LINK09 斎木博士の手がかり

俺と真心は住職に連れられ本堂で話すこととなった。

「さっきは我ながら浅ましい言葉でした。申し訳ない」

住職の話はまず自分の非礼を詫びる言葉から始まった。


さすがは多くのひとに説教をしてきただけはある。

びを最初に言われれば、こちらはしばらく言葉を飲むしかなかった。


「真心を心配していなかったわけではないのです。ただこんな事は、この子が6歳の時以来なかった。あの時の事を思い出すと、『約束』を果たせないのではと、ついイラついてしまい・・・情けない。私は弱いですな」


「あんたが情けないのはわかったよ。それよりもなぜ俺の事を知っているのか?」


「君の事は存じ上げません。ああ、その前に、私は|澄徳(ちょうとく)と申します」

「俺は赤根だ。赤根月人あかねつきとだ」


若い僧侶が冷たいお茶を汲み置いていく。

すると外で蝉が殊更ことさら大きな声で鳴き始めた。


「ごめんなさい。おじさま」

蝉の声に消されてしまいそうな 華細い声で真心が謝った。


「だいたいの事は真心から聞いている。俺がここに来たのは、『斎木博士の居場所』それと、『ある場所の手がかり』が欲しいからだ」


横にいる真心が軽くそでを引いた。

おそらく『斎木博士の居場所』のことなど真心は俺に求めていなかったからだ。


俺が勝手に聞いたことだ。

たぶん根本は全てそこにあると俺は思っていた。


澄徳は目を閉じながら考えをまとめているようだ。


「斎木博士が今、どこにいるのかはわかりません。だが彼が何を頼りに動いているのかはわかります」

「頼りどころがあるってことか?」


「....斎木博士と我々の親交は、彼の趣味からなのです。そもそも彼に信仰心があったかも今となってはよくわかりませんでした。彼はただ歴史ある『寺』を好んでいただけなのです。斎木博士は科学に人類の進化を感じていたようです。と同時に『時の流れ』に感慨深いものを感じていると言っておりました。だから古い歴史を持ち、その佇まいを今も保つ『寺』の空間を好んでいたのでしょう。斎木博士はこの五暁寺には高校生の頃から頻繁に遊びに来ておりました。ちょうどこの夏頃には学校が休みの為、住み込みの僧侶と共に寝食を共にするくらいに彼は『寺』を好んでいたようです。私の代になると私が築いた『永承会えいしょうかい』の集まりにも参加するようになりました。名前こそ仰々ぎょうぎょうしいが、これは私が若いころSNSを通じて知り合いになった寺の跡継ぎ達のコミュニティです。定期的に集まっては飲み会を開いたり旅行に行ったりしながら鬱憤うっぷん晴らしをする会です。私はその会に彼を招き入れました。会員の多くは歴史ある寺の住職だったから彼は喜んでいたようです。積極的に会合に参加したり、時には彼が旅行を計画したりもしておりました。おそらく、彼が身を寄せるとすればその会員のもと、もしくは立ち寄った可能性はあると思います」


「澄徳さん、あんたは、斎木博士が出て行った後に『永承会』の連中に連絡しなかったのか?」


「しておりません。私は関りを最小限にしておきたかったのです。彼が自ら関りを広げてしまったのなら仕方がございませんが、私からは広げることはしたくはありませんでした。赤根君、君ならそのわずらわしさをご存じのはず。あまりにも関わる連中が大きすぎます」


俺は住職の考えに納得してしまった。


「だから私はこの娘を外に出したくはなかったのです。存在が知れれば、この娘を狙うものが出るかもしれない。この寺に閉じ込めておくことは心苦しかったが、私は.... ただ、やさしくしてあげたかったのだ」


「わかった。もう一つ聞きたい。俺の中に断片的に見えた映像についてだ。『海』、『鐘』、『メロイックサインのモニュメント』と『大きな達磨だるま』『寺』これで思い当たる場所はないか?」


「ああ、それならわかります。『メロイックサイン』が何かはわかりませんが、それは西伊豆にある恋人岬とその近くにある『達磨寺だるまでら』のことでしょう。寺は『永承会』の会員ではありませんが、私が若いころ妻と訪れたことがある場所です」


照れ臭そうな顔をしている澄徳に『どうでもいい』と思ったが、案外、人が再びその地に訪れる理由など、そういう『思い出』がもととなっているのかもしれない。


「澄徳さん、ありがとうございます。いろいろ無礼だったと思いますが、許してください。参考になりました。俺は真心をこのまま連れて行こうと思います。もし、教えてほしいことがあったら連絡させていただきます。」


俺は、どういう環境であれ、身内でもない真心を育てた澄徳に敬意を払った。

それは俺自身の事に当てはめれば、彼の苦労、心労は容易に想像できたからだ。


「そうですか。やはり」



真心を連れて楼門を出る前に、俺はもう一度、澄徳に向き合った。

「澄徳さん、最後にもう一つだけ教えてほしい。さっき言っていた『約束』ってなんですか?」


澄徳は一瞬、迷った顔をした。

「....『約束』とは、『燐炎りんか』が勝手に押し付けたものです。『もう一人に会わせるな』です。しかし、どうか真心をお願いします。無事に.... どうか。」


澄徳さんは懐からハンカチをだすと、涙でぬれた真心の頬にやさしくあてた。


そして俺たちが見えなくなるまで手を振っていた。




・・

・・・・・・





「赤根君、すまない。君にひとつ正確に伝えることが出来なかった。燐炎りんかの言葉は『もうひとつのモノにせるな。』なのだよ....」

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