放課後の女怪盗
結月 花
第一章 女怪盗と警察官
第1話 怪盗ぴよぴよ仮面(2022/7/27改稿)
――学校が終わった夕方五時。私は時間を盗む女怪盗、ぴよぴよ仮面になる。
「おーほほほほ! ぴよぴよ仮面参上! あなたの時間を奪いに来たわ!」
そう言いながら私は自慢の身体能力を活かし、共有階段の踊り場から跳躍してみなと君の家のベランダにスタッと着地する。
みなと君の家は市営住宅の二階。よくある一般的な構造で、共有階段のすぐ横にベランダがあるので飛び移るのは簡単だ。誰かに見られたら間違いなく不審者だけど、運良く今日も目撃はされなかったみたいだ。幸か不幸かここら一体は共働きの世帯が多く、大人の姿を見かけることがほとんどない。高い木に囲まれた広場を囲うように建ち並ぶ公共の住宅街は、今日もヒッソリと静まり返っていた。
コンコンとベランダの窓を叩くと、家の中にいたみなと君が私の姿を見つけ、パッと目を輝かせる。彼は飛びつくように掃き出し窓に駆け寄ると、嬉しそうに鍵を開けてくれた。
「やったぁ! 今日は僕の所にぴよぴよ仮面が来てくれた!」
「ごめんね、お待たせ。今日は何して遊ぼうか」
「んっとね、一緒にゲームしよ!」
「いいわよ、中に入るわね」
そう言って私は招かれて家の中に入る。案の定、家の中は大惨事だった。
朝から下げられていない汚れた食器が食卓の上に置かれ、寝間着は床に脱ぎっぱなし。絵本やおもちゃも散乱していて足のふみ場もないくらいだ。部屋の隅に埃が溜まっているのを見るとあまり掃除機もかけられていないらしい。
みなと君は部屋の奥からコントローラーを持ってくると、一つを私に渡した。今流行りの物ではなく、三十年くらい前に出た古い古いゲーム機だ。良かった、これならプレイできそうと私は内心でホッとする。
百均で買った舞踏会っぽい仮面をつけ、指紋をつけないように黒い手袋をパチンとはめる。そして私達は一緒にゲームをプレイし始めた。
一時間ほどゲームをした後、私はゲームのスイッチを切った。どんなに楽しくても、ゲームは一日一時間。これは本職としても譲れない部分だ。コントローラーの線をくるくる巻きながら、私はキョロキョロと辺りを見回す。
「今日の夜ご飯ってどれ?」
「あそこにあるよ」
みなと君が指差す方を見ると、テーブルの上に菓子パンとコンビニのサラダが置いてあった。うーん、これだけでは小学生の男の子には物足りないかもしれないな。
「よし、今からご飯を作るからみなと君も手伝ってくれる?」
「うん、いいよ」
私が言うと、みなと君がコクリと頷いた。学校ではちょっとやんちゃ坊主だけど、家にいる時は結構素直だ。二人でキッチンへ向かい、冷蔵庫の中を確認する。みなと君の家は母子家庭でお母さんがとても忙しいのだが、彼に野菜を食べさせようとする意思はあるようで、野菜室にはそこそこの種類が揃っていた。
小さな人参一本とキャベツを何枚かもらい、ソーセージも二本ほど拝借する。家主にバレないように、もらう量は少量ずつが基本だ。野菜を洗おうとシンクを覗くと、シンクの中には昨夜食べたであろうコンビニの容器が汚れたまま溜まっていた。みなと君がちょっぴり恥ずかしそうに俯く。
「母さん片付けるの下手だから……」
「お母さんがみなと君の為にいつも頑張ってる証拠だね。みなと君もお母さんの為に頑張ろうか!」
私の言葉にみなと君が「うん」と言ってコンビニの容器を洗ってくれる。その隣で私は手早く野菜炒めを作り始めた。簡単にできるものだけど、ちょっぴり鶏ガラスープの元や持参してきたオイスターソースを入れたりして男の子が好きそうな味にしてみる。ジャッジャッと炒める音と共に、みなと君のお腹がギュ~と鳴った。
できたての熱々野菜炒めをお皿に盛り、向かい側に座ってみなと君が美味しそうにご飯を食べる様子を眺める。
「ぴよぴよ仮面は食べないの?」
「ぴよぴよ仮面は魔法でいつでもご飯が出せるから大丈夫だよ」
「ふーん」
みなと君の目が細くなる。さすがに小学一年生ともなるとこの手の嘘は通用しなくなってくるか。でも、お腹が減っていないのはホント。だってここに来る前に松屋で牛丼を掻っ込んで来たし、非常食にカロリーメイトだって持ってるもんね。
「学校楽しい?」
「うん」
「何が一番楽しい?」
「体育の授業。サッカーできるから」
「そっか。お勉強は?」
「勉強は算数があんまり好きじゃない」
「そっか。後で宿題やろっか」
みなと君と話をしながら壁の時計をチラリと見る。今は午後六時三十分。みなと君のお母さんが帰ってくるのは午後八時くらいだ。私は散らかった部屋を眺めながら、今からどこまでできるかを素早く頭の中で計算する。
「じゃあぴよぴよ仮面はお部屋の掃除っていう敵と戦ってくるから、みなと君は宿題をしていてね」
「えー宿題嫌だな。ゲームがしたい」
「コラ。そういうことを言う子の所にはもうぴよぴよ仮面は来ません!」
「えっそれは嫌だ」
みなと君が慌ててランドセルから算数ドリルを引っ張ってくる。机の上にドリルを広げたのを見ると、私は部屋の隅に置いてある掃除機に手をかけた。
ここからは時間との戦いだ。落ちてる衣服は脱衣所のかごへ、おもちゃやゴミは拾って片付け、時折みなと君のドリルを見ながら部屋中に掃除機をかけていく。汚れた食器やキッチン用品も洗い、生活するのに支障ない空間になった所で私はベランダの扉を開けた。
「もう行っちゃうの?」
「うん、お母さんが帰ってくるからね。また来るから安心して」
「うん……ホントは毎日来てほしい」
そう言うみなと君の顔は暗い。一人でお留守番ができる年齢になったとは言え、きっと寂しい日々を過ごしているのだろう。私はきゅっと唇を結ぶと、みなと君の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。ぴよぴよ仮面はいつもみなと君のことを応援してるからね。側にいなくても、ずっと見てるから」
「ほんと? 僕のこと見てくれてるの?」
「ほんとほんと。うん、それじゃまた会う時まで元気でね。……おーほほほほほ! あなたの時間は頂いたわ! また会える日を楽しみにしてなさ〜い!」
そう言って私はベランダに出て長い金髪を夜風になびかせる。最後にもう一度みなと君にバイバイと手を振ると、ヒラリと地面に飛び降り、すっかり暗くなった住宅街へ姿を消した。
※※※
「おはようございまーす」
「はい、おはようございます。今日も一日頑張ってね」
校門の前に立ちながら、目の前でいくつものランドセルが通り過ぎていくのを眺める。朝の風に吹かれて茶色の髪がふわりと顔にかかるのがくすぐったくて、私はそっと指で除けて耳にからげた。
辺りをぐるりと見回して大体の生徒が校門をくぐり抜けたのを確認すると、私は門扉に手をかける。そのままガラガラと門を閉めていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「あかり先生、おっはよう〜」
「あ、真木先生、おはようございます」
そこにいたのは同僚の真木先生だった。
私より二つか三つ年上の真木先生は、今日も明るい茶色の髪をゴージャスな巻き毛にしていて、メイクもバッチリ決めている。ギャルっぽい見た目だから保護者からの評判はあまり良くないみたいだけど、子供人気は抜群の先生だ。美人でサバサバしていて私にとっても頼もしい先輩。噂によると、六年生を担任している酒井先生を狙ってるんだとかなんとか。
仲の良い先輩教師の登場に顔を綻ばせていると、真木先生が「そろそろ時間ね」と時計を確認する。その言葉にハッとした私は、慌ててガチャリと門を施錠した。
校舎までの道を並んで歩きながら真木先生と他愛のないおしゃべりをする。と言ってももっぱら真木先生の愚痴や恋バナに突き合わされることが多いのだけど。
今日の話題は昨日惨敗した合コンの話だった。どうやら合コンの席に将来有望の研修医がいたらしいのだが、結局胸の大きい女の子に掠め取られたらしい。ムキーっと怒る真木先生を宥めるのは私の役目だ。
うんうんと適当に相槌を打ちながら話を聞いていると、真木先生が何かを思い出したように「あ」と声をあげてチラリと私に視線を投げた。
「そう言えばさ、最近子供達から変な噂を聞くのよね。知ってる? ぴよぴよ仮面だかぷるぷる仮面って名前らしいんだけど」
真木先生が露骨に私の胸元を見ながら言う。いやぷるぷるって……。
しかし真木先生の話す内容に心当たりがありすぎる私は、なるべく顔に出ないように小首を傾げる。
「なんですかそれ、聞いたことありませんけど」
「そっか、学年が違うからあかり先生は知らないのか。なんかね、仕事とかで親が遅くまでいないお家に入って勝手にご飯を作ったり掃除をしたりする怪盗らしいのよ。ぬらりひょんの上位互換みたいなやつね」
「ぬらりひょん……ですか。酷い、人を妖怪みたいに」
「ん? 何か言った?」
「あわわわわ何でもないです。でも本当にいるのでしょうか。ぴよぴよ仮面……なんだか胡散臭いですね」
「何言ってんのよ。そんな都合の良すぎる怪盗がいるわけないでしょ! 所詮他愛のない子供のうわさ話よ」
私の疑問を真木先生がバッサリと切り捨てる。良かった、まだぴよぴよ仮面のことを都市伝説か何かだと思っているみたいだ。私は内心でホッと胸を撫で下ろす。
「あーあ、私のとこにも来てくれないかなぁぷるぷる仮面。最近忙しくて帰宅が遅いからすっかり洗濯物たまっちゃって」
「真木先生、そんなお手伝いさんじゃないんだから……」
「あ、あかり先生も帰りが遅くなる時は気をつけなよ。これは噂じゃなくて本当の話なんだけど、最近この辺りで不審者が出てるみたい。これ、生徒にもちゃんと注意喚起しておいてね」
「わ、わかりました、ありがとうございます」
不審者か……と私は内心でひとりごちる。確かにこの辺りの地域はあまり治安が良くない。生徒を守る為にも、私も十分気をつけなくちゃ。
そうこうしているうちに、それぞれの教室の扉が見えてくる。私が一年一組で真木先生は二年生。この扉を開ければ、私は学校の先生になるのだ。
ペコリと会釈をして真木先生と分かれる。そして私は元気よく教室の扉を開いた。
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