5.もう、待たなくていいや


それまで黙って見守っていた人たちは、ここで大きな問題にぶち当たったことに気付いたようで第二弾の騒ぎが発生した。

冒険者カードを偽造された冒険者は、統括ギルドからお詫び代わりに毎月金貨10枚が支給される。

しかし僕の一件は組織ギルドぐるみの犯行だ。

そのため更なる特権が与えられる。

冒険者ギルドでは、一定の期間内に依頼を受けなければランクダウンされるルールがある。

しかし僕はギルドカードにも表示されているが『特別階級』となり、今後一切の依頼を受けなくてもランクダウンはしない。

……そう、依頼を出されてもそれを受ける理由がないのだ。

それと同時に、指名による依頼を出すことができなくなったという巨大で重要な問題が目の前に立ち塞がった。


国には統括ギルドがあるものの、今回事件を起こしたのはその統括ギルドのため、ほかの国から統括ギルドの代表が来るか、僕の特別階級を認めて今後の依頼を諦めるか。

究極の二者択一だ。

特別階級を認めた上で僕に謝罪してギルドと契約して契約金を毎月支払う方法もある。

契約金はお詫びと別で、契約した統括ギルドが責任をもって支払うため、わざわざ契約のために来ないだろう。

それに3日以内に僕と接触をしないといけないが……連絡はこなかった。

仲介に立つ統括ギルドが閉鎖したからだ。

そのまま僕は特別階級の冒険者として確定した。



「他国の冒険者ギルドが子どもの冒険者相手に契約をするはずがない」


依頼を受けても受けなくても契約したら日に金貨1枚を支払うが、それは最高ランクなどの冒険者を手放したくないからだ。

この国の冒険者ギルドが散々バカにしてきた『結界師』。

その正しい価値をこの国の人たちは知らない。


ほかの国からわざわざ冒険者ギルドがやって来て、子どもの冒険者としか認知していない僕と契約するはずがない。

もし契約を持ちかけたとしても、今までバカにされてきた僕が契約するはずはなく断る気全開だった。

それに気づいた人たちは真っ先に王都を捨ててダンジョンに駆け込んだ。

魔物と戦って倒せたとしても瞬時で広がる死臭で被害が出る。

凶化した魔物に仲間や家族が襲われても、見捨てて逃げるしかなかった。

誤って倒してしまえば、数百メートル範囲で死者を出す。

……自分たちが助かるための尊い犠牲、イケニエだった。



壊された城門から魔物が入り込んで、王都は数日で壊滅状態ゴーストタウンになった。

未だ王城に籠っている王族がいる以上、魔物を討伐できない。

冒険者たちもすでにダンジョンに逃げ込んでいたため、逃げ遅れた人たちは息を潜めて魔物アラシが去るのを待っていた。


そんな中でも僕は魔物に襲われる危険がないため、自由に出歩いていた。

結界を身にまとうことで、魔物が放つ攻撃魔法も体当たりを目論む魔物も結界に触れた瞬間に消滅していく。

僕にはぶつかられた衝撃はないし、ドロップアイテムを手に入れたことやレベルがアップしたことをステータス画面やバナーが開いて教えてくることはない。

倒した魔物と得たドロップアイテムや経験値の情報、レベルアップで上がった能力はステータス画面を開いたときに確認する程度だ。

気付いたら50以上レベルが上がったこともある。

パーティになればメンバー特典で仲間の経験値を分けてもらえる。

それが、冒険者たちに目をつけられた理由のひとつだ。

僕が何もしなくても魔物は勝手に倒れていく。


「一緒のパーティになれば寝ててもレベルアップ!」


そんなことを考えていたのだ。

…………愚かだ、あまりにも愚かすぎる。

いくら同じメンバーだとしても、戦闘で得た経験値がわずかに貰えるだけで、1回の戦闘で分けてもらえる経験値は1割でも、1日でもらえる経験値には上限があり100までしか手に入らない。

さらには経験値が分けてもらえない上にドロップアイテムも手に入らない。


それに気付いた冒険者たちから「結界しか張れない結界師」とバカにされるようになった。

……言いがかりも甚だしい。



すでに誰もが逃げ出したギルドに足を踏み入れる。

別に火事場泥棒をしにきたというわけではない。

僕は壁際へと向かう。

通常ならそこには全ギルドから様々な依頼が貼られている。

ただその掲示板には、結界の依頼書は1枚も貼られていなかった。


「『ギルドを放棄します』かあぁ。それって『所有権はすべて放棄しました。自由にお使いください』ってことなんだよね」


独りちると貼り紙を外した僕は建物ギルドの外に出る。


【収納】


ギルドの壁に手をあてて呟くと建物がカバンに収納される。

所有権を放棄された場合、誰が手に入れても問題にならない。

今回は堂々と放棄する旨が掲示板に表示されていた。

改めて所有権を求めるなら、それ相応の代金を支払う。


「足りない慰謝料の代わりにもらってくね。延滞料金にもならないけど」


統括ギルドからの慰謝料はまだ支払われておらず。

ほかの国の統括ギルドが契約するためにこちらへ向かっているかもしれないから、一応交渉の期限が切れる今日まで王都から離れず待っていた。

でも連絡は来なかった。

つまり「交渉しない」という意思表示なのだろう。


「もう、待たなくていいや」


慰謝料は僕の冒険者カードに直接振り込まれる。

王都に残る理由も国内に滞在し続ける目的もなくなったから、早く安全な国に行こう。


こうして僕は、建物ギルドがあった場所に剥がした貼り紙を残して、所有権を放棄された大量のアイテムや現金と共に王都を去った。

魔物の凶禍が過ぎ去って王都へ戻ってきた人たちは、ギルドの建っていた場所に残された所有権放棄の紙を見てどう思ったのだろう。

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