第14話 使用人で淑女

(テイラー家の夜会は出入り禁止になったし、コールマン男爵家の娘とは犬猿の仲だし……。そうなると、グローヴァー子爵家のお茶会かロートン夫人のサロン辺りが狙い目かしら……)


 庭の落ち葉を箒で掻き集めながら、エリーゼは物思いに耽っていた。

 度重なる婚約破棄によって悪名ばかりが知れ渡ったせいで、このところ玉の輿計画には暗雲が立ちこめ始めている。

 つい先日も、オーエン子爵と婚約破棄したことによって、いくつかの家から『今後のお付き合いを見直したい』という旨の手紙が届いてしまった。


 このままではグレイフィールドだけでなく、王都にまでエリーゼの悪名が鳴り響くのも時間の問題かもしれない。


(とはいえ、社交界デビューするほどの蓄えはうちにはないんだけど)


 仮にも男爵家。王都にタウンハウスを構えてはいるものの、維持費がなくずっと放置している。そもそもデビュタント用のドレスやらティアラを仕立てる金もなければ、王都での滞在費用も捻出できない。


(せめてチェルシーだけでも社交界デビューさせてあげたいわ)


 王宮で行われる華やかな社交界デビューの宴は、若い紳士淑女の憧れだ。エリーゼとチェルシーも幼い頃はよく、デビュタントごっこなどをして遊んだものである。

 口には出さないが、チェルシーは今でも自分がデビュタントの白いドレスを着る日を夢見ているに違いない。

 そうなるとやはり、なんとしてでもエリーゼが地元の資産家と結婚するしか道はないのである。

 近くで落ち葉を集めていた同僚のひとりが青ざめた顔でやってきたのは、そんなことをつらつらと考えていた時だった。


「どうしたの? 酷い顔色よ」

「ごめん……。ちょっと具合悪くて……」


 弱々しい声でそう言う彼女はふらついていて、足下が覚束ない様子だ。

 胃の辺りと口元を押さえて前屈みになる様子に、すぐ側にいた他の同僚が慌てて肩を支える。


「無理しないで、ちょっと休憩しなさいよ」

「そうね。ここはわたしがやっておくから、付いていてあげて」

「わかったわ。よろしくね、エリー」


 このところ寒い日が続いたから、風邪でもひいたのだろうか。

 あまり酷いようであれば、家政婦に早退の許可を貰ったほうがいいかもしれない。


(お掃除が終わったら、わたしも様子を見に行こう……)


 心配しながら同僚たちの背中を見送ったエリーゼは、用意していた麻袋に手早く落ち葉を詰めていった。集めた落ち葉は、小作人が育てている野菜に栄養を与えるための腐葉土として活躍するのである。


 枯れた葉とはいえ、麻袋いっぱいにまで詰めると結構重くなるものだ。本来ならふたりがかりで運ぶのだが、今は自分ひとりで運ぶしかない。

 エリーゼはうんうん唸りながら、麻袋を壁際まで引きずって行った。こうしておけば、後は下男が裏の倉庫まで運んでくれる。


「あと二袋……!」


 額に汗かき自分自身に気合いを入れ、他の袋も運ぼうと手を伸ばしたエリーゼの背に、その時声を掛ける者があった。


「ひとりでは大変だろう。手伝おう」


 ギデオンだ。

 孤児院で謝罪されて以来、彼もエリーゼも忙しくしていたせいかグレイフィールド館で顔を合わせることがなかったため、顔を合わせるのは久し振りのことだった。


 ちょうど、どこか外出先から帰ってきたばかりらしい。彼は上着を従者へ預けると、シャツの両腕部分を捲りながら、エリーゼの側まで近づいてくる。

 そのままごく自然に麻袋へ手をかけたものだから、エリーゼは慌てて彼を制止しなければならなかった。


「ま、待って下さい! 公爵閣下の手が汚れてしまいます!」

「手は洗えばいいだけの話だ。それに紳士として、ひとりでこんな重いものを引きずっている女性を無視することはできない」

「今のわたしは使用人メイドであって、淑女レディではありませんから……!」

「そんなことは関係ない」


 きっぱりと言い切ったギデオンは、唖然とするエリーゼの前であっという間に袋二つ分を壁際まで運んでしまう。

 彼が芋の入った籠を運んだ時にも感じたことだが、匙より重い物を持ったことのなさそうな貴族にしては、随分と力持ちだ。


(でも、よく見たら意外と筋肉質な身体つきかも……?)


 捲り上げられたシャツの袖から覗く腕にはしっかりと筋肉が付いているし、肩幅も広くがっしりしている。手は大きく骨張っていて、血管が青々と浮いていた。

 思わずじっと観察していると、海のような青い目と視線が合った。


「私は以前、海軍に所属していたんだ。雑用や力仕事には慣れている」

「そ、そうでしたか……」


 心を読まれたような言葉にドキリとした。じろじろと見ていたことを咎められるかと思ったが、彼のほうにそのつもりはないらしい。


「ところで、他のメイドたちはどうした? 本来はひとりで行う仕事ではないだろう」

「その……具合が悪くて、少し休憩に。もうひとりの同僚は付き添いをしています」

「それは心配だな。君も早く様子を見に行ってやるといい」


 何か話でもあるのかと思ったが、彼は本当に、ただ善意でエリーゼの手伝いをしてくれただけのようだった。


(嫌味な人って思ってたけど、意外と親切で気取らない、いい方なのね……)


 初対面の時の悪印象とあまりに違う態度に困惑してしまうが、本来の彼は生真面目で紳士的な性格をしているのだろう。だから『悪女』だったエリーゼを忌避し、毛嫌いしていたのだ。


「ありがとうございます。ご親切に感謝します」

 

 彼の気遣いに感謝し、小走りにその場を立ち去ろうとしたエリーゼだったが、その時ある不幸に見舞われてしまった。

 突如として吹いた秋風のいたずらによって、制服のスカートが大きく捲れ上がったのだ。


「きゃ、きゃーっ!」


 慌てて裾を押さえたが、目の前にいたギデオンにスカートの中身がすっかり見えてしまったことだろう。


(ど、どこまで見えた!? 太股!? それとももっと上まで……!?)


 慌ててギデオンの様子を窺えば、彼は目を大きく見開き、穴が開くほどにエリーゼを凝視している。

 ただしその視線には、見てはならないものを見てしまった気まずさや好色そうな雰囲気は一切なかった。


「その、痣は――」

「あ、痣……?」


 信じられないものを見たような顔で呟いたギデオンは、次の瞬間、とんでもない暴挙に出た。

 エリーゼのスカートの裾を掴み、そのままがばりと上へ持ち上げたのだ。

 信じられない行動に思考停止したのも一瞬のこと。

 その場にエリーゼの叫び声と、パシーンという小気味よい打擲音が響いた。


「な、何するのよ、この変態――――――――――――――――ッ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る