『蘇りし者』
「このパンデミックは、お前の仕業だな?」
野崎に銃を突きつけられたディオは、手を上げたりなんてせず、パワーポーズで対抗している。
それは、悪には屈しないという意思表示のように見えた。
「奇天烈。 何も答えずにこの場をやり過ごせるなんて思っているなら、考えを改めた方がいいな」
「包帯君! 君ィ、脳味噌まで悪に染ってしまっているみたいだな! この学校を救いにきた英雄に銃を向けるとは何事だッ!」
「不必要なことは語るな。 もう一度聞くよ、このパンデミックはお前の仕業か?」
ディオはやれやれ、といったジェスチャーで、
「ゾンビパンデミックを引き起こしたのは悪の組織、謎のテロリスト達だ! 奴らはこの学校を占拠し、ゾンビウイルスを振り撒き、大規模な人体実験を画策していたんだ! 到底許されるべきではない所業だッ! そこで英雄たる我は立ち上がったッ!! 悪を滅ぼし、正義を成す為にだッッ!!」
「……フン、それは事実じゃあない。 お前が希望するシナリオだ。 違うかい?」
悪の組織だの、謎のテロリストだの、ゾンビだの、英雄だの。この学校で起きていることの全て、野崎が言う通り下手な創作物の設定みたいな出来事ばかりで、現実だというのに現実味がない。
「このゾンビパンデミック、お前の持つ権能で引き起こしたものだろう? 何度も『引力』を感じたから分かる。 混乱を引き起こして、一体何をするつもりなのさ?」
「……そうか! 『引力』かッ! 包帯君、『引力』で我が
「
野崎は銃のハンマーをカチリと下ろした。
するとバレルの両サイドから生えた弦が勝手に引っ張られ、クロスボウでいう発射準備完了状態へ移行する。
「……ハッハッハッハッハ!! 仕方があるまーい! 君たちには特別に、我の計画を教えて進ぜようッ! いいか、よく聞いてくれよッ! 今日、この日ッ、この
「言っている意味が分からないね、もっと具体的に話してもらわないと困るな」
ハッハッハと高らかに笑うディオ。
「君たちは、ヒーローを見たことがあるか? 悪と対峙し、己の信じた正義の為に、身を粉にして戦う英雄を! 夢と勇気を与える存在のことをッ!」
「ヒーロー? テレビなんかでやっている、あの特撮映画なんかのことか?」
「そうだ! 素性を隠すため仮面を被り、特製の武器を取って悪の組織を蹴散らし、善の民を救う英雄だッ!」
「まさか、それがお前だと?」
「その通りッ! 我は
両腕を天へ向け、高笑いを続けるディオ。
彼の答えは、野崎の問いに答えているようでほぼ答えていない。ズレいている。ただの身勝手な自分語りに過ぎない。
「お二人とも、その顔じゃ何も分かっていないようだな! 無理もない。 英雄の考えは常人には理解できないものだ! 誰にも理解されず、それでも己の信念を曲げない、孤高の英雄…………。 ウーーーム! 素晴らしいッ! 格好いいぞッ! ハーッハッハッハ!!」
「分かるわけねえだろ……! 何が英雄だ!」
野崎の隣に寄り立ち、ディオと目線を合わせる。
「あのゾンビ達も、テロリスト共も! 全部お前が
「……フム。 我が
「仕方ない!? オレの友達を、この学校中を巻き込んでおいて仕方がないだと!?」
つまり、ディオのやっていることは、こういうことか?
自分が英雄と呼ばれるために、権能――――、奴が言う
そんなことが、赦されると思っているのか?
「包帯君、『
烈火のマフラーをばさりと揺らし、
「我は、蘇るッッ!! 一度は死んだとされた我が生き返る、最高の胸熱展開ッ! 伝説の復活だッ!!」
「伝説の、復活……?」
仁と野崎の、あの会話を思い出す。
"英雄、か。 彼を思い出すね。
ほら、五連勝伝説の彼だよ"
"……仁君、つまりこうか?
その英雄的生徒ってのは、
まだ旧制服が制定されている時代に失踪し、
存在を忘れられかけてはいるが、
今もこの学校の生徒たちの中で
伝説という
語り継がれる存在だってことかい?"
「そうッッ!! 我こそは、10年11ヶ月、2日と19時間26分32秒前にこの学校を失踪し、死んだとされた伝説中の伝説の英雄学徒ッ!
「……お前が失踪した生徒だっていうなら、今日までどこにいたって言うんだよ? 噂通りならその伝説の生徒ってのは、なんの手がかりもなく神隠しにあったはずだ」
「ハーッハッハッハ!! 素晴らしい! 想定通りに噂立っているようで安心したぞッ! あの日、我はこの計画を思いつき、学校から抜け出して裏山へ走った! そして
一向に理解は進まなかった。
こいつの自分語りの内容が、全て真実だとは到底思えない。
だって、もしも事実だっていうなら、こいつは、何もかもがおかしい。
約11年間も、こいつは今日のために山の中で野生の暮らしていたことになる。そんなの、おかしいだろ。
「嘘をつくな、本当のことを言え!!」
「我、信用されていないなあ。 今話したのは全て本当のことさ! 銃を突きつけられて虚言を叩くなんて危険な真似はしない! 我にはまだ、悪の親玉を倒し、
「…………狂ってるよ、お前」
「狂っている……ッ!? 当然だ!! 我は10年11ヶ月、2日と19時間28分29秒も昔からこの計画を練り、この計画のためだけに生きてきたのだッ!! 虫を食らい、雨水を飲み、自然動物を密猟し、地下洞窟で農作し、地熱で眠り、太陽と月の位置で時間感覚を維持し続けたッ! 何度も気が狂いかけたが、それでも学校中が我が名を叫び、街中が讃え、世界中に注目される今日この日を夢見て耐え忍んできたのだよッ!!」
己の自己表現浴とストレス発散の為に博物館を占拠し、美術品を壊して回る。そんな芸当は、頭のイカれた奴にしか出来ないし、したいとも思わないからだ。
しかし、このディオは別ベクトルに一層イカれた怪人だ。
幼稚な自己顕示欲のためだけに約11年もの月日を犠牲に、更には全くの人々を身勝手な
ただただ、ヒーローと呼ばれたいが為だけに。
野崎は仮面越しでも分かる呆れた様子で命令する。
「仮面を剥がしな。 生徒らを解放して、テロリスト共を引き上げさせろ」
「フム……。 他に
ディオは急にグズグズと涙ぐみ、ため息をつきながら懐へと片手を潜らせた。
「おいッ、動くと言ったよな!
「違うさッ! 鍵だよ鍵、ほうらッ!」
懐から滑り出てきたその手には、宣言通り銀色の鍵が握られていた。
ディオはそれをフリフリと見せびらかしながら、
「これは
そう言って、ディオは軽く体を沈ませて、
二つ角のヒーローマスクが一瞬だけ黄金に煌めいた。
「ここまで舞台裏の事情を知られてしまったからには君にも劇をサポートしてもらおう。 "君は今から、裏方役をやれ"」
投げられた鍵は綺麗な放物線を描いて野崎へ投げられ、彼女は反射でそれをキャッチした。
その直後、変化はすぐに訪れた。
「……なっ、なん、だ? この鍵、は……ッ!」
野崎は、ゆっくりと銃を下ろしていた。
それだけじゃない。仁と遥夏が肩を叩かれた時と同様に、急に全身が色を失って、肌も制服も、暗く染まってしまったのだ。
「野崎っ、まさかお前……!」
「チッ、やられたよ……! こいつ、権能を使いやがった……!」
ディオは下を向いたまま、肩を震わせる。
そしてじわじわと不敵な笑みを高めていき、
「……フフフフッ、フワァーッハッハッハ!! こんなのに引っかかるなんてなァーッ! その程度かッ! 『
「お前の
「さっきの二人に、肩を叩いて
遂には持っていたリボルバーをその場に落とし、彼女ら仮面持ちにとって脅威の象徴とも言えるその鉄仮面を、自らの手で剥がしてしまった。
「私に、何をしたんだ……!」
「言ったろ! 裏方役を与えたんだ。 自身の配役は、しっかり聞いて憶えてもらわないと困るな! ハッーハッハ!!」
「役を与えただと……?」
そうだ!と真っ直ぐに指を差すディオ。
「ここまで我を追い詰めた褒美だ、我が公演の来場特典代わりに教えてやろうッ! 我が仮面の能力は、
「敗役、だと……? お前にとっては、裏方すらも敗役だと言うのか?」
「当然だろうッ! 舞台に立つ役者たちの為に照明や音響をプランノート通りにイジって何が楽しいと言うんだ! あんなのはスポットライトも当てられない、数合わせの敗役さッ! 主役だッ! 主役だけが勝者だッ! 舞台上で輝く、全ての中心! 主役以外をやらなきゃいけないなら首を吊る! 誰もが己の人生の主役だが、だからこそ、たったの一瞬すら、己の人生で惨めな脇役であることを感じてはならない!! そうだろうッ!? それは存在の否定、権威の放棄、時間の無駄、人生の敗北だッ!! 当然のことッ!!」
博物館でのロビンソンの演説も酷いものだった。自身の事情だけを最悪とし、自身の願いだけを至上とする。
これでよく分かった。あれは、ロビンソンだけに限った話ではないということを。仮面持ちとかいう奴らはどいつもこいつも、恐ろしいほどのエゴイストなのだ。
自分の美術嗜好が世間の主流でないことが赦せない。
自分の立ち位置が世界の主役でないことが赦せない。
仮面の権能、それはエゴの暴力として使われる、一方的な他人への押し付け行為に他ならない。
「包帯君、いやッ、裏方君! 君はもう私から敗役を与えられた、舞台関係者だ! だから公演の邪魔は出来なくなった。 例えば、もう主役を傷つけるようなことは絶対に出来ないッ!! 主役が怪我でもして降板になったら大変だからなァーッ!! ハッハッハ!! これが我が『
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