『仮面持チノ闘争』
カフカを問い詰めたのが
もしこれが教室や学校の外だったら……、きっと目撃者たちが通報までして、大騒ぎになってたはずだ。
「キャンディ!!」
「言われなくてもやるってー……」
ロビンソンの引きずっていた弩弓が液体に戻り、それが長槍の形状へと再利用される。
完成したそれは、隣のキャンディへと投げ渡された。
「ヨーイショっ」
片手で軽く投げられただけの槍が、風圧を感じる程に急進する。
キャンディの権能、いや、
槍はそのまま暗闇の中へと吸い込まれていった。
……が、
「んー、当たってないのかなー」
「そう思うなら
追加製造された槍が二本とも投げ渡される。
キャンディはそれをダルそうに両手で受け取って、再び射出する。
今度は投げるような挙動もなく、手から捨てるような動きから放たれた槍だったが、それらは正確に暗闇の中心へと直進していった。
すると、ガキンと。
今度こそ何かにぶつかったみたいで、金属の衝突音と共に一瞬で暗闇が晴れた。
「やっと見えたー。 で、あの子が知り合いの子?」
「……ああ、そうだ」
「オッケー。 あのヘルメットだけ狙えばいーんでしょ? ……それで、どこまでがヘルメットなの?」
そこに浮遊していたのは、仮面の形状が更に変化したカフカだった。
黒い
最悪な情景の中の唯一の救いと言えば、カフカ本人の肉体には変化がなく、首吊りしてるテルテル坊主みたいに吊るされたままでいるってことだ。
「さっきの槍じゃヘルメット貫通して頭にもぶっ刺さっちまう。 なにか、他の方法を――――、」
「えー。 そんなの悩んでたらコッチが殺されちゃうよー」
「幾ら汝らの仮面を束ねようとも、妾を下すには全く力が足りておらん。
十数本もの触手が一斉に飛び出した。
床を蛇みたいにズルズルと走って、物や棚を押し倒しながらこちらを捕獲しようと包囲する。
「気をつけろ、あの触手に触れられるだけで死にかけるぞ!」
「言われなくともそのつもりさ。 煌、使え」
足元まで滑り投げられたのは、血液で創った一丁のナイフ。
柄の部分と同じ位か、それ以上に刃の長い、サバイバルナイフとかの種別のそれだ。
「煌の権能は攻撃的なタイプじゃあない。 むしろその逆、私の知る限りでは殺意を持たない限り攻撃力はゼロに近いが、その反面、最強クラスに匹敵する防御タイプの能力だ。 おまけに君はその権能を使い慣らせていない。 仮面も持たず、いつ使えなくなるかも分からない力に背中を任せたくはない。 引っ込んでろよ、その護身用ナイフ片手に守られていればいい」
「大丈夫だ、オレだって戦える! 」
「足手まといだと言ってるのがわからないのかよ? ……どうやらこの怪物を相手に、下手に構ってるような余裕はなさそうだからね」
「ヒーローには悪いけど、それは僕もドーカン」
スーパーボールを両手に、オレを間に挟むようにしてキャンディが前に立つ。
横まで展開してきた触手が飛びかかってきたところを狙って親指でボールを弾き、伸びた手を払うように打ち返した。
飛んだボールは勢いを殺さず、その超弾性を活かしてダムダムと近くの本棚や床を乱反射し、そして何度も
「壊す能力だっけ? それさー、意識しないと使えないんでしょ? 気付いてないトコから急に攻撃されたらアジャパーの難物。 そんなののカバー気にしながら戦えとかムリムリ」
「分かったら今回は私たちに任せていろ。 仮面持ちの本領を見せてやるよ」
四方を囲む触手が、ほとんど同時に襲いかかる。
身構えた二人の仮面持ちがそれを迎撃するために床を蹴る。
「後顧の憂いを絶て、『
仮面を引っ掻いた出血が集結し、巨大なハサミへと形を成す。
その
二刀になったハサミを振り回し、四肢に巻きつこうと必死な
その背面、死角部分を担当するのはキャンディの仕事だ。
「ちょーどさ、試してみたかったんだよね試作品」
その片手には、スーパーボール大の真っ赤な石ころ。
球体というよりはゴツゴツとした16面サイコロって感じの見た目だ。
「……『
超速で放たれた赤石はバウンドも跳弾もなしに一直線に触手を捉える。
そして直撃したその瞬間、発砲を疑うほどの耳を
「うおー、スゲー大迫力。 ヤバいの作るなあー、メレンゲチャン」
「おまっ……! 何だ今の、爆弾!?」
「違う違う、
「バカお前っ、それ火薬の塊だろっ!? ここ図書館だぞ! 本とか燃えたら
「あ、そっか」
こいつ、なんつー危ねえもん持ち歩いてやがんだ……!
一条に荷物検査でもされてみろ、一発アウトどころか通報確定のバチクソタブーアイテムだぞ。
「えー、じゃあロビンソンチャンさボール頂戴よ。 急だったから持ち合わせがなくてさー」
「
触手の隙を突いて指先で空中に描いた複数の輪っか。すぐにそれは実体化し、キャンディの足元に投げられた。
「『
「えー、なんかこれ雑じゃない?
「フン、
「ま、いっか」
拾い上げた輪っかをフリスビーみたいに構えて、手首のスナップに任せて射出する。
今度は先程の
そして最後には芯の部分に突き刺さり、一気に断ち切った。
インクに似た黒い液体がドロドロと切断面から溢れ出し、一帯を汚していく。
「……よう抵抗しよる。 特に血の鉄仮面、汝の力は汎用性も高く強力じゃの」
「お褒めに預かり光栄の極み。 なんならもうちょっと近くで見てみるかい? 『
「『
ヘルメットから伸びる触手の一本が何処からか本を取ってきて、パラパラとめくり始める。
「『
不定形の異星生物、物体Xよ。
走狗の姿を纏い、繁栄を求め寄生せよ」
途端に、逆さに開かれた本のノドから黒いインクがボドボドと流れ出し、いきなりその滝の中から四足動物が落下した。
狼に似たワイルドな犬は、毛に濡れたインクを振るうことすらせず立ち上がり、ロビンソンを一点に見つめて走り出した。
「本から狂犬を呼び出した……? その程度の策で私を仕留められると思われているとは、舐められたものだね」
接近する犬に対して、長いリーチのハサミ刀を大振りする。
しかも、犬の頭部を横に切り裂くようにクリティカルヒットで。
黒い液体が吹き出る。
ロビンソンが眼球を失った獣の突進を避けるのは
犬の捨て身タックルはそのまま勢い良く本棚に衝突し、液体を吹きながら床に転がってしまった。
「獣の次はなんだ、龍でも呼び出すか?」
「そうじゃなあ。 では、エイリアンというのはどうじゃ?」
頭に傷を負って転がっていた犬の皮肉がぼこりぼこりと膨れ、
開いた頭が裂け始め、グロテスクな内面が開帳した。喉の気道部分にあたるであろう位置から
カフカを操る仮面はあれをエイリアンと呼んだが、異星生物と言うよりは、邪悪な怪物、恐ろしいキメラという印象の方がずっと強い。
直視し難い恐怖の生物……、しかしロビンソンは少しも動じず、グロテスクに立ち向かっていく。
「『
左手で握っていたハサミ刀が液状に、液状が弩弓に。武器が変形し、その先が怪物犬の胸部に向けられ、そして射撃された。
しかし、目を失ったはずの異形の犬は飛来する血の矢をスルリと避けて、威嚇みたいにグルルルと喉を鳴らしロビンソンを睨む。
「すばしっこいのは苦手なんだ、だから確実に当たる矢を選んだ。 狂犬は針山地獄でお座りでもしていろよ」
避けられた矢は本棚に突き刺さって止まった。
ロビンソンが合図するとそれは急に膨れ始めて、360度にトゲを伸ばす
筋肉が串刺しになっているのでもう動くことは出来ないだろうと思っていたが、それは決めつけに過ぎないとすぐに理解することになった。
全身の穴から溢れる黒い液体溜まりを広げながら、赤子の夜泣きに似た呻きをあげる犬の皮膚がチーズみたいに溶けだして、針山に流れ込んで同化していく。
赤と黒が混ざり合って……、そして人間型の肉の塊へと変形する。
そして出来上がったのは、シルエットだけで見ればロビンソンと瓜二つの皮膚を失った人体模型だった。
節々からは潰された果実のように血液が滲み、骨と思われる露出された白色が動く度に軋んでいる。
「こいつ……、私の血の針山を吸収して私になろうとしている!」
「『影が行く(1938)』に登場する犬に寄生した異星生物。 エイリアンの特性は……、他生物の血液を吸い、そのDNA情報を基に姿形を模倣する能力じゃった。 妾が本から召喚した眷属には、作中と同じ能力が与えられる。 汝は、己自身と戦うことになる」
人体模型はその指で顔面を引っ掻き、表情筋を荒らして溢れた血と肉を束ね、なんと
それはロビンソンの『
「……不快だよ。 私は私の容姿を侮蔑する輩に対しては無視を決め込むのが常なのだけれどね、こうも冒涜されると流石に気分を害する」
血肉の塊がロビンソンに走り込む。
猟奇的な
「久々に開催しようか、私の個展を!」
両手の作品が血に返還され、すぐに新しい一品へと生まれ変わる。
そうして出来た二丁の拳銃……、未来的な形状をしたそれには見覚えがあった。
「……
こいつは私の最新作でね。
存分に味わっていってもらおうか?」
二丁拳銃の乱射は、驚くほど静かだった。
そりゃあそうだ、火薬なしの血液で作られているのだから。
しかし、その威力は実銃に引けを取らない。
発射された全弾が肉塊を貫き、次々に風穴を開けていく。
肉は更に血液を噴射し、赤の上から赤を塗られ、最後には首に二発の血液弾を受けて頭が引きちぎれて落ちる。
ロビンソンは勝利の笑みを浮かべる。
「ハッ、どうだ? 本物の芸術は! 私の権能で作られる作品の性能は出血量に比例する。 しかし、本物は量だけではなく質にも拘るものさ。 構造の精密部分や重要機構を組むには、その作りを理解する知能が必要でね。 素材と加工器具さえあれば、実際に銃を制作出来るほどの理解度。 寸法、サイズ感、図面的理解は勿論、その仕組みも応用可能なレベルまで知り尽くす。 そうして、始めて『
肉塊は頭部を失ってひしゃげると思っていたが、膝立ちのまま穴だけで
を握り、下半身を擦って接近し続ける。
「しぶとさだけは褒めてやるよ。 でもな、私が銃を使ったのは、何も新作を見せびらかしたかったからではない。 肉塊に私の凝固した血液弾を撃ち込んでやるためさ」
直後、壊れた人体模型が内部から破裂した。
体内に残った弾丸が膨張し、小爆発したのだ。
ロビンソンの血液を操る権能。
それは自分から離れた位置にある血液であっても操作可能であり、操作の形は自由自在。
放った矢を針山のように変形させることが出来るなら、弾丸を急速沸騰させ爆発させることも可能なのだ。
今度こそバラバラになった肉塊だったが……、その欠片が好き勝手に動き始める。
そこにはまだ冒涜的な生命力が仄かに感じられる。
「フン、本当にしぶといな」
「ねーねー、数センチ横にズレてくんない?」
背後からの要請のままに数歩移動したロビンソンの真横を、キャンディのボールが通過した。
飴玉みたいに真っ赤な石ころは人体模型の
瞬間、爆発と共に火炎を上げた。
「あーゆーのは火に弱いって相場決まってるでしょ、B級映画とか見ないの?」
「……B級、とは何だ?」
「えー、言われてみればなんだろー。 僕もジョゼちゃんに強引に見せられて変に知識ついちゃってるだけだから、ぜんぜん分かんないや」
「適当なことばかり言いやがるよ、本当に」
そうは言うが、実際に
炎に悶え叫ぶ肉塊の上から血で構成された四角錐が降下し、火災を防ぐために上から覆いかぶさった。
「……『
キャンディの加速能力とボール跳弾戦術に、汎用性の高いロビンソンの創作による攻防。
これが……、仮面持ちの戦い。
オレなんかじゃ手出しも出来ない、常軌を逸した命の奪い合い。
こんなことが、こんな異常が。この世界のどっかで毎日のように起きてるって言うのかよ……!
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