番外編 園芸委員の夏 前編
風間書紀は、悠然とした姿で委員会室から出てきた。
農家の一人息子として並々ならぬ植物への愛を持つ彼は父親譲りの大きな肩をゆらしながら大股で歩く。
先月行われた臨時児童会選挙で美化委員長の役職を狙い出馬するも支持を集められず落選し、一番の不人気委員会との不名誉な呼び声も高い園芸委員長にいやいや就任した竹中委員長に対し、園芸委員の所管する業務の権限拡大と今年から始まった会社活動により混迷を極める経済活動への関与ではなく昔ながらの委員会活動の拡大を訴えていたところだ。
だがもとより落選し落ち込んでいる竹中は風間の雄弁に対し「ああ」とか「まあそうだね」としか言わず、あまり熱心さというものは感じれなかった。
そもそも園芸委員会は校舎周りに広がる小さな家庭菜園サイズの畑とプランター、中庭を縄張りとする委員会であり、旧大蔵委員会から分割されたとはいえ経済活動への強力な介入が行える準備委員会や他委員会の予算決定の権限をもつ財務委員会は言わずもがな、校舎全体の美化活動の名目でロッカー、机の強制的な査察、移動、生徒に対し掃除の強制を行う権限を有する美化委員、学校への持ち込みが禁止されている物品等を持ち込んでいないかなどの生徒への持ち物検査や、風紀維持のためと称して生徒内の広範な情報を収集している風紀委員に比べれば圧倒的に権限が少ない。
また旧大蔵委員会の立ち上げにともない優秀な委員は殆ど引き抜かれたため園芸委員会の企画力はガタ落ちしているのである。
「きみはよほど園芸が好きなんだな。」
委員長の竹中が風間に声をかける。
「ハイ、好きです。」
「きみは委員会に入った4年生の頃から熱心に園芸委員会の活動の幅を広げようとしていたらしいじゃないか。」
「はい。私は園芸というだけで他の委員会から軽んじられるこの現状に満足行きません。」
「半年前の中庭の所管を巡って美化委員会とやり合ったときもかなりの論戦を展開して園芸委員の縄張りにしてくれたと聞く。その調子で頑張ってくれたまえ。」
そういうと竹中は夕日が差し込む委員会室の自分の席から立ち上がり何をするでもなくぶらぶらと部屋の中を歩き始めた。風間はその様子をしばらく眺めていたが軽く挨拶して部屋をあとにした。
風間が目指すのは学校での園芸活動の盛り上げである。そのために園芸委員会の強力な指導のもと生徒を導く必要がある。それに先立つものとして委員会の権限拡大を進めていた。
竹中委員長との話にも出た通り半年前に風間は一書紀という立場でありながら児童会長、風紀委員長、美化委員長(当時は旧大蔵委員長は存在しなかった)に代表される児童会三大委員長相手に激しい論戦を展開。学年の差をものともせずに中庭の所管を手に入れたのである。
「そういえば中庭ってどの委員が担当なんだ?」
今となっては誰が言い出したのか明確ではないが、児童会定例会の際に誰かがボソッと呟いた一言をきっかけに権力に貪欲な委員会同士で縄張り争いが勃発。
図書委員、体育委員、放送委員などは論外として早々と縄張り争いから脱落、美化委員と風紀委員、園芸委員会の三つ巴の戦いとなったのである。
美化委員は
・我々は校内の美化活動を担当する委員である
・中庭は屋外ではなく校舎に囲まれている屋内である
との主張から中庭は自分のものであると譲らす、
風紀委員は
・我々は校内で生徒の立ち入りが制限される場所についてその管理を行っている
・中庭への生徒の立ち入りについては校則に記載がないため疑わしきは厳格にの精神で立ち入りを制限されているとの解釈が適当である
との主張を展開、ふたつとも人気委員会とだけあって優秀な委員のバックアップにより美化風紀両委員長は雄弁をふるった。
それにまったをかけたのが風間である。
当時の園芸委員長から「もう諦めろ」と言われたのも聞かず誰一人聞いたこともない校則や職員室で手に入れたメモ書きまで駆使した当人以外意味不明の論理を広げに広げ、時計の針が何周回ってもその攻撃を緩めなかった。精根尽き果てた美化委員と風紀委員が折れたときには日が暮れていたという。
それを境に貧乏委員、弱小委員と蔑まれプライドも折れていた園芸委員会の中で風間人気はカルト的になり、ミスター園芸委員と呼ばれるようになったのである。
「おう、やってるか?」
旧校舎の空き教室は会社制度が始まって以来複雑化した校内システム運営のため委員たちが政策の企画立案に使われている。そのうちの一つに風間ら園芸委員の数人が詰めていた。彼らは中庭というあたらしい縄張りでの政策を検討していたのである。
「あっ、風間書紀。」
簿冊から庭村が顔を上げる。常に汗をかきハアハア言いながら職務に取り組むその姿は委員会の中で機関車とあだ名されている。
「今中庭の測量が終わったところです。縦横長さ、面積、木の生えている位置すべてここに記載してあります。」
「うむ。それで例の政策は進んでいるか?」
「ああ、中庭開拓事業ですか。もちろん具体的なタイムスケジュールから職員会議への提出資料の作成等万事進めています。」
庭村がいう中庭開拓事業とは現在何にも使われておらず雑草と数本の木しか生えていない中庭の開墾し畑にしようというものである。また中庭からグリーンカーテンを伸ばし職員室や保健室に降り注ぐ夏の日差しを遮ろうというプランも含まれている。これには窓際の席に座り日光が直撃する教職員からの支持も得られていた。
「作付する作物、グリーンカーテンの予算、作業人員の人件費等も抜かるなよ。」
「もちろんです。」
その様子をみると風間は大きくうなずく。会社制度が始まってからの人件費などの金勘定に慣れない風間はそのほとんどを庭村にまかせていた。
庭村は件の中庭論戦以前から風間のことを慕っているいわば一番弟子であった。
「アッ、風間書紀来ていたんですか。」
「真木くんじゃないか。元気にやってるか?」
「ええお陰様で。」
真木は庭村と同期である。先日から準備委員会の方に出向しているが彼もまた園芸委員会を愛する人間の一人であった。
「準備委員会の仕事のほうはどうだ?」
「そうですね、園芸委員会よりよりマクロな視点で物事を見るのが新鮮です。我々園芸委員会は企画した政策を実施していくだけですが、準備委員会は現状を分析したうえで政策を検討、効果の検証まで行っています。伊達に優秀な連中が集められたわけではありませんね。」
「おい、真木お前準備委員会に鞍替えするんじゃないだろうな。」
唇に油を塗ったように喋る真木に庭村が釘を刺す。
「とんでもない、ぼくは園芸委員会の今後の活動のために彼らの働きぶりを観察しているのですよ。」
「ああそうだ。そのために俺が推薦して真木を準備委員会に送り出した。ほんとはずっと園芸にいてほしいんだがな。どうだ真木なにか変わったことないか?」
「そうですね・・・・5年生のほうではなにやら航空事業というのが始まるらしいですよ。」
「なんだそれは」
「なんでも教室と職員室の間のプリントのやり取りを中庭を介して行うらしいです。今まではぐるりと回って階段を使って行き来しなければなりませんでしたから。」
それを聞いた瞬間風間は自分の中の血液が沸騰するように思えた。中庭だと、それはおれたちの領分ではないか。憤怒した風間は真木に軽く礼をいうと思い当たる人物のもとへ歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます