『存在を消された制服』




「おい野崎、遅えぞッ! 早く来いッ!」


「ばかっ……! 私がっ、そんなに、走れると……、思うなっ……! この、体力馬鹿がっ……」


「お前が体力無さすぎるんだろーが! 数十メートルくらいしか走ってねえだろ!」


「階段を二階分も駆け上がっているだろう!? それに私は、権能を使うと貧血になりやすくなるんだ! さては君、モテないだろう! 女子のスピードに合わせて走れよ! それくらいっ……、常識だろう!?」


「後ろからゾンビが追っかけてきてンのに、誰が競歩で逃げるってんだよ!! もっと速く走りやがれ!!」




 職員室から出たオレたちは、テロリスト達の銃声に釣られて集まってきたゾンビ達から逃げるため、階段を登り三階へ来ていた。

 ここから目指す先は、ディオが避難誘導していた体育館。そこへは、三階の渡り廊下から北棟へと移動し、そこから地上階へ降りて、直接体育館へ入る道が最短のルートだ。


 息切れの止まらぬ野崎を介抱しながら、渡り廊下に差し掛かる。

 ふと柵外のグラウンドを見ると、ポツポツと人型のシルエットが彷徨っていることに気付いた。



「あれも全部ゾンビかよ……、しかも数十体はいる。 腸出したり骨出したり、グロテスクのオンパレードだな……」


「はあっ……、君、よく……、あんなのが見えるな……。 ここは三階だよ? 私も視力は良い方だけどね、この距離じゃあ、個々のディテールまでは見えたもんじゃないぞ……」


「え? あ、あぁ……、確かにな」


「はぁ……?」




 野崎に言われて気が付いたが、オレの視力は特別良い方ではない。普通ほどだ。

 さっきまでは校庭のゾンビたちのグロテスクがはっきりと見えていた気がしていたが、今になって再び校庭を覗いても、奴らのシルエットしか見えなくなっていた。腸が飛び出しているだとか、骨が出ているだとか、そういったものは低解像度のぼやけに塗れている。

 そりゃあそうだ、ここは三階だし、グラウンドまでかなりの距離がある。さっきのは、何か思い違いだったのだろう。



「……ふう。 さて、別棟まで来たわけだけど、どうやらこちらも穏やかな状況ではないようだね」


「これ、防火設備か?」




 渡り廊下を越えた先、北棟でオレたちを待っていたのは、血の手形が張り付いた鉄の大壁だった。




「防火扉だね。 どうやら、ゾンビから逃げてきた誰かが手動で閉鎖したみたいだ」


「これじゃあ体育館に繋がってる一階まで行きたくても、階段が使えねえ」


「防火扉は、エリアを区画することで分煙や、火災の火の手が進行することを食い止めるための防壁だ。 しかし非常用の壁という性質上、人が閉め出されてしまうこともある。 そんな状況のために、防火扉には平常時では開閉できないくぐり戸が内蔵されているものだ。 取手を探してみな」



 壁に取り付けられた円形の窪み、そこに折り畳まれた銀のハンドルを見つける。指をかけて押し回すと、意外にも軽く子扉は開いた。



「この程度は常識だよ」


「常識かもしれねえけどよ! 防災設備なんて実際に触れる機会、まずないだろ」


「いつ災害がやってきても対応できるようにしておけよな、義務教育だろ」


「ああわかったよ心配性め!」



 なんて口論をしながらくぐり戸を越えてすぐ、階段の踊り場にいる人影の存在に気がつく。

 またゾンビかッ、と身構えた次の瞬間、その人影から声がかかった。




「……煌?」




 オレの名前を呼んだのは、仁だった。

 どこかから拾ってきたのであろう長いT字箒を片手に、隣には目を赤くした遥夏が座り込んでいる。




「良かった! 煌、無事だったんだな! 」


「仁、どうしてここに! 逃げたんじゃねえのかよ!?」


「逃げたさ! でも、途中でに襲われて……」




 仁のシャツの右腕は、赤く染まっていた。

 二の腕には学校制定のベルトが巻かれているが、流血が床にぽたぽたと溜まってしまっている。

 遥夏が大粒の涙を流して、



「仁がぁ……、仁がわたしを、庇って…………」


「遥夏、何度も言ったろ。 あれは仕方なかったことだよ。 ……それで、命からがらここまで逃げてきた。 応急処置はしたけど、これ以上は遥夏を守れないからね、煌が来てくれて助かったよ」




 仁の目線が野崎に移る。




「野崎さんも無事だったんだ、良かったよ」


「ああ、煌と校内を逃げ回っていたよ。 まだ相原君は見つけられていないけどね」


「勝人……、もしかしたら、あいつは体育館にいるかもしれない」




 野崎に一瞬の空白。

 彼女はきっと、オレと同じ奴のことを頭に浮かべているだろう。

 烈火のマフラーを巻いた、あいつを。




「どうして体育館だと?」


「さっきさ、安全だから体育館に行けって言われたんだよね。 ゾンビに追われていたところを助けてくれた人に」


「それってまさか、灰色の制服を着ていた?」


「うん、その人だ! 野崎さんたちも会ったの?」




 会った、どころか、オレたちもそいつに助けられたし、今追っている仮面持ち疑惑、第一容疑者だ。




「うん、どうやらあの奇天烈キテレツは、会った人みんなに避難誘導しているみたいだな」




 奇天烈でいうと、全身包帯のハロウィン女たるお前もいい勝負なんだが。という横槍はやめておいた。




「あの制服だけど、この学校のものとは違ったよな? この周辺の高校で、あの制服を制定している学校があるんだろうか?」


「……いいや、多分あの制服は、僕らの高校のものだよ」


「そんなことはない。 この学校に転入して日は浅いが、制服のことならはっきりと分かるんだよ。 私はこの通り、好みで男子生徒用の制服を着用している。 転入時にわざわざ問い合わせてね。 その時、体操服なども含めて、この学校で制定されている制服には全て目を通しているのさ。 だが、教頭の解説にも、パンフレットにもどこにも、あんな制服は載ってなかった」


「それで合ってるよ。 あの制服は……、載っているべきではないものだからね」




 疑問符を浮かべる野崎。




「載っているべきじゃあないって? 何か知っているなら、どういうことか勿体ぶらずに教えてくれよな」


「野崎さんが奇天烈と呼んだあの人の制服は、。 つまり、僕らのいるこの学校の、旧制服なんだよ」




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