『役者と嘘吐』




 落日の景色が、灰色のコンクリートに塗り変わる。

 目の前にはジョン・ドゥと対峙するディオ。横たわるラヴェンダー。『黄昏症候群トワイライトシンドローム』は正しく作用し、時を戻した地下神殿へと場転していた。




「あァー、ディオ〜! 十年も失踪してたお前を見つけて街に降りてきた時の最初の食事メシ、憶えてるか? あの死人が出そうなレベルの濃厚豚骨ラーメン! 最高だったよなぁ! あの味、たまに思い出すぜ。 また食いにいきてーってな。 でもまあ――――、」


「ディオ、避けろ! そいつの銃の弾は当たったら即死の毒入りだぞ!」




 オレの忠告に舌打ちをしたジョン・ドゥは急いでピストルを向けてディオを撃ち殺そうとする。

 しかし、忠告を聞いたディオは床を蹴った飛び込み前転でこの弾丸を避け、近くの柱に衝突する勢いで隠れ込む。




「……どうして即死チート弾がバレた? まさかお前……、してきたな?」




 何も答えず、オレも急いで柱に隠れる。

 ディオは被弾していない。まだ、息をしている。前回とは既に運命が変わっている。




「そこの死に損ないが協力したか。 油断も隙もねえな、ラヴェンダー?」




 そのまま、仰向けのまま植物の塊と化していたラヴェンダーに発砲される。

 四度の爆発音。瀕死の肉体に次々と穴があき、それがトドメとなった。




「これでもう、そいつの作った病気でループはできない。 二週目だからもう知ってるだろうが、弾の中には特殊な濃硫酸が入ってる。 存在ごと消える猛毒だぜ、息を吹き返すどころか、二度と花も咲かさない。 そして遂には、皆に存在ごと忘れ去られる。 忘れたことさえ忘れてしまうだろうぜ」


「ジョン・ドゥ……! お前って奴は……!」




 オレは、託された。

 ラヴェンダーの無念を。

 あれほど負の念を放出していたあいつが、最後まで晴らせなかった恨みの感情を。

 あいつのことは最後まで気に入らなかったが……、それでも、ディオの殺されなかった二周目に到達できたのはラヴェンダーのおかけだ。


 この好機チャンスを掴んで離すものか。

 お前の無念を、先の未来に連れてってやる。




「……ディオ! お前はまだオレを演じてるんだよな?」


嗚呼ああ! そうだともッ!」


「さっき言った通り、あの銃に撃たれたら終わりだ。 多分、かすっただけでも。 あいつから弾を奪うか……、弾切れにさせねえ限り勝ち目はねえ。 オレを演じてるっつーことは、オレの破壊の権能を使うことは出来ねえのか!? 飛んできた弾を全部壊せれば何とか――――、」


「いいやッ! 無理だなそれはッ! 我の演技力は、我の肉体に制約されている。 超人的なことは可能だが、超常的なことは不可能なのだよッ!」


「そういうことは早めに言えよ……!」




 一撃必殺のチートを積んだ敵と戦って勝つ方法なんて、これまで考えたこともなかった。

 弾切れを狙うなら……、破壊を使えるオレがデコイになるしかない。そして隙を作って、ディオにジョン・ドゥを攻撃してもらう。これが思いつく限りの正攻略法だ。


 だが、確実ではない。

 恐ろしいのは、ジョン・ドゥの積んでいるチートがひとつではないことだ。

 奴は友達の権能を扱える能力で、オレの破壊すらも使ってみせた。恐らく……、奴の友達にはオレの知らない仮面持ちもいるハズだ。そうなると、上手く弾切れさせることに成功しても未知の権能で迎撃されてしまうかもしれない。

 それ以前に……、こうして隠れているところをジョン・ドゥの別の仲間が現れて襲撃されたら?

 恐ろしい可能性は他にも考えられる……、強引に肉体を駆動させているディオに活動限界が訪れて、急に動けなくなってしまったら?


 考慮に考慮を重ねていくにつれて、脚が地面に根を張って固まっていく。

 思考の絡まりが行動力を削ぎ、どんな勇敢も無謀の側面があるのではと勘ぐり、その繰り返しで動けない。



 ……怖い。

 『黄昏症候群トワイライトシンドローム』で時が戻る前……、あのディオがたったの一発で倒されたのを目の前で見た。

 全身が老化していてボロボロだと言うのに、それでも飛んで跳ねて、戦象みたいに立ち回っていたあのディオが、肩から溶けて崩れていった。あの即死チート弾ってのは、本物だ。


 破壊で銃弾を壊せたとして、あんな芸当が何度も何度も上手く決まるだろうか。もしラヴェンダーみたいにオレの弱点を的確に突いてくるような戦法を取られたら……、それで一発でもあの弾を食らっちまったら……!




「おいッ! 何を悩んでいるッ! 早く我に助けを求めろッ! 助けてくれ、ヒーローと!」


「さっき殺されかけてた奴が言えることじゃねえだろ!」


「何をッ! あの程度の射撃、忠告されずとも回避できておったわッ!」


「出来てなかったから言ってんだよ! ……つっても、そりゃあ周回してきたオレしか知らねえことだから言ってもムダで……、クソッ! 少しは落ち着いて作戦考えさせてくれ!!」




 この絶体絶命の状況をひっくり返せるとすれば……、あれしかない。

 野崎たちはオレが暴走した時、まるで熟練した権能の使い手が暴れ出したようだと言っていた。

 理由は分からないが……、そんな暴走するほどの抑えきれない力が、オレの中に潜在的にあるっていうなら。

 その暴走しちまうほどの力を、理性でコントロール出来れば……! あのジョン・ドゥが想定していない展開を作り出せるかもしれない。


 それには、大きな障害が一個ある。

 これまで嫌だ嫌だと嘆いてきた、日々の悩みの種である頭痛の元凶と思われるものと、正面まっこうから直面しなきゃならない。




「……一発食らったら負けるクソゲーなら、こっちだって一発逆転狙わねえとな」


「おういッ! 何をするつもりだッ!?」


「ジョン・ドゥが邪魔しに来ねえように見張っててくれ。それと…………、」




 暴走はいつも、破壊の権能を多用し過ぎたことが原因で起きていた。

 そして頭痛は、破壊を起こすと緩和する。

 まるで……、暴走していない時の方がおかしいみたいに。




「……ディオ。 もしオレが手がつけられねえような事になったら……、その時は、頼む」


「どういう意味だッ」


「……オレが、これまで否定してきた自分の一面ってやつを、丸々受け止めてみる。 上手くいくかなんてわかんねえが、ッ!!」




 右手をコンクリートの床に触れて、小さな破壊を連続で引き起こす。

 理科の授業でガラス製の実験器具を落としてしまったみたいな音で、小さな破壊が床下に伸びていく。


 小さな破壊でいい。

 大切なのは回数だ。

 短時間で何度も破壊を起こせば、きっと暴走の兆候が現れるだろう。

 そうなりゃあ、あとは受け入れるだけだ。

 ただし、手網を握った状態で。




「くッ……!」




 動脈に直接ホースを繋いで液体でも流されてるみたいに、全身にアドレナリンが走り回っているのを実感する。

 破壊の副作用は確かだ。暴走を操るには、この高揚感に抗わなくちゃならない。


 ぶっ飛びそうな頭を必死に落ち着かせながら、意識の隙間に落ちてしまわないようにいつもの日常の景色を思い出して、正気の位置情報を取り戻す。

 

 高校。

 教室。

 クラスメイト。

 『いつもの場所』。

 あの日の夕日。

 授業が、

 登校が、

 全ての思い出が、

 ひとつなぎの映画フィルムみたいに、

 クラシカルな色に褪せて、

 溶けて――――――――、


 床に、大きな亀裂が走った。






―――――――――――――――――――






 次に目を開いたら、

 そこは、あの夢の世界だった。


 チェスボード柄のタイルが描く地平線。

 曖昧な重力、白天井の大空。

 その不思議な空間に、あの男が立っている。


 白黒の禍々しい仮面とロングコートで全身を覆い、手袋越しでも分かる細い指でこちらを差す。




『――――"呪われ"。

 運命の既定路線に囚われた、

 神擬かみもどきに選ばれし大罪人よ。

 遂に、王の力を自認する覚悟を得たか』




 夢の中の男が指を鳴らすと、その背後に暗雲が立ち込めた。黒い霧状に広がって、今度は集まって凝縮し、人の形に完成していく。

 シルエットから赤い目が開いて、それを機に一斉に全身から黒が弾け飛ぶ。




「……よォ、さっきはよくもオレの楽しー時間を邪魔してくれたなァ?」


「お前……!」




 もう一人の自分。

 暴走した時のオレの姿が、そこにはあった。

 真っ白に逆立つ髪に、タトゥーみたいに目を覆う黒いアザ。紅く煌めく眼と不敵な笑み。


 こうして他人の目線でその姿を見るのは初めてだが、何もかもそっくりで驚いた。




「あのジョン・ドゥって奴に勝ちてェんだろ? ならオレにやらせりゃあいいんだよ。 テメェはお荷物なんだ! ヘッポコに任せてちゃオレの肉体に傷がついちまうぜ。 さっさと交代しろよ」


「……交代はしない。 だが、お前の力を借りに来た」


「あァ? なんつームシのいい話だァ、そりゃあ。 オレ様はテメェと交渉するつもりはねェぞ」


「だが、今こうして話し合ってる。 交渉の場に立ってんのは、この身体の元の所有者が本当にお前だったとしても力づくじゃあ取り戻せないからだろ? オレが権能の副作用で弱ってる時とかくらいしか顔を出せねえってワケだ」


「調子乗んじゃねェ! オレがその気になりゃあ一瞬で――――、」




 それを夢の中の男が腕で遮る。




『"呪われ"よ。

 今はまだ、その『心』は未熟だ。

 ADAMSアダムスへの迎合は先の頁で成せ』


「……ADAMSアダムスってのが何なのか、未だにサッパリだけどよ! それをやればオレは強くなれるんだろ? なら、やる。 止められてもやる! もう記憶を取り戻すためじゃない。 皆を守るために! アイツの計画を止めるために!」


ADAMSアダムスとの迎合を果たすには、

 大罪を背負い赦されざる業を積む必要がある。

 貴様の『心』はまだ、罪に苛まれてはいない。

 ADAMSアダムスは大罪人の集合である。

 人の身で参席を望むのであれば、

 歴史の黒点に『心』を堕とさねばならない』




 気が付くと、夢の中の男の周囲のタイルには様々な武具が突き刺さっていた。

 大鎌に小刀、杖に戦旗、火打ち石をハンマーに備えたレトロな銃器まで転がっている。




『迎合は出来ぬとも、一時的な接続なら可能だ。

 大罪人との繋がりを力に変えよ。

 それは、"呪われ"の権利である』


「ほらよッ」




 もう一人のオレが投げて寄越したのは、適当に選んだナイフだった。

 ダイレクトキャッチはせず、少し床を滑った後に拾い上げる。




「ダセェな、そンな小せェもんにビビりやがって」


「うるせえ。 ……で、どうすりゃあ力ってのを貰えんだ?」


「そいつをテメェにぶっ刺せ。 痛みを憶えンだ。 強烈な痛みはトラウマになる。 トラウマってのは負の念だ。 そして、痛みの元凶との忘れられねェ繋がりになる。 繋がりを手繰れば接続ができる。 闇の子、ジャック・ザ・リッパーにな」


「……オレを騙そうとなんか、してねえよな?」


「ハッ! 無駄に疑り深ェな? オレ様から肉体を奪っといてその態度とは大したエゴイストだぜ。 主人格に置き換わったテメェが死ねばオレも死ぬ。 肉体を保持する為にはテメェを騙してる場合じゃねェのよ。 不服ながらも手を貸してやるっつってンだ! とっとと接続しやがれ!」




 そのナイフはまるでメスのように鋭く、シルバーのように細く、アンティークのように装飾されて白銀に輝いている。

 その刃先を、突き立てる形で手のひらにあてる。




「……一世一代の大ギャンブルだ。 もう、どうにでもなりやがれえッ!!」




 振りかぶり、そして、


 手のひらに、突き刺す。




「がッ!?」




 痛烈な電気信号が腕から頭に駆け巡る。

 鮮血が溢れ、声も出せずその場に座り込む。




「……ダメだなァ。 だから言ったンだ、ビビってんじゃねえってな」


「何……、がだ!?」


「権能の原点は負の念に根差している。 だからトラウマが必要だと言ったんだ。 手に突き刺した程度じゃトラウマにはなんねェよ。 ! ここは夢の中だ。 どうせ死にゃあしねェよ!」


「……クソ!」




 痛みに腕を振るうと、手のひらに刺さっていたナイフがするりと抜け落ちた。

 真っ赤に染まった刃を見て、嫌な想像をする。




「トラウマ……!」




 嫌な想像。

 つまり、それこそが、トラウマの種。


 右手でナイフを掴んで、刃先を己の顔面に向ける。




「……クソ、クソクソクソクソクソッ!!」




 ギャンブルってのは、リスクがあるから賭けとして成立する。手のひらに穴をあけた程度では、賭け金には見合わないらしい。

 

 なら、もっと重要なものを賭ける。

 この痛みが、幻だと信じて。

 これが全部、夢だと信じて。


 思い切って、右の眼に、刃先を。




 ズ と。




 白銀が視界いっぱいにめりこんだ。

 それを発端に、痛みが断ち切れる。


 何かが光っては消える毎秒。

 母音の発声は無法にも却下される。



 鮮烈な光跡がゆっくりと変形していき、接着と離散を繰り返す過程で、ある光景が形成されていく。



 灯り無き暗く寂れた墓場の景色。

 そこから掘り起こされた泥塗りの棺を。






 【インストール : ジャック・ザ・リッパー】






――――――――――――――――――――






 真っ白だった視界がグレーに汚れていく。

 微睡まどろむ意識が、夢から覚めて現実に引き戻される。


 オレの手には、眼に突き刺したはずの白銀のナイフが握られていた。

 その胴体の反射に、自分の姿が写り込む。




「……オレは…………、」




 真っ白な髪に、真っ黒な目周り。

 紅く煌めく眼はまるで、




「……もう一人の、オレだ」




 まだ頭がぼんやりする。

 理性半分、狂ってしまいそうな情熱が半分。

 その中に知らない誰かの存在を感じる。

 そこから、暗い意思が伝わってくる。




「ジャック・ザ・リッパー……?」




 ナイフに宿る思念が、小さい声で、黒い言葉で、淀んだ瞳でこちらに語りかけようとした、その時だった。




「は……?」




 刃に写っていたオレの姿が、徐々に元のオレに戻っていくのがはっきりと分かった。

 黒い思念がオレの中から抜けていく。

 ADAMSアダムスとの接続が途切れる。




「ヒーーーローーー? 聞こえてるー?」


「ジョン・ドゥ……?」




 柱の裏から向こうを覗くと、そこには目の周りに濃い黒アザを広げたジョン・ドゥが笑って立ってた。




「そーいや俺の顕現アナザーのこと、話してなかったと思ってよー! 俺の『最後の切り札オールオーバー・ニューゲームプラス』は、友達と絶交する能力でさぁー、絶交された相手は、俺が顕現アナザーをやめるまで仮面の力が使えなくなるんだよ。 なーんか嫌な予感したからさ、お前と絶交しちゃったよ。 はは!」


「力が……、使えない……?」


「確かにお前は運命を変えるくらいのポテンシャルあったかもだけど、こりゃもーダメだ。 こっちだって最後の切り札を切ったんだ、もう諦めて出てこいよ〜!」




 どうせ得意の嘘だと疑い、再び床に触れて破壊を試してみたが……、本当に何も起きない。

 破壊の権能が、発動しない。

 握っていたナイフすら灰となって散っていく。


 ジョン・ドゥがどこまで読みきっていたのかは分からない。だが、確かなことは、




「……もう、手がねえ」




 破壊も使えない。

 接続とやらも使えずに終わった。

 力を無効化された状態では、

 きっともう一人のオレに任せても、

 手も足も出せないだろう。


 しかも、横にいるディオは満身創痍で、

 オカ研の皆は近くにはいない。




 明確な、手詰まりだった。




「……何も、出来ねえ」


「……なあッ! ヒーローよ! ジョン・ドゥが使っているアレだがッ! あれが、アナザー?と云うものかッ!?」




 チェックメイトされたとは思えない声音で、ディオは語りかける。




「ふむ、独特な『仮面の引力』だ! やはり、先日のアレは特別な力だったのだなッ!」


「先日のアレって……、なんだよ?」


「偶然だった。 権能の代償がかさみ、もう動けんと死にかけた夜! 発現したのだッ! 原理は分からんが、我にも出来るのだよッ! アナザーというやつがなァッ!!」


「はっ!? お前……!」




 ディオは嬉々として笑い立て、両手を広げる。




「ヒーローッ! ここへ来たということは、死ぬ覚悟くらい決まっているだろうッ! もしかすると、君を巻き込んでしまうやも知れんがッ、スマンなあッ!! 代わりと言っては何だが、この男を! ジョン・ドゥを! 冷血なる名無しの廃棄物をッ! 我の持つ力の限界を突破し、道連れにしてくれようぞッッ!!」


「ディオッ……、待て!」


「我がアナザーは、必殺の爆発ッッ!! 近くの全てを巻き込む大爆発を引き起こすッッ!!」


「こんなところで爆発なんて起こしたら……!」




 辺りにはあらゆる攻撃でボロボロになった柱がいくつも並んでいる。

 こんなところで爆発なんて起こしたら、地下神殿は崩壊することになる。

 オレも、ディオも、ジョン・ドゥも、オカ研も、他の奴らも全員、一切合切全部、コンクリートの下敷きだ。




「フハハハハッ! 正体不明の危険な力だったからなッ、使わぬようにしていたら忘れていたよッ! この爆発で、我は悪を滅ぼしてみせるッッ!!」


「死ぬ気かよ!?」


おう、そうだともッ! 我は悪に屈しはしない! 負けて正義を行なうことが出来ぬのなら、自ら死を選ぶぞッ!!」


「おい、やめろッ!」




 黄金マスクの眼が、紅く煌めく。




「あー、そいつは俺もやべーや。 『最後の切り札オールオーバー・ニューゲームプラス』はもうヒーローに使っちまってるしなぁ……。 まだ最後の仕上げもある。 時間稼ぎされるくらいなら撤退させてもらおーかな?」




 ディオが爆発の力を溜めている隙に、ジョン・ドゥはフロアの奥へ逃げていく。




「おー、寒い寒い……。 異常気象ってヤツかなあ、こりゃー……」




 その姿が見えなくなって、緊張の糸が解れると同時に大粒の汗が顎骨を伝った。

 しかし、ディオはまだ力を溜め続けている。




「ディオッ! ジョン・ドゥはいなくなった。 もう爆発はやめろっ!」


「…………上等な演者というものは、舞台袖にハケた後も役から抜けないものだ。 舞台が終わるまではッ。 ……とは言えッ、もう限界だ」




 フッ、とディオの全身から力が抜けて座り込む。

 その様子から、老化している肉体を強引にパンプアップさせて、無理をして力んでいたのが丸分かりだった。




「ディオ! お前のおかげで助かったが……、爆発はダメだ! 禁止だ。 みんな巻き込まれて死んじまう。 正義も悪も関係なく! だからダメだッ!」


「…………ハハッ。 矢張やはり、我は良い役者だなあッ……! 分からなんだか、ヒーローよ。 ッ……」


「嘘っ……?」




 あの土壇場で、

 あの火事場で、

 あの死の淵で……、

 ディオは、嘘をついた?




「フハハハハ……、我はッ、アナザーなど使えはしない。 知りもせんよッ……。 分かるか? 演じたんだよ、嘘つきのジョンをなッ! 私が権能で演じられるのは英雄、ヒーロー、信仰の対象、どこかの物語の主役だけだ……。しかし、彼は何の主役でもない。 だから、使ッ! 嘘をつくのは慣れてはいないからなッ、久しぶりにヒヤヒヤしたよ。 こんなにヒヤヒヤしたのは、舞台当日……、二時間の脚本で病欠した主役の代役を頼まれ、全てアドリブで乗り切った時ぶりだな……ッ!」


「お前ってやつは……!」




 なんて胆力だ。


 ディオ……。いや、御山の兄、御山翔太郎。

 この男は、本物だ。

 ここぞの場面でアドリブの効く、本物の役者だ。


 嘘つきのジョン・ドゥが見抜けないレベルの演技をやってみせた。満身創痍で命を脅かされている、あの盤面でだ。

 そんなことが、他の誰に出来るだろう。

 世界中の大物ハリウッド俳優をスカウトしてまわったって、きっとこの男を超える役者には出会えはしない。


 こんなことが出来るのはヒーロー……、それこそ、真の英雄だけだ。

 創作や虚構の話ではなく、ノンフィクションの語り草となれる者だけだ。




「……ディオ、ジョン・ドゥは奥へ向かった。 あっちにはお前の弟がいる。 お前の英雄の証を、あいつにも見せてやろうぜ。 行こう……! 無理してでも、血ぃ吐いてでも、骨を折ってでも! オレが背負ってってやるから!」


「…………おう……ッ」




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