「待て……! 待てよシュレーディンガー!」


「……無理。 ジョンが待ってるから。 私、権能の力を使えば永遠に生きられるの。 死なないの。 だから、一瞬を大切にして生きる方法、忘れちゃった。 だから知りたいの。 有限の命を使い潰して、破滅する人のこと。 嘘ばっかりついて、人を騙して、自分さえ楽しければいい、そんな地獄行き確定の人。 すごく魅力的。 私の忘れた全部を知ってる人。 永遠じゃないのに怖がらず、永遠の振りをする人。 最後はどうせバッドエンドなのに。 最高の人。 最低の人。 待ってるから、ばいばい」




 そう言い残し、EXEと共にシュレーディンガーの姿も鍵穴の向こう側へ消えていった。


 全ては一瞬で、理解不能で、ただただ一方的で、解決することは少なく、不満ばかりで、もやもやして、なんでこんなことにって……、頭が真っ白で。



 今や静寂の支配する地下神殿で、鍵穴は音もなく閉じていった。




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