SS『鮫島京子は弱すぎた』page.1




「おい、そこの転校生」


「…………オレのこと呼んでるのか?」




 放課後、図書室から帰路へ着こうとするオレを呼び止める、女生徒の影。


 改造制服に花刺繍のブラウス。

 レトロと華やかさを同居させている不良、クラスメイトの鮫島京子サメジマキョウコだ。




「ちょっとつら貸しな」


「……悪い、今帰ろうとしてたところで」


「すぐ終わっからさ、黙って後ろ追従ついてきな」


「えっと……、校門ここじゃ話し辛いことなのか?」


「いーから!!」




 オレは手首を掴まれ、強引に校舎裏まで牽引けんいんされてしまった。


 鮫島さんとはほとんど絡みがない。

 どうしてこんな風に引っ張られているのか、皆目かいもく見当がつかない。


 何か、彼女の琴線きんせんに触れることをしてしまったのだろうか。

 レトロな不良が新入りの転入生を校舎裏に連れてくる理由なんて、大体はひとつだ。

 仲間の不良の前に突き出し、囲んで恐喝カツアゲ。明日までに数万円持ってこなければどうなるか分かってるよな、なんてテンプレート的な科白セリフが待っているに違いない。




「……鮫島さん。 クラスの端っこで本読んでる陰キャだからってターゲットにされたんだと思うんだけどさ、悪いけどオレ金とか持ってないし、ボンボンな家庭でもねえしよ。 てかオレ自身、今いる家は居候いそうろうみたいな感じで――――、」


「いいからっ!!」




 あー、駄目だ。

 鮫島さん、話聞いてくれねえタイプだ。


 曲がり角をまがると、校舎裏には案の定、不良グループと思わしき男子生徒が三人組でたむろっていた。




「連れてきたぞ、ザキ」


「おーおー、‎そいつが噂のぉ?」




 これまた典型的テンプレートなピアス男が立ち上がった。

 胸元を開いた崩し着、ネックレスと共に覗くガタイの良い上半身。殴り合い慣れしてまっせと言わんばかりの喧嘩師スタイル。


 ザキと呼ばれるその男は、パーソナルスペースなど知らぬという大股でズカズカと寄ってきて、鮫島の肩を肘置きに、オレの顔立ちを観察し始めた。



 さて……、どう立ち回るべきか。


 メンチを切られても全く物怖じしないで済んでいるのは、仮面の界隈と関わり、死線をくぐってきた経験のおかげだろう。

 このザキって奴も、こんな状況下でほとんどオドオドしていないオレのことを不審に思っている最中に違いないだろうし、今ならどんな方向にでも立ち回れるはずだ。




 ルートその1、

 『喧嘩? それならオレも自信ありまっせルート』。


 見出しの通り、転入生って立場を利用して前の学校じゃ喧嘩しまくってて無敵でしたぁ、でもやり過ぎちゃって転校させられちゃってー、という雰囲気を出すルート。


 こういうのは臆すれば負けだ。

 弱さを見せれば、付け上がられる。


 こっちだってやるってなったらやるぞ?という姿勢を見せて、抑止力を生み出す。

 目指す終着点は、お互いの被害を避けるために喧嘩はやめましょうって、一触即発ギリギリ和解エンドだ。


 うまく決まれば被害なしでこの場をくぐり抜けられる上、以降はカモとして見られることもなくなる。ギャンブルだが、成功メリットの大きなルートだ。




 ルートその2、

 『どうぞこちらをお納めくださいルート』


 少しでも揺すられたら滅茶苦茶に下からいく。

 運良く、今日はほとんど金を持っていない。

 失っても痛くないレベルだし、スっと自分から差し出せば暴力は振るわれないはずだ。


 ただ、こう……、人としての何かプライド的なのを失いそうだ。これは流石にボツだな。

 だが、暴力を振るわれそうになった場合には逃亡こそが安定択であるのは間違いない。




 ルートその3、

 『既に先公にチクりましたぜ旦那ぁルート』


 勿論、ハッタリだ。

 だが野崎にボールペン一本で交渉を仕掛けたように、このザキとかいう奴をビビらせるくらいは出来るかもしれない。

 解放されるの待たずとも、あちらから逃げ出してくれる可能性もある。


 ただし、失敗すれば一撃で反感を食らうだろう。その場合は即バッドエンドに繋がりうる危険性もある。

 さて、どのルートを選択するべきか……。





「気安く触んなっ」




 それを見て驚いた。

 鮫島さんが、自身の肩に乗っけられていたピアス男の手を払ったのだ。


 二人は不良仲間と思っていたものだから、その不機嫌そうな行動は意外だった。




「約束は守ったし、もういいだろ。 行くぞ、転校生」


「えっ? お、おう……?」


「おいお〜い、京子ちゃあん。 おっかしいなー、そいつのこと転校生って呼んでんだ?」




 しまった、と冷や汗の横顔を見せる鮫島。

 事情は分からないが、こいつらの中で決定的な失言があったみたいだ。




「おっかしいよなぁ? 確かお前ん話じゃ、そいつと付き合ってんのは半年も前、だったことね? そんな彼氏クンのこと名前で呼んでいない。 しかもって。 まるで出会ったばっかみたいじゃん??」


「は……? 彼氏?」




 唐突な単語に混乱した。

 どうやらこのピアス男共は、オレのことを鮫島の彼氏だと思っているらしい。

 しかも様子を見たところ、鮫島はその勘違いがバレて焦っている。それらの状況証拠から導き出される答え。


 どうやらオレは……、いつの間にか鮫島の牽引けんいんのもと、彼氏役としてこの場に巻き込まれてしまっていたようだ。



 ザキって奴の言動、鮫島の不機嫌そうな表情からして、恐らく二人は仲良しグループメンバーって感じじゃない。

 恐らくその逆、またはザキの鮫島への一方的な執着か。どういう流れかは分からないが、「彼氏?そんなのが本当にいるなら連れてきてみやがれえ!」的なテンプレ展開にでもなり、急遽彼氏役を用意する必要が出来た……、というところか。



 おお……、すげえ。

 夏休みにラヴェンダーをぶっ倒すために策を練りまくったりしたせいか、推理力が跳ね上がってるぜ。





「彼氏クン? 名前なんて言うの?」


「神無月、煌だ」


「神無月ぃキラぁ? なぁんかキラキラネームじゃねえ? それ偽名じゃねえだろーなぁ?」




 さて、状況が変わった。

 脳内に挙がったいくつかのルート、あれは鮫島がピアス男達のグルだったって仮定の、集団リンチのカツアゲ対策のものだった。

 だが、実際は違うようだ。




「あれぇ、なぁんも言わなくなっちゃったじゃんキラくぅん? なぁ鮫島、こんなビビリ彼氏よりも俺の方がよくねえ? てか、どうせ適当に連れてきた偽モンなんだろ、こいつ」


「っ…………」




 鮫島は、嫌がっている。

 なら、オレが選ぶルートはひとつだ。








 オレの通告が意外だったのか、

 ザキはゆっくりとこちらを向く。




「……はぁ? 今お前ん今何つった?」


「京子から離れろっつったんだ、不良ピアス。 前からお前のことは聞いてた。 迷惑なんだよ、お前。 京子は、オレの彼女だ。 近寄んじゃねえよ」




 危険は承知だ。

 それでもこんな短歌タンカを切るのは……、




「こんな彼氏より俺の方がいいだろって言ってたな? お前、何も分かってねえよ。 京子が嫌がってんのも、震えてんのも、全部気付いてねえじゃねえか。 気付いてたらハナからそんな言えねえはずだぜ。 その時点でお前は恋愛対象から外れてんだ。 流石に、それくらいは分かってんだろ?」


「はぁ、おいおいおいよくもつまんねぇ言ってくれるなぁ転校生ぇ!」




 そろそろか。

 ここらでポケットから切り札を……、




「オラァアアアァアアッ!!」


「うおッ!?」




 ピアス男の思い切り振りかぶったパンチが、顔面を目掛けて一切の躊躇なく飛んできた。

 間一髪のところで、上体を後ろに退いてそれを回避する。




「おいテメェ、急に殴ってくんじゃねえよ!?」


「アァ!? 喧嘩売ってきたんはそっちの方だろがぁあ!! 京子は俺んモンだ、返しやがれ糞転校生ぇ!!」




 周囲を囲むように、不良ピアスのお付きの二人に背後を取られた。


 ここはさっさと切り札を出して、

 場を収めちまうのが先決――――!




「待てっ、ほら、これ見やがれ!」




 オレは後ろポケットからスマホを取り出し、見せびらかすように前に突き出した。


 こいつで一発、ハッタリをかます。

 教師に連絡が付いてるとか、映像を録画してるとか言えば、これ以上は手出しできねえはずだ。




「いいか? ここまでの全部、こいつのカメラで録画を――――、」


「くたばれええぇえ!!」


「うおおぉっ!? 話を最後まで聞けぇええ!!」




 鮫島に続きこいつも!

 不良ってのはどうして人の話を聞かねえ!?




「お前みてえなポッと出がっ! 鮫島のぉっ、彼氏だぁっ!? ふっざけんなぁっ!!」




 しかし、流石は不良ピアス。喧嘩師っぽい雰囲気出してただけはある。

 力任せなパンチは最初だけで、それからは素早く小回りの効いた連撃が飛んできた。


 運良く反射神経で避けることが出来ても、次の拳、さあ次の拳と、矢継ぎ早になればいずれ防御は崩れる。

 その隙を見つけたのか、ここだと言わんばかりの右がガラ空きになった左の頬に突き刺さった。



 視界が揺れる。

 思考が止まる。


 思考回路が再起動した時には、次の左が飛んできている真っ最中だった。

 右脇を締めてそれを腕で受け止める防御策を講じたが……、予想外のその一撃は鋭かった。


 腕越しの痛みと衝撃に、数歩、後退あとずさる。




「おいおいそんなもんかキラキラネーム! やり返してこいよオラァ!!」


「……テメェみてえに、初対面に急に殴りかかるような人間じゃねえんだよ、オレは!」




 殴り返したい怒りの気持ちは勿論ある。

 でも一対多のこの状況じゃ、暴れだしたとしても石のつぶて程の反抗力に違いない。

 『少数派ルサンチマン』の奴らと戦った時は一対一タイマンだ。多数を相手にして喧嘩で勝つなんて、学校イチの番長か半グレのボクサーくらいにしか出来ない芸当なのだ。


 一方、オレはただの何処にでもいる普通の学生。喧嘩慣れしているわけでも、増してや、格闘技の経験があるわけでもない。

 一体一タイマンでは運良く勝てても、一対多リンチじゃ手も足も出せねえのが現実だ。



 そして恐ろしい可能性がもうひとつ。

 殴り合いでもして、オレの持つ破壊の権能が暴発でもしたらどうなってしまうのか。

 それを思うと、好き勝手に拳を震えるワケがなかった。





「まぁるで真面目クンみたいなこと言うじゃんかよお? ホントにやり返してこねえとかドMかって!」


「お前……、こんなことしたら京子が振り向いてくれるとでも思ってんのかよ?」




 壁際で唖然としている鮫島の目。




「あの目が、喧嘩っ早え奴に好意を抱いてるような目に見えてんのか? 大間違いだぜ不良ピアス!」


「黙ってろオラァ!」




 斜め後ろ、お付きの不良仲間からの支援攻撃が腰を蹴った。

 不意に蹴られるってのは、今から攻撃される!って覚悟するフェーズがないからか、下手に顔面を殴られるより痛いことを知らされた。




「なぁんだよお前んその反抗的な目は」


「……手前てめえを睨むこの濁った目が気になんのか? あんまビビんなよ、ただの不眠症だ」


「ふっざけやがってぇえ!!」





 サッカーボールでもするつもりだったのか、ザキが脚を後ろに引いた、その時のことだった。


 背後から、男二人の痛烈な叫び声が上がったのは。





嗚呼ああ、驚かせちまったねすまなかった」





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