LINK16 水着姿お披露目

「月人さん! 月人さん! 起きてよ! 大変だよ。お姉ちゃんがいないよ」


太郎君のそんな声に起こされる。


見渡すと真心の布団はたたまれていた。


「太郎君、白杖は? 真心の杖はあるか?」

「ちょっと玄関見てくる!」


俺は素早く身支度を整える。

ズボンをはいていると太郎君が帰ってきた。


「杖はどこにもないよ!」

「なら、大丈夫だよ」


太郎君はそんな俺にじれったい顔をしていた。

だけど白杖を持って出かけたというのなら、真心は自分の意志で散歩をしている証だ。


彼女も大人だ。

そして俺は彼女を信じている。


歯磨きを終えると自分の汗臭さにシャワーを浴びることにした。

太郎君の話では夜中にうなされていたという。


どうりで....


しかし自分では何も自覚がない。


髪を乾かしていると真心が戻ってきた。


「散歩は楽しかったかい?」

「うん。朝の散歩は気持ちがいいよ」


朝食を食べ終わると俺たちは主人に自転車屋の場所を教えてもらった。


朝の6時から開いている『超スーパー碧樹あおき』が松崎町にあるという。

そこにいけば衣料品売り場で水着も買えるだろう。


****


『超スーパー碧樹あおき』に到着し、ラゲッジから自転車を降ろしていると、聞きなれた声が後ろから話しかけてきた。


「おいっ! 月人。おまえ何やってるんだ?」


そこには監視の中尾が立っていた。


「中尾さん、何か?」

「『何か?』じゃないだろ。おまえ、この12年の間、自宅を丸一日以上空けたことなどなかったよな。しかもガキ2人連れて、どういう了見だ」


『ガキ2人』という言葉は車の中にいる真心の耳にしっかり入ったようだ。

真心の耳がみるみる真っ赤になっていくのが見えたからだ。


「中尾さん、物事は何でも初めてってあるんですよ。今まで丸一日以上部屋を空けたことがなかったなら、これが初めてってことでしょ。それに年頃の女の子に向かってガキってちょっとデリカシー足りないですよ」


真心がうなずいている。


「ここにいる少年は旅先で出会った太郎君。そして車の中に居るのは、もう知っているでしょ? 俺の雇い主の城戸きどさん」

「雇い主?」


「いやだなぁ。もう忘れちゃったんですか? 俺、介助人の仕事やっているって話したでしょ?」


「そんな与太話よたばなし 俺が信じると思っているのか?」


「信じるも、信じないも事実だし、それに例え嘘だとしても若い俺が若い女の子と真夏の海へ行って誰が不思議がるんですか?」


「..っ、おまえ俺に向かって.... まぁ、いい。省の特捜連中には黙っておいてやる。そのかわり用事がすんだら大人しく東京へ帰れ。俺はしばらくおまえの後ろにいると思えよ」


「うぃっす」


まったく面倒な人だよ。

まぁ、あっちも同じこと思っているんだろうが。

だけど中尾さん、悪いがしばらく俺の思うままに行動させてもらうぜ。


****


太郎君の自転車の修理をしている間、俺は真心を連れて水着売り場へ行った。

そこで俺は若い女性店員を手招きした。

こっそりと10万円が入った封筒を手渡し、真心に似合いそうな水着選びと、いろいろな事を頼んだ。

つまり、ずっと寺で暮らしていた女の子だ。

水着を着るにはいろいろと準備が必要だろう。

それらの世話も含めての10万円だ。



・・・・



待つこと40分。

太郎君も自転車修理が終わり駆け付けた。

いよいよ、真心の水着姿のお披露目だ。


トップはひまわりをイメージするようなカラーの可愛いらしいビスチェ風。

下はスカート付きになっていて、真心が安心して遊べる水着になっている。


どのように見られているのかわからない真心は恥ずかしそうに聞く。


「ど、どうかな?」


「べつ.. ベストなチョイスだ! 凄く可愛いと思う!」

いつもの口癖を抑えつけたが大丈夫だろうか....


そこには、どこにでもいる16歳の女の子の笑顔があった。


「真心、じゃ、このまま海へ行こう!」

少し戸惑い気味の真心の肩に売り場にあった上着を一枚羽織らせた



自転車の修理費の会計時、俺は太郎君と取引をした。


「太郎君、この修理代は俺が出す。あとパンク修理セットも付けておく。その代わりに海での過ごし方を教えてほしい。それと真心のエスコートも頼まれてくれないかな?」


中尾が言ったように俺は実は友達と遊びに出かけたことがない。

当然、海水浴とはどのように過ごすものか全くわからなかった。


太郎君は意外そうな顔をして「うそ? お兄ちゃん、遊び慣れてそうだけど?」などと言っていた。


そう、何を隠そうこんなにチャラそうな俺はかっこだけの男なのだ!

エアーチャラ男だ。


「わかったよ。じゃ、まずは海水浴の基本3本柱を教えてあげるよ。『①海の家、②ラーメンorカレーライス、③かき氷or焼きもろこし』だよ!」


「ほんとうに? 『①海の家』はわかるけど②と③は食べ物じゃんか」


「月人さぁん、まったくわかってないなぁ。そういうものなの! 僕を信じて!」


これは太郎君が食べたいだけじゃないのか?と疑う余地はあったが、まずは信じることにしよう。


『超スーパー碧樹あおき』の裏路地を抜けると、そこには松崎海水浴場の海が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る