春には真珠の耳飾りを

草野冴月

0.蕾

――事故、だった。


強い光を感じた時には、手遅れだった。

ガシャンだかズガンだかよくわからない大きな音をたてて、体が宙に舞った。


痛みはよくわからなかった。

夜桜が視界を霞め、「ああ、きれいだなあ」と

自分の身に起きたことなど全く理解もせずに、

のんきに少し早い春を愛でた。


それで、終わり。







その日、蓮見 風花は浮かれていた。

卒業式を明日に控えた校庭の桜は五分咲きであるが、風花の心は満開である。


というのも、入学当初から憧れていたテニス部の副部長、瀧センパイから「明日、式の後時間ある?」などと声をかけられたからだ。


卒業したら会えなくなると、友人に愚痴をこぼし慰められたのは昨夜のことだったか。

思いもよらないセンパイからの申し出に、風花の心は浮足立っていた。

長い坂道を上る自転車のペダルを漕ぐ足も軽い。


「春がきたァー!」


春期講習という名の予備校による苦行に耐え、明日の卒業式後に待ち構えるであろう春の到来に心を躍らせ、上った坂を一気に下る。


ちょっと冷たい春の夜風が火照った頬に気持ちいい。下り坂の沿道に咲く五分咲きの桜も、風花の春を祝福してくれているように見えた。


ああ、幸せ!と息を吸い込み、目を閉じた


——のが間違いだった。


強い光を感じた時には、手遅れだった。

ガシャンだかズガンだかよくわからない大きな音をたてて、体が宙に舞った。


痛みはよくわからなかった。

夜桜が視界を掠め、「ああ、きれいだなあ」と

自分の身に起きたことなど全く理解もせずに、

のんきに少し早い春を愛でた。


それで、終わり。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る