孤独を秘める魔女と、孤独に寄り添う魔女の騎士

蒼乃ロゼ

第1話

「どうしたの? むずかしい顔をして」


 ──あぁ、今日もなんて美しいのだろう。

 一糸纏わず寝具に沈む彼女の姿は、まるで女神のようだ。

 そんな人に微笑まれて、正気を保てる者などいるのだろうか。


 炎をも打ち破る剛炎の魔力を受け継いだ彼女の髪は、それを体現するかのように真っ赤に染まる。

 いつもは髪色を引き立たせるために、黒のドレスを着ることが多い彼女だが、今は手の届く場所にその白い肌をさらす。

 まぶしすぎて、眩暈がしそうだ。

 ……そんなことを考えながら、衣服に袖をとおす。


「? ヴィル?」

「…………いえ、本日の天気を予想しておりました」

「! ふふふ。あなたでも冗談言うのね、意外だわ」


 赤く色づいた唇が私の名を紡げば、それはこの上ない女神の祝福だ。

 ……そう、錯覚してしまいそうな自分を制する。


 いけない。

 勘違いしては、いけないのだ。

 いくら体を重ねていても。

 いくら、熱を近くに感じても。

 私たち魔女の騎士は、彼女らに一番近い存在なれど、……心まで通わすような、『恋人』といえるような関係ではないのだから。

 少なくとも……今は、


「そういえば、そろそろね」

「何がでしょう?」

「もう、忘れたの? ハルバーティの継承の儀」

「ああ、彩風の魔女様ですね」

「体が丈夫ではないと言っていたけれど、早いわね……」

御身おんみに宿すは歴代様の魔力、致し方ないでしょう」


 魔法使いの頂点である大魔女とは、適性のある属性をお持ちの先代大魔女から、そのすべての魔力を受け継いで成る。

 元は遥か昔の大魔導師が、弟子である女性達にそれぞれの属性を託したとも言われ、魔法使いでの強者といえば魔女。

 

 形式的な意味でも大魔女を立てていると同時に、なぜかこの世の優れた魔法使いは女性が多いのだ。

 色々な説があり、理由は定かではない。


「では、騎士殿も役目を解かれるのですね」

「そうねぇ……。どうなるのかしら?」


 試すような視線を向けられる。

 私は、貴女のおっしゃりたいことがよく分かります。

 決して口には出してくださらないことを。

 

 果たして、魔力を継承し、一般人となんら変わらない元魔女の傍らに。

 継承の儀によって契約が無効となった魔女の騎士が、残るのかどうか……と。


 それを私に問い、なんと言わせたいのか。


 私には、それが……痛いほど、良く分かります。


「貴女は、どうあって欲しいのです?」

「わたくし?」


 少しだけ。

 ほんの少しだけ、私からも試すように質問を返す。

 きっと本当の心は、見せてくださらないのだろうけれど。


「そうねぇ……。ハルバーティには」


 いたずらに微笑む妖艶なお姿とは対照的に、その瞳の奥には別のなにかが見えているようだ。


「魔物とは無縁の……平穏で、健やかに。……生きて欲しいわね」

「……そう、ですね」


 魔女と騎士が、どうあって欲しいのか。

 それは、決して彼女の口からは聞けない。

 なにせ彼女は、大魔女のなかでもとりわけ複雑な立場だから。


「自由といろどりを司る魔女に、本来仕事はさせたくないわよねぇ? わたくし達に自由なんて、あってないようなものじゃないの。ねぇ?」

「……」

「……ちょっと! 冗談、よっ」

「分かっておりますよ」


 彼女は破炎はえんの名をもつ魔女。

 純粋な、滅ぼす力でいえば世界最高の魔法使い。


 つまり、大魔女の存在意義である──人類を魔物から守り抜く。

 その使命の、いわば要の存在なのだ。


「わたくしの時代に現われないとも限らないもの」

「……どこまでも、お供いたします」

「あら、従順だこと」

「元より、私の命は貴女のものですから」

「ふふ、そういえばそうね」


 私たちを繋ぎ、絆ともなる魔女の騎士の契約は、時には壁ともなる。

 本来争いを好まない彼女たちにとって、それは大きな|ルビを入力…《かせ》なのだ。


「また、?」

「っメイラ様」


 その白い肢体を現した彼女が、シーツだけを身に纏いこちらへと向かってくる。

 そればかりか、使命に耐えられるのか不安になりそうなほど細い腕を伸ばし、私の頬に手を這わせる。


 ……こ、こんなことをされて、正気を保てる自分を褒め称えたい……。

 いや、やっとの思いで保っているだけで、いつ決壊するかは不明だ。

 油断してはならない。


「……お戯れを」

「望むなら、返してあげるわよ?」

「必要ありません」

「まぁ、強情ね」


 そして彼女はまた試すのだ。


 魔女の口づけにより、元々持っていた魔力を彼女に預けた自分の命は、彼女の絶命と共に潰える。

 だが、いくら私が死んだところで、彼女に危険は及ばない。

 そう、何も魔女のことを知らない一般の者から見れば、体のいい捨て駒だ。


 彼女たちもまた、そう思っている。


 そう思っているからこそ、優しい魔女たちはいつも選ばせる。


 『早く魔力を受け取れ』と。

 『魔女の使命に付き合って、命を脅かす必要はない』と。


 だが、私には分かる。

 それは本心であって、本心ではない。


 使命のために誰かを巻き込みたくはないというのに、使命など関係なく誰かと共に在りたいと。


 他の騎士は知らないが、少なくとも私は……、魔力など。

 二人を繋ぐ、唯一のものが返されるなど、望んでいない。


「誰に似たのでしょうね?」


 貴方の一挙手一投足を逃さないように。

 そして、大魔女としての答えではなく。

 一人の女性として望んでいるであろう、答えを返す。


 願わくば、貴女の最期のその時まで。

 ただ側に、……共に在りたい。


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