『平穏ニ潜ム魔手』



「君たちの知っている通り、空は青いものだ。 このクラスにいる全員の共通見解だろう。 夕方になると夕日が現れ、空は赤くなる。 昼間に青い空がどうして赤くなるのか。 この理由は――――、」




 霧山先生は2ーDの担任であり、同時に化学科目、倫理道徳科目の授業も受け持っている。


 霧山先生の授業はほとんど一方的なものだ。

 教科書を台本に授業が展開され、たまに眠りかけの生徒を見つければ名指しし、問題を出題する。

 こちらがやることと言えば、内容を聞いてテストに出題されそうな部分を探し、板書をノートへコピーし続けることだけだ。


 この授業スタイルは、あの人の面倒臭がりな性格を忠実に示し出しているように思える。

 そんな惰性の雰囲気が漂う教室で、手を上げる生徒が一人。




「はい、先生」


「……またか、伊神。 今のは問題に出したつもりではなかったのだが」


「そうでしたか。 発言の流れからして、問いかけと誤認してしまいました。 でも僕なら分かりますよ、先生!」


「はあ……。 じゃあ、答えてみろ」




 ぎぎぎ、と椅子から立ち上がり、




「赤色の光は大気中でかき消されにくいものです。 太陽が傾き、斜めの角度から太陽光を放つ際、青色は耐えられず散乱してしまう。 残るのは散乱のし辛い赤色類。 以上の理由から、夕日は赤く見えます!」


「座れ」


「はい! ありがとうございます!」


「何も褒めていないが」


「はい! 次の問いも分かりますよ先生!」





 伊神人人イガミヒトヒト

 このクラスの副クラス長であり、校内トップ2の成績を残す超優秀。

 勉学に対して異常なほどに真面目で、授業でもこうして挙手を繰り返し、教師からをしている。

 評価獲得に貪欲な、仁とは別方向の秀才だ。





「先生、それも分かります! 当ててください! さあ、僕を当ててくださいよ、先生!」


「……お前一人でクラス全員分答えるつもりか? 大体、俺は授業効率が悪くなるから生徒を当てることはほとんどしない。 居眠りや内職ほかごとしてる奴の気を確かにさせる目的以外ではな。 そうだよなぁ、京子?」


「ちっ……」




 名指しされたのはクラスの廊下際に座る女生徒。

 教科書を机に立て、その裏で突っ伏して眠るという古典的な仮眠方法を取っていたところを狙われた。




「お前は真面目にしていれば成績良いんだ、腐らず授業くらいしっかり聞け」


「るっせーな、親父かよ……」




 足首までを隠すロングスカートの改造制服に、花柄の刺繍が入ったブラウス。長いポニーテールと、その派手な見た目に相応しい鮮烈な赤のリップ。

 絵に描いたような女番長スケバンスタイルは、一周回って逆にセンセーショナル。


 彼女こそがこのクラス1のレトロテンプレート不良生徒、古き不真面目の権化、鮫島京子サメジマキョウコだ。


 卓上の教科書をヘッドホン代わりに頭に押さえ、塞ぎ込んでしまったところで授業終わりの鐘が響いた。




「遅刻、不登校、居眠りに反抗。 当校うちは自由な校風がウリだが、自由と無秩序は別物だ。 そこを勘違いするな」


「チャイム鳴ったんだからもういーだろが……」


「……各自、復習しておくように。 以上」




 霧山先生は名簿を拾い、黒板も消さないまま廊下へ出ていった。

 怒ったのかとクラス中が肝を冷やしたが、思えばあの人はダルがりでいつも適当だ、平常運転だと悟ると、シレーっと休み時間ムードに換気されていった。




「煌、屋上へ行こう」


「へえ、野崎が積極的に昼メシ誘ってくるなんてな」


「勘違いするな、"友達"としての情報共有だ」




 野崎は周囲に位置するメレンゲ達が離席しているのを確認してから、




「……『少数派わたしたち』の上層うえで動きがあった。 場合によっては君にも影響が出るかもしれない」


「影響? 影響って?」


「直接的なものではない。 ただ、場合によっては――――、」




 ヒソヒソと話すオレ達の間に、長身の影。

 会話を中断して見上げると、「ヨッす!」と笑顔をこちらへ向ける天渦流星アマノウズリュウセイが立っていた。




「おいおいどうしたよその目は! オレのチャームポイントたる、この吊り目に魅了されちまったかぁ?」


「……何の用かな、天渦君」


「おおっと海ちゃん! そんな殺意マシマシな顔しないでくれ! 俺っちがインタラクトしにきたのには、それはそれは深ぁーい理由があっての事なのサ!」


「その理由は?」


「今二人でメシ行こうとしてたっショ? オレも一緒に連れてってよぉ、新しい仲間と親睦を深めたいんだよ!」


「……はぁ、煌の近くにいると、いつも可笑おかしな奴に巻き込まれる。 どうして私がこんな奴に一日の計画を乱されなければならないのか…………」




 頭を抱える野崎。

 どうやら大事な話だったみたいだし、オレから断ってやるか。




「悪いが流星、今日は――――、」


「ちょちょちょちょ煌! 耳貸せ耳!」




 オレの肩を引っ張った流星が、野崎を背に耳打ちする。




「頼むよー、海ちゃんとメシ食わせてくれよー!」


「嫌がられてんだろ分かんねえのか?」


「いやー、ひしひし感じてるけどさ。 ほら、俺っちのチャームポイントと言えば、綺麗に染め上がったこの金髪パツキンじゃん? 直視したら気になっちゃうから目ぇ逸らしてんのかなって」


「お前チャームポイントいくつあんだよ。 ……どうして野崎とメシ食いたいんだ?」


「そんな野暮なこと聞くなよ。 ……気になってんだ、海ちゃんがさ!」


「……参考までに聞きたいんだが、あいつの何処が?」


「あの包帯だよ!! 肌の露出が可愛いエロい美しいとされる現代の美的センスを逆行する、ミステリアス極まりない御姿! スッゲーイイじゃん!」


「……狂ってやがる。不気味なだけだろあんなの」


「聞こえてるぞ、間抜けな無礼者ども」




 結局そのまま押し切られ、なかば強引に購買場を経由し、屋上まで連れていかれてしまった。


 嫌々としたまま歩く道中、きっと野崎はオレと同じことを考えているに違いない。

 この学校は、少しおかしい。

 自由が校風とはいえ……、本当に何でもアリだ。


 驚異的なのは個性的な生徒達だけではない。

 それを増長させるために用意された、数多あまたの施設も目を見張るものがある。

 隣接地に建てられた中等部を含め、広大な敷地の中には図書室は勿論、多目的ホールや庭園、学内コンビニ、礼拝堂まであるのだから驚きだ。

 制度、設備、校内の全てにトビキリの金が掛かっている。レトロなものといえばグリーンカーテンが張った木造の離れ、旧校舎くらいだ。


 

 もしジョン・ドゥが言っていたように、本当に『少数派ルサンチマン』がオレをこの学校に転入させたというなら……、何か狙いがある。


 警戒するべきは、『支配者』と呼ばれる新たな仮面持ちの存在だけではない。

 常にオレの背後を狙える位置にいる野崎だって、今は友好的にしているが急変して攻撃的になることだってある。



 事態は、あの日からほんの少しも好転してはいないんだ。






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