LINK06 真心の歩幅
俺が牛久の家まで送ると言うと、彼女は首を横に振った。
「迷惑なら服が乾き次第、出ていく」という始末。
彼女の身なりを見ておそらくはこの20日間、野宿に近い生活をしていたに違いない
まさか、ここにきて16歳の少女をほっぽりだすわけにもいかない。
しかしこの家に住まわせるのは監視の目もあるし、彼女が生態AIの適合者であるのなら俺へのリスクがあまりにも大きい。
俺が「牛久の家まで送る」と言ったためか、真心はすっかり口数が減ってしまった。
部屋には彼女がリクエストしたSlow Jazzが流れているだけだった。
洗面ルームから乾燥終了のアラームが鳴る。
服を取り出してみるが、やはり泥汚れが茶色く残っていた。
「えっと.... じゃあ、服でも買いに行こうか」
やはり、そこは16歳の女の子、だんまりを決め込んでいた表情が明るくなると大きく首を縦に振った。
彼女は手早く着替えポシェットを肩にかけると、すぐにでも出かける準備をした。
「真心、これから服を買いに行ったら、そのまま君を近くのホテルまで連れていく。君が帰らないというのなら、そこで泊ってくれてもかまわない。好きなだけ居てもいい」
彼女はお金のことを気にしていたが、俺にとってはお金など形式の一つでしかない。
無論、あまりにも巨額な買い物をするには省庁の特捜チームの許可が必要となってしまうが。
「お金のことは心配しなくていいよ」
**
真心は俺のシャツの左側をつまむようにして後ろをついて歩く。
道で段差があれば一歩前で止まり、自転車が横切ろうとすれば彼女を引き寄せた。
普通に歩けば8分ほどで辿り着く笹塚駅ショッピングビル『Frente』にも倍以上の時間がかかってしまった。
真心の歩幅は小さくゆっくりだった。
だけれど、そんなゆっくり歩く景色も俺は悪く思わなかった。
いつもは灰色にしか見えないアスファルトに茜色の夕日が影を落とす。
その影はまるで寄り添い歩く二人のように見えた。
盲目の彼女がいったいどのように服を選ぶのかがわからなかったが、彼女の手はまるで高性能なセンサーのように服の形を察知する。
ただ、色だけは俺に聞いてきた。
試着ルームで着替えた姿を俺に見せては「どうかな?」と聞いてくる。
俺はファッションには無頓着だが、Vネックのそのブラウスはとても上品で、淡いオレンジ色のカラーが彼女によく似合っているのはわかった。
「別にいいんじゃない?」と返事をすると、何が気に入らないのか、少しむくれた顔をしながら、カーテンの中へ引っ込んだ。
この日、彼女は服のほかキャスケットと靴を購入した。
どこにでもいる16歳の女の子は「ありがとう」と言うと嬉しそうに新しい靴底を少し鳴らして歩いた。
荷物を片手に持ち、『ホテル葉桜』まで歩いていく。
「もう少しで着くよ」と伝えると彼女の歩幅が急に小さくなったのを感じた。
ホテルのフロントで受付を済ませると「もうここで大丈夫」と彼女は言った。
結局、俺は彼女を遠ざけただけだったのかもしれない。
彼女が来た理由もわからなければ、帰りたがらない理由もわからない。
ホテルにはひと月くらい滞在するには十分の現金を支払った。
好きなだけいればいい。
そして、もうこのまま会わなければ、お互い今まで通りの生活に戻ることが出来る。
ホテルの出口で彼女は俺がどこにいるかもわからぬまま、手を振っていた。
「(俺には関係ない)」
そう心でつぶやき背中を向けた。
しかし、心に残るこの気持ちはなんなのだろうか。
その気持ちがもう一度、彼女の姿を見ようと振り返らせる。
そこに立っていたのは、もうひとりの『彼女』のほうだった。
青い炎のような目で俺を見ていた。
その目で俺を
**
『もしもし、中尾さん? ちょっと恋の相談に乗ってくれませんか?』
俺は中尾に話を聞くことにした。
あの12年前の話をもう一度。
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