『英雄伝説』



「十年近く前、この学校の評判は酷いものだったらしい……。 新規入学者数は右肩下がり。 推薦口もみるみる減っていって、不良校とか適当叩かれていた時期があったんだよ。 これは、僕がこの学校の裏掲示板の過去ログを漁って知ったこと。 僕らの耳に直接、そんな話が入ってきたことなんてないよね?」


「……私は機械やインタアネットにうとい。 裏掲示板やログってのがどういうものなのかわからないけど、文脈から察するに仁君が見たそれは、飲食店クチコミ投稿サイトの、学校版に近いものと考えて間違いないよね?」


「えっと……、まあ、うん。そんな感じだね。 本質は全然違うけど……」


「それで、続きは? どうしてそこまでの悪評が、今も在校中の私たちの耳に入ってこないのさ?」

「その件だけど、学校側によるの効果みたいなんだよね」



 大掃除だって?と聞き返す野崎。



「かなりの大金を投資して、蔓延していた悪評を祓ったんだ。 裏掲示板の廃止、ネットに転がる情報の統制、校章や校名の改変……、とにかく様々な手で、この学校はリニューアルされた。 その中の施策のひとつに、学校制定の服装の変更があったらしいんだ」


「制服のデザインを他校のものに寄せて、生徒らが後ろ指さされることを回避したついでに、不良校の象徴たる旧制服を葬ったわけか。 フン、邪知深ずるい大人が考えそうな手口だ」


「その変更前の制服ってのが、灰色の学ランだったらしいんだ。 細かい形状や装飾までは把握していないけど、きっと英雄とか何とか叫んでたあの人が着ていたものは、それだと思う」



 ディオがこの学校の、旧制服を着ていた……?

 学校が大金を払ってまで起こしたってのが本気なら、もう今更、昔の制服を購入したり入手したりなんかできないはずだ。

 だとすれば、濃厚な可能性はひとつ。彼は元から制服を持っていた。厳密には、制服変更前の時代に、この学校に通っていた元生徒である可能性が高い。


 でも……、ディオはどうしてそんな旧制服を引っ張り出してきたんだ?

 野崎が言う通り、あいつは奇天烈きてれつと呼んで差し支えない様相をしていたし、あのマフラーも、仮面もセットで、ただのコスプレ趣味と言われてしまえばそうなのかもしれないが、そこにはまだ理由が隠されている気がする。


 そこに合理的な理由ではなく、こだわりにも近い、ディオの想いが宿っているように思える。

 理由なんてないが、どうもそう思えてしまう。もしかするとこの感覚こそが、野崎の言っていた『引力』に近いものなのかもしれない。




「英雄、か。 彼を思い出すね」




 仁は片手で白縁眼鏡しろぶちめがねの位置を直して、




「ほら、五連勝伝説の彼だよ。 野崎さんは知らないかも知れないけど、この学校には伝説として語られる、とある生徒がいるんだ。 数々の部活動を決闘で破り、学校中に旋風を置き起こした男子生徒の逸話さ。 その存在は失踪事件をきっかけに闇に葬られてしまったけど、彼の勇姿はその後の生徒たちに大きな影響を与えた。 彼の部活破りの試合がはじまるごとに学校中がお祭りみたいに騒いでいたから、それをきっかけに、学生たちが自発的にイベントを開催したりして、学校生活に刺激を作ろうとする熱に火がついたんだよ。 以降の年の文化祭は拡大されて三日規模で行われるようになったくらいだし、もし彼が失踪していなければ、この学校は今よりずっと自由青春主義で溢れていただろうね」


「……まさか、十年前にこの学校を取り巻いていた数々の悪評の元凶ってのは」


「そう、彼の失踪事件だよ。 伝説に残るほどの生徒だし、きっと校外でもその名前を知っている人は多かったんだと思う。 そんな生徒が、ある日突然の失踪だ。 しかも、一切の手がかりなしと来た。 これじゃあ神隠しだよ。 当然、変な噂が立つ。 校内では都市伝説程度で済んでるけど、外じゃそうはいかない。 誘拐事件や陰謀論なんてのまで話にあがっていたんだってさ。 学校に悪噂が取り憑いてしまうのも、仕方なかったんだよ」




 時間軸がぴったり合いすぎている。

 まるで、まるでそれじゃあ、




「……仁君、つまりこうか? その英雄的生徒ってのは、まだ旧制服が制定されている時代に失踪し、学校側の火消しも相まって存在を忘れかけられてはいるが、今もこの学校の生徒たちの中で、伝説というラベルを冠して語り継がれる存在だってことかい?」


「そうだね、その認識で間違いないよ」




 それじゃあまるで、




「仁君、その伝説の生徒って奴のことをもう少し聞かせてくれないか。 どうしてそいつは、部活破りなんてことを始めようとしたんだ?」


「それはわからないよ、僕は雑学が好きで、かく情報を知って語るのが好きなだけなんだ。 当時を実際に見聞きしたわけでも、伝説の生徒って人と知り合いってわけでもないんだ。 だから、ここから先は断片的な情報を繋ぎ合わせた、僕なりの偏見が組み込まれたテリングになってしまうけど、いいかな?」




 仁は人力データバンクだ。これは当人もそう自覚しているであろう、個性だ。

 ただし、仁はあくまでもはエクスタシーに到達するための前準備に過ぎないと考えている。いつも語っている通り、仁はすることを最高の目的としている。


 何処から拾ってきたのかもわからない出処ソース不明の情報群を、偏見と憶測で統計取り、はめ込み合い、辻褄合わせしていき、それでもピースが足りなければ、自分が納得するまで収集インプットを続ける。

 そうして完成した継ぎ接ぎだらけのオリジナル事実を、さも世間の常識のように熱弁アウトプットする。

 それ故に、仁の語る情報には、本当に正しい情報も、オカルトレベルにこじつけられた、間違った情報も含有されていることがあるのだ。


 しかし、それをべしゃり倒すことが、仁にとってとてつもなく快感で、どうしようもないさがなのだ。

 薬にも毒にもなる仁の個性だが、こういった情報不足の場においては、本当に頼りになる。

 これまでの学校生活でも助けられた場面はいくつかあったが、今回もそれに頼ることになりそうだ。




「五連勝伝説の英雄は、元々は演劇部に所属していたって噂を聞いたことがある。 しかもただの演劇部じゃない。 主役を任せれば、数多くの学校が参加する学区対抗の高校演劇大会で、余裕で男優賞かっさらってしまうほどの実力者だった。 中でも殺陣たてを好み、彼の出演する脚本にはアクションシーンが含まれるのが通例となっていたそうだよ。 でも……、その溢れ出る才能が、より自身の力を活かせる場所ステージを探させたんだろうね。 きっと彼は、自分の限界に挑戦するために、部活破りを始めたんだ」




 部活破りは五連勝に到達し、応援は最高潮。

 そんな折に、彼は失踪してしまった。




「失踪した理由……、これだけは僕にもわからない。 検討もつかないよ。 世間では、負けた部活動が面汚しの報復に彼を集団リンチにして、遺体はどこかに埋められたんじゃないかとか、飛躍した妄想話ばかりが飛び交っていたってさ。 きっとそれくらいぶっ飛んだストーリーでもこじつけなければ、神隠しの説明が付けられないってことなんだろうね」




 神隠しを説明できてしまうほどのぶっ飛んだについて、オレと野崎には頭に思い浮かんだ、暗黙の共通認識があった。

 権能。非日常的な現象を引き起こす仮面の力。

 それが関わっていると考えれば、彼の失踪にも説明が付けられるかもしれない。


 仁の出力アウトプットを聴くのに集中していると、横から震えた腕がオレの裾を掴んだ。




「遥夏、どうした……?」


「……みんなの言ってること、わかんないよ。 早く逃げようよ、今はそっちの方が大切だよ……」




 遥夏の言っていることは、なんとも正しい。

 話は途切れてしまったが、続きは安全を確保してからでも遅くない。

 何より、仁は出血している。杜撰ずさんな対応でも止血しきれるほどの少量ではあるが、確実にそれは仁を蝕む。もしゾンビのウイルスに感染しているのなら、最悪の展開すら想像がつく。




「とりあえず仁の治療のためにも、あいつの言っていた通り体育館に向かってみよう。 勝人は先に到着しているかもしれない」


「煌、先導を頼んでいいかい? 僕は負傷こんな状態だし、二人は女子だし……」


「あ、ああ。 任せろ」




 仁からT字箒を受け取り、率先して階段を降りる。オレのすぐ後ろに仁、少し間が開いて、遥夏と野崎が肩を寄せあって追従してきている。


 仁に、遥夏に、野崎。三人が一堂に会する今、複雑な心情が渦巻く。

 勝手に重責ばかり押し付け、関係にヒビの入ってしまった仁。いつも底抜けに明るいのに、ぐしゃぐしゃな泣き顔を初めて見せた遥夏。本来は敵であるというのに頼り甲斐のある、となった野崎。

 そして奇しくもこの面子めんつは、日常が崩れたあの日……、博物館でも同じ時間を共有していたメンバーでもある。

 あの時とは状況が違うが、これを運命と言われてしまえば納得出来てしまえるほど、不思議な縁を胸の中で感じてしまっている。




「……煌」




 すぐ後ろの仁が、思いきったように小声を絞り出した。オレから溢れた気まずさを察知してくれたのだろうか。

 口火をきってくれたのは助けられた。だが……、何を言われるより先に、オレは謝るべきだ。教室でのことも、博物館でのことも、どちらもオレの酷い過ちだ。

 仁は憤慨して然るべきなんだから。




「仁、聞いてくれ……。 オレ、お前に酷いことをしちまった。 許してもらえるなんて思ってないが、謝らせてくれ……。 あの時は――――」


「煌……!」




 オレの話を断った仁の表情は、何かワケ有りって顔だった。




「ひとつ、確認させてほしいことがあるんだ」


「ああ、どうした……?」


「……野崎さんのことだよ」




 仁は一瞬だけ後ろを確認したあと、





「野崎さんは、博物館にいた包帯のテロリストと……、同一人物か?」





 はっきりと、そう口にした。




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