LINK25 記憶の映写機

「さて、これからどうしようかね。行く先がわからなくなった」

「ううん。わかったよ。次の場所、私の中の『燐炎りんか』が教えてくれたよ」


俺はすべての毛穴が開く思いになった。

今まで見てきた俺の映像。

そして旅に導く存在を俺は推測していた。

だが、今、はっきりと真心の口から語られたからだ。


いま、車に乗ろうとしたとき、駐車場にパトカーがやってきた。


くそ。もう少し早く出発すればよかった。

中から出てきたのは、案の定、中尾さんだ。


「おぅ、ギリギリ間に合ったようだな」


相変わらずデリカシーのない声でさわやかな朝が吹き飛んでしまうようだ。

しかし遅れて山岡聖子さんがでてきた。


足早に真心に近づき両手で真心の手を握ると、


「ありがとう。ありがとうございます」


それは心の底からの感謝を伝える精一杯の言葉だった。


「博さんが無事でよかったです」


そう、真心が返すと、聖子さんは首を横に振り、『こっちに来てくださいと』真心の手を引いてパトカーの後部座席に連れていく。


俺もその様子に後を付いていく。


中尾さんに手を取られながら博さんが車から降りてきた。


「あ、ありがおう。あなあにかんはします」


何てことだろうか!

まるで何か遥か遠くの高い壁をうつろに見つめていた博さんの目が今は意思の強い目に変わっている。


救急車に中で目を覚ました博さんは「う~。う~」とうなり声を発し始めたらしい。


博さんが言うには目の前が青白くなり気を失った。夢の中、誰かがズレたピントを修正したかと思うと、今までの人生で経験した事や思い出のフォトグラフを映写機で次々と見せ始めたというのだ。

何とも機械的な例えだろう。


まだ細事までは思い出せないそうだが、自分が誰なのか、家族は誰なのか、自分は何をしてきたのかなど大まかな事は思い出したそうだ。


ちなみに聖子さんに最初にかけた言葉は「すまない。苦労をかけたね」だったそうだ。


聖子さんは涙ながら何度も真心に感謝の言葉を伝え続けると続けて俺たちにお願いを言い始めた。


「厚かましい事と思われるかもしれませんが、こんな奇跡的なことは二度とないでしょう。もし願いが叶うなら、もうしばらくあなた方と旅を、せめて1日だけでもご一緒させていただきたいのです。迷惑なのは承知の上でお頼みします。今日、1日私たちと行先をご一緒していただけないでしょうか。もちろん、私たちが出来る限りのお礼はいたします。」


真心は俺の意見を聞くまでもなく返事をしてしまった。


「今日は天気も良いようですね。私に旅先の景色がどのようなものか教えてくださいね」


これはしばらく、俺たちの旅は中断か....


「ところで、何処へいくのですか?」

「私たち夫婦の大切な場所、飛騨高山へ是非、ご一緒してください」


山岡夫妻を後部座席に乗せると、奈良井宿ならいじゅくを後に飛騨方面へ出発した。


もちろん後ろに中尾が張り付いてくる事は必至だろう。

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