『未来は手の中に』



 …………どうしてこうなった?




「ねエねエ! ワタシにもお菓子分けてくだサイ! 独り占めタブー! ダメダメですカモよ!?」




 ……何が、どうしてこうなった?




「えー、僕が買ってきたのに。 それにこのグミ、ひもみたいに一本で繋がってるから。 小分けじゃないし分けらんないよ」


「エー! 面白いデスね、ジパングのガミーはヘンテコでミステリー、興味アリーデース!」




 どこで、何を間違えた?




「おい、遊びじゃないんだぞ? 煌、君も私の話をちゃんと聞いているのだろうね? 何度も説明させないでおくれよ」


「あ、あぁ……」




 日継高校 部活棟3F、その一室。

 そこに、オレ達五人は集まっていた。


 野崎、御山弟、メレンゲ、そして…………




「あの、本当に私……、参加して良かったのでしょうか……。 保健室登校ですし、ほとんど活動できないと思いますが…………」


「部活動の発足ほっそくには最低数五名の部員候補が必要だからね、権能を知る者でメンバーを固める必要がある以上、君の参加は必須なのさ……、星栞花撫香ホシオリカフカ。 オカルト研究部なんてのはあくまで体裁上の名義だし、活動なんてほとんど無いものに近い。 だから気負う必要はないさ」




 ……何がどうなったら、世間を賑わせるテロリスト達と一緒にオカ研を始めることになるんだ?




「なんだい煌、不満そうな顔をしているね。 仮面や権能について、組織や世間の目を避けて情報共有の出来る場を確保しながらも、私たちが知らずに違反していた部活動所属必須の校則の対策となる。 なんとも素晴らしく考え抜かれた案だと思うけど? 何か不服な点でも?」


「いや……、ねえよ。 正直、オレは権能のことはほとんど分かんねえし、今までお前らからしっかりした説明もされてこなかった。 だからありがてえっちゃありがてえしな。 ……それに、何だっけか。 権限アナザーだっけ? お前らも知らねえ権能の使い方があるらしいし、唯一それを使えるカフカも巻き込むのも妥当だと思う。 でもよ……、お前ら『少数派ルサンチマン』は『廃棄物アウフヘーベン』とあんま仲良くねえんじゃねえのかよ? こんなバッチリ顔合わせして大丈夫なのか?」


「当然、良くはない。 けれどね、『少数派ルサンチマン』の上層うえ権限アナザーなんて権能の危険性を私たちに伝えていない時点で、組織に対しての信用は既に落ちている。 独自で情報収集の路線を作らなければ、組織に使い潰されて終わりなんてことも有り得るからねえ。 それは避けたいところだ。 裏切り行為にならない程度に、ここは呉越同舟ごえつどうしゅうとなろうとも足元を整える必要があるのさ」


「ゴウェ、ゴエ……、難しいデス!! 日本語でおkデス!!」


「……既に日本語だが?」


「ドーユー意味デスなのそれ!」


「敵同士の者たちが、利害のために一時的に協力し合うという意味だが」


「あの……。 メレンゲさん、でしたっけ……? あっ、横からすみません。 あの、前に本で読んだことがあります。 海外の方が日本のことわざを憶える時は、近い発音の英単語を並べると良いらしい……、です」


「オー! とってもベリー名案デスわネ! エート、エート……、Go wets done shoot?」


「おー、似てる似てる」


「ヤッター! これでワタシも日本語のタツジン!」


「……先が思いやられる」




 やっぱこいつらといるとシリアスな場面でも急に砕けるっつーか……、まんねえな。




「まあいいだろう。 ちなみに、顧問教師は私たちの担任の霧山だ。 あの人以外に馴染みのある教師もいなかったし、顧問に作業が必要になるような活動は一切しないと約束したら快諾されたよ」


「ああ……。 あの人ダルがりだからなあ……、仕事なしで顧問役になれるなら楽だろうし、給与の足しにもなるし、他の仕事を断る口実にもなるだろうからな……」


「逆に、私たちに限ってはしっかり活動確認してこられた方が面倒だ。 その点、霧山は最適だろうよ」


「そういえばお前、一条には部活動新設の申請だしたのか? 確か生徒会長の承認がいるはずだろ?」


「抜かりはない。 活動内容がどうのと聞かれたけど、君の名前を出したらすぐに許可が降りた。 プライドの高いあの男のことだ、煌を見くびって扱っていたせいでおおやけの場であんなに声を荒らげて痴態を晒す羽目になったのが未だに悔しいんだろうよ。 同時に、そんな状況になるまで自分を追い詰めた君の、次のアクションが見たいんだろう。 煌、君は期待されてるらしい」




 あの一条が、オレに期待……?

 想像のできねえ話だ。


 だがそう言われると応えたくなる気持ちもなくはない、が、オカ研じゃあ期待に応える活動は出来なさそうだしな……。

 あいつには悪いが、今回は退学騒ぎを起こされた迷惑分の謝礼として受け取っておくことにしよう。

 本当はこんなもんじゃ済ましたくないが、あいつとの投票戦のおかげで『支配者』の正体も分かって、退学なんかよりずっとヤベェことが起きる可能性を未然に防げたワケだしな……。




「ということで、部長。 音頭を取ってくれ」


「はぁ!? 部長オレかよ! お前が申請したんだからフツーに考えてお前が部長だろ!」


「私は副部長だ。 もう申請書は通っている、変更不可だ」


「くそ……、面倒ごとばっか持ってくる悪魔め……!」


「それは此方こちら台詞せりふだね」





 メンバーの視線がオレに集中する。


 なんで……、どうしてこんなことに。

 オレが狭間の立ち位置なんつー半端に居座るもんだから、災厄が降りかかって来てんのか?





「……まさかお前らと部活する日が来るなんてな、思いもよらなかったぜ。 だってよお、オレはここに全員に殺されかけた経験があんだぞ!?」


「そ、その件は……、本当にごめんなさい……。 第二人格がやったこととは言え、私は……、なんとお詫びすれば、いいか……」


「チョット! ワタシはキラくんサンとお喧嘩した記憶ナシですが!?」


「いやいやあったんだよ! 後ろからガッツリ掴まれて、炎みたいなの近づけられてよ! でもそれは夏休みの時でループの途中だったから、オレ以外が憶えてないのは当然で……、ってこの話お前らに何度もしたよな!?」


「殺されかけるなんて人聞き悪いなあー、僕がそんな酷いコトするワケないじゃんー」


「オレの記憶が正しけりゃ歴代一位れきいちで殺されかけてんのお前のハズなんだけどなぁ! クソ、当の本人に記憶がねえからこれ以上怒れねえ……!」


「君が頼りにしているその記憶だって、人生の9割以上喪失してしまっているじゃあないか。 あまりにも信用出来ない。 それにもう、過去のことは水に流してやりなよ。 これからは一時的な協定を結んだ仲間になるんだからね」


「テメェ自分のこと棚に上げやがって!! 最新の殺されかけ記憶はお前なんだが!?」




 脳裏に『いつもの場所』がチラついた。

 文句ばかり出てくるが、まるで新しい居場所が出来たみたいで、少しあたたかみを感じる。




「……はぁ、いいよもう! まあじゃあ、早速だけど部活始めっか。 オカルト研究部、新設っつーことで」




 メレンゲがどこに用意していたのか、紙コップと大容量のみかんジュースを出して配分し始める。

 クッキーに煎餅まで用意して、まるでパーティかお茶会だ。どんなシリアスな会になるかと身構えていたが、弛緩した空気が平たく続く。


 これで良いのだろうか……?

 不安だらけのまま、活動が始まった。







―――――――――――――――――――――







「……なんと言ったWAIT WHAT?」


「ですから……、『4thフォース』と『5thフィフス』が通信途絶、行方不明でして――――、」


「『権能開発レベリング』を受けた捜査官ナンバーズだぞ! それが二人同時になど……、有り得ない。 有り得てはならんだろう! 失踪位置ロストポジションは?」


「追跡しましたが……、『4thフォース』はこの研究施設内からの発信が最後でした。 恐らく、自ら体内チップの接続コネクトを切ったものと思われます。 その後の行方は不明です。 現在、街中の監視カメラ映像を調べています。『5thフィフス』は権能アラートを受けて出動し、その先で失踪ロスト。 献納犯罪者と接触コンタクトした可能性があり……、現場に回収班を向かわせています」




 7thが鋼鉄の腕で机を叩くと、近くのラップトップやマグカップが跳ね飛んだ。




「……なんという失態だ。 現代科学のすいを尽くし生み出された強化人間が次々に消え、対権能犯罪対策の希望の一手ともくされていた権能探知機LIBRAも不完全なまま。 テロリズムは収まらず、治安は悪化の一途。 無力だ……、我々はなんと無力なのか!」


「7th、貴方も補給と休暇を――――、」


黙れSHUT UP! 組織の枝葉にも満たんクラスC研究員が! 消えろ……、残りの報告はデータで送れ……!」




 白衣の研究員が怯えた様子で部屋を出ていこうとすると、その直前に自動ドアが開き廊下から人影が入室してきた。




「……何を騒いでいる」


「あッ……、『1stアイン』、様……!」




 研究員の呟きを聞いた7thは、高熱のフライパンにでも触ったみたいに飛び上がって振り向いた。


 そこには矢張やはり、『1st』が立っていた。

数々の勲章が貼り付けられた純白の軍服、腰には時代遅れの帯剣。生者の毛髪とは思えない銀髪に、虚空を覗いているような空っぽの目。


 しかし、何よりの特徴はその顔だ。

 左半分を覆う巨大な火傷痕が、無表情の顔面を猟奇的に装飾している。




「アイン、どうして此処ここに……!?」


「……予定が狂った。 計画を早める」


権能捜査官ナンバーズの欠落は計画に多大な影響を及ぼす。 権能開発の新たな適応者が現れなければ、計画を早めようにもピースが足りんぞ。 どうするつもりだ?」


「欠けたピースは私の権能で補う。 恐らく『少数派ルサンチマン』もじきに大きな動きを見せる。 策を講じるのは今しかなかろう……」


「……そうかOKEY。 特務課の捜査本部長のお前が言うなら、そうしよう。 しかし焦りはするな。 お前の権能は、我々の計画のかなめなのだからな」


「ああ……。 私達、人類にせられた原罪を焼き払おう。 ……贖罪の終わり、正しきの始まりを」





 アインの色白い手が、己の火傷痕をやわく撫でる。

 その空虚な瞳の奥に隠すのは、静かに燃える憎しみ。灰を散らす、白銀の炎。







「……未来は、我々の手の中にある」








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