背後から抱き付いてきた幼馴染の話

月之影心

背後から抱き付いてきた幼馴染の話

 明日は土曜日で学校は休み。

 時間は夜の10時を回ったところ。

 ここは俺、羽月はづき惣介そうすけが幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染、香坂こうさか柚葉ゆずはの家の2階にある柚葉の部屋。

 部屋に入って見える目の前のテーブルには柚葉のスマホが時折何かの着信を伝えるランプをピカピカとさせている。

 俺の今の視界に人間は誰も映り込んでいないが、首には白い腕がしがみつくように巻き付いていて、着ているTシャツの首元は不自然に引っ張られている。

 背後から俺の首に腕を巻き付けているのは、幽霊なんかじゃなく、部屋の主である柚葉だ。




「抱き付きたいから呼んだの?」


「それもある。」


「”も?”他の理由もあるの?」




 夕食を終えて部屋に戻ると、スマホがLINEの着信を伝えていた。

 画面を開くと柚葉から『ちょっとこっち来れるかな?』とあった。

 本音を言うと飛び回りたい程嬉しかった。

 俺は柚葉に好意を抱いているから。

 でも、柚葉にも片想いだけど好きな人が居るのを知っているから、俺は柚葉への想いをひた隠しにしていた。

 俺は自分の想いよりも柚葉との幼馴染という関係に重きを置いていたのだ。


 そんな俺の想いを知ってか知らずか、こんな夜に呼び出して、しかも部屋に入るなり背後から抱き付いて来るなんて、背中に伝わって来る二つの柔らかい山の感触はご褒美だと思うが、それ以外は俺にとっては拷問以外の何でもない。




「何かあった?」


「何も無い。」


「俺にどうして欲しいの?」


「一緒に居て欲しい。」


「いつも居るじゃん。」


「いつもじゃない。」


「そりゃ寝る時とかは一緒じゃないけどさ。」


「一緒に寝て欲しい。」


「さすがにそれはマズくない?」




 俺の理性が。




「抱きたくなったら抱いていいから一緒に寝よ?」




 何ちゅう事を言うかな。

 男子高校生の性欲を甘く見るなよ。




「そんな事言うもんじゃないよ。」


「惣介だから言ってんの。」




 俺は首に巻き付いている柚葉の腕に手を掛け、外して柚葉の方を向こうとしたのだが、柚葉は解かれまいと腕に力を入れてきた。




「ちょっと座って落ち着いて話そうよ。立ったまんまってのも何だし。」


「このままでいい。」




 いや、背中の柔らかい感触とTシャツ引っ張られて露出した肌に掛かる柚葉の吐息に理性がぶっ飛びそうなんだが。

 それでも一向に俺の背中から剥がれようとしない柚葉に俺は諦めた。




「分かった。じゃあこのまま少し話そうか。」


「うん。」


「で、何で俺と一緒に寝たいと思ったの?いくら俺に対してでも、柚葉は何も無いのにそんな事言う子じゃないだろ?」


「うん……」




 時々柚葉が姿勢を変えるようにもぞもぞと動くのだが、そのたびに柔らかい山が背中にぐりぐりと押し付けられて理性崩壊待ったなし状態なんだけど。




「私……本当に……惣介が好きなのかなぁ?って……」




 柚葉がぽつぽつと俺の背中に向かって言葉を発した。




「ん?でも柚葉は……きょu……」




 俺はその先の言葉を飲み込んだ。


 俺は柚葉の片想いの相手を知っている。

 クラスで委員長をしている京極きょうごく将貴まさき

 俺よりも頭が良く、俺よりも運動が出来、俺よりも背が高く、俺よりもイケメンで、俺よりも性格がいい。

 俺がどう転んだって勝てる相手じゃないというのも、俺が柚葉への想いを封印しようと決めた一因だ。




「でも、好きでもない相手と一緒に寝るってのは別の話だろ?」


「惣介の事は好きだよ?」




 一瞬、心臓が音を立てるんじゃないかと思うくらいの勢いで跳ねたが、(幼馴染として……って事ね……)とすぐに冷静になっていた。




「そういう意味じゃなくてさ。異性として好きでもないのに……ってこと。」


「異性として?」


「そう。”ずっと一緒に居るから嫌いではないし”みたいなのと”異性として好き”ってのとは違うと思うよ。」




 そう言って柚葉は俺の首に回した腕の力を抜き、背中から離れた。

 至福の柔らかさよさらば。

 ……と思ったのも束の間、今度は腕の下に手を回して腰に抱き付いてきた。

 至福の柔らかさが肩甲骨の辺りから背中の真ん中辺りに移っただけだ。




「異性として好きならいいんでしょ?」


「うん……?」




 柚葉が俺の腰に回した腕にぐっと力を入れ、背中にぺったりくっつくように抱き直してきた。




「異性としても……惣介の事は好きだよ?」


「は?いや……え?でも……」


「迷惑?」


「そ、そんなわけないけど……その……」




 今度は冷静になる隙を与えられず、心臓はバクバクと打ち、体温が一気に上がるのを感じていた。

 柚葉の顔や姿は見えないが、背中に胸を押し付け、ほっぺたを俺の背中に当てているのは分かる。




「その?何?」


「いや……柚葉は……その……きょ……京極の事が……」


「京極君?何で京極君が出て来るの?」


「へ?あ……え?」




 やけにあっさりと言うか、寧ろ一気に冷めたような柚葉の声に、俺は少しだけ冷静さを取り戻せていた。




「えっと……柚葉の好きな人って……あ~その”異性として”だけど……京極じゃなかったっけ?」


「”異性として”って言うならちょっと違う。」


「ちょっと?」


「うん。”アイドルの一人”って言ったら分かるかな?異性としては好きだけど、付き合いたいとか一緒に寝たいとかは無いなぁ。そんな事したらファンの子たちに怒られちゃうし。好きって言うより”憧れ”って感じ?」




 冷静さを取り戻した俺の頭の中が『柚葉の片想いの相手は京極』という事実を探して様々な引出しを開けていた。

 体育でサッカーをしていて京極が華麗なシュートを決めた時や、さり気なく女子を立てる仕草を見た時の柚葉の表情にモヤッとした感情を抱いたのは覚えている。

 クラスの中でも柚葉が京極と親しく話をして笑い合っていたのも記憶にあるし、他の連中が柚葉と京極を『お似合いだ』などと言っていたのも耳に残っている。

 だが冷静になっていく俺の頭の中で、保存されている記憶に欠落している部分があるような気がしてきた。




「私、京極君の事が好きだなんて一度も言った事無いよ?」




 それだ。

 どうやら俺は、柚葉の表情や周りの声の影響で『柚葉の片想いの相手』を勝手に京極だと決め付けてしまっていたようだ。




「”アイドルと付き合いたい!”とか思う程、私もう子供じゃないよ。」




 確かに背中の柔らかい山は子供には無いな。

 いやいやそれよりも……となると柚葉が好きなのは俺って事になるんだけど。




「じゃ、じゃあ……マジで柚葉は俺の事が……その……す、好きなの?」


「そう言ってるじゃん。ダメ?」




 再び冷静さが霧散する俺の頭脳。




 (あぁ……これは夢なんだ……じゃなけりゃ柚葉が俺の事を好きだなんて言うわけないしこんな夜にいきなり呼び出すなんてないし……でも背中の感触は夢にしてはリアリティありすぎるけど……てかさっき柚葉は何て言ったっけ?……”一緒に寝よう”とか言ってたっけ?……ほら……柚葉がそんな事言うわけないんだからやっぱどう考えても夢だろ……)




 結論:夢なら好きにすればいい




「ダメじゃないよ。俺も柚葉の事好きだから。」




 現実には言えない言葉を平然と口に出来たのも、夢だと結論付けた結果だ。




「一緒に寝ても問題ないな。」




 言い終えると同時に腰に回された柚葉の腕の力が抜けたので、体をゆっくり回して柚葉の方に向け、柚葉に笑顔を見せた。












「あ……やっぱ一人で寝る。」












「は?」


「何か色々話してスッキリしたし、惣介が私の事好きだって言葉にしてくれたから安心したからもう大丈夫。」


「え?」


「ふわぁぁぁ……安心したら眠たくなっちゃった……それじゃまた明日ね。おやすみっ!」




 俺は再び背後に回った柚葉に背中を押されて柚葉の部屋の外へ放り出されてしまった。




「何なん?え?……何……なん?」




 両手で背中を押された感触が残り、ひんやりとした廊下の感触が足の裏に伝わると同時に、やっぱり夢じゃなかった事を実感し、俺はその場に崩れ落ちた。

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