9話 キャンプごはん〜トゲウサギの串焼き〜
日が落ちてから程なくして。
夜は魔族が活発化する時間帯ということで、今日の移動はここまでにしてテントを張ることにした。
ちなみにテントで泊まるのは俺とミステルの二人。馬車の御者の貨車の中で一泊するらしい。
(野営とはいえ、女の子と一晩一緒か……ちょっとドキドキするな)
俺は馬車にあらかじめ備えられていたテントと薪を持ってきて、野営の設営を始まる。
「よし、こんなもんかな」
設営を終えたところで、食材の調達に行っていたミステルが戻ってきた。手にはしっかりと、今晩の我々の晩御飯になるであろうエモノが握られている。ウサギのような小動物だった。
「さすが
「幸いにも近くでトゲウサギの巣を見つけることができましたので」
「トゲウサギ?」
「はい、草原地域に広く生息している小型の魔族です」
「え……魔族って食べても大丈夫なの? 毒とかあったり」
「トゲウサギは平気です。ただ、魔族を食べることに抵抗感を示す人も多いです。もし、ニコが食べられないのなら別の獲物を探してきます」
「いや、そこまでしなくても大丈夫だよ」
抵抗がまったくないわけではないけれど、ミステルが大丈夫だと言っているからには信じよう。
「それでどんな風に調理するの?」
「串焼きにして食べる予定です」
「焚き火で串焼きかぁ……」
想像するとヨダレがでてきた。そういえば街を出てから何も食べておらず、自分がとてもお腹が空いていることに今更ながら気がついた。
「料理はわたしに任せて、ニコは休んでいてください」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
俺はお言葉に甘えて焚き火の前に腰を下ろした。
ミステルはさっそく獲物の解体に取り掛かる。手慣れた様子で解体は進み、トゲウサギはあっという間に枝肉と化していった。
ミステルは懐から岩塩を取り出すと、肉に軽く振りかけて、それから串に刺した。そして焚き火にかざして焼き始める。
しばらくすると肉が焼ける香ばしい匂いがただよってきた。食欲を刺激する匂いに思わずゴクリとノドが鳴る。
(魔族の肉って聞いてちょっとビビってたけど、これは絶対にうまいやつだ)
そんな俺の様子を見てミステルはクスリと笑い、肉汁が落ちないように注意しながら、ナイフで削ぎ落とした脂身部分を器に入れて渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「うひょー」
目の前に差し出されたそれは、まさに肉! といった見た目をしていてとても美味しそうだ。
「いただきまーす!」
俺は熱々の肉を頬張った。
「うまっ! めっちゃうまいよこれ!」
口いっぱいに広がる旨味成分に
「ふふ、喜んでもらえて何よりです。本当は
「ハムハム――いやいや、十分だって――ガツガツ」
夢中に肉を頬張る俺を、ミステルは嬉しそうな表情で見つめている。
「付け合わせにこちらをどうぞ。トゥタバの若葉です。近くに群生していたので少し失敬しました。塩水で下茹でしてあるので食べやすいと思います」
ミステルは緑色の葉っぱを差し出した。
ひとくち口に入れると、爽やかな香りと、ほのかな苦味が口の中に広がる。
肉の油でこってりした口をさっぱりと洗い流してくれるようだ。付け合わせとして申し分ない。
「うーん、これも美味しいなぁ」
「ありがとうございます。まだまだありますので遠慮しないでどんどん食べてくださいね」
こうして俺はミステルの振る舞う魔族グルメを堪能した。
魔族ってこんなに美味しいんだな……新しい世界のトビラが開いた気がする。
「ごちそうさまでした。いやー美味しかった」
「はい、おそまつ様でした」
ミステルは微笑みながら食器を回収していく。
これから洗い物をするつもりだろうか。日が落ちた中、水場まで移動するのもなかなか大変そうだ。
(……そうだ。いい案を思いついた)
「ミステル、洗い物は任せてくれない?」
「え、いいんですか?」
「ちょっと試したいことがあるんだ」
俺は腕をまくって、使用済みの食器に向けて手を伸ばした。
精神を集中。錬金術を発動。
対象は使用済みの食器……にこびりついている汚れ。
「
俺がそう唱えると二重円が食器の周囲を包み、その中が青白い輝きで満たされた。
「
錬金術の輝きが収まった後、食器はシミひとつないピカピカの状態になっていた。
(なんということでしょう。あっという間にキレイになりました)
「わ、すごいですね。錬金術ですか?」
「うん、いちいち食器を洗うのも大変だし、錬金術で食器についた汚れを分解したんだよ。
「そんな便利な使い方もあるんですね。ふふっ……なんだか使い方が所帯じみすぎてて、少し可笑しいですね」
「失敗したら食器がバラバラになっちゃうけどね。一回、ラインハルトのお気に入りの食器をバラバラにしたことがあってさ。で、形がソックリの安物の食器とすげ替えたんだけど、アイツ全然気づかなくて――」
過去の失敗エピソードを面白おかしく語る。ミステルはおかしそうに微笑んだ。
「あ、そうだ。これ、食後の口直しにどうぞ、コーヒーです。熱いので気をつけてください」
ミステルは俺にマグカップを差し出してくれる。
「ありがとう。いただくね」
野外でテントを張って、焚き火で肉を焼いて、食後にコーヒーを飲む。空に目をやると満天の星が瞬いている。
俺はコーヒーをゆっくりと口に含んだ。芳ばしい香りと深みある苦味が口の中に広がる。
「うま――」
眠気覚まし以外の目的でコーヒーを飲むのは久しぶりだった。最高においしい。
ラインハルトの元にいた頃は、ひたすらアイテム量産のノルマに追われる日々で、こういったゆったりとした時間は久しぶりだった。自分の顔が自然とほころぶのを感じた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんかこういう時間、いいなって思ってさ」
「そうですね、私も――楽しいです」
ミステルはにっこりと微笑んでから、少しだけうつむく。
「最初――ほんのチョットだけ、不安だったんです」
「不安て、なにが?」
「アナタとの旅がです。わたし、誰かと一緒に旅をすることは、初めてなんです」
それはきっと彼女が持つ赤い瞳のせいだろう。
「ニコがいい人だってことはもう分かってましたけど。わたし自身が人と一緒にいることに慣れてないから、間が持つかなとか、イヤな気持ちにさせないかなとか……」
俺はミステルの話を黙って聞いていた。
「でも、杞憂でした。一緒にいるうちにどんどん楽しくなってきたんです。馬車での時間も、ニコの錬金術をじっと見ているのも、こうやって焚き火のそばに座ってお話したり、食事を食べたりするのも。とにかく一緒に過ごすのがとても心地よくて。不思議です」
「ミステル。俺も同じだよ」
「え?」
「俺もミステルがいてくれてよかったと思ってるよ。キミと一緒で本当に楽しい」
「本当ですか? 良かったです」
ミステルはホッとした表情を浮かべてふわりと笑った。
それから俺たちは、星空の下で色々なことを話し合った。これまでの旅のこと。趣味、好きな食べ物、苦手な食べ物、取り止めのないことをつらつらと。
焚き火の前でミステルと談笑しているうちに、段々とまぶたが重くなってきた。
今日は朝から色々とあったから疲れていたのだろう。
「ふわぁ……ちょっと早いけど俺はそろそろ寝ようかな」
「おやすみなさい、ニコ」
「ああ、おやすみ……」
俺はテントの中に入ると、寝袋に潜り込み目を閉じる。
すぐに心地よいまどろみに包まれた。
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