113話 エルミア最後のお昼ごはん


「ねぇねぇ、一つ提案があるんだけど……」


 トゥーリアがエルクの入った皮袋を片手に上目遣いにこちらを見つめた。何かをおねだりするときの子どものような表情だ。


「せっかくこれだけお金が入ったわけだしさ、今日のお昼はこのお金をパーっと使って、みんなで打ち上げしない?」

「打ち上げ?」

「うん! 名を持つ魔族レイドボス討伐成功のこともそうだけど、ニコとミステルのお付き合い記念も祝ってあげなきゃだし――」


 そう言ってトゥーリアはニヤリと笑顔を浮かべた。


 確かに彼女たちの言うとおり、今日くらい贅沢してもいいかもしれない。

 付き合ったことのお祝いっていうのはなんだか恥ずかしいけど。


「ミステルはそれでいい?」

「はい、もちろんです」


 ミステルも賛成のようだ。

 後はソフィーの意見だけど……


「あの……わたしは討伐に関わってないんだけど……ご一緒してもいいの……?」


 ソフィーは少し遠慮がちにそう言った。

 そんな彼女に対して、トゥーリアは爽やかな笑顔を向ける。

 

「なーにいってるのさ。ソフィーも同じパーティの仲間なんだから。そんな小さいこと気にしないッ!」

「いつの間にかわたしもパーティを組んだことになっていたのに驚きが隠せないけど……そう言ってくれてありがとう。せっかくだから美味しいもの……食べたい」


 ソフィーも少し首を傾げながらも、トゥーリアの提案に乗り気の様子だ。

 

「じゃあ決まりだね! ニコ、昨日キミに貸した観光ガイドは持ってきてる?」

「ああ、持ってるよ。えっと――はいこれ」


 俺はトゥーリアに観光ガイドを手渡した。

 

「おすすめのレストランが載ってるんだ。いくつかボクがチェックしておいたんだけど――せっかくだから高級レストランに行きたいよね? こことかどうかな?」


 トゥーリアが見せてくれたページには、この街でも最高級と言われている三つ星レストランの情報が表示されていた。

 店の名前は『アルスラン』。

 なんでも元王宮お抱えのシェフが厨房を仕切る店で、主に貴族を中心にリピーターが絶えない名店らしい。

 

 参考にランチの値段を見ると、美味しそうなコース料理の写真と共に、とんでもない金額が掲載されていた。

 

 当然ながら普段の俺たちには到底手の出ない金額。

 だけど、臨時収入を得てホクホク状態の今の俺たちには、その程度の出費なんて痛くもない額だった。

 

「いいんじゃないかな?  せっかくの王都での最後の食事――奮発しようじゃないか!」

「やったぁ、そうこなくっちゃ! じゃあさっそく行こう?」

 

 こうして俺たちは、高級レストラン『アルスラン』に向かうことになった。


 

***



「あー馬鹿馬鹿しいッ! 何が三つ星レストランだよ。なにが元王宮お抱えのシェフだよ。こっちを田舎者扱いして、偉そうに鼻で笑ってきやがって、ムキー!」


 トゥーリアは片手に持ったエール瓶を勢いよく空けて、ドンッとテーブルに叩きつけた。


 ここは王都エルミアが誇る三つ星レストラン、アルスラン――ではなく、冒険者御用達ごようたしの大衆酒場『黄金の羊亭』である。


 俺たちは冒険者ギルドを出た後、意気揚々とアルスランに向かったのだが、店の扉の前でドアマンに追い返されてしまった。


 理由は色々ある。

 

 そもそもアルスランは完全予約制で飛び込み客は入れないとのこと。今からでも予約できないか確認したが、予約は数ヶ月先まで埋まっていることを告げられた。

 そのうえ、アルスランのような高級レストランには大体ドレスコードがあって、俺たちの風貌じゃそもそも予約しても入店できないことも丁寧に教えてくれた。

 

 それらひっくるめてドアマンの対応は、「この田舎者たちはなに馬鹿なこと聞いてんの」的な雰囲気を醸し出していた。

 たまたま依頼がうまくいった冒険者が、身の丈知らずの大金を手にして舞い上がり、こんなところにやってきた――そんな風に思われたんだろうな。

 

 まあ、大体そのとおりだから仕方ない。

 

 そんなわけで俺たちはすごすごと引き下がり、代わりにやってきたのがここ『黄金の羊亭』だ。この店には当然ながら予約もドレスコードもまったく関係ない。

 

 値段の割にボリューム満点で、これから冒険にでる冒険者におすすめの大衆酒場――

 トゥーリアの観光ガイドにはそんな風に紹介されていた店だ。


「まぁまぁトゥーリア。残念だったけど、なんだかんだで俺たちにはこういうお店の方が性に合ってるって」

「ううー、だけどガイドに載ってたコース料理とかデザートはどれも美味しそうだったんだよぉ……」


 トゥーリアは拗ねたような様子で呟いた。

 そんな彼女にミステルが慰めるような口調で優しく語りかけた。


「トゥーリア、またエルミアに来る機会はきっとありますよ。そのときはしっかり準備して……それまで楽しみにしておきましょう?」

「ミステル……」

「ほら、この唐揚げサクサクしててとっても美味しいですよ。トゥーリアも食べますか?」

「うん、食べる……」

 

 ミステルが差し出した皿からトゥーリアは一口サイズの唐揚げを摘んで口に運んだ。


「ほんとだ……美味しい。ミステルありがとう……ちょっと元気、出てきたかも」

「よかったです」


 そんな二人の掛け合いを側から見ていると、なんだか姉妹のようにも見えてくる。

 子供っぽいトゥーリアが妹で、ミステルが面倒見のいいお姉さんって感じだ。

 仲の良い二人の様子を見つめながら、俺は微笑ましさから思わず笑みを浮かべてしまった。


 

「さて、それじゃあ気を取り直して乾杯しようか。王都エルミアの最後の一日に」

「あと、ニコくんとミステルのお付き合い記念にも……ね」


 俺のかけ声にソフィーがこそっと付け足した。

 途端になんだか照れ臭くなる。


「えっと、はい。じゃあ――」


「乾杯!」

 

 俺の言葉にみんなは声を上げ、それぞれ手に持ったグラスを掲げ、カチンと打ち鳴らしあった。


 こうしてエルミアでの最後の食事は。

 俺たちの身の丈にあったお店で、食事にお酒に仲間たちとの語らいに。

 ワイワイガヤガヤと楽しいものになった。

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