第22話 覚悟と本音

 リューセドルクが令嬢たちとの面談をこなしていると、王妃から、令嬢たちとの面談は以降すべて中止せよと申し付けが送られてきた。

 なんの気まぐれかと思ったが、仕事が立て込んでいるので助かることに違いはない。

 それから昼を過ぎ、日が天頂を過ぎて傾き始めたころに、ようやく急ぎの仕事の目処がついた。


 花火の件は、幸い、誰も後ろ暗いところはなかったようだ。それでも規則には反しているので、主に進言した侍女と、仕入れ及び打ち上げを実施した者、王妃の補助をすべき侍女長など、処罰の必要な者もいる。王妃本人とて、無罪放免とはいかない。

 実は花火を目撃した兵たちには、一時緊急事態かと緊張が広がった。リューセドルクの通達が一歩遅ければ、緊急時の取り決めに従って、狼煙が上げられたかもしれない。間一髪間に合って、混乱の広がりは抑えられたが、王妃の行いには非難の声が少なくないのだ。

 リューセドルクの本音としても、このまま王妃を謹慎させて、今日の宴も妃選定も取りやめにしたい。

 だが、必ず別の思惑を持つ者がいるもので。今日、これだけ客の集まったところで取り沙汰するのは混乱が大きくなると、これもまた、少なくはない嘆願が届いた。主に妃選定に参加しにあつまった貴族家からだが、無視をすれば、わざわざ城まで参じた各家を立てるために、令嬢たちと丁寧な顔合わせの機会を別に設けることになるかもしれない。

 面倒だった。

 それならば、一度に終わらせてしまう方がよい。宴は予定通りとするために、王妃の謹慎を解き、関与のなかった者は解放し、それ以外のものの仮処分を決め、あとは、後日に、と担当部署の副官に言付けた。


「竜舎に行く」


 男の身支度は時間がかからない。だから、宴の前に少しだけ時間が残されていた。

 走って竜舎に向かうと、そこには妙に艶々としたガゼオがいた。他の竜たちも、最近になく穏やかで満ち足りた顔をしている。付いてきた護衛たちも、珍しくあからさまに安堵の笑みをこぼして、それぞれ仲の良い竜の顔を見上げていた。

 竜番たちに聞けば、今日もユーラとケールトナはせっせと竜の世話を焼き、またこの時期の乗り越え方のコツとして、餌の工夫や寝床の快適な温度、鱗の手入れ、適度な運動のさせ方など、さまざまな助言を惜しみなく与えてくれたそうだ。

 だがもう今は、二人の姿はなく。

 今日は会えずに終わりそうだと少し重たい息をついてから、リューセドルクは自分がひどく気落ちしていることに気がついた。


『お前、一人前の雄だろう? もっとしっかり積極的に行けよ』


 ふとガゼオに話しかけられて、それが呆れたような励ますような唸り声だったので、くく、と笑ってしまう。


『なんだよ』

「お前、あれは、一人前に好きな女のところに飛んでいくところだったんだな」

『ちっ、からかうつもりかよ』

「悪かったな、無理矢理止めて。でも、あの時は、お前が周りを傷つけてしまう危険があったし……、脚に、鎖が巻きついていて」

『あー、そうだったかもな』


 竜用の鎖は、特別製だ。だが、普段は鎖などつけてはいなかった。原因不明の不調に弱りつつも、苛立った時には暴れることも出てきた竜たちに、自傷や他を害することのないよう、やむをえず付け始めたものだ。だからガゼオはあの時、鎖の存在など意識していなかったのかもしれない。


『だがあんなの、引きちぎれたさ』

「お前が本気を出せば引きちぎれるだろうけど、きっと深い傷になる。そのままどこかへ飛んでいったら、そこから病が入るかもしれない」

『心配しすぎだ。それがお前だけどな。俺だっていつまでも子竜じゃないし、つよ』

「いや、そもそも鎖なんか付けたくはなかったが。心配だった」

『イラついてよく暴れてたから仕方ねえよ。お前も誰もわる』

「でも本当は」

『俺の話も聞けよ』

「置いていかれたくなかったんだ」


 ガゼオは少し、首を傾げて。

 それから、その大きな鼻先で、どん、とリューセドルクをこづいた。幼い頃からのように。

 さすがによろりとよろめきながら、はは、と笑う。


「お前は、それでいつ飛んでいくんだ?」

『お前、ほんと俺のこと好きだよな』

「ユーラは、いつまでいてくれるかな。お前が始祖の竜の相手なのなら、ユーラは目的を果たしたことになるのだろうか。母が森の民を招待するはずはないから、私の妃になりにきたわけではないのだろうし」

『いや、すでに森の嬢ちゃんの方が優先か』

「そういえば、対の星とやらは、結婚相手にはなり得るのだろうか」

『女は嫌ってるお前が、珍しいな。そりゃ、むしろ有りじゃねえ?』

「——私も、お前と一緒に、森へ行きたいよ」

『そこで戻って俺かよ!』


 ガゼオは妙に機嫌良く唸っていたが、リューセドルクは言った端から頭を振って、おかしな考えを追い払った。

 王太子が、国を離れて好き勝手ができるわけがない。

 リューセドルクの足には鎖はないが、それでも、一生をこのルヴォサンタスに繋がれて生きるのが定めだ。森へ行くなど、戯言だ。


「もう、行く。もし飛んでいくなら、気をつけて」


 両腕で抱きついても、まわりきらない鼻面に、ぐっと身を寄せて。

 リューセドルクは王太子の仮面をかぶって、竜舎を去った。


『……あいつ、わりとすごいやつなんだけど、昔からちょーっと、抜けてるんだよな。そこがイイんだけど』


 呆れたように呟くと、ガゼオは立ち上がった。

 その足元に、すでに鎖はなく、竜舎の扉は開け放たれたままだった。

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