中庭の航空会社編

第16話 中庭の郵便飛行機

ある日の授業中、中庭でぐるりと円を描きながら滑空する白いものが目に映った。

おや?と思いよく見てみるとそれは紙飛行機よりふた周りほど大きいサイズで、どうやら頑丈な画用紙で作られているらしい。

しかし授業中であったため席を立つわけにもいかず、それ以上のことはよくわからなかった。


「ふーん。そんなものを見たんだ。」


蓮はスプーンでカレーを口に運びながら返事をしてくる。僕の席にも給仕係の生徒がカレーを運んできたので食べながら話す。


「そういえば昨日噂を聞いた。2組で紙飛行機を使った会社ができたって。蓮はなにか知らない?」


「聞いたことないなあ。また調べておくよ。」


十中八九その会社がやっていることに間違いない、だが一体どのように収益化しているのだろうか?謎は深まるばかりである。


昼休みに入って噂の2組に足を運ぶとそこにはさきほど目撃した白い紙飛行機が数名の生徒によって丁寧に整備されていた。僕は顔なじみの会社の社長を見つけると彼に話を聞いた。


「へえ、あれでプリントを運んでいるのかい。」


「そうさ、おれらの学校は1階に職員室、保健室があるだろう。そしておれらの教室は3階にある。毎日の小テストや出席簿、健康観察簿を今まではいちいち人をだして運んでいたけどそれもこのクラスではあの飛行機で運ぶことにしたのさ。先生も顧客のうちさ。」


——なるほど。人力で運んでいたのをを空経由に置き換えただけでも立派な効率化だ。


「でも、職員室からプリントを運ぶときはどうするのさ。」


「それはまだできないみたいだな。ちょっとまっててくれ。おーい、木下さんこっちに来てくれ。YRグループの勇太社長が来てる。」


すると先程まで紙飛行機を整備していた女生徒が立ち上がり、優雅にスカートの裾を直す。


「どうもはじめまして勇太社長。わたくしKINOエアラインの木下ですわ。」


「はじめまして、、、木下社長。この機体はあなたが設計を?」


「ええ、わたし折り紙クラブの副部長もつとめていますの。今はより多くのプリントを搭載できる新型機の研究も行っていますわ。」


自慢げに指さしたその先ではさきほど見たのより大きな機体が折られている。


「しかし木下社長、僕にこんなに手の内を見せても良かったのかな?これでもYRグループはそこそこ大きな、それこそあなたたちの航空業界に参入することも可能ではあるんだが。」


すると木下さんはフッと唇を歪ませながら笑う。


「勇太社長、折り紙の経験は?」


「いや、あまりないが。」


「風洞装置は持ってらっしゃるの?」


「一体なんのことだか・・・」


僕のそのことばを聞くと彼女はオホホホと笑いながら距離を詰め、中庭を指差す。

そこには松の枝に突き刺さった、無残な飛行機がぶら下がっていた。


「あの松の木に引っかかって無惨に墜落した機体が見えるかしら?

あれは1組の村上グループの試作機よ。図体は立派に見えたみたいだけどわたしに言わせれば欠陥機よ。紙の材質、折り方、翼の設計ぜんぶ甘い、甘すぎるわ。彼の会社、何回やっても墜落するから諦めたようね。あの大きさのモノを作るのに膨大な画用紙、接着剤、人員を投入し事業化に失敗したなんて可哀想ね。」


「ご忠告ありがとう。これで覚悟が決まったよ。」


「あらそう、航空業界参入は諦めるのかしら?」


「——違うな。うちは独自に機体を作り、運航まで一貫してやる。参入は本気だ」


彼女は一歩近づき、囁くように言う。


「無謀な挑戦は身を滅ぼすわ。もし参入する気があるなら……うちの中古機体を“それなりの値段”で譲って差し上げてもいいけれど?」


僕は彼女の声を無視すると教室を出ていった。現状1社で独占している航空業界に参入する。それも村上グループも撤退した業界にだ。厳しい戦いになるだろうが絶対にやってみせるさ。



「で、勇太社長はうちに来たのね。」


YR理研の社長の向井さんにさきほどの経緯を話すと熱心に耳を傾けてくれた。

うちの会社で技術部門は彼らを除いてほかにいない。


「わたしたちもティッシュペーパーの再生とか再生紙の製造とか紙に関しては色々とやってきたけどあの大きさの紙飛行機製造の技術に関してはノウハウが全くないわね。」


「やっぱりそうか。」


「それに一つおもったんだけど、同じものを作って木下エアラインに勝てるかしら?」


「というと?」


「だって彼女たちはすでにそのサービスのノウハウも確立してるのにわざわざ新進気鋭でどこの馬の骨かもわからない私達の飛行機に大事なプリントを預けるかしら?」


「それもそうだな。なにか勝てるポイントを見つけないと。」


「とりあえず理研でも航空機の研究はスタートさせるわ。だから・・・」


「だから・・・?」


「もっと人員を増やして頂戴。チョークの製造だけでホントは手一杯なのよ」


「わかった、わかった。人員は増やそう。それに航空機のアイデアは僕のほうでも考えてみるよ。」


「じゃ、お互いがんばりましょうね。」


翌日にはYR理研の中に航空機研究部門が設立され研究が始まった。しかしなにも木下エアラインに勝てるポイントが思いつかない。どうすればいいんだ。

なにも思いつかないまま時間は流れていく。しばらく経ったある日の授業中、窓の外で蜘蛛がせっせと巣を作っているのが見えた。その瞬間、僕は脳裏にあたらしい航空機の形が浮かんだ。アイデアを手帳に書き込むと休み時間を待って理研の向井さんのもとへ急いだ。


「理研の研究はどうなってる?」


「今、最適な紙を探しているとこね。候補は割と絞れたから今日から強度の試験を行って・・・」


「いや、それならすぐに中止してくれ。」


すると彼女は途端に不満そうな顔になり文句を言ってくる。


「あのね、私達がどれだけ苦労したかわかってるの?そもそもあなたが言い出したんじゃないそれに・・・」


「追加の研究費だ。」


ポケットから札束を取り出して渡すと彼女は黙ってすこしバツの悪そうな顔をした。


「まあ・・・研究費はありがとう。でもなんで中止って?」


そこで僕は手帳を開き彼女にコンセプトを見せる。


「そもそも紙飛行機にとらわれていたのが間違いだ。中庭とはいっても所詮大きさはたかが知れている。わざわざ飛ばす必要はない。だからこれだ。」


そう言って手帳の中のロープウェーの絵を見せる


「紐で機体を吊ればいい。安定もするし何より滑車を使った動力伝達装置をワイヤーの両端につければ今までは不可能だった職員室から教室への帰り道の運航も可能になる。」


「たしかに・・・航空業界といわれたから紙飛行機にとらわれていたけどよく考えればこっちのほうが自然にものを運べるわね。」


「だから理研には今までの紙飛行機の研究は中止してこっちの研究をしてほしい。」


「でも製造難易度は正直紙飛行機より高いわよ。機械部品が存在するわけだし・・・機械部品を扱うノウハウは理研には少ないわ」


たしかにそうだ。理研も多少の機械部品の製造は行えるがそのノウハウはあくまで再生チョーク関連のもの。滑車を組み合わせた機構などは未知数なのだ。しかし蓮にこのアイデアを話したとき彼はそれを解決するのに最適な人材を見つけてくれた。


その時、蓮が後ろから声をかけてきた。


「それについては安心してほしい。塀くん、こっちに来てくれ。」


「どうもはじめまして。塀です。」


「ど、どうもはじめまして。あなたは一体・・・?」


「私は父が自転車屋を営んでいる家に育ちました。そこで父の手伝いをしているおかげか、我ながらこういう機械部品の扱いは誰にも負けないと思っています。なのであなた達の力になれると思います。」


「と、言うわけだ。YRグループでは今後研究と製造は分離させ、製造は製造部門の会社に任せるつもりだ。それに今後製造業の需要は拡大していくだろう。だからこの塀くんには新しい製造のための会社を任せるつもりだ。今回の航空機製造は理研と彼の新しい会社の共同事業として行ってほしい。」


塀くんと向井さんはお互い顔を合わせるとすこし照れくさそうに頷く。


「新会社設立に伴い今日の放課後臨時の株主総会を実施する。塀くんはそこで新会社の社長就任を決定したい。理研も新会社に出資してもらいたい。」


彼らと分かれたあと僕は株主総会に向けた準備に奔走した。資料は蓮が大方作ってくれていたのでそれを読み込み、塀くんにも新会社の概要を説明する。さらに大規模な会社再編を行うつもりであったのでそこについてもグループ幹部へ根回しを進めた。



放課後、株主総会のために借りた教室に続々と株主たちが入ってくる。受付では委任状も集計され人がごった返していた。

株主たちのざわめきが会場を満たす。


「蓮、いよいよだな。」


「ああ、YRは生まれ変わるんだ。」


軽く挨拶を済ませたあとちゃっちゃと議題の消化に移る。正直株は経営陣の僕と蓮で握っているので形式的な多数決だ。


「以上により塀くんの新会社社長就任の議題は可決されました。」


司会役の社員がそう言うと盛大な拍手が教室を埋め尽くす。まだ新会社名は発表していないので皆少しそわそわしている。


「では、僕から新会社の名称を発表したいと思います。『YR重工業株式会社』です。事業内容はさきほどの概要の説明の通り航空機の製造、また現在行っている再生チョーク関連の製造も一部引き受けます。」


おおおおお、との声が教室に広がる。今までチョークでもそうだったがうちでは製造は他の部門の社員が空いた時間に行うのが常であった。それがこれからは製造専門の会社が行うようになったのである。


「さらに最後の議題だ。我々YRグループ株式会社は持株会社へ移行する。新聞・週刊紙事業は分社化し、YR漫画と合併して YR出版株式会社 とする。グループ全体の経営資源を最適化し、人員を再配置する」


教室にざわめきが広がる。YRの収益の柱は今まで新聞や週刊紙であった。社員たちもそこに誇りを持っていたし新聞などはどんなに子会社が増えても本社から手放さなかった。だがこれから事業の多角化を推進していく中で新聞だけを“特別扱い”はできない。


そもそも新聞、週刊紙事業の人員は過剰である。すでに学年で飽和状態にある出版事業は経営が厳しくなっていきYRグループの売上も銀行事業にトリプルスコアで追い抜かれ、今は再生チョーク事業と同規模である。

本社の事業ということであぐらをかくことなく成長を続けてほしい。蓮と話あった結論がこれである。


「これからのYRは、事業の多角化と成長に挑む。——そのための再編だ」


「では採決に移ります。賛成の方は挙手をお願いします。」



YRグループは生まれ変わった。持株会社であるYRグループ株式会社には旧新聞、週刊紙事業から取材二課だけが残り、その名称は戦略企画部になった。

また子会社化されたYR出版は新聞の編集部にいた礼音くんが新社長に就任した。

こうして、YRグループは“出版・理研・銀行・重工業”の四本柱を抱える巨大持株会社へと生まれ変わった。



【現在のYRグループ】

YRグループ株式会社

└YR出版

└YR理研

└YR銀行

└YR重工業


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る