57「冤罪事件」

 俺の知ってるある男女の子供が相当なクソ野郎だという。そいつは自分の親を殺したと、そうニュースで報道されていた。


 世間ではそいつのことを酷く言っていた。でも俺はそいつをクソだとは思わない。

 考えてもみてほしい。

 その男女が我が子に殺されるほどの恨みを買ってしまった、殺されても仕方ないほどの何かをしていた、そうは思い至らないだろうか?

 盲目的に殺人は良くないことだと決めつけて、そこに至る経緯けいいを考えずに断罪するのは大いに間違っているだろう。


 事実、そいつは親から虐待ぎゃくたいを受けていた。それはとてもひどかった。見るに耐えがたかった。

 飯もろくに与えてもらえず、自由を奪われ、精神を傷つけられていた。自分の子供のことなのに何故そんなことできるのか? 理解ができない。赤の他人じゃないんだぞ。

 だから俺はその男女に一度問いただしたことがある。


「何で自分の子に手を出せるんだ!」


 と。そしたらそいつらなんて言ったと思う?


向かってなんて口のき方だ!」


 だとさ。馬鹿げてるだろ? ほんと呆れるよ。

 俺は悪くないと確信している。

 殺してなければいずれあいつらに殺されていた。あれは正当防衛だ。そうだ、絶対に悪くない。俺は全然悪くない。


 しかし世間はそう思っていないようだった。この事件が報道され一般に知れ渡ると、死刑を求める声が至るところから上がっていった。


『今まで育ててくれた恩をあだで返すなんてどうかしている』

『死んでつぐなうべきだ』

『一度人を殺した奴はまた人を殺す。どうせああいう奴は人殺しのゲームで一日中遊んでたんだろ』


 そして死刑判決が下された。

 身勝手な動機による犯行は情状じょうじょう酌量しゃくりょうの余地なしと判断されてしまった──。


 間違っている! 何だこの結果は!

 世の中馬鹿ばかりだ。なぜ真実を見ようとしない。証拠は現場にたくさん残されていただろう。他に罰を与えるべき奴がいるじゃないか!


 俺は何度でも心の中で叫んだ。

 俺は悪くない! こんなの絶対に間違っている! 俺はただ生きたかっただけだ。そのためには仕方がなかったんだ。世の中がちゃんと見てくれれば俺は罪を償おうとしたさ……。


 ……ああ、そうさ、俺がやったよ。


 俺が殺した。俺があいつらを殺してやった! あいつらのことなんかもう親なんて思っちゃいねえ。ざまあみろ! 死んで当然の奴を殺して何が悪い。


 ……それなのにさ、こんな仕打ち……ほんと間違ってるだろ。

 俺はまだ死にたくないんだ。だから誰か……本当に誰でもいいから、助けてくれよ……。


 しかし死刑は速やかに執行された。


 は、俺をかばい、死んでいった。

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