【短編】現実世界でチートする生活

じょお

現実世界でチートする生活「もし、超貧乏人がチートを手に入れたら?」

例えばこんなチートがあったら…そんなifな世界…その1

━━━━━━━━━━━━━━━


- 序章プロローグ -


「…クビだ。出て行き給え…」


またか…そう思ったが、アルバイターである俺には抵抗すること許されず、解雇宣言される。仕方ないとは思うがクビには十分な理由もある。


「…わかりました。短い間ですがお世話になりました…」


たった今出勤して来たばかりなので特に回収する荷物もない。俺は頭を下げた後、出口へと向かって歩き出す。ヒソヒソと後ろから話し声が聞こえてくるがもう2度と来ることもないだろう…。俺はそのまま社外へと出る。


「はぁ…1箇月ちょっとか…ま、長く続いた方か…」


(月末締めの翌月払いだから最低でも1箇月分は給料が出るだろう。切り詰めれば2~3箇月は食い繋げる、か?)


そんなことを考えながらハローワークに行くか、駅にある無料求人誌を貰いに行くか悩むのだった…



- 自己紹介 -


俺は田中一郎。高校中退のフリーターだ。高2で中退したんで16歳となる。中退理由は…いい辛いが…まぁ、家庭の事情って奴だな。経済的にちょっとな…親が、その…蒸発しちまってな。あ、いや、物理的に蒸発じゃなくて、借金を理由にどろん!…って奴だ。幸い、親の借金を子が代替わりして支払う必要がないって聞いて、俺は借金で首が回らないってことにはならなかったんだが…


(…無一文だと、流石に飯を食って行くにも苦労するしなぁ…)


ついでに高校の学費やら何やらが支払うこともできず、問答無用で中退ってことになった。色々と役所で何とかって支援があって学校を続けては如何?と勧められたが…


(私立の高校じゃ全然足りないんだよな…)


今更公立の高校に転校とかいっても、この辺から通える学校は無いんだ。遠すぎて引っ越す必要があるんだが…


(辛うじて支払いの終わった一戸建ての家から賃貸のアパートに引っ越すとか、有り得ないしなぁ…)


家賃が掛からないし、暫くは固定資産税も払う時期にもならない。公共料金も節約すれば基本料金+α程度しか掛からないんだ。ここを出て行く意味がわからないだろう。幸い、住んでいる市は税率も安めらしいしわざわざ高い場所に引っ越す理由もないと。


(だが…俺の運の無さか…バイトが決まっても短いと数日。長くても2箇月も続かないんだよな…はぁ)


その運の無さなのか、仕事が長続きしないのだが…原因は自分ではわかり過ぎるくらいにわかっている。それは…



- 目の前に倒れた妊婦。周囲には誰も居ない。スルーしろだって?…できる訳がない… -


「うぉっ!?」


現在時間は朝の8時30分過ぎ。出勤時間の9時まではまだ余裕があるのだが…目の前で急に崩れ落ちる妊婦が…


「うっ…」


短く声を上げているその表情は苦痛に歪んでいる。周囲を見回しても偶然にしては意地が悪く、人っこ一人居ない。


(またかっ!…俺は高校の規則でケータイすら持ってなかったんだぞ!!…こんな住宅地のど真ん中じゃ公衆電話も無いし…)


両親がどろんした後では未成年がケータイなんぞ契約できる筈もなく。金も殆ど持ってかれた後ではできたかも怪しいもんだが…。当然、スマホなんて高くて本体も買える訳もなし。


「だ、大丈夫ですか!?」


流石に放っておく訳にもいかず、駆け寄ってそう話し掛けてみる。見る見る内に青褪めていく顔色に放置してスルーするとか考えられない。そんなことができる人間は余程の冷血なのだろう。


「…っ、す、すいま、せん…きゅ、救急車を…」


それだけいうと、ついにぐったりとしてしまう妊婦。


「わかりました。…でも俺、ケータイとか持ってないんです。お姉さんは持ってませんか?」


ぐったりしている妊婦は持っていたバッグから何とかスマホを取り出した。


「わかりました。これを頭にして楽にしててください!」


俺は持っていたバッグを妊婦の頭の下に敷くと、スマホを受け取って電話を…119番を呼び出した。幸い、ロックは解除されてなくても救急番号などは発信できたので問題はなかった。



- 救急車が到着。さて、遅れたけど出勤しとうとしたがそうは問屋が卸さなかった… -


「…良かった。間に合ったようだな…」


暫くしてから遠くから救急車の特徴的なサイレンが聞こえてきた。俺はホッと胸を撫で下ろして励ましていたお姉さんの手を離そう…として、ぎゅっ!と握られたままで困惑する。


「えと、お姉さん?」


手を握ったままの妊婦は余り意識はないようで、握られている手は結構痛い…いや、もう痺れてて感覚が余りないといった方が正しいかも知れないが。


(困ったな…ロック解除できてないからこのスマホからバイト先に連絡できないし、近所の公衆電話を探して…ってこともできなかったし…)


最悪、救急隊の人に電話を借りて連絡するしかないだろうか…と思っている内に救急車が到着する。


「すいません!電話をされた田中さんですか?」


お姉さんの名前を聞きだせなかった為、俺は自分の名前で119番に連絡するしかなかった。


「はい、そうです。この人が…」


と、説明を始めるのだが、容体を見ていた救急隊の人が


「説明は後だ。急ぎ、病院に搬送した方が良さそうだ」


と、問答無用で話しをぶった切ってお姉さんを救急車に運び込む。そして、


「君も乗り給え」


「え?いや俺は…」


「いいから早く!」


…といった感じで俺も救急車に押し込まれて、受け入れ可能な救急病院へと走りだすのだった。バイト先に連絡?…救急車の中で色々と事情を聴取された後、容体が悪化したお姉さんに隊員さんたちが付きっ切りになったんでそんな余裕は無かったとだけ…



- 事後。そして報い… -


「あ~…疲れた…精神的に…」


あの後、車で1時間くらい掛かる病院までたらい回しにされ(といっても2~3回くらいだが)、ようやく受け入れができた病院では公衆電話が故障中とかで使用不可能。外に出て電話をしてくるといっても何でか知らんが外に出ないで此処に居てくれといわれて外出できず…。なら電話を貸してくれといわれても近所の基地局が故障中とかでケータイもスマホも使用不能とかいわれ…結局、妊婦のお姉さんの身内が来るまで病院から離れることができなかったのだ…。何この陸の孤島状態?


(そんな病院によく来れたな。救急車…)


専用の無線システムは普通に稼働してたので来れたらしい。お姉さんの身内にも、救急車の基地を通じて連絡が行ったらしい…はぁ。


(はぁ…もう夕方かよ…。腹減った)


そんなこんなで、遅刻どころか無断欠勤になった俺は、病院から歩いてようやく辿り着いた駅の公衆電話から連絡をし、その翌日にバイト先に出て冒頭の沙汰を下された訳だ。一応、出勤できなかった理由は話したのだが…。証拠が無い上に嘘つき呼ばわりされた上での決定だったそうだ…うぅ。


(やっぱ証明書とか書いてもらや良かったかな…今更だけどな。あの時は急いで連絡しなきゃって焦ってたからなぁ…)


俺はクビをいい渡された後、バイト先の最寄の駅に寄ることにした。いや、歩いてでも帰宅はできるのだが、無料のアルバイト情報誌を貰って行こうと思ったんだ。バイトをクビになった今、一駅でも交通費は節約しなくちゃいかないから帰りは歩きだけどな…


(…あれ、売り切れか…)


無料だけど壁の棚には残念だが1冊も残ってなかった。今は求人も少なくなっていてかなり薄い冊子だが、珍しいこともあるもんだ。


(しょうがない…といっても、ハローワークに未成年向けの求人情報なんてあったっけ?…無さそうだよなぁ)


多分無いな…と判断し、俺は自宅に帰ることにした。駅から出て大通りに沿って…裏道を歩くと近道だが特に急ぐ理由もない…とぼとぼと足元に視線を落としながら歩く。ついでに気分も下降ラインを辿ってストップ高…いや、ストップ安か?…だ。


「はぁ…」


溜息をひとつ。角を曲がって大通りから車が1台通れる程度の横道に入る。ここから結構歩くが、この道を行かないと我が家に続く橋には行けないのだ。途中、大きめの川の土手上の道を歩くことになる。その下には増水すると浸水して使えなくなる人っ子1人居ない公園…いや、空き地がある。


(昔は遊具があったが、やれ危ないやれ危険だとかいって殆ど撤去されたし、砂場もあったが水で流されて唯の窪地みたいになってるしな…)


最早窪地がある岩場みたいでこっちのが危険なんじゃないだろうか?…整地されていた時は土とかが被っていたのだが…。などと思っていると、どこからかこんなセリフが聞こえてきた。



〈善意の行いをしているというのに…報われないのう…〉



立ち止まり、きょろきょろと見回す。


(何だ?…今の声…だよな?)


だが、周囲には相変わらず人の姿は見えない。不審に思って立ち止まっていたが


(…幻聴か?)


と判断し、また歩き出す一郎。



〈生きている内に積んだ徳は死んだ後に報いを受けるものじゃが…今回は特別じゃ。受けるがよい!〉



再び耳にした声は圧力を以て一郎に迫り、その直後…一郎は意識を失った。



- 覚醒された能力ちから -


「…ん。あれ?」


目を覚ますと、見慣れた天井があった。


「…いつの間に、俺…家に帰ったんだ?確か…」


変な声が聞こえて…意識を失って…と思い出していると段々と意識がはっきりしてくる。


「…何か、いつもより見えるし…よく聞こえる気がする」


実は一郎は目が悪い。貧乏だったせいでメガネは買って貰えなく、コンタクトレンズなんて以ての外でいつも最前列の席で見え辛い黒板を凝視してノートを取っていた。バイトをする時も余り視力を問題としない種類の仕事をメインにしていたのだ。流石に16歳では雇ってくれる会社がない。年齢詐称しても問題が少ないであろう、肉体労働ガテン系の仕事をしていた訳だ。幸い、ガタイはいい方だったので誤魔化しは可能だった。だが、重機や大きい音を辺り構わず撒き散らす工事機械のお陰で、最近では耳がよく聞こえなくなりつつあった。


「これは一体…」


寝床から起き上がり、取り敢えず寝具を片付けて押し入れに…


「いや、久しぶりに干すか…バイト、クビになっちまったしな…」


俺は寝具を全部まとめて屋根の上にある物干し場に行くことにした。



「む?…体が軽いな」


寝具一式と溜まった洗濯物を持ってるというのに、その重さを感じることはなかった。いや、どうせだから溜まっている洗濯物も干そうと洗濯してから物干し場に向かっているという訳なんだが…


「まるで羽毛布団を持ってるかのような軽さだな…ま、そんなもんテレビショッピング番組でしか見たことはないが…」


うちのテレビは旧式のアナログなので地上波デジタルに変わってしまった現在では使うこともできないが。アナログ放送が停波した途端にテレビ放送は高根の花と化したからな…。ラジオはあったのでラジオ放送は聞けたんだが…今はそれも無い。両親が持ち去ってしまったのだ。


(そーいえばN●Kの視聴料の停止を要請した時は色々あったな…「停波して放送が見れなくなったんだから払う義務は無い!」って親が主張してたが、「受像装置が設置してあるのだから、支払う義務はあります!」って●HK側も引かなかったっけ…。そりゃUHFアンテナを立てて変換チューナーを付ければ見れるけど、そんなもん追加で買う余裕も無かったからなぁ…。ていうか、何で視聴料払ってたんだ?)


ま、親のことだから色々と脅されて支払わざるを得なかったんだろう。脅しには弱い親たちだったからな…。結局、視聴不可能な状況を渋々認めたNH●は視聴料の支払いの停止を受け入れ、今は払っていない。見れない放送の受信料を払うことがどれだけ無駄なことか…理解できない人ばかりでなくて良かったものだ。


「さて…不毛な過去を回想してないで、さっさと干すか…」


俺は物干し台にどんどん洗濯物を出していって干す作業に専念するのだった。



「ふぅ…いい風だな…」


物干し台に全ての洗濯物を掛け終えて、物干し台の柵に体を預けて風を楽しむ。遠くには川が見通せて太陽の光を反射してキラキラしてる水面も見える。


「え?…やっぱ視力が回復してるどころか…強化されてないか?…これ」


ここから川まで直線距離で1km程度は離れている。以前の視力では「川があるなぁ…」と何とか見えるかどうかという所だった。とてもじゃないが水面の様子がはっきりと見えるとはいえなかった。


「やっぱし、昨日のあれ…関係あるのか?…」


報いを受けろ…確かそういった。因果応報という言葉がある。善行には良い報いを。悪行には悪い報いを受けるといったか?


「でも…ガキの頃から善行をしていたといっても…」


たかが数百の善行程度じゃ視力が良くなるという奇跡なんて起こらないだろう。そう思っていた一郎だが、実はそうではなかった。輪廻転生を繰り返すこと十数世代前からの積み重ねが現世に於いて報われることとなったのだ。代々の一郎の魂は「報いを受ける程のことはしていない」として報いを受けてなかった。そうして貯まりに貯まった善行…積みあがった徳の一部を、不運の連続していた一郎に報いを受けることとなった。たまたま一郎を見ていた神の一柱が不憫に思い、規則ルールを曲げてその徳の一部を現世で与えたという訳だ…


「…ん?叫び声?」


見詰めていた川の方から、女性と思える叫び声が聞こえてきた。聞き間違いでなければ…


「これは…女性が襲われてる声、か?」


一郎は何故聞こえてきているのかわからないが只事ではないと判断し、急いで階段を駆け下りて玄関へと向かった。流石に裸足のまま飛び降りては足を怪我する可能性もある。という訳だ…



- 出掛ける時は、忘れずに -


「靴よし!鍵掛けよし!」


流石に鍵も掛けずに飛び出て行ってドロボウに入られるのも困る。貧乏とはいえ、中を荒らされてはそこで生活する者にとっては色々と困るものなのだ。


「…あっちだな」


暫く耳を澄ませ、未だ聞こえてくる女性の叫び声を聞き取ると走り出す。最早、ロケットスタートといった方がいい速度で走り出す一郎。此処にオリンピック選手のスカウトが居れば、問答無用でスカウトしに来るだろう。


「今度はこっちか!?」


直線的に加速している今、音源から遠ざかる度に直角ターンを決めて進行方向を変える。一郎から見れば相手が移動してるかのように聞こえているが相手は殆どそこから動いてなかった。


「…見つけた!」


河原公園の土手上に白のバンが停まっていて数人の男たちが女性の口を塞ぎ、手足を持ち上げて今まさにバンの中へと運び入れようとしていた。土手上では風がそれなりに吹いており、周囲に人の目も無い為に誰も誘拐に気付いてないという状況だった。


「まて!お前ら!!その女性を何処に連れて行くつもりだ!?」


急ブレーキを掛けて止まる一郎。多少息が上がっているのか吐く息も荒い。大声で手を止めた男たちだが、少々ガタイのいい子供ガキが自分たちを見つけて追いかけて来たのだろうと判断し一郎を無視して女性をバンの中に運び込む作業を再開する。


「おい、急げ」


「おう」


「あばよ!」


今少しの間、呼吸を整える必要がある一郎を無視して…男たちはバンの中に女性を運び込むと次々と乗り込んでドアを閉め、急発進する。


「ちょっ!待てぇっ!!」


叫ぶがバンはそのまま土手上の道路を走り去っていく。そのまま大通りに辿り着いてしまえば逃げられる可能性がある。そう思った一郎は、転がっていた小石を拾って…思い切り投げた!


びゅぅぅ~…どがっ!


投てきした小石は狙っていたタイヤを外れて天井付近を貫通した!…バンは当たった衝撃で左右に蛇行するが、やがて安定を取り戻して再び加速を再開する。


「ちぃっ…外したか…次!」


2つ目の小石を左手から右手に移し、再度投げる!


びゅぅぅ~…ばきゃっ!


今度はナンバープレートに直撃してバンの後部バンパーから弾き飛ばすがそれだけだった。投げた小石はバンを止めるには至らなかった。


「ちぃっ…次で最後か…当たれぇ~っ!」


その時、後部ハッチが開いて男が1人、何かを構えていた。


(銃?…ライフルか!?)


キランと光る銃のガンサイトのガラスの反射光が見えた。


どんっ!


頬を銃弾を掠めてから銃声が聞こえてきた。俺は小石を構わず投げる。全力でだ!


びゅぅぅ~…どぱぁんっ!


恐らくは小石の精密投てき射程ギリギリだろう。3度目の正直でようやく狙いのタイヤに命中し、パンクさせることに成功するが…


「あ…やっべぇっ!?」


パンクどころかバーストさせた勢いでバンが横転し、土手上の道から転がり落ちて行く。銃を持った男は投げ出されて遅れて転がり落ちていく。引き金に指を引っ掛けたままだったのか1発だけ暴発させた後、絶叫を上げている。転がり落ちた勢いで指を骨折でもしたのだろう。


(ざまぁ…って、中の女性もやばいか?)


一郎はダッシュしてバンを追いかける。辿り着いた時にはバンは停止しており、カーゴスペースでは呻き声をあげている男2人と拉致された女性が意識を失って蹲っていた。


「…だ、大丈夫ですか!?」


一郎が慌てて女性をバンから救い出し、軽くぺちぺちと頬を叩いて声掛けをする。


「うぅ~ん…」


見た感じ、怪我はしてないようで気絶しているだけのようだ。拘束しているロープを解いて地面にそっと寝かせる一郎。


(取り敢えず、野郎共を拘束する方が先か?)


解いたロープは余り長くなく、手首と足首に限定すれば3人くらいは拘束できそうだと判断する。


「て、てめえ…ぶっ殺す!」


背後から男の怒声が響く。銃持ちの男だった。


(ちっ…そういえば気絶してなかったか…)


一郎は振り向きざまに姿勢を低くして走り出す。


だぁんっ!


弾丸は頭上スレスレを飛んでいき、外れた。


「ちぃっ!?」


男が次弾を装填するいとまで急速接近した一郎はライフルの銃身を蹴り上げ、返す刀…ではなく、蹴り上げたかかとを男の頭上に落とす。所謂踵落としだ。


「があっ!?」


べしゃ!っと崩れ落ちる銃男。見れば顔面が地面に埋まって昏倒していた。


「…やり過ぎたか?」


急ぎ頭を引き上げて鼻下に指を当てるが…取り敢えず息をしてるようだ。


「死なせないで済んだか…ま、今は拘束が先か」


手に持っていたロープを引き千切り、手首と足を拘束した。念の為、両手は後ろ手に縛り、両足は両手首のロープに引っ掛けるように縛る。これで意識を取り戻しても、容易には逃走できないだろう。


(鼻の軟骨が骨折したかな?…すげえ鼻がひん曲がってる。これ、過剰防衛で訴えられないかな?)


と考えながら、一郎はバンの中で呻いている男2人も拘束していく。拘束した後は、すぐにバンから運び出した。念の為、ダッシュボードなどにあった書類や小物。小銭の類も回収しておく。残念ながら紙幣は無かったようだ。


「あ、やば…」


バンは細かく火花を飛ばしたかと思った直後、爆発して燃え始めた。


「…間一髪だったな」


一郎は車が事故を起こした後、最悪ガソリンに引火して火事を起こすことがあると聞いたことがあった。今回は事故とはいい難いが燃料に引火する可能性は捨てきれなかった訳で、一郎は賭けに勝ったということだ。これで警察や消防に連絡しなくてもその内に集まってくるだろう。


「連絡する手間は省けたけど…これ、どうしたもんかなぁ…」


説明しても信じて貰えないだろう…。信じて貰ったとしても、そんな能力をどうやって手に入れたのか?…その説明をできる自信がない。そう判断した一郎は、取り敢えず自らの指紋を拭き取って関わった証拠を消し去り、現場から立ち去ることにした。悪いことをした訳ではないが、説明することができない故にこうするしかないと自身にいい訳をするしかなかった…



- 夕暮れ時、自宅にて… -


「あ…この男たちが犯人って書置きしとけばよかったかな…」


物干し台から遠くの河原を見ながら呟く。一応、誘拐の計画書みたいな書類だけを残したがそれだけで犯人特定に至るかどうかわからない。最後に爪…いや、詰めが甘かったかなと思ったが警察やら消防やら野次馬が集まっている現場に戻る気は起きなかった。


「はぁ…いい天気だったけど流石に冷えちゃったなぁ…」


乾くには乾いたが、夕暮れに吹く少々冷たい風で冷えてしまった布団や洗濯物を回収する一郎。今夜は風邪を引かなければいいなぁ…と思いつつ、洗濯物を担いで1階へと降りて行くのだった。



- 後日。そして贈り物… -


「お…昨日の連中、ニュースに出てるな…」


配達された新聞を読むと3人組の女性誘拐犯の事件がニュースになっていた。どうやら、誘拐した後、あの女性をレイプした後に外国に高跳びしてから売り捌く計画があったようだ。俺はあの後は関わってないが、アジトには数人の女性が監禁されていてそちらは既にレイプ済みだったとか何とか。まぁ、遠回しにいってるから勘が鈍い人にはわからないと思うが…。ちなみに、貧乏ではあるがテレビすら無いと世の中の動向に疎くなる為、朝刊だけだが新聞はとるようにしている。難しい文字を覚える勉強にもなるしな!


「世の中には酷い奴が居るもんだな…」


基本、悪事なんかやったことのない俺からすれば、この世の大半のできごとは悪事にしか見えない。善意でやったことすら仇で返されることもしばしばあったのだから。


「…ま、そういう輩には2度と近づかなきゃいいだけのことだしな…」


仇で返すような人種には近付かない方がいい。例え見えない所で不幸な目に遭っていても、俺には関係のないことだ。恩返ししてくれるならともかく、怨返ししてくるするとか病んでるとしか思えないからな。


「飯も食ったし…また仕事バイト探ししに出掛けるか…。気が進まないけど、な…」


食器を片付けて服装を整え、身だしなみチェック(ボサボサ頭では、もし急遽面接になった場合に身だしなみで落とされる可能性もある)をしてから玄関へと向かうが…下駄箱の上に見覚えのない物を発見した。それは…


「スマホ…か、これ…?」


ケータイすら持ってない俺だ。当然貧乏だからだが…つまり、スマホなんて先端技術の塊を持つ買うことができない。何せ未成年の上に両親は借金を苦に蒸発してるから契約そのものが非常に困難なのだ。親戚を頼ればいいじゃないか…と思うだろうが、実はこの両親…2人とも孤児員出身で親が居るのか居ないのかすら不明なのだ。流石に孤児院にそこまで頼るのもどうだろう?…という訳で、絶賛天涯孤独な身の上な訳なんだが…


(鍵は掛かってるし、侵入された形跡も無いし…。どうやって、誰がこんな物をここに置いたんだ?)


俺はそう思いながら下駄箱の上に置かれたスマホらしき物体を眺める。見た感じ、手の平サイズの普通のスマホに見える。表面は全面ガラス張りらしくてメーカーも型番も不明なのがわかっただけだ。


「ん~…臭いは…しないか」


くんくんと臭いを嗅いでみたが、特にヤバそうな臭いはしない。無味無臭の毒でも塗られていればわからないが、取り敢えず手に持ってみることにした(いや…一般家庭に毒物を置くのって変じゃないか?…って突っ込み待ちではないぞ?)


「…軽いな。厚さは…普通か」


くるくると回して確認してみる。側面には電源ボタンや音量調節ボタンが付いてるかと思ったがそれらしい物は無かった。充電や通信用のUSBコネクタやイヤフォン用の丸い穴すらないのだ。


「裏面は…んん?…Made in GOD?…は?」


(GODって…神、か?…いやいやいや、冗談だろ?)


そこまで思った瞬間、神製らしいスマホ?の電源が勝手に入り、呼び出し音が鳴りだした!


ぴりりりりり!ぴりりりりり!


「うぉお!?」


初めての着信音に手を滑らして神スマホが玄関の硬い床に落ちてしまう。幸いガラス面は破損せずに済んだが未だに着信音が鳴り響いている…


「…っくりした。って、誰からだ?これ…」


呼吸を整えてスマホを拾い、ガラス面を見ると…


「神…さま…」


発信元は神さまだった。


「はぁ!?」



たっぷり10秒程硬直していただろうか?…相手が誰であろうと待たせるのは良くないと我に返り、応答のアイコンをタップする。


「もし、もし…?」


人生初スマホである。ケータイすら飛び越してスマホでの電話デビューに声が裏返ったりしなかったのは素直に褒めて欲しい所だが、まぁそれは置いておこう。尚、固定電話は既に解約されていて電話器も質入れされてから10年くらい経過している為に我が家には電話という文明の利器も存在しないのだ(親は連絡に必要ということで仕事先からケータイを借りていたらしいが…)お陰でいたずら電話などの煩わしい問題に巻き込まれることは皆無だったのが幸いだろうか?


『おお、やっと繋がったか。ぬしは「田中一郎たなか いちろう」で良かったかの?』


聞いたことのない爺さんの声が聞こえてきた。これが神さまなのか?…と思いつつも、


「あ…はい。そうです」


と、素直に返事をしてしまう一郎。


『うむ、本人確認…完了じゃな。では、田中一郎よ…ぬしにはこの「すまほ」と「能力」を貸与することになったのでな…収めるとよい』


一瞬、いってることを理解できなかった一郎だが、慌てて訊き返す。


「えっと…収めるって…貸与…貸し出すってことですか?」


いわれた言葉そのまんまだが理解しきれてない一郎は訊いてみた。神さまと思われる人物は、


『うむ。そのままだの?…わからないことがあれば、「へるぷ」を見ると良い。後は…操作方法は普通のすまほと同じになってる筈じゃ。ではな…』


ぷつっと音がしたかと思うと、つー、つー、つー…と不通音が鳴り、暫くするとそれも消える。普段から電話を利用していればそれがおかしいことに気付く筈だが、一郎は変に思わずに画面の案内に従って画面をタップして通話モードを解除する。一瞬の暗転の後、画面は幾つかアイコンが並んでいるトップ画面になった。


「…神スマホか。これって電話代とか掛かるのかな…?」


THE☆貧乏人の一郎にはまず最初に気にするのはそこだろう。普通の人なら、「充電とかどうするんだろう?」とか「神さまと電話とか…有り得ない!?」とか「アンドロイドなのかアイフォンなのか…どっちだ!?」とか、気にする所が幾らでもありそうなものだが(ウィンドゥズフォンは除外(まてw))



- 初めての神スマホ -


「ヘルプを見ろか…あ、これかな?」


取り敢えず、出掛けることを中止した一郎は玄関から部屋へ戻り、神スマホを見てみることにした。慣れない先端機器を手にしてドキドキワクワクが止まらないのは男の子のさがだろう。金があれば買ってみたいアイテムの1つなのだから。


「え~っと何々…」


画面一杯に表示される文字の羅列を読み始めるが…画面が然程大きくないのもあり、文字も小さめなので読み辛いことこの上ない。


「う~ん…視力が何故か改善されても、これは読み辛いなぁ…」


改善されたといっても近視が治り、集中すると遠距離を見通せるようになっただけで、小さい文字は矢張り見辛いものだ。


「何とか見易くできないかな…うおっ!?」


そういいながら画面をスクロールしようとスワイプすると(これも端っこに説明が出ていた)…表示してるヘルプの内容が空中に投影され、文字が必要なだけ拡大されていた。


「びっくりした…って、すげーな神スマホ。何でもありか?」


これぞMade in GODの為せる業だろう。現代科学が幾ら進んでいても何も下準備が済んでいない空中には映像が投影されることはできない。一郎がスマホの持つ手を動かして角度を幾ら変えても、空中投影された映像は追随して動いていることからそれがわかる。尚、空中投影された映像に手をかざすと遮られた部分の後ろは映像が見えなくなる。そのことから、スマホの画面から映像となる何かが放出されているのだろうとわかる。


「…遊んでたら時間が無くなるか。ヘルプの続きを見るか…」


空中投影された映像にスワイプをしてもスクロールはしなかったのでスマホ画面のみに有効らしい。一郎はスマホを操作しながら空中のヘルプを読み進め、何とか理解を進めるのだった…



- ヘルプを読み進めて凡そ1時間が経過 -


「成程…」


書かれていたことは、神スマホの使用説明書と神スマホでできること。神さまとの契約…というか約束事だった。


「わからん」


何故、神さまと契約が発生しているのか。神スマホを貸与されたのか。その辺の肝心な内容がすっぽりと抜け落ちていたのだ。故にわからないとなるのだが…


ちゃりぃ~ん…


不意に、小銭が落ちる音が鳴り響く。と同時に神スマホの画面にニュースが流れる。いきなりニュースアプリが起動し、TVのニュース報道が再生され始めたのだ。


「…あの3人組、逮捕確定か…まぁ、世の害になるならその方がいい、か。犠牲になった人たちには何だが…」


それにしても、先程の音は何だろうか?…そう思いながらニュースアプリを終了させると、トップ画面にこう書かれた枠があった。



【バウンティ・ハンター実績】

---------------

◎誘拐レイプ犯逮捕(補佐)功績報酬--5千円が入金されました

---------------



「バウンティ…ハンター?」


早速、検索機能を使って単語検索をしてみる。そこには…



【検索結果】

---------------

バウンティーハンター…

・法に反する犯罪者や逃亡者を捕らえて賞金を稼ぐ者を差す

・報酬金は関与した犯罪者が当局に捕らえられ、刑が確定した時に支払われる

・報酬額はどれだけ貢献したかに左右される。尚、犯罪対象者が死亡した場合は一律0円となってしまう。留意せよ

---------------



…と書かれていた。検索エンジンは…


「グーグルじゃなくて…ゴーッドル?」


スペルはGoodleだった。


「まさかの神界検索エンジン!?」


妙な所で驚く一郎だった…いや、誰でも驚くか?



「結局…」


与えられたのは普通より優れた身体ステータス、幾つかのスキルと呼ばれる特殊能力。そして神スマホというチートアイテムだ。


「ステータスオープン…」


自分の能力を表示するキーワードを唱えるか頭の中で念じると、神スマホを通してそれは表示される。画面の中だけに収めて表示することもできるし、空中投影させて表示することも可能。キーワードと同時にどちらに表示するか選べばいい。画面に表示がデフォルトだが、画面の選択肢も同時に表示されてるので後から空中投影も選べて融通が利く。



名前:田中一郎

種族:人間・男(微強化人間)

年齢:16

職業:バウンティ・ハンター(神公認)

位階:1

能力:身体微強化P、視力強化A、脚力強化P、GSP操作P



(ステータス画面という割にはえらいシンプルだな…)


表示されてる項目をタップすると、詳細説明が追加で表示される。


(ま、名前とか種族はわかるが…微強化人間って何だ?)



微強化人間:通常種の人間より常識の範囲内で強化された人間。筋力・耐久力・敏捷力などの身体能力が戦場で鍛え抜かれた者並みになる。



(通常種の人間て…ま、まぁ…中には戦闘民族みたいなのもいるか…。後は…年齢は…今16だから合ってるな。位階って?)



位階:生物としての格を示す。生まれたまま何も努力せずに生活をしている者は一律0となる。努力をした、若しくは能力を与えられて上位の存在を倒せる程に強くなった者たちは格が上がり、適切な位階となる(武装しても位階は一時的に上昇するが、手放した瞬間に元に戻る)



(要はレベルってことか?…武器を持っても上がるみたいだけど、借り物の力なのか手放した瞬間に本来のレベルに戻っちゃうのか…。レベル1ってどの程度強いんだろうか?)



位階0:同族との素手に依る闘争で運が良ければ勝てるし、悪ければ負ける程度

位階1:同族との闘争で余程運が悪くない限り完勝できる。上位種との闘争では位階0の同族との闘争と同じ確率で勝ち負けが分れる。武装するか戦闘向けの能力を用いればまず負けないだろう

位階2:〈封印されています〉



(…ふむ)


…封印。ここの説明は位階とやらが上がれば順次解除されるのだろう。


(能力か…大体は意味は通じるが…AとかPって何だ?それとGSPって…GPSと違うんだろうか?)



能力のP、Aについて:PはPassiveの頭文字であり、常時発動スキルを指します。AはActiveの頭文字であり、任意発動スキルを差します



GSP操作:GodSmartPhoneの頭文字を取ってGSPとしています。神スマホを操作できる権限で、このスキルを持ってないと神スマホは操作できません(似ていますがGPSとは全くの別物です)



(成程ね…Pは常時発動してるスキルか…確かに、神スマホを使うには常時発動してないと操作できないよな…Aは使おうと思った時にスキルを発動させると…ふむ)


どうやら、他人が勝手にこの神スマホを使おうとしても使えなさそうだと理解する。尤も、このGSP操作スキルを持ってる奴が他に居れば別なんだろうが…いや、個人の持ち物だし、使用者の識別とかは流石にしてるだろう。勝手に使われても困りそうだし…


「…で、この職業って…」


さっき表示・検索したモノと一致する「バウンティ・ハンター」だが…後ろに(神公認)と書かれていた。


「ひょっとして、能力と引き換えに…押し付けられた…のか?」


いや、失職してすぐに金に在り付けるのは有難いが…。外国ではそういう職業があるとか聞いたことは無くもない。が、日本じゃ確か無かったような気がする。そもそも聞いたことがないし…


(そーいえば、さっき5千円が入金されたってあったな…俺の銀行口座にでも入金されたんだろうか?)


ひょっとして…と思い、口座アプリが目に入ったので起動してみる。


(…俺の口座は…まぁ登録されてる訳、無いよな…でも、5千円入ってるな…。神行…銀行ぎんこうじゃなくて神行じんこう…か?)


駄洒落かぁっ!?…と神スマホを投げそうになったが何とか押し留めた。折角の便利ツールをみすみす破壊するには忍びなかったのもあるが…


(…ていうか、この神行って何処に行けばあるんだ?)


画面には「お引き出し」とか「お預け入れ」とか「お振り込み」などのATMによくある機能ボタンがある訳だが。ちなみに、残高は常に表示されてるので「残高照会」ボタンは無かった。通帳もある訳もないので「通帳記入」ボタンも存在しない。代わりに「入出金履歴表示」ボタンがある。過去にさかのぼって画面に表示する機能なんだろう。


(…引き出してみるかな?)


「お引き出し」ボタンをタップ。幾ら引き出すか金額入力枠が表示され、画面下部にテンキーが出る。


(…取り敢えず全額でいいか。5千円だし)


5000と入れてから決定ボタンをタップ。すると…


ぱさっ…


ATMに設置されてる封筒が…神スマホの上に…何の前触れもなく現れた。


「…は?」


思わず上擦った声を上げて、神スマホを取り落としそうになって何とか堪える。が、上に乗った封筒は落としてしまう。そして…


「中から…札が…現金…千円札、だと!?」


5千円札ではなく、使い易いようにとの配慮からか千円札が5枚入っていたのだ…。手に取って透かしてみたが、透かし印刷などの偽造防止も完璧に入っており何処から見ても本物に見える。


「マジか…まさかスマホに乗って現れるとか…予想の斜め上過ぎるだろ…」


取り敢えず、この金が本物で使えるとわかれば、今後は新たにバイトを探さなくてもいいかも知れない!…と心浮きたつ一郎ではあった。



- 最寄りの銀行ATMに寄って預け入れてみる -


(おお…銀行に預けられた…本物だ!?)


近所のATMまで行ってから預けてみた。5枚の千円札は全て受け入れられ、本物の日本銀行券ということが確認される。すぐさま千円だけ引き出して財布に仕舞い込むと一郎は飯を買う為にスーパーへ向かうことにした。何しろ未だ朝飯を食べておらず、腹が減っているのだ。お財布に余裕ができた途端にぐーぐーと鳴る我が胃袋の現金さに眩暈が…いや、腹が空き過ぎての眩暈か。


「久しぶりにのり弁当でも買って食おうかな…」


いつもは節約に節約を重ねている為、家では安いもやしを数袋とパン屋でパンの耳を貰って食い繋いでいるのだ。バイト先では昼飯の弁当が出る現場が多い為、主な栄養源はそちらで賄っているのだが…仕事が無くなればそれも食べることができなくなる。一郎にとっては2重で死活問題なのだ。


「さて…確かこの辺だったよな…って、あれ?」


妙に人がスーパー前に集まっていることに気付く。街角を曲がった先…凡そ100mの先にあるスーパーは、野次馬で一杯になっていた。今も野次馬が駆け寄ってはスマホやケータイを手に無遠慮に写メを撮っている有様だ。数人の警官が張ったロープの外側に立って近寄らないようにし、1人の警官が危険だから離れてくれと拡声器片手にがなっているが全く効果を上げていない。


(…何かあったのかな?)


あったから、現にこうして騒ぎが起きてるのだが、流石に新聞の朝刊程度では近所の事件を記事として載せられる訳でもなく。ネットニュースなら規模如何では数時間後くらいに載るかも知れない。


(事件発生、だよな?…でも、こんなに人が集まってると介入とか無理っぽそうだよなぁ…。訓練も受けてない子供が解決できる訳でもないし…昨日のは無我夢中だったしマグレだよな…)


一郎は遠目に目的のスーパーを見ているが人混みでよく見えない。撮影目的で手を上げてスマホやケータイ。中にはデジカメやビデオカメラを持っている輩も居る。


(…取り敢えず、視線を遮らない場所に移動してみるか?)


きょろきょろと周囲を見回すと、丁度3階建てくらいの屋上のあるアパートがあり、そこからスーパーの様子が見られるかも知れない。


(あそこに行ってみるか)


一郎は向上した身体ステータスを利用して、素早く移動。警官が入口の横に立っていたがよそ見をした瞬間に侵入を成功させる。


(ふぅ…バレないかと冷や冷やしたけど何とかなったな…)


階段を静かに駆け上がり、屋上に出る扉は施錠されていたが柵の上を伝って屋上に出ることに易々と成功させる。下を見ると、住民たちはスーパーの様子を見ようと頭を出しているようだ。一郎は住民にバレないように頭を引っ込めて視線を集中させる…


(…見えた。窓から見えるのは…客かな?何人か従業員らしい人も見えるけど…)


角度の問題で奥までは見通せない。2階辺りからならば見えるかも知れないが、4階相当の屋上からは窓付近の様子しか見えないのだ。


(う~ん…まいったなぁ…多分立て籠もり犯とかなんだろうけど…何でスーパーなんかを狙うかな?)


だが、スーパーのように食料品や飲料が豊富な店ならば、長期間の立て籠もりには有効だ。仮に逃亡が成功して得られる金銭が少なくても、警察に食料や飲料の要求をして人質交換などの手間が無い分、楽なのだろう。


(…だったら、解決するには人質のことも考えたら短期決戦が一番有効かな…その為には…)


中の状況を知らなければ対策も立てようがない。だが、周囲は人混みが多過ぎて近付くにも困難が予想されるし、警官が既に配置されているので見た目子供の一郎が接近することは容易ではないだろう。ガタイが大きいので若作りの青年に見えないことはないのだが…


(ん?)


何故か、神スマホがバイブレーションモードにした記憶もないのに震えている。


(また神さまから呼び出し?)


ポケットから取り出してみると、矢張り着信画面になっていた。慌てて応答ボタンをタップする。


『ほっほっほ…お困りのようじゃのう?』


予想通り、昨日会話した神さまからだった。


「えぇ、まぁ…で、何の御用でしょうか?」


なるべく丁寧に話すが、今は時間が惜しいので内心苛立ちを感じているが表には出ないようにした。


『うむ。そこでこれじゃ…画面を見てみぃ?』


一郎は訝しみながら耳から神スマホを離し、いわれた通りに画面を見た。そこには…


「これは…若しかしてスーパーの店内?」


そこに映っていたのは店内に設置された防犯カメラからの映像と思われるモノが映し出されていた。まるで防犯カメラをハッキングして映し出しているように見える。


『うむ。正しくその通りじゃ。後は任せたぞ?』


通話が途切れたが防犯カメラからの映像はそのまま映し出されている。これならば、中の様子は丸わかりで対策も取れるだろう。一郎は神スマホの画面を凝視して、対策を練り始めるのだった。



- 警官サイド・事件終結までの状況 -


「警部補、どうしましょうか…犯人からは要求が来ませんし、出てくる気配もありません!」


スーパーからの110番通報で来てみたものの、肝心の立て籠もり犯からは何も要求が届かず、睨み合いすらもしないまま2時間が経過していた。急ぎ突撃して制圧すべきだと上から圧力が掛かっているが、そんなことをしたら人質に被害が及びかねない。上は現状に痺れを切らしたのか、SATの出動を要請したらしい。連中が来たら現場は下手をすると死体の山になり兼ねない。到着まで後1~2時間といった所か…それまでに何とか手を打たないと…そんな思案をしていると、部下から再び報告が上がってきた。


「警部補!非常事態です!!」


「何だ!?」


「こ、子供が…いえ、青年がスーパーに突撃しました!」


「何ぃ!?何で突撃を許した!?…むっ?」


野次馬たちの歓声が一際高く上がり、耳を塞がなければならない程にうるさくなる。彼らが注目しているスーパーの出入口を見ると…


「な…なんだ、あれは?」


「え…と?立て籠もり犯が…放り出されて、いる?」


見ている傍から、武装解除された立て籠もり犯がどんどん放り出されているようにしか見えなかった。中には武装解除どころか着ている衣服が半ば破れている者もいたが、怪我は打撲程度しか負ってないように見える。


「…総員、捕縛せよ!」


「りょ、了解!総員、捕縛!!」


警部補を除く総員で犯人に駆け寄り、手錠を掛けて回る。野次馬たちが近寄ってくるかと思ったが、意外に冷静なのか無暗に接近する者は居なかった。


「1025(ヒトゼロニィゴ)、犯人確保!」


捕縛作業をしていた1人がそう叫んで、取り敢えずの事件終結を迎えるが…事後処理がまだ残っている為に暫くは慌ただしいだろう。暫くして護送車が到着し、犯人たちを乗せて撤収開始する。数人は事情聴取の為に残ってスーパーの客や従業員、店長を拘束することとなるが仕方ない。今日から数日は業務中止になってしまうのだが我慢して貰うしかないだろう。


「警部補、死傷者はゼロです。軽傷者が数人居ますが何れも軽く殴られた程度とのことです」


「…わかった。ご苦労、下がってよし!」


「はっ!!」


(取り敢えず今日の所は署に戻って報告か…SATの出動要請したお偉方には悪いが…大事おおごとにならなくて良かった。本当に…)



- 一郎サイド・どうやって終結に導いたか -


「さてっと…どう侵入したもんかな…」


内部構造と人員配置は頭に入った。犯人たちと客・従業員のだ。店長は防犯カメラに映ってなかったんだが、犯人の隊長格と部下らしい2人と合計4人が奥の事務所に居るらしいと、犯人たちの会話内容から知ることができた。


「取り敢えず、裏口から入ってすぐの事務所を制圧し、店内にまわって制圧…これでいっか」


店内には犯人グループが4人。いずれも銃とナイフで武装しており、防弾チョッキと腕と脛にプロテクターを装備している。中には頭にヘルメットっぽい防具やフェイスマスク…ホッケーのマスクといえばわかり易いか?…を装着している者も居た。ジェイソン気取りだろうか?…流石にチェーンソーは持ってなかったが(エンジン動力のノコギリのこと)


「まずは裏口を…あ、警官がいるな。ばっちりドアの前に居るし…どうすっかなぁ…う~ん…」


悩んでみるも、これといって方法も思いつかない一郎。


「しょうがない。正面突破するしかないか。でも面が割れると嫌だな…って、これは…」


神スマホに目空き帽が現れる。神さま自由過ぎるだろう…とは思ったものの、助かるので有難く被ることにする。


「…よく考えたら、これって犯人の一味に見えそうで嫌だなぁ…」


結局、被らないで行くことにする。寒い時に使わせて貰うってことで我慢して貰おう。



「…ていっ!」


小石を裏口から離れた壁に投げる。多少加減して投げたのだが…


びゅっ…ちゅいん!


まるで銃弾が当たって跳弾したかのような音が出て、壁に弾痕っぽい穴が空く。


「む!?…銃撃かっ!?」


「様子を見に行ってくれ。俺はここに残る」


「む、わかった…気を付けてくれ」


「お互いにな!」


2人共様子を見に行くかと思ったが、1人残ってしまった。一郎はそれでも突破に掛かる労力が減ったと思い、周囲を警戒して視線を逸らした隙にダッシュで裏口へと走る…


「何者だ!?」


隙を狙ったのにも掛からわず、気付かれてしまう。


「…しょうがない」


そのまま加速して裏口を蹴り倒して侵入する。豪快に蹴り飛ばしたドアが中へと吹っ飛んで行き、事務所のドアごと吹き飛ばす。


「ちょっ!?まっ!?」


警官が驚いて叫んでる間に一郎は事務所まで駆け抜け、中の犯人を問答無用で…手加減をして殴る。


「ごはっ!?」


「なにも…ぎゃあっ!!」


「俺を誰だと…あべし!?」


店長を除く3人を瞬殺(殺してないけど)し、抱えて裏口から投げ飛ばす。


「こ、こら…ぎゃあっ!?」


…外から警官が何かいっているが、聞いてる暇は無いので店内へ続くドアを蹴り破って侵入する。


「むっ!?何や…げはっ!!」


「なっ…ひでぶっ!?」


「ちょっ!?…ぎょぷっ!?」


「ひぃっ!?…こ、殺さないでく…ぶもっ!!」


ギリギリ目に留まる程度の速度で殴る蹴るしながら犯人たちを一掃し、出入口の半壊した自動ドアから抱えて投げ飛ばす。


(ふぅ…これで全員無力化して警察の前に放り出せたかな…)


店長が少し怪我をしてたけど無事なのはさっき確認できてるし、店内の客や従業員たちも頬を叩かれたのか少し腫れてる程度の人しか居ないみたいだ。俺が手を出すまでもないだろう。


(回復魔法とか覚えてる訳じゃないしな…さっさと退散するか)


怯えている店内の人たちをチラ見した一郎は再び裏口に走り、そこで呼び止めようとした警官をスルーして逃走した。


(また報酬金が入るといいなぁ…できれば暫く生活できるくらいの額が)


そんなことを考えながら、一郎は走る。一応、警察が後を付けて来てもいいように遠回りをしながらだが…家やビルの屋根などを車で追いつくかどうかギリギリの速度で縦横に駆け回る人間を追いかけることは不可能だろう。



- 事件終了後のお楽しみ -


「おお!…きたきたきた!!」


神スマホのネットニュースが流れ、報酬金が振り込まれた旨のメッセージも表示されて振り込み音の効果音が鳴り響く。


ちゃりぃ~ん…



【バウンティ・ハンター実績】

---------------

◎スーパー立て籠もり犯逮捕(補佐)功績報酬--1万円が入金されました

---------------



が、報酬金は思ったより高くはなかった。最初の事件の倍額ではあるが…


「ん~…やっぱ直接逮捕というか確保して警察に引き渡した方が高額になるのかなぁ?…でも日本じゃ職業として確立してる訳じゃないからなぁ…」


下手すると逆にお縄になる可能性もある。ここがアメリカとかならなぁ…と思ったが、あっちはあっちで日本より治安が悪いからしょうがないかと納得することにした。


「ま、これで暫くは食い繋げるな。そろそろスーパーも業務再開してるだろうし、今度こそ食料を買いに行かねば!」


数日間、パンの耳のみで食い繋いでいた一郎は一路、スーパーへ急ぐのだった。今日と明日への糧を手に入れに!


━━━━━━━━━━━━━━━

神、チートっぽい能力、そして神スマホにバウンティー・ハンターでした。現実社会では身体能力増強だけでも十分チートになっちゃいますね…ってことで、機能限定チート能力でどんだけスーパーマンになれるか試しに書いてみました


※でも、現実問題としては…説明もできない能力向上と働いてもないのにどうやって金を稼いでいるんだ!?…という問題もあるっていう。規則で雁字搦めな現代人は生きて行くのに苦労するしかないっていう…大変ですなぁ…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】現実世界でチートする生活 じょお @Joe-yunai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ