10.八分咲き

柔らかな光をまぶたの裏に感じ、風花が目を開けた。

天井から吊るされたシャンデリアがぼやけて見える。


泣きながら自分の身に起きた出来事を説明し、ベガに慰められながらソファに腰を下ろしたところまでは覚えている。

カラカラになった喉を、温かい紅茶で潤しながら休憩している間に眠ってしまったようだ。


頭の奥が痛い。

ゆっくりと体を起こすと、かかっていたブランケットがはらりと落ちた。

拾い上げて抱きしめる。ふわりと香ったお日様の匂いが、もう帰れない自分の家を思い出させ、風花の目にまた涙が滲んだ。


なんだか胸がざわついている。

さっき見た不思議な夢のせいだろうか。

あの、プロキオンに少し似た知らない人は誰なのだろうか。

もしかして、自分を拒んだ『シリウス』と関係があるのかもしれない。


考えれば考えるほど、頭の中が混乱して涙があふれてきてしまう。

自分がこんなに泣き虫だったなんて知らなかったなぁ、とつぶやきながら膝を抱えた。


ブランケットに顔をうずめていると、カチャリ、と小さな音がして部屋のドアが開いた。


「あら、起きた?」

心配そうな顔をして部屋の中に入ってきたベガが、コップに入った水を差し出す。

受け取って一気に飲み干すと、喉を通った冷たさが風花を少し落ち着かせた。


「すみません。」

「いいのよ。ここはあなたの家だもの。敬語もやめましょ!堅苦しいじゃない。気軽におばあちゃんって呼んでちょうだい。」


ふんわりと、ベガの手が風花の手を包み込む。

カノープスの力強い優しさとはまた違った、陽だまりのような暖かさを感じて自然と肩の力が抜けた。


「さて、それじゃ風花ちゃん。あなたの新しいお名前を考えましょ。」

ね、と満面の笑みで首を傾げた可愛らしいおばあちゃんを見て、風花にほんのりと笑顔が戻った。


ふと、周りを見るとプロキオンが見当たらない。

そういえば、風花が眠ってしまう前、ベガと話している間に部屋の外に出ていったような気配がしたのだが、どこに行ったのだろうか。


姿の見えない先輩を探して、ぐるりと辺りを探す。

ここ数時間ですっかり見慣れた金髪を、窓の外に見つけた。


ガラス越しに覗いてみると、プロキオンが胡座をかいたままスヤスヤと眠っている。声をかけようと身を乗り出すと、足元に沢山のメモが散らばっているのが見えた。


バルコニーに出て、いくつかメモを拾い上げる。


アークトゥルス、デネボラ、スピカ、ミザール、カストル、ポルックス……


星の名前のようだ。

あっちにもこっちにも、まるで桜の花びらのように散らばったメモには、たくさんの星の名前が書いてあった。

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