僕と猫と世界の終わり

皓月 吟

0日目 僕と猫

薄暗い部屋。埃とカビの匂いがする。

カーテンの間から差し込んできた陽の光が眩しい。

男は重い身体を持ち上げてベッドに腰掛け、近くで寝ている猫を撫でた。

黒猫だ。痩せた黒猫。そいつがゆっくりと目を開ける。

深い黄色の目をもつ猫は、いつ見ても不気味だ。


男は撫でていた手を止めてゆっくりと立ち上がると、猫用の玩具やブラシなんかが入っている箱を開けた。

そう。青い三段棚の一番下に置いてある箱だ。

その中に餌も入っている。いつもなら。

忘れていた。昨日切らしたんだ。

男は深くため息をつくと、床に置いてある(決して落ちているんじゃない。あえてそこに置いている)

少し汚れたパーカーに着替えた。

何も入っていない大きなリュックサックを背負い、スニーカーを履く。

最後に猫を抱え、男は重たいドアを肘で押しながら家を出た。

鍵は閉めない。


外に出ると、あまりの眩しさに目が眩んだ。

しまった。帽子を被ってくるべきだった。

男は眉間にしわを寄せながらゆっくりと目を開け、慣れたように歩き出す。



街は、崩壊していた。



いたるところに瓦礫が積み重なり、かつて建物だったものは多くの植物に覆われていた。鳥や動物の鳴き声もしない。

聞こえるのは風のビューと吹く音と、時折耳の近くを飛ぶ虫の羽音くらいだ。

人はいない。

いや、正確にはいるが、もう生きてはいない。

道端に落ちている“それ”を見たらわかる。


ある日突然、人は人でなくなった。

口からよだれを垂れ流し、うめき声をあげながら、“それ”は命が果てるまで歩き続けた。

昔、近所の小さな映画館で見た、安っぽい映画に出てくる“それ”と似ていた。


男は道端の“それ”を横目で見ながら通り過ぎる。

腕の中の猫もじっと見ていた。


30分ほど歩いただろうか。ようやくスーパーだった建物に着いた。

外の焼けるような暑さとは裏腹に、中は暗くひんやりとした寒さが漂っている。

男はいつものように猫を地面に下ろす。

猫はいつものように目当ての方向に歩いていく。


「今日も一つだけだぞ」


そう言いながら男は缶詰なんかをリュックサックに詰め込んでいく。

肉や魚はもう何年も食べていない。ここにあるものはほとんど腐ってしまったし、こないだ少し食べてみたら三日寝込む羽目になった。


リュックサックの半分ほどを詰め込み、男はペットコーナーの方へ向かった。

特売用の猫の餌を、残りのスペースに押し込む。

なんとか押し込み、ギチギチと音を立てながらチャックを閉める。

そうしていると猫が一つ。玩具をくわえて戻ってくる。

今日は、青いロープで作られたボール。


「犬みたいな趣味だな」


男は猫を抱え、また暑い外を歩き出す。



−これが、男と猫の住む世界。

もう終わってしまった世界の始まりの物語−

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