第43話 遊園地
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ怖い! 雅臣さん助けてーー!」
「バッカお前、こんなことくらいでマサを呼ぶんじゃねー! それでも大人かよ!」
「だってすごく怖いんだもん‼ ムリムリもう我慢できない! ワタル君は怖くないの⁉」
「べ、別にこんなの全然へーきだよ。全然ビビってねーし!」
「そ、そうなんだ。さすが男の子は強いね……ってきゃぁぁぁぁぁ骸骨おばけえええ‼」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ‼」
悲鳴をあげながら反射的に隣の雅臣さんの腕に抱きつくと、ワタル君も大声で叫びながら雅臣さんの背中にしがみつく。浮遊する人魂とともに真正面から飛び出てきた骸骨おばけが小馬鹿にしたようにカタカタと笑う中、雅臣さんが苦笑しながら骸骨の頭頂部を軽くつついた。
「これは作り物だから大丈夫ですよ。ほら、腕のところにワイヤーが見えます。この人魂も中の電球が見えていますよ」
「作り物ってわかっていても見た目が怖いから怖いんです! 最近のお化け屋敷ってこんなに作りが精巧なんですか⁉ もう早く出ましょうよ」
「でも先程入ったばかりですから、出口まではもう少しかかると思いますよ。確か所要時間は二十分くらいだったかと」
「そんな! 二十分もこんなところにいられませんよ〜〜!」
「あかりちゃんは本当に怖がりだなぁ。あんまりビビってると置いてくからな。ほら、さっさと行くぞ」
「そんなこと言って、さっき私と一緒に大声で叫んでたの知ってるからね。ワタル君こそはぐれて泣きベソかいたって知らないから」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも私たちはなんとか出口までたどり着いてお化け屋敷を出た。
暗闇の世界から一気に日の当たる場所に出たので目がチカチカする。出口につくまでの間雅臣さんがコッソリ私の手を握っていてくれたのは内緒だ。なんとかお化け屋敷のミッションをクリアした私は、入口でもらった園内の地図を鞄から出してワタル君に手渡した。
冬の澄んだ空気が気持ちのよい日曜日の午後。ちょうどタイミングよく雅臣さんとのお休みがかぶったので、私たちはワタル君をつれて遊園地に来ていた。どうやらワタル君は遊園地へ行ったことがないらしく、目をキラキラさせながら敷地内にある数々の乗り物を見回してはしゃいでいる。
そんな彼のたっての希望でまずはお化け屋敷に入ったわけなのだが、きゃあきゃあ叫びすぎて初っ端からだいぶ大人の威厳を失った気がするけど気のせいということにしておこう。
「はー面白かったぁ。なんか騒いでたらお腹空いたなー」
「じゃあちょっと休憩して何か食べようか。雅臣さんもいいですか?」
「ええ、もちろんですよ。では売店に行きましょうか。確か出口の近くにあったはずです」
そう言いながら雅臣さんが売店の方へ歩き出す。どちらかというと私もワタル君の面倒を見ているというよりかはワタル君と一緒に引率されている気もしなくはないが、大人だって楽しいものは楽しいのだ。
売店まで行ってサクッとソフトクリームを買い、キッチンカーの前に並んでいる簡易テーブルと椅子に座って三人でシェアする。と言っても、雅臣さんはコーヒーだけでもっぱら私とワタル君で食べるだけだけど。
何の変哲もない普通のソフトクリームだけど、こうやって屋外で食べるとなんとなくいつもよりおいしく感じるのはなぜだろう。ワタル君もニコニコしながらソフトクリームにスプーンを突き刺していて、その幸せな光景に私もつられて嬉しくなる。もう一口ソフトクリームを口に入れると、幸せの味が口いっぱいに広がった。
「ん〜〜おいしい! やっぱり皆で食べるおやつはおいしいですね。なんだか雅臣さんとこうやって出かけるのも久しぶりで嬉しいです」
「はは、そういえばずいぶんと昔にパンケーキを食べに行きましたね。懐かしい。こんなにおいしそうに食べてくれる人がいると、見ているだけでお腹いっぱいになりそうです」
「だっておいしいものを食べると幸せな気持ちになりますもん。あそこのパンケーキおいしかったなあ。ワタル君も今度連れて行ってあげるね」
ワタル君の顔を見て笑うと、彼がスプーンを咥えながらニヤニヤとこちらを見る。そのにんまり顔の意味がわからず小首を傾げていると、ワタル君がパッと椅子から立ち上がった。
「あ、オレトイレに行きたくなったかも。ちょっと行ってくるよ」
「一人で大丈夫? ここで待ってるからすぐに戻ってくるのよ」
「へーきへーき。じゃああとでねー」
立ち上がったワタル君がさっさと園の向こうに駆けていく。その小さな背中を眺めていると、雅臣さんがおかしそうに笑った。
「雅臣さん? どうしましたか?」
「いえ、あかりさんは本当に子供が好きなんだなと思いまして。五年生にもなれば一人で用を足せますし、迷子になっても自分でなんとかできますよ」
「あ、言われてみればそうですね。いつも一年生ばかり見ているからつい心配になっちゃって。今は私が母親役なんだから、私ももっとしっかりしなくちゃいけないのに」
「いえ、こんなに世話を焼いてくれる大人がいてワタルも嬉しいでしょう。本家の方ではこんな風にあの子に構ってやれる大人がいませんでしたからね」
「そうかな、私、ワタル君の力になれていたらいいんですけど」
「ワタルはこの家に来てからずいぶんと明るくなりました。あの子がいつも生き生きと楽しそうなのはあなたのおかげですよ。俺はあなたに感謝しています」
そう言いながら雅臣さんがスルリと私の手を取る。大きな手が温かくて気持ちいい。そういえば二人だけになる時間がほとんどなかったことを思い出し、私もゆっくり手を握り返して束の間の恋人の時間を楽しんでいた。
だけど十分経っても十五分経っても、ワタル君は帰ってこなかった。トイレはここからそう離れていない。さすがに心配になった私は不安気にあたりを見回した。
「ワタル君遅いですね……ちょっと見に行ったほうがいいでしょうか」
「そうですね、迷子になったとは考えにくいですが少し様子を見に行きましょう」
そう言って雅臣さんが立ち上がる。だけどトイレを覗いてもワタル君の姿はない。男子トイレから出てきて首を振った雅臣さんの姿を見て私はサッと青ざめた。
「どうしよう……もしかして誘拐? 犯罪に巻き込まれちゃったのでしょうか」
「まだそうと決まったわけではありません。園内にいれば必ず見つかります」
雅臣さんが力強い言葉をくれる。だけど手分けして探しても彼の姿はない。お土産売り場を覗いたり、他の遊具を探しても見つからなかった。迷子の案内ところにも来ていないと言われたとたん、私は不安のあまりその場にへたりこんでしまった。
「どうしよう雅臣さん……私が守るって決めて預かったのにこんなことになるなんて。環さんに申し訳ないです」
「そろそろ捜索願を出しましょう。俺が手続きをしてきますのであかりさんは座って心を落ち着けてください」
雅臣さんも焦りの色を浮かべながらスマートフォンを取り出す。だけど通報しようと画面をタップした時、背後からのんびりした声が聞こえた。
「あれー? 雅臣とあかりちゃんじゃない。こんなところでなにしてるの?」
「環さん?」
そこにいたのは環さんだった。ベリーショートの髪に大きなイヤリング。いつもの通りスキニーパンツをバシッとはきこなしている環さんがくるりとカールした目をしばたかせながら私たちを見ていた。その後ろでのんびりジュースを飲んでいるワタル君を見て私は目を丸くした。
「あ! ワタル君! そんなところにいたのね。もうすっごく心配したんだから!」
「へへ、ごめんごめん。せっかく来たんだからマサと二人きりにしてあげようと思ったんだ。どう? 久しぶりのデートは楽しかった? あかりちゃん、なかなかマサと会えないからさーオレからのささやかなプレゼン……」
だけどみなまで言う前に雅臣さんがワタル君の前に立つ。珍しく厳しい顔をしている雅臣さんに、ワタル君も目をしばたかせる。
「ワタル、まずはごめんなさいだ。あかりさんがどれだけ心配してお前を探し回っていたかわかるか?」
「ご、ごめん……オレ、そういうつもりはなくて」
「困らせるつもりがなかったとしても、お前は迷惑をかけたんだ。あかりさんとの時間が取れないのは俺の責任であって、お前が気を回す必要はない」
「う、うん。あかりちゃんごめんなさい……」
静かに諭す雅臣さんの声にワタル君がおずおずと頭を下げる。なんだか泣きそうな顔をしているワタル君を見て、私も彼の小さな身体をギュッと抱きしめた。
「あのね、ワタル君がいなかったら二人だけの時間も楽しめるわけないでしょう? 今日は三人でここに来たの。二人の時間はまた別のときにとれるんだから、勝手にいなくならないで」
優しく声をかけながらポンポンと背中を叩くと、ワタル君が腕を回してギュッと抱きついてきてくれた。ワタル君の後ろにいた環さんが腕組みをしたまま合点がいったように頷く。
「なんだ、そういうことだったの。せっかくだから二人だけにしてあげたってワタルが言うから二人とも承知していることだと思っていたけど、ワタルの勝手な行動だったのね」
「そういえば環さんはどうしてここに? 環さんも遊びに来たんですか?」
「だってあなたが連絡をくれたんじゃない。今度の日曜日に遊園地に行くから環さんもどうですかって。仕事があるから断っちゃったけど、意外と早く終わったから帰りに来てみたのよ。そうしたら中でたまたまワタルと出会って、そんでブラブラ歩いてたってわけ」
「あ……そういえばそうでしたね。すみません、すっかり忘れていました」
「でも私、なんだか感動しちゃったわ。二人とも真剣にワタルのことを考えてくれているのね……本家ではこんな扱いしてもらえないもの。姉さんも感謝してると思うわ」
「そういえばお姉さん……香さんの居場所はわかったんでしょうか。香さんの失踪した恋人もどこにいるかわからないんですよね」
「ええ、あなたの方もなんもわかってないのよね、雅臣?」
「そうだな……こちらの方でも目撃情報を漁っているが何の手がかりもなしだ」
環さんと雅臣さんの言葉にワタル君の表情が微かに曇る。いつも元気に明るく振る舞ってはいるけれど、きっと毎日心の中は不安でいっぱいなのだろう。ワタル君の体を抱きしめたまま優しく背中をさすってやると、小さな手が私の服をきゅっと掴んだのがわかった。
その時、ぴりりと鋭い音がして雅臣さんがポケットに手を入れる。スマートフォンを出して通話をし始めた雅臣さんが微かに眉をひそめた。
「あかりさんすみません、招集がかかりました。申し訳ないのですが、先に帰っていただけますか? この埋め合わせはまた別の機会にさせてください」
「私は構いませんが、雅臣さんは大丈夫ですか? 最近お休み中も呼ばれることが多くて大変ですね」
「最近同じようなトラブルがそこかしこで起きているんです。原因はわかりませんが、そのせいで人手が足りなくなっていますね」
雅臣さんの言葉に不安な気持ちが押し寄せる。お休み中の警察官が駆り出されるほど多忙なことと、ワタル君のお母さんが失踪していることは関係があるのだろうか。急いで出口に向かって行く大きい背中を見送りながら、私はきゅっと胸の前で手を握った。
※※
「ちょっとちょっと、また覚せい剤使用者ですよ。今月で何人目っすか〜!」
今しがた現行犯で逮捕した男の検査結果を見た江坂が悲鳴をあげる。一ノ瀬もひとまず交番で保護をしている男から事情を聞いているが、先程から焦点の定まらない目で何事かぶつぶつと呟いており、言っていることも要領を得ない。
おそらくこの男も検査をすれば覚せい剤の陽性反応が出るのだろう。交番の床で大の字になる男をなんとか立たせようと奮闘しながら一ノ瀬は内心でため息をついた。
(この界隈に売人がいるのだろうか……何にせよ、あかりさんやワタルが巻き込まれる前になんとかしなければ)
時計の針は深夜を回ろうとしている。長い長い夜の時間を思って、一ノ瀬は何度目かわからないため息をついた。
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