第一章:天神信仰の起源

 何から話そうか? うん? ああ、道真の話だったな。

 道真っていえば昔から学問の神様だ。天神様って事になってるよな。


 そう、火雷天神からいてんじんとか天満大自在天神てんまんだいじざいてんじんとか言われてる。

 流石さすが先生。良く知ってる。


 全国至る所に天満宮や天神社があるね。一番旧いと言われている所は何処か、知ってる? 太宰府天満宮じゃないよ。


 山口県の防府さ。防府天満宮は、道真が死んだ翌年に創建されてる。其れ位、死んだ側から天神信仰が始まったっていう事さ。


 恨みを抱いて怨霊に成ったって話は幾らでもある。けど、天神・・だぜ? 道真ってのは、「死ぬ前から霊威を恐れられていた」っていう訳だ。


 其れは何故かっていう御話を、今日はしてやるよ……。


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「道真殿、お陰で上手く運びました」

「其れは何よりでございました」


 道真は、身分卑しからぬ人物の来訪を受けていた。或る事の礼を言いに来たのだ。

 既に山程、礼の品が道真の許に届けられていた。


 大した事をした訳ではなかった。祝い事の準備で判断に迷う事があり、どうした物かと道真は占いを求められたのだ。


 道真は故事来歴に詳しく、中国の律令制度についても深く研究を修めていた。占い等せずとも、公私を問わず一通りの問題には適切な助言を与える事が出来た。



 しかし理屈で割り切れぬ悩みがある時、人は占いでの助言を道真に求めた。


 道真の占いは、良く当たるという評判であった。


 此の日の客には、屋敷で開く宴の準備について相談されていた。其の宴には、客よりも更に高位の貴族を招いていたので、万に一つも粗相があってはならなかった。まもるべき行いや器物の並べ方等、風水に関わる事柄を尋ねられたのだ。


 道真としては風水師の様に見られたくはなかったのだが、さる近しき人からの紹介があった為、止むなく引き受けたのであった。風通しや日当り、建築上の配慮や医学、心理学等の要素を風水に見出だす事も出来る。


 其の位の事であれば相談に乗るのは吝かでなかった。


 人が道真に求めるのは開運であるとか、災い除けの類の話が多く、まあ大半はどうでも良い事であった。


 いわば気の持ち様だ。


「其の日の朝に屋敷を出て東南に進み、初めに出会った物売から買上げた物をお出しすると良いでしょう」


 其の客に勧めたのは、良くある縁起担えんぎかつぎの行動であった。客は言われた通り、道で出会った魚売から、形の良い岩魚を買上げさせた。


 是を焼いて出した所、魚の腹から珠が出た。見ると、珠には「健」という文字が浮き出ている。


「是は目出度い」


 と、いう事になった。


 実は宴の主客は病が快癒したばかりの人物であった。其れを祝う事が、此の日の目的だったのだ。道真には其処までの事情は明かされていなかった。其れだけに、真らしき瑞兆を得て客は喜んだのだ。


 分かり切った事だが、すべて道真が演出した事である。客の事情等、小者を使えば簡単に調べが付いた。


 しかし、道真の「占い」は仕掛が精妙で時宜を得ている為、都人の間で悦ばれていた。


 情報を集め、道具立てを用意し、或時は役を演じる家人達。道真は彼らを「うめ」と呼んでいた。

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