Ⅱ おしゃまな客
今日もあの二人の客は一日をこの店で過ごすつもりでいるようだ……。
あれから半日が過ぎ、お昼になろうとしていた頃のことである。
「──すみませーん、コーヒーとチュロスをお願いしまーす」
「はい。かしこまりました……」
客の注文に答えつつ、私はカウンターで忙しなく焙煎した豆をミルで挽く……お昼時ともなると、あの二人以外にも訪れる客の姿はちらほらと見られ、店内は心地よい落ち着いた喧騒で満たされていた。
と、そんな時、入口のドアに取り付けられたベルがカラン、カラン…と小気味よく鳴り、また新たな客が入って来た。
「ようやくこられましたわ! この時をずっと楽しみにしてたんですのよ!」
「ええ。苦労してお屋敷を抜け出した努力が実りましたわね」
それは、二人の可愛らしい美少女だった。
一人は黒髪の褐色をした肌をしたラテン系、もう一人は明るいブロンドの髪に真っ白い肌の北エウロパ系である。
どちらも10代半ばほどの若さだが、いずれも目に見えて
高級店でもないこの店には、少々珍しい客層だ……。
それに、普通、ご令嬢なら付き人の一人や二人も一緒のはずなんだが……さっき耳に入った話ぶりだと、内緒でこっそり遊びに出てきたのだろうか?
「いらっしゃいませ。二名様ですね。どうぞそちらの席へ」
キョロキョロと物珍しそうに店内を見回す二人に、私はカウンターから声をかける。
「ありがとうございますわ。わたくし達、最近うわさのパンケーキをいただきに来たんですの!」
「うわさのパンケーキ、こちらにありますわよね?」
すると、黄色と水色ドレスのうら若きご令嬢は、テーブルの方へ向かうことなく、弾んだ声でそう尋ねてくる。
ああ、なるほど。それでこの二人はわざわざ家を抜け出してここへ来たのか……。
私はその質問を聞いて、
いや、最近、試みにコーヒーを加えたパンケーキというものをサイドメニューとして出してみたのであるが、これが意外と高評価で、街でも密かに話題となっているようなのだ。
特にご婦人の間では評判になっているようなので、このお嬢さん二人はそれを耳にして来てくれたのであろう。
「かしこまりました。では、パンケーキをお二つですね? お飲みものはいかがなされますか?」
いたく納得し、私はついでにそのまま二人から注文を取ろうとする。
「そうですわね……まあ! あなたは探偵さん!」
だが、黄色のドレスの少女は私に答える代わりとして、窓際の席の方へ目を向けると驚きの声をあげている。
見れば、その視線はあの若者に対して向けられていた。一方の若者は顔を背け、灰色の
「探偵さん! こんな所で会うなんて奇遇ですわ。あなたもいらしてたのね!」
だが、その目論みは崩れ去り、少女はその席に歩み寄ると無遠慮に声までかけてしまう。
「シーっ! 俺を探偵と呼ばないでください! そして、他人のふりして関わらないで! 今、仕事中なんですよお……」
すると、若者は仕方なく少女の方を振り返り、唇に人差し指を立てると、小声でそう頼みごとをする。
「お仕事!? じゃあ、また何かおもしろい事件を追っているんですの!?」
しかし、その言葉も裏目に出て、少女はむしろ興味を惹かれると、若者の願いも無視してさらに食いついてしまう。
「シーっ! 声が大きいですって! …ハァ……探偵には秘匿義務ってのがあるんすよう。詳しくはお話しできません……それより、イサベリーナお嬢さまこそ、どうしてここへ?」
「今、サント・ミゲルの街ではここのパンケーキが話題だと侍女達から聞いて、それでお友達と一緒に食べにまいりましたの」
再び声のボリュームに気をつけるよう釘を刺し、ひどく困惑した顔で尋ねる若者の質問に、他方、少女の方は眼をキラキラと輝かせながら、たいそう愉しげにそう答えた。
「ああ、こちら、わたくしの大親友、フォンテーヌ・ド・エトワールさん。お父さまはフランドレーン地方出身の貿易商ですのよ」
「はじめまして。フォンテーヌ・ド・エトワールと申します。事業の拡大を目指す父について、こちらへ渡ってまいりましたの」
「エトワール? ……っていうと
続けて水色ドレスの友人を紹介するラテン系のご令嬢に、その名を聞いた若者はちょっと驚いた表情を見せた後、よりいっそう嫌そうな様子で何やらぶつくさ不平を口にしている。
なんだか知らないが、どうやら過去に何かあったらしい……。
「にしても、よく総督が許してくださいましたね? お二人だけで来たんですかい?」
「お父さま達には内緒でこっそり抜け出して来ましたわ。ぜったい許してはくれませんもの。フォンテーヌさんの所もでしてよ。ね、フォンテーヌさん?」
「はい。今日は総督府へお邪魔してお茶会ということになっておりましたが、本当は二人で示し合わせて、以前よりこの計画を練っていましたの。門衛さんに見つからないよう荷車に隠れて脱出したり、なかなかスリリングでおもしろかったですわよ」
最早、諦めた様子で話につきあうことにした若者が尋ねると、少女達はやはりウキウキと弾んだ声で饒舌に答えている。
そうか……驚くべきことにも、こちらの黄色いドレスの少女はサント・ミゲル総督クルロス・デ・オバンデスさまのご息女イサベリーナさまか。少し前に新総督として就任するお父上について、このエレドラーニャ島へ渡って来たと聞いている。
で、もう一方の水色ドレスのご令嬢の方はそのお友達で、さっきの話だと、どこぞの裕福な商家のお嬢さまというわけか。
家柄も年齢も釣り合いのとれた二人、きっといい友人なのだろう……こんな風に、ちょっと大人に反抗してオテンバをしてみたいお年頃でもある。
「…ハァ……んなお嬢さま二人だけで出歩いて、また誘拐されても知りませんぜ……」
ご令嬢達の勇ましい冒険譚を聞くと、若者は
まあ、可愛らしくも珍しいお客さま二人の背景はだいたいわかったが、問題はこの〝探偵〟だという若者だ。
そんな探偵が、ここ最近、一日中、私の店に居座っているというのは……やはり、何か捜索でもしているのか? ただの人捜しならいいのだが、犯罪絡みとなると厄介だな……。
「イサベリーナさま、こちらの方は?」
密かに私が心配をしていると、フォンテーヌ嬢なる水色ドレスの少女の方が、興味深げな様子で総督令嬢に尋ねた。
「探偵のカナールさんですわ。探偵は探偵でも〝怪奇探偵〟とかいう、幽霊とか怪物とか、不思議な事件ばかりを専門に扱う探偵さんなんですわよ? わたくしも一度、恐ろしい魔物退治の場に偶然居合わせたことがありますの」
「まあ! そんなことがありましたの?」
親友に訊かれ、さらに興が乗った調子で答えるイサベリーナ嬢であるが、なんだかさらっとものすごいことを言ってくれている……総督令嬢という高貴な身分でありながら、どうやらそうとうにオテンバな娘さんのようだ……。
それに、なんだ? その〝怪奇探偵〟とかいうのは? 探偵というだけでも特殊な人種であるのに、ますますもって話が妙な方向へと進み出した。
不思議な事件だけを扱う探偵? 魔物の退治? いったい、彼は何が目的でうちの店にいるのだろうか?
「それに総督府からもいろいろお仕事頼まれてしてましてよ。そうそう! この前、わたくしがフォンテーヌさんのお船にお呼ばれしたあの日、なぜかわたくしが誘拐されたなんてお父さま達が勘違いをして、その時もこの探偵を雇ったみたいですの。まあ、探偵さんもすっかりその勘違いを信じちゃたみたいですけどね」
「違う! あれは勘違いなんかじゃ……まあ、いいや。今さらですし、蒸し返さないことにいたしやしょう……」
さらに続けるイサベリーナ嬢の説明に、思わず反論しようと口を開く探偵ではあったが、いい加減うんざりというような表情を作るとすぐにトーンダウンしてしまう。
「あ、ああ、あの時……そ、そんなこともありましたわね……おホホホホ…」
また、それを聞いたフォンテーヌ嬢もなぜか視線を泳がせ、どういうわけか気まずそうに誤魔化し笑いを浮かべている。
何があったのかは知らないが、どうやらこの探偵と総督令嬢はほんとに旧知の仲であるらしい……ならば、総督府から依頼を受けているというのも嘘ではないだろう。
最初はただのハードボイルド気取りな一庶民かと思ったが、その実、意外に油断のならない、なんとも得体の知れぬ人物のようである。
「……ん? ほら、店員さんが注文待ってますぜ? パンケーキ食いに来たんなら、俺には構わずにお二人で楽しんでくださいよ。抜け出して来たんなら、そんな時間に余裕もないでしょう?」
そうして私が彼の正体と目的をあれこれ推測していると、誤解した探偵がそう言って、飲み物の注文をするようご令嬢達を促す。
「ああ、そうでしたわね! 確かに油を売ってる余裕はありませんでしたわ。それじゃあ、パンケーキ二つにカフェ・コン・レチェを。お砂糖はたっぷりでお願いしますわ。フォンテーヌさんは?」
「わたくしも同じものでよろしいですわ」
「はい。かしこまりました。それでは少々お待ちを……」
厄介払いしたいという意図もあったのであろうが、その口車にまんまと乗せられた二人は私に注文の続きをし、先程、示した席の方へと向かって腰を落ちつかせる。
それを見て、ホッと一息吐く探偵の顔を一瞥すると、私は疑念を感じながらも、とりあえずご令嬢達のためにスペシャルなパンケーキを作ることにした。
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