幕間 悲
玄関の扉を閉め、一ノ瀬はパチンと部屋の電気をつけた。シンプルに揃えられたモノクロの家具が出迎えるが、いつもより無機質に見えるのは自分の心がぐちゃぐちゃにかき乱されているからなのだろうか。それとも、最近ここによく来ていた明るく華やかな彼女の姿が見えないからなのだろうか。
まるで鉛のように重たい体を引きずり、ソファに腰を下ろす。そのまま膝の上で手を組むと、一ノ瀬はうなだれるかのように額を当てた。
住居侵入の容疑で追っていた女怪盗の正体が恋人だったという事実が一ノ瀬を打ちのめす。いや、薄々感じていたことではあったのだが、自分でも無意識のうちにその事実から顔をそむけたかったのだろう。彼女がそれを肯定してしまったことで、疑惑が確定してしまった。自分は今から、本格的に彼女を取り調べなくてはならない。
顔を上げ、何もかかっていない無機質な白い壁をぼんやりと見つめる。
心優しい彼女のことだ。おそらく、私利私欲の為ではなく何か切実な理由があったのだろう。だからこそ、自分は苦しいのだ。愛しい恋人を法のもとで裁かなくてはいけないことが。
働かない頭でこの後のことをぼんやりと考える。
まずは重要参考人として彼女から話を聞き、その証言をもとに証拠を集めて立証する。理由と件数次第では執行猶予つきになるか、そもそも罪に問われない可能性もあるだろう。
それでも勾留された事実は学校にも伝わるだろうし、学校側から保護者に説明もしなくてはならない。生徒に好かれている彼女が、犯罪者として子供達から心無い言葉を浴びせられているのを想像するのは辛かった。
結果として大事にならなかったとしても、あの優しい女の子を容疑者として扱わなければならないことは一ノ瀬にとっても苦しいことだ。つい先程までお互いにおしゃれをして、向い合って談笑していたのに、次に会う時は署の中で警察官と容疑者して彼女と対面しなくてはならない。その事実が、一ノ瀬を酷く打ちのめす。
微かに泣き声が聞こえた。
無音の空間に、すすり泣きの声が響く。声は背後から聞こえてきた。後ろを向き、真白い壁を目にして合点する。ちょうど背後の壁の反対側が、彼女の部屋の寝室なのだろう。
おもむろに壁に手を置き、親指の腹で優しく撫でる。彼女への思いがこみあげてきて、一ノ瀬は苦しげに息を吐いた。
この手の向こう側で、彼女が痛む心を抱えながら泣いている。体を小さくしてさめざめと泣いている彼女が脳裏に浮かび、抱きしめてやりたい衝動に駆られた。だが、自分達の間には決定的な隔たりがある。まるで目の前に立ちはだかる一枚の壁のように。
(あかりさん、俺はどうしたら良いんだ)
答えの出ぬ問いを壁の向こうに投げかけながら、一ノ瀬は涙に震える彼女の声をずっと聞いていた。
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