クラスメイトに限界スパチャ!?

夜々予肆

クラスメイトに限界スパチャ!?

「これからよろしくねぇ~崇平しゅうへいくん」


 崇平は欠伸を堪えながら自分の席に座るや否や、右隣に座っていたクラスメイトの広葉ひろばめろんに声を掛けられた。めろんの声はまるで砂糖菓子のように甘く蕩けて感じ、非常に耳心地が良かった。おまけに日本人形のように腰まで長い髪を耳の上で二つ結びにしているものだから、あたかもアニメーションの世界から飛び出してきたかのような印象を与えた。もっとも、崇平は日常生活を送っている中でアニメーションなどまず見ないのであるが「アニメキャラっぽい子」というイメージは何となくついた。


「よろしくね、広葉さん」


 崇平は笑顔でめろんに返事をした。というのも昨日崇平たちのクラスでは席替えが行われたのだった。崇平にとって席替えとは高校生活を送る中での単なる出来事であり、それ以外の感情はそれ以上もそれ以下も感じないのであるが、どうやら他のクラスメイトにとってはそうでもないらしく「灰(燃えカスみたいな奴という意味のような蔑称ではなく、本当に灰という名前の男子生徒である)の隣がいいな!」だったり「えぇっ篠塚さん一体何をやったの!?(この台詞の発言者こそが灰その人である)」といった声が教室中で響き渡っていたのであった。だがしかし崇平には何故その程度の事で一喜一憂出来るのかが理解出来なかった。本来の高校一年生というのはそれくらいの事でも喜べる年頃なのかと多少悩む事があるが、それが俺だし仕方ないかといつも結論付けるのであった。


「ねぇ片海くん」

「何かな?」

「仙台の妖精って聞いたことある?」

「仙台の妖精?」

「うん」


 挨拶の流れでめろんから御伽噺の如くファンタジックで突拍子もない事を尋ねられ、崇平は心の中で首を傾げた。


(仙台の妖精……?)


 崇平はこの世に生を受けてからかれこれ16年間、ここ仙台市で暮らしているのであるが、そんなもの一度たりとも聞いた覚えはなかった。あるいは既に何度も聞いているのだがそんなファンタジックな言葉に特段興味を惹かれなかったため、聞いてもすぐに忘れていただけなのかもしれないが。


「聞いたことないな」

「そうなんだぁ~。えっとね、仙台の妖精っていうのはねぇ~」


 めろんは机の横のフックに掛けてあったスクールバッグからスマートフォンを取り出し操作を始めた。仙台の妖精というのはインターネットで検索すればすぐ出てくるものなのだろうか、それともゲームアプリケーションに出てくるキャラクターの類のものなのだろうか、そんな風に思案しながら崇平は大人しくその様子を眺めていた。どちらにせよ崇平は基本的に雑誌や新聞で知識や情報の収集を行い、暇があればスマートフォンよりも文庫本を手に取るような近年珍しいほどのインターネットから離れた男子高校生であるから知らないはずだった。


「これだよぉ~」


 めろんがスマートフォンの画面をこちらに向けてきた。すると画面にはまさに妖精というような、緑色で煌びやかな衣服を身に纏い、緑の瞳と白と茶のグラデーションがかかった髪をした可愛らしいアニメーション風の美少女キャラクターが映っており、表情をわかりやすく変えながら動いていた。


「これが仙台の妖精なのかい?」

「そうだよぉ~。笹窯ボコちゃんっていうんだぁ~。YouTubeで生配信やってるんだよぉ~」


 崇平も自分のスマートフォンを取り出し、ブラウザを立ち上げ「ささかまぼこ 仙台の妖精」と検索を掛けてみた。すると先ほど見た緑色の妖精がサムネイルに映っている動画が多く表示された。なるほど、仙台の名物笹かまぼこから取って笹窯ボコというのか。少し安直過ぎる気もするが、かといって他にいい名前があるかと言われればあまり思いつかなかったので、こういった覚えやすい名前の方がいいのかもしれないとも思ったのだった。


「帰ったら見てみるよ」

「どういたしましてぇ~」

 

 とは言ったものの、今のところなぜめろんがわざわざ自分にこの笹窯ボコという仙台の妖精の存在を伝えたのか崇平には理解が出来なかった。だが彼女は(今まで特段親しくしていた訳では無かったが)大人しい小型犬のようにふわふわとした雰囲気を醸しだしており、性格もほぼその通りで他の女子からもマスコットのように愛されているといった知識は半年以上このクラスで生活していく中で持ってはいた。女性の人間付き合いはドロドロしているとよく耳にするが、そんな中でも多くの女子からそういう風に愛されるということは特に何か狙いがあるでもなく単純に笹窯ボコという仙台の妖精の魅力を伝えたかっただけなのかもしれないなと崇平は考えたのだった。



 夜、崇平は自宅で再びYouTubeで笹窯ボコの動画を見た。学校では音を聴く事が出来なかったためどういった話をしていたのかがわからなかったが、自宅で音を出して確かめてみると話の内容は最近好んで食べているコンビニのパンの話だったり、八木山動物公園のウサギがペンギンがどうのこうのという話といった俗っぽい話ばかりであり、仙台在住なのは分かるがとても妖精だとは思えなかった(声は綺麗で妖精っぽかったが)。むしろ本来の妖精というのはこういうものであり、創作物で描かれる妖精の方が人間の願望やイメージが反映されて本来の妖精とはかけ離れているものになっているのかもしれないとも思ったのだった。


(ライブ……? それに六.五万人が視聴しています……? 多賀城市の人口より多いじゃないか)


 しばらくそうしていくつかの笹窯ボコの動画を眺めていると、サムネイルの右下に「ライブ」と赤字で書かれている動画があるのが目に入った。これは一体何なのだろうと調べてみると、今現在生配信をしている事を示すものであるらしかった。つまりどうやらちょうど笹窯ボコは六.五万人を集めて生配信を行っているようだったので、崇平はその「ライブ」と示されている笹窯ボコの動画のサムネイル(タイトルは「【雑談配信】まったりゆったり話すよ」であった)をタップしたのだった。


「タマハイさーん。スパチャありがとー!」


 動画が開かれた瞬間、笹窯ボコはそう言った。


(スパチャ……?)


 全く聞き慣れない言葉を聞き、崇平はまたもや一旦動画を離れて調べてみた。するとどうやらスパチャ――スーパーチャットは所謂投げ銭の類であるらしく、チャット機能を利用して視聴者が配信者に金銭を送るといった事が出来るとのことであった。


(今はもうそんな事が出来るようになったんだな。技術の発展というものは凄まじいな)


 崇平にとってこの機能はまさに空から宇宙人がやってきたかのような突如とした未知との遭遇であり、興味を持たずにはいられなかった。それどころかなぜ自分は今までこのようなものに一切興味を示さずアナログの世界で生きてきたのかと後悔してベッドに倒れ込んだ。


(俺は今まで何をやっていたんだ)


 今はもう演者が直接観客からの声を聴く事が出来て金銭も受け取れるとは。崇平の短い人生の間でも時代は光の如く進んでいっているのだと隕石が落ちるかのように強く感じた。やはり現代はインターネットの時代という事なのだろう。父親が仙台を拠点に置き雑誌等を刊行している出版社の社長であり、母親もその会社の社員である事から崇平は幼少期からインターネットは敵であると強く教えられて生きてきており、それを疑う事なくそれを受け入れていた。だがそれは間違いだった。だがしかし本当にそう口に出してしまうと両親にこの宇宙人めと殺される事間違いなしなので心の中でそう思うだけにした。


(俺もこの流れに乗らなければ)


 しかしそれはそれとしてそう思うのは揺るぎない事実であるので、崇平もスパチャするべくスパチャについて調べ上げたのだった。するとYouTubeアカウントが必要との事であったので早速アカウントを作った。名前はとりあえずさっき聞いたウサギの雑談からほーらんどろっぷにし(ウサギの品種のひとつである。アイコン画像もそのウサギにした)、家を飛び出しコンビニまで行ってプリペイドカードを購入して入金したのだった(一日の上限が五万円であるらしいので五万円分購入した。父親が社長なので金銭は基本的に使い放題なのである)。


(これで俺もスーパーチャッターだ)


 コンビニと家の往復を終えたばかりで身体が火照った崇平は汗を拭いながらそう思い、再び笹窯ボコの生配信に群れの中で最初に海に飛び込むペンギンの心持ちの如く飛び込んだのだった。最も崇平はペンギンではないのでペンギンの気持ちなど理解できるはずもないのだが、理解する事は出来ずともペンギンにもそういう気持ちはあるはずである。つまり大事なのはそういう理屈ではなく想いそのものなのであると崇平は思うのであった。


「それじゃあ今日はもうこれで終わりにするね!」

(何だと)


 しかしそんな想いを持って生配信という電子の海に飛び込んだ崇平ペンギンは呆気なくシャチに食べられたのであった。つまり崇平が入った瞬間生配信が終わってしまったのだった。


(これではスパチャが出来ないではないか)


 崇平はスマートフォンを力いっぱいに枕に叩きつけ、毛布を手前に引っ張り出し頭を包んで抱えた。


(しかし、入金した以上スパチャをしない訳にはいかない。どうすれば)


 崇平はスマートフォンを再び手に取った。そしてそのまま逡巡した結果「広葉めろん」と検索したのであった。はっきり言って自分でも何がしたいのか、何の意味があるのか分からなかった。ただ自分にこんな凄まじい世界を教えてくれた恩人の事がシャボン玉のように頭に思い浮かび、そのまま彼女の名前を入力してしまっただけなのだから。


(どういう事だ)

 

 そんな軽い考えで検索した文字の検索結果を見るや否や、崇平は目を大きく見開いた。その勢いで目が眼孔から零れ落ちないのではないかと軽く押さえてしまうほど、大きく見開いた。なぜなら「広葉めろんチャンネル」というチャンネル名であのクラスメイトの広葉めろんが生配信をしていたからであった。


(視聴者数は21人か。クラスの人数よりも少ないな)


 崇平はそれを確認した後、左手で目を抑えながら右手で画面をタップしたのだった。


「今日はねぇ~、席替えがあったんだぁ~一番前の席になっちゃったぁ~」


 めろんはそんな風にカメラでモコモコしている部屋着姿の自分の姿を映しながら今日あった出来事を包み隠そうともせず話を続けていた。インターネットを滅多な事では利用してこなかった自分が言うのも何なのだがネットリテラシー等は大丈夫なのだろうかと崇平が心配になるほどありのままのめろんの姿がそこにはあった。


(ともかく、スパチャだ)


 チャット欄を開いたが、チャットは「かわいい」「わかる~」といった短文を固定の二、三人がまばらに送っているだけのようだった。崇平はそれを見て深呼吸をした後「すぱちゃ」という文章と共に五万円をめろんに送ったのだった。その瞬間「すぱちゃ」と書かれた赤い枠のチャットが威風堂々とチャット欄に表示された。すると一気に「五万!?!?!?」「赤スパキタ―――(゚∀゚)―――― !!」「ええええええええええええ」「めろんちゃん気づいて」「ほーらんどろっぷって誰だよ」「ウサギwwwwwwww」といったようにチャット欄に一気に人が増え始めた。


(ふぅ……。これがスパチャの力か……。スーパーと名乗るだけの事はあるようだな……)


 崇平は胸の高鳴りと共に、極寒の海に飛び込み魚を手に入れたペンギンのような充足感を感じた。ペンギンの気持ちなど理解できないのは重々承知しているが、こういう時はそういうイメージが大切であると崇平は思うのであった。


「そろそろチャット欄見ようかなぁ~。何か来てるといいなぁ~…………えぇぇ~!? 五万円!? ど、どどどどどうしよぉ~! お母さあああああああああん!!!」


 恍惚とした表情でそのまま配信を眺めていた崇平とは裏腹に、めろんは突如として謎のウサギから送られた五万円という大金に口をパクパクさせ手をジタバタさせ可愛らしく飾られた部屋をグルグルと回ってパニックになりながらそう叫んでそのまま配信を終わらせてしまった。


(こんな広葉は初めて見た。面白いから明日も送ろう)


 そしてその反応を見届けた崇平は、そう決意してスマートフォンを閉じたのであった。



「おはよう、広葉。笹窯ボコの配信観たよ。まさか俺が呑気にしている間に世界はあんな風に変わっていただなんて知らなかったな。もっと早くに出会えていればと思ったよ」

「お、おはよぉ~……それならよかったよぉ~……はぁ」


 翌日、朝早く学校に着いた崇平は長時間めろんを待ち続け、めろんが席に座った瞬間口火を切った。溢れんばかりの想いと言葉を抑えられず自然と浮々した口調になる崇平に対し、めろんはどこか憔悴したような顔と声色をしていた。


「ね、ねぇ~……崇平くん……?」

「何かな?」

「実はねぇ、わたしもYouTubeやってるんだけどねぇ……実はねぇ……」

「うん。知ってるよ」


 崇平はそんなめろんに対し、満足した表情をしてそう言ったのであった。

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