第三章:彦霊
「幾ら何でも、平安時代に閃光弾はないだろう?」
私は思わず、異を唱えた。
須佐は、ニヤリとして言った。
「半分は俺の想像だがね。其れらしき物は使われていたらしい」
現代ではSWAT等がテロリスト制圧に使用する轟音閃光弾である。殺傷力はないが、桁外れの爆発音と目も眩む閃光を発し、一時的にテロリストを無力化する事が出来る。
道真は其れを実用化していたと言うのだ。
平安の時代に。
「とても信じられない」
「どうして? 科学知識が無い平安人だから?」
まあ、そういう事だ。余りにも場違いすぎる。
「土師氏を馬鹿にしちゃいけないよ。発明王エジソンだって殆ど無学だったんだ。正しい方法論と根気さえあれば、発明は可能だぜ」
須佐は私の反応を予想していた様だった。
「土師氏ってのは砂鉄を採取する鉱山師だったんだ。いろんな鉱石を掘り出していた訳さ。一方で彼らは焼き物師でもある。常に炎と共にいた集団だ。掘りだした鉱石を火に当ててみるのは自然な行動だと思わないか?」
「炎色反応か……?」
「そうさ。奴らは根気良く其々の鉱物が持つ性質を見極めていったんだ。黒色火薬の原料硝石は、紫色の光を発して激しく燃え上がるそうだぜ」
「さっき記録が残っていると言ったな?」
「其れらしき物の、だけどな」
須佐は燗酒を飲み干しながら、言った。
「俺の家に残る口伝では、彼らは其れを『彦霊』と呼んでいた」
「ひこだま?」
「ああ、音だけする物を『
私にはまだ信じられなかった。
「そんな物が実在したなら、ちゃんと記録に残っているはずだ」
須佐は空になったコップを弄びながら、詰まらなそうに言った。
「ふん。書かれた物だけが真実だと思うなよ。大体、理解出来ない現象をどうやって書き留めろと言うんだ。皆妖怪話に成っちまうだろ」
そう言われれば、確かに其の通りだった。
「其れよりもさあ」
須佐が声を大きくした。
「熱燗の御代わりを寄付して呉れねえかなあ。もう一つ、面白い話を聞かせてやるから」
須佐は下唇を尖らせていた。
何故酒を奢らなければならないのかと、思わないではなかった。が、其れよりも次はどんな話だろうという興味の方が勝っていた。
私は御代わりを注文してやった。
「ありがたいね。先生が芥川賞を取ったら、必ず本を買うよ。嘘じゃない」
酒さえ呑めれば、須佐は上機嫌だった。
「旨いねえ、二杯目は。最初から二杯目を呑みたい位だね」
私の目が冷たい事に気付いたのだろう。須佐は手の甲で口を拭うと、取り繕う様に話を始めた。
「土師氏の本家といえば、
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