第6話 叔父と姪
『見つけたわ、ケールトナ!』
嬉しい報告を携えて、叔父にいつものように突っ込んでいく。危なげなく受け止められ、そのまま捕まってわしわしと頭をかき回されるところまで、ひとつながりだ。
『竜たちは西側のよい場所にいたわ。予想通りだけど、竜たちにはここまできちんと伝わってるみたい。きっと、もっと遠い国でも感じる個体がいるかもね。で、さらにすごいのだけど。お相手が、いたみたいなの!』
『え、本当か? いや、お前が言うなら本当なんだろうが。最初の国で当たりとは、おそるべき引きの強さ。それとも、絆の強さか?」
『うーん、そうね。出発の時から、この国にはものすごく引き寄せられてたからね。そういうことかしら』
いつも意地悪く振る舞うこの若い叔父も、旅立ちの目的に関わることとなれば真剣に聞いてくれるらしい。それが嬉しくて、ユーラは叔父の腕にしがみついたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
小憎たらしい叔父は、そんなことではびくともしないことは知っている。いつもなら煩わしげに腰帯を掴んで投げ捨てられるだろうが、今ばかりは叔父も寛容だった。
どうどう、と宥めるように頭を撫でられ、両腰をひょいと掴まれて庭木の低い枝に座らされた。視線の高さが逆転して、森ではあまり見ることのできない綺麗な金の目と春芽色の目が合った。
『で。どんな奴だ?』
『ん? どっちのこと?』
『ん? どっち……?』
訳のわからないことを言う叔父としばらく顔を見合わせていたが、すぐに自分の説明不足に気がついた。
『聞いて、ケールトナ。当たりは大当たり! 始祖のお相手と、私の相手、どっちも見つけたのよ』
『はあ!?』
叔父の美貌が、かくりと外れたように落ちた顎のせいで、ちょっと面白い。
浮かれた気分のユーラは、ふふふ、と笑いが止まらなくなった。
『私もびっくりだけど、きっと
はしゃいでしゃべりつづける様子を、ケールトナは呆然と眺めていた。
ユーラは、森の里で最も若い。ユーラが生まれるまでは、ケールトナが一番の若輩だった。それはそれは長い間だ。
姉がユーラを胎内で育んでいる時、ケールトナは絶賛思春期だった。
それで、気恥ずかしくて姉の顔も義兄の顔も見たくなくて、かといって、昔は誰もが当たり前のこととしていたという、自分の伴侶探しの旅へ、というのも誰に言われるでもなく恥ずか死ねるということで、手当たり次第あちこちをめぐる旅に出ていた。
あわよくば、まぐれ当たりで伴侶と巡り会えないかと夢想しないでもなかったが、なんの出会いもないまま、放浪に飽き、ほどよく大人にもなって、里へ帰還した。
その夜に、ケールトナを待っていたかのように生まれてきた娘なのだ。
森の里からは縁遠いものだった、剥き出しの生命。生まれたばかりの赤子は赤黒くて細く小さく非力なくせに、火口の熱泥のようにぐらぐらと命を煮えたぎらせて、赤い石を噴き出すように泣き叫び、何を慮ることもなく、とにかく自己主張をし続けた。
寝るも泣くも、乳を飲むも排泄をするも、怒るも笑うも、なにもかも、周囲の思いのままには決してならない。
ケールトナは、振り回された。姉や他の大人たちに体よく使われた、とも言う。乳を飲ませる以外のあらゆる面で、小さな姪の面倒を見た。
旅の途中に危険な目にも遭い、森に暮らす自分たちと異なる生の在り方を垣間見、世の中を大分知ったかも俺、という段階だったケールトナは、そんな小手先で口先の人生経験が吹かれて飛んでいくのを、寝不足の眼で見送るしかなかった。
そしてやがて彼女が一人で歩き、匙を使い、服を着て、言葉を操り、友を得て。そのどの段階でも必ず、大きな喜びとちいさな寂しさを存分に味わってきた。
このごろは、独り立ちに意欲旺盛な娘ぶりに対抗するかのように意地の悪い叔父となってきているが。それだって、じっくりと、味わっているのだ。
ああ、だが、これは。
『相手、とは。伴侶のことで間違い無いのか? まだ子供のお前に?』
鼻で笑う。
笑うべきではないとわかっているが、笑わせてほしい。
なにしろ、このユーラは、まだ子供だ。子供のはずだ。
『ケールトナったら。成人になれば伴侶が見つかる訳じゃない、伴侶が見つかれば、成人、でしょう?』
晴れ晴れと笑う顔が、いつになく美しく見えて、ケールトナは悔しさを味わう。
『伴侶かどうかはわからないわね。でも
悶絶する様な喪失感に密かに慌てふためいていたところへ、川辺で見つけた綺麗な石を見せびらかすように言うので、一転、ケールトナは年上らしく冷静を取り戻した。
『ふん、今は俺が保護者だからな。見定めてやろう』
気の迷いに決まっているので、しっかりダメなところをあげつらってやろう。そう決め込んで、静かに意気込んだのだが。
『うん。どうだった?』
『うん?』
『だから、どう思った? 私の対。きっとケールトナから見ても、素敵な人だと思うんだけど』
どういうことなのか。すでに相手を知っているはずというような態度。
だが、知るはずがないではないか。話が飛び過ぎだ。ケールトナはついいつものように、目の前の丸い頭を拳骨で挟んだ。
『あいたたた!』
『もう少し伝わるように話せ』
『えー! だから、あの人よ』
ユーラがこっそりと指で示した先では、露台に踏み出て話しかけてきていた地味な男が、諦めたのか室内に戻るところだった。
『は? あれ!?』
『うん、どう? どうかしら』
どうと言われても、会話らしい会話も交わしていない。だが、長きに渡り友好を結んできた土地の総領娘よりは、まあ比較するならば、こちらへの敬意を持ち合わせているようだった。
だがそれだけだ。
途端に、ケールトナは安堵した。
やはり、子供の思い違いだ。
『さっき話がしたいと言われたな。ちょうどいいから、後でよっく見てやろう。しかし、なんだか面倒そうな男じゃないか? 嘘くさいというか』
ふと、顔を思い出そうとして、自分で言った言葉にひっかかった。
嘘くさい。あの男、素性を隠している。その上で、何食わぬ顔をして王太子の使者に付いて来て、その場の誰より自由に振る舞う。
そんなことのできる男が、普通の身分のはずはない。
『——いやいや、それこそ面倒な相手じゃないか。あいつ、妃選びをするっていうオウタイシデンカだろう。対だからって伴侶とは限らないとはいえ、この国に縛られてる男だ。それでいいのか?』
『だから、まだどんな関係になれるかは、わからないわ。それはなるようになるしかないものね。でもそもそも、始祖のお相手もそうなんだけど、ちょっと解決しないといけないことがあってね』
そう言って、怒涛のように計画を語り始めるのを、苦々しく思いながら遮った。
『急くもんじゃない。俺が見定める間くらい待てるだろ?』
『うーん、どうかな。始祖もそんなに待てないと思うしなあ。いっぺんに解決できると、すっきりするだろうし、一番いい気がする。見定めもしつつ、私の計画にも協力してよ』
真っ直ぐな目を見れば、もうこの娘が心を決めたのだと、伝わってくる。見定めると言い張る叔父に、花を持たせてくれているだけ。
こうなってしまえば、実際のところ、ケールトナは逆らうことはできない。
名実ともに、彼女は至宝であるがゆえに。——腹立たしいことに!
『わかったよ。お前の心のままに。……一応、ここは他国だと言うことも忘れるな』
『もちろんよ! ありがとう!』
にこっと笑ったが、あいたた、と呻いた。拳骨のせいで頭が凹むと、こめかみを両手で押さえて文句を言う。目の端に涙が滲んでいるのを見れば、相当痛かったのだろう。
ケールトナにも、なぜかついつい手加減をしそうになって、あえて強めに力を込めた自覚があった。
だがここは、可哀想だが、我慢してもらおう。きっとさっきのが、叔父から姪への最後の拳骨になるだろう。
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