居場所
天音 いのり
第1話
夏休み初日。居間にある古びた時計が、七度、音を鳴らした。今日から祖母の家に遊びに行く。
僕には八つ年下の弟と、さらに一つ下の妹がいる。両親は、夏休みだというのに休暇を取らず、働き詰めで、ほとんど顔を合わせることもない。そんな状況なので、妹と弟の世話は僕がしている。
「ほら、ゴロゴロしていないで、ぽぽさん家に行く準備をして」
「やったぁ、ぽぽちゃんにあえるの?はやくいこー」
さっきまで床に這いつくばっていたのが嘘のように、すっと起き上がって、ぴょんと跳んだ。目線はほんの一瞬だけ、176センチの僕と同じになった。
ぽぽさんというのは、祖母のあだ名である。由来は至って単純、本名が鳩さんというからだ。はるか昔は、僕もぽぽちゃんと呼んでいた、らしい。だが、祖母にちゃんを付けられる程、今の僕は可愛らしいキャラではない。14歳、思春期真っ只中の男子な訳だから。
三人分の荷物を鞄に詰め込み、箪笥の最上段を閉めた、筈だった。
「にいにー、したのひきだし、あいたよ?」
開いている…。軽くホラーである。だがしかし、こんなものに怯えていてはいけない。論理的に説明のつく、物理現象に違いない。
「楓、閉めておいてよ」
「えー、しょうがないなぁ。よいしょっと。あれぇ、またあいたー。なんで…?」
楓が箪笥の妖怪と戦っているうちに、朝食を作りに台所へ向かった。
年季が入って重たくなった冷蔵庫扉を、オープン。手に取ったのはもちろん…卵である。急いでいる朝に、欠かせない。フライパンに油を敷き、火にかける。カチッとなるこの感覚が、堪らない。いい音がし始めたら卵を流し込み、混ぜてゆく。完全に固まってしまう前に、水を振りかけるのがコツだ。この一手間で、塊になるか、ふわとろになるかが決まる。火を止め、黄色のそれを食パンに載せたら完成。これぞ、3分クッキング…。
「ご飯できたよ。二人とも、さっさと食べて出発しよう」
「おにい、なんでハートマークついてるの…?」
うっ…、言えない。ノリノリで作ってたおかげで、気が付いたらケチャップのハートがトッピングしてあった、だなんて。無理無理。絶対に言えない。
「おにい…?うごかなくなっちゃったけど、まぁいいや。いつもの、おにいらしいよ。はは」
「ホントだぁ。いつもの、にいにだね。へへへ」
何か、笑われていないか…?まぁいい。さっさと食べよう。お、美味しい。やっぱり卵は素晴らしい食材だ。これからも愛用していこうと思う。
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