第19話
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「ええ、現地日時、西暦2038年7月23日15時54分。これより、わたくし永山哲也の、高橋博士及び田爪博士失踪事件に係る取材レポートの最終章をお送りします。ええ、動画記録機材は、昨日、ゲリラ軍の兵士たちに没収されてしまいましたので、音声のみのレポートとなりますが、ご了承下さい。――ゴホン。ゴホン。ええ、今、わたくしは第13戦闘区域を外れた所にある、とある建屋に来ています。ええ、ここは戦闘区域に隣接する非戦闘協定区域で、中にあるスラム街から少し離れた所にある山の中腹です。周りには鬱蒼とした木々の他は何も在りません。昨夜、会社に宛てたメールに添付した、わたくしのこれまでの取材レポートにあるとおり、昨日のインタビューの後、田爪博士が教えてくれた場所です。わたくしは彼の指示に従い、今ここに来ています。目の前には倉庫のような大きな建物が一棟だけ建っています。それでは、中に入ってみます。
博士より預かった鍵が……ああ、開きました。
それでは、中に入ります。
ええ、暗いです。ええ、中は、この建物の外観からしますと、結構な広さが予想されますが……。とにかく暗くて、何も分からない状態です。窓が……、どれも塞がれているようです。ええ、ライトがありませんので、イヴフォンのライトを手掛かりにしているのですが、どうも灯が小さくて……。どこかに室内灯のスイッチがあるはず……あ痛っ!
――くそっ、いってえ……。ああ、ありました、点けます。
ええ、電灯が点きました。
ええ、――あれ? ええ、中は思ったより狭く、テニスコート程度の広さでしょうか。手元の壁も、ん……ああ、こっちもだ。――足元の床も、どちらも、とても厚く補強されています。おそらく天井もだと思われますが、壁は強化コンクリートの上から……ああ、そうですね、カーボン強化コンクリートの上から、銅版やゴムシートが貼られているようです。こうして叩くと……かなり頑丈に補強されていることが分かります。
……。
ええ、そして、今、わたくしの目の前には一つの機械がポツンと置かれています。大きさは、そうですね、全長が四メートル弱くらいのものでしょうか。横に寝かせた卵のような形をしています。塗装はしてありません。周りには無数のケーブルが散乱しています。それから、工具、何らかの部品類、――ああ、こちらには沢山の鉄クズが在ります。それから、こっちに積まれているのは、ええと、小さく切り揃えられた鉄板ですね。A4用紙くらいの大きさです。んん……軽いです。おそらく、わたくしが見る限り、この機械の外装に使用されたものの残りか何かだと思います。ん……、よっと……、ああ、こちらの鉄板は、丁度、屋根瓦くらいの大きさですが、かなり重いです。ええと、『26lb』と記載された紙が挿んでありますね。どれも均等な大きさに綺麗に切り揃えられています。あ、これ、裏に何か刻まれていますね。ナイフか何かで刻んだものと思われます。ええと、これは……、現地の言葉ですが、翻訳しますと、敵たちは……、倒される、べきを望む……、いや、『敵どもよ、滅びるがいい』ですね。ああ、なるほど分かりました。この板の隅の方には、プレス機で刻印された南米ゲリラ軍のマークの一部が残っています。ですから、おそらく、これは耐核熱装甲戦車の外部装甲板か何かの一部ですね。そうか、彼は、田爪博士は、ここにゲリラ軍の武器や兵器のスクラップを集めていたのでしょう。そして、それらを使って、この機械を作った。このタイムマシンを。
ああ、そうだ。田爪博士について少しだけ。
大丈夫かな、バッテリー残量は……、うん、大丈夫だ。あ、そうか、O2電池だった。そんなすぐに切れるわけないか。失礼しました。つい、旧式バッテリーの癖で……。
ええ、田爪博士は、はたして、わたくしや皆さんが考えていたような人物なのでしょうか。正直、今の私にも分かりません。ただ、私があの危険なゲリラ支配区域から脱出できたのは、博士のおかげです。私が無事に解放されたのは、博士の口添えと、博士が署名して私に預けてくれた帰国保証書があったからだと思います。そして博士は、他にもいくつかの物を私に預けました。ええ、ここの地図と鍵、この機械の操作手順を記したメモ、そして、小型記録媒体。この記録媒体には博士が再計算したというAT理論の再構築モデルの論文と、修正したタイムトラベル理論、このタイムマシンの設計図、タイムトラベルの危険性についての指摘……ああ、それから、田爪博士の言われる、自身の『後遺症』についての医療記録、これは8年分だそうです……それから、クァンタム・ガン、つまり博士が使用していた『量子銃』の図面と、その危険性について記した文書ファイル、残留量子エネルギーの回収方法とその処置についての指南、それを応用した量子エネルギー生成循環プラントの設計構想図……ええと、たしか、これだけだったと思いますが……、これらの情報が電子ファイルとして書き込まれているそうです。
ええ、わたくしも、もしもの事態を考え、念のために、これらのデータのコピーを日本にメールででも送りたかったのですが、この記録媒体がどうやら相当に旧式の物らしく、わたくしも、これまでに見たことが無い物でありますので、この記録媒体に適合するインターフェースが手許に無く、中を開くことも、コピーすることもできませんでした。何とかして日本まで持ち帰りたいのですが、こちらの空港で間違いなく技術検疫に引っ掛かりますので、それは不可能だと思います。ですから、今、田爪博士から指示された方法を実施するべきではないかと考えています。ええ、それから、これです。田爪博士の毛髪。
ふう……。
ええ、昨日送った、昨日の博士へのインタビューの記録の末尾にありますとおり、博士は、これらの物を私に託し、私を解放しました。ああ、それと、この、博士の『量子銃』に付いていた『エネルギー・パック』も。博士が言っていた、このエネルギー・パックが不安定で、些細な衝撃で大爆発する危険があるというのは、わたくしを動けなくするための方便だったようです。いやいや、まんまと引っかかりました。ええ、それで、博士の言葉を信じれば、このエネルギー・パックは爆発の危険が無い訳ではないものの、博士の改良により相当に安定していて、よほどの強力な衝撃とその他の条件が揃わないかぎり爆発しないそうです。とは申しましても、爆発すれば核爆弾クラスらしいので、わたくしも、このパックと昨夜から昼夜を共にしてきましたが、正直、生きた心地はしませんでした。ですが、その恐怖とも、一応ここでお別れです。博士から預かったメモに、このエネルギー・パックをこのタイムマシンに接続する方法が記載されています。接続すれば安定するそうです。わたくしにできるかどうか、些かの不安もありますが、しかし、何とか上手く接続して、このタイムマシンを起動させ、これに乗って日本に帰ろうと思います。
田爪博士は、おそらく、自身が帰国するために、このタイムマシンを密かに造っておられたのでしょう。この点については博士も明言はされませんでした。しかし、タイムマシンや量子エネルギープラントに関するこれだけの知識と技術を有する人物であれば、この国に限らず世界中のどの国でも、国外への自由な渡航は許されないでしょうし、まして、量子銃を完成させ、量産していた人物ともなれば、おそらく幽閉されてしまうのではないでしょうか。だから、ここで密かに、10年の歳月を掛けて、このマシンを製造していたのではないか。わたくしは、そう考えます。このマシンであれば、日本からこちらに転送されて来るタイムマシンと同じように、日本までワープして移動できる。どこの税関にも、どこの技術検疫にも引っかかることも無く、出入国審査も無しで移動できます。だからと言って、ゲリラ軍の支配地域内で製造して、もし、そのことがゲリラ兵たちの知るところとなれば、ヤツら……失礼、ゲリラ軍は博士からこのタイムマシンを奪い、交戦相手国の一つである日本、いや、世界中のいずれかの国に、このマシンを使って攻撃するおそれがあります。マシンに兵士あるいは核弾頭、毒ガス兵器、細菌兵器などを搭載して相手国に転送すればいいからです。そして、そうなれば博士は、永遠にこの密林の奥地に幽閉されることになる。それで博士は、ゲリラ軍の支配地域からも、市街地からも離れたこの場所で、一人密かにこのマシンを造っていた。『時折、町へ出て行く』ふりをして。
――そうか。だから、ここにある鉄板の類は、どれも小さく切り揃えられているのか。
ええ、スラム街では、壊れた戦車やヘリ、ロボットの残骸などから、こうやって、その装甲板や部品を加工して、建築資材にしたり、生活家電を作ったりしています。
わたくしが思うに、これらの鉄板も、実際に屋根瓦や床材として、スラムで出回っている物なのでしょう。これなら、博士1人でも車に積んでここまで運べる。少しずつ運び、少しずつ組み立ててきたのかもしれません。10年かけて。このエネルギー・パックに残留エネルギーを少しずつ貯め続けたように。その根気強さと執念には感服します。
――そうか。旧式の記録媒体に情報を隠したのも、ゲリラ軍の連中に知られないようにするため……なるほど。
ええ、わたくしも、ここへ来て、これらの光景を見るまでは気付きませんでしたが、そこまでして博士が帰国しようとした理由は……、もちろん、タイムトラベルの修正理論や副作用などを日本に伝える使命感もあったのかもしれませんが、わたくしが推測するに、――これは記者として何らかの根拠がある訳ではなく、ただ、あの時の博士の目を見て、1人の人間として感じることですが……、その目は悲しく、懺悔の思いに満ちていたように感じられた訳ですが……、おそらく……、いや、絶対に、残された田爪夫人、瑠香さんに会いたい、ただその一心だったのだと、私は思います。しかし、博士は……。
――報告を続けます。
先月、田爪健三は、あの処刑の儀式で、その自らの手で、自分の配偶者・田爪瑠香を殺めてしまいました。そして、その瞬間、彼にとって全てが終わったのかもしれません。
なぜ瑠香さんがあそこに転送されてきたのか、転送されてしまったのか、その事情は僕も聞いてはいますが、帰国後にもっと詳しく調べてみようと思います。いえ、明らかにしなければなりません。とにかく、このことが無ければ、今ここに、こうして立っていたのは田爪博士だったはずです。しかし、実に悲しい事故、いや事件ではありますが、これが10年間にも及ぶ一連の殺人事件の一つであることを、私たちは忘れてはなりません。田爪健三は、その後も、わたくしの目の前で2人の成人と2人の未成年者を殺害しました。確認は取れていませんが、先月の搭乗者たちも殺されているはずです。だとすると、彼は瑠香さんの一件の後も悪魔の儀式を続けたことになります。タイムマシンから量子エネルギーを抜き取るために。彼は、自らの欲求のために他人の命を犠牲にしてきた大罪人なのです。しかし、このおぞましい儀式も、もう二度と行われることは無いでしょう。今朝の会社からの連絡によれば、わたくしが送った昨日のメールと、それに添付した博士との会話記録が、仲間の記者たちの尽力により何とか政府に伝わったとのことで、予定していた夕方のタイムマシンの発射がギリギリのところで中止になったそうです。また、タイムトラベル事業の凍結を政府が発表したとも聞いています。今、このICレコーダーに録音しながら、同期させたイヴフォンで日本に送信している、この最終取材レポートが復元され、記事として皆さんのもとに届く頃には、政府の内部で責任追及が始まっていることだろうと思います。もし無事に帰国することができれば、是非そのあたりについてもしっかりと取材のうえ、皆様にご報告したいと思います。
とにかく、今後、タイムマシンが日本からあの処刑場に転送されることは、これで無くなりました。そうなれば、ゲリラ軍は戦闘に必要な物資の補給を絶たれます。そして、田爪博士は『必要な人間』ではなくなる。ただの敵対国の人間であり、彼らにとっても危険な知識を持った科学者でしかなくなる……。ええ、そういったことを覚悟してのことか、それとも、瑠香さんのことで自暴自棄になったのか、博士はこのエネルギー・パックを私に渡したので、博士のあの銃は、もう使えません。おそらく、博士は死を覚悟しているのでしょう。いや、もう既にタイムトラベル事業凍結のニュースは世界中に配信されているはずですから、それを知ったゲリラ兵たちに殺されているかもしれません。昨日のインタビューの記録にあるように、博士は自分が本物の田爪健三であることを証明するために、DNA鑑定用の資料として、この毛髪をわたくしに渡しました。しかし、これは、もしかすると博士の覚悟の表れだったのかもしれません。
ああ、それから、今、ポケットから高橋博士の写真が出てきましたので、高橋博士の件についても、少し述べます。
ええ、これまでのわたくしの、高橋諒一博士の消息を追った別の取材レポートは、3日前までに社に送り続けたメールのとおりです。ここではその総括のために、概略のみもう一度述べます。ええ……、わたくしがこの国に入ってから三ヶ月ほどになりますが、これまでに高橋博士の有力な目撃情報は得られていません。当初、高橋博士あるいは田爪博士を見たという、いくつか不確かな情報があり、わたくしはこの国で取材を続けたわけですが、たしかに数件の目撃談があるものの、どれも信憑性のあるものではありませんでした。詳細はご報告のとおりでありますが、田爪博士によれば、高橋博士は第一実験による転送により、ここに飛ばされ、その後すぐに死亡したのではないかとのことであります。しかし、わたくしの個人的意見としては、政府ならびに各国の協力のもと、高橋博士の消息の調査は継続するべきものと考えます。願わくは、博士が生きておられ、この取材レポートか、わたくしの記事が博士のもとに届いて欲しいものです。是非とも、残されたご家族のために生きて帰国して下さい。高橋博士。
さて、それでは、これから、わたくしは田爪博士の指示に従い、このタイムマシンを起動させることに挑戦したいと思います。
田爪博士の話では、このタイムマシンは、田爪博士が改良を重ねた新型機であるそうです。AT理論の問題点を再検討し、タイムトラベル理論を修正して、設計を根本から見直したと言っていました。
ええ、いま、搭乗口のハッチを探していますが、ああ、ここか。分かりました。右の方に開閉レバーがあるということですが……ああ、はい、これですね。
――よっ――
開きました。では、機体の中に入ってみます。
ええ、中は、すごく狭いです。わたくし1人が……やっと……入れるくらいの広さですね。色々な機器類が剥き出しとなっており、犇くように……ああー、これはキツイ。うーん。ちょっと出ます。――いやあ、おっとっと。
さてと、まずは、このエネルギー・パックの接続です。ええ、博士から指示書きを貰っているのですが、えーと、なになに……。ああ、あのシートの下か……もう一度中に入ります。よっ。ほっ。ゴホン。ゴホン。
ええ、いま、わたくしは、この狭い空間で、シートの下に潜り込んだ体勢で、膝から下は機外に出したままという、非常に難儀な姿勢でお伝えしています。多少、お聞き苦しいかもしれませんが、どうぞ、ご理解ください。
ふー。どれどれ。これをどかして、ここを手前に引く。なるほど。開いた、開いた。ええ、動力系統のカバーが開きました。この機械のエンジン部分らしき所が見えています。
ええ、まあ、何と言いますか、わたくしの印象では、パッと見た感じでは……、はっきり言って訳が分かりません。AI自動車の超電導エンジンとは比べ物になりません。何が何の機械なのか、さっぱり分かりません。
ええっと……。あれ? これ、ドライバーが要るなあ。どこかにドライバーが……、ええーと、ドライバー、ドライバー……ああ、あった、あった。
それでえっと。まず、どうするんですかね、えーと、あ、ここを外してっと、んで、これを、こっちに引き出す。うん、いいぞ。アレ、博士のメモはどこにやったっけ、ああ、あった。それで、ええっと。ふん、ふん。この青い線かな、ええっと00173……これも0017……うん、これだ。これを、このパックの陽極にセットする……か。よーきょく、陽極、陽極、あれ、どっちだっけ。んーと、こっち……だよな、多分。こっちに繋いでみると……危ねっ、何だ、火花が出るじゃないか……。逆か。こっちで正解なんだな。ここに繋いでと。
そんで、どうするんだったっけ。メモ、メモ……。ああ、このパックの……こちら側を下にして……こうかな。そして、ゆっくりと、ここに差し込む。うん、はまるぞ。
はい。オーケー。ふう。そんで、元通りに蓋を閉める……と……大丈夫かな……。よし。大丈夫だろう。一回、外に出るか。よっ。よっ。イテッ。くっそお。狭いっちゅうの。おお、痛い。ああ、シートを戻しとかなきゃな。よいしょっと。
ふう。まずは、ここまでは成功っと。よっと。ふう。ふええ。狭いなあ。頭を何回……ああ、コブができてるじゃないか。チクショウ……。
ああ、いかん、いかん、レポート、レポート。
ええ、たった今、田爪博士から預かったエネルギー・パックを接続し終わりました。かなりの難解な構造のメカでありますが、博士の指示書に従って、ええ、わたくし永山哲也は比較的スムーズに接続を終了することができました。では、これより、もう一度マシンの中へ乗り込み、いよいよ、主電源をオンにしたいと思います。
よっ。ククッ。狭い……。よいしょっと。
ええっと、私と田爪博士の身長差は、かなりありますので、たぶん博士の身長に合わせて設計されているこのコックピットは、かなり狭く……うう、腰が……。
ええと、主電源、主電源っと。主電源はどれですかねえ。ええっと……。ん、これか? 横に緑色の……ああ、コレか。
では、これより、電源を入れます。わたくし永山哲也の、少ない理科知識を結集して実施した、渾身の接続工事が成功していることを、どうか、お祈り下さい。
では、レバーをオンにします。オンッ!
……。
あれ。何で? なんだよ、おかしいなあ。書いてあるとおりに繋いで……ん?
おおっ。びっくりした。
ええ、ただいま電源が入り、お聞きのように、この機械の各部が、順次に、けたたましい機械音を発しております。どうやら成功したようです。田爪博士が設計し、製造した、この世界最新の改良型場所的時間的転送マシン……で、いいんだよな。――ま、いいか。――ええ、とにかく、この世界最新式のタイムマシンに、今、わたくし永山哲也が命を吹き込みました。なんという、感動的なことでしょう! パチパチパチパチ。
そんで、次は、何だ。ええっと……。ああ、ここの画面に入力か……。ちょっと、これは動けないな……シートを少し後ろに……。まったく、面倒くさいな。よいしょっと。
それで……この画面で、エンターキー。こういうのが苦手なんだよな。それから、ここにカーソルを動かして……だよな。うん。よし。次はコレを二回……。そうすると暫くして……はい。はい。はい。そして、タブ、もう一回タブ。なるほど。で、ここに、数値を入力だな。ええっと、ここに、僕の体重プラス0.25928か……。昨日の晩に計った時のメモが……あった、あった。ええっと、これに、足すことの0.25928……間違わないように正確に、これに、プラス、ゼロ、コンマ、ニ、ゴ、キュウ、ニ、ハチと。んん……。この数値を……入力して……よし。エンターっと。
ええ、ただいま、博士より指示のあった数値を全て入力し終わりました。あとは、今、わたくしの目の前にある、このボタンを押せば、この機体と共に、私は日本に転送されるようです。これにより、博士より預かったものを、税関や技術検疫にかかること無く、日本に持ち帰ることができます。
ええ、それから、博士によりますと、空間移動に伴う生体的副作用については、新方式の防御装置を組み込んであるので、かなり軽減されるとのことであります。しかし、それは比較論でありますので、あまり期待は……。
ええ、また、着地地点については、現地に出現後の、この機体の安全と周辺環境への影響を考慮し、現在、広大な更地となっているタイムトラベルの初期実験場の跡地、つまり『爆心地』に設定されているそうです。ご承知のとおり、そこは2025年9月28日の南米ゲリラによる核テロ攻撃以降、半径数キロ圏内は立ち入り禁止区域に指定されていますので、万が一の事態が起こっても犠牲者を出さずに済むはずです。――私以外は。
ああ、今、自動でハッチが閉まりました。いよいよ出発の時です。
ええ、その前に、先程も少し言いましたが、この今日の分のレポートは、録音しているICレコーダーと同期させた私のイヴフォンを使って、衛星回線を通じて直接、我が社の方に、電子メールの自動添付方式、リアルタイム二ギガバイト単位で順次送信されているはずです。ここは戦地ですので、スーパーエシュロンにより通信が盗聴されている可能性があります。したがって、このように分散暗号方式で送るしか方法がありません。届いた圧縮データを会社の方で速やかに復元していただくことを願います。
それから、昨日は、さすがに地下300メートルのコンクリート遮蔽の中からは、衛星まで電波が届きませんでした。妨害電波も発せられていたようですし。もし、あの時、今と同じように、博士とのやり取りをリアルタイムで送信できていたなら、私の目の前で犠牲になったご家族を救うことができたのではないかと、悔やまれてなりません。音声メールを通じてではありますが、もしかしたら、これが最後の通信となるかもしれませんので、ここで改めて、あのご家族のご冥福をお祈りさせていただきます。どうか天国で、ご家族で安らかにお眠りください……。
以上、ここまでを、わたくしの『高橋博士及び田爪博士失踪事件』にかかる取材レポートとさせていただきます。したがって、ここまでが、この事件にかかる現地取材レポートのフルバージョンであるとご理解ください。
なお、このレコーダーはこのタイムマシンの中に置いて、日本に到着して、わたくしが救出されるまで、自動録音スイッチをオンにしたままにしておきます。これから起こる全てのことを最後まで記録するつもりであります。この録音スイッチを自らの手でオフにできることを祈ります。どうか、神のご加護がありますように。
西暦2038年7月23日16時27分。記者、永山哲也。
……。ふう。……。
さてと。行きますか。
由紀、父さんは必ず帰ってくるからね。祥子、待ってろよ。
あれ、くそっ涙が……。は、は、は。情けない。
フーッ。……。フーッ。……。フーッ。……。
――っよし。発射ボタンを押します。
……。
フーッ。……。フーッ。……。フーッ。……。
――よっしぁ。発射ボタンを押します。
……。
フーッ。……。フーッ。……。フーッ。……。
せやっ! 発射ボタンを押すぞ!
――って、無理!
だあ、無理だわ。やっぱり無理だ。これ、危ないよ。どう考えても、絶対に危ない。
たしかに、単なる好奇心としては乗ってはみたいし、搭乗の体験記事を書けば、ピュリッツァー賞は間違いないと思う。でも、なんかなあ……うーん――……。
よし、決めた。由紀、祥子、父さんは飛行機で帰ることにします。
……。
んー。しかしなあ。それでいいのか……。博士から預かったこの情報は、日本だけではなくて、人類にとって大事な情報なんだよな。さて、どうするかな。普通に民間旅客機で帰国した場合、博士の毛髪は持って帰れるとしても、設計図なんかが入っているこの記録媒体は無理だよな。ほぼ確実にこっちの空港で技術検疫に引っかかるな。国際郵便も無理だしな。やっぱり、こいつで転送するしか方法なしか……。でも、この機械、ヤバそうだしなあ。
――ん、待てよ。送ればいいじゃないか。
郵便みたいに送れば。何も僕が乗らなくても、この記録媒体だけ乗せて……あ、そうか。さっき僕の体重を入力したんだよな。これ、博士に言われたとおり、この記録媒体と博士の髪を持って、靴も履いて、この服装で、財布もポケットに入れたまま、昨日、ホテルで厳密に計った数値だからな。これって何か、転送に際してものすごく重要な気がする。うん。やっぱり、僕が搭乗していないと駄目ってことか。ふう。困ったな。さて、これまた、どうするか……何かいい手は無いか。何か……ん? ははーん。いい手があるぞ。なるほど。僕は天才かも……。
おおうっとっと。何だ、揺れだしたぞ。
ゴホン。あー、あー、あー。ええ、という訳で、急遽ではありますが、予定を変更いたしまして、田爪博士より預かりました小型記録媒体のみを、このタイムマシンでそちらに送ることにいたします。わたくしのICレコーダーも、このまま乗せておきますので、音声だけではありますが、転送の瞬間を内部から記録した貴重な資料となるでしょう。どうぞ、このICレコーダーを見つけた方が録音スイッチをオフにして下さい。ええ……以上、永山哲也でした。
――。
よっ。よいしょ。急がないと。あれ、これ、どうやって開けるんだ。まさか、もう、外に出られないんじゃ……ああ、開いた。
よっこいっしょっと。
――。
ほっ。よっ。っと。ふー。
――。
せえっのっと。ふん。ふー。はぁ。はぁ。はぁ。
えーと、あと、二枚だな。――よいしょ。それっ。
んー。よし、これでオーケー。ふー。
それから、これは記念にっと。
いや、やっぱり、耐核熱装甲戦車の外部装甲板って重いな。ふー。でも、まあ、これで僕の体重と同じくらいの重量にはなっているはずだ。あとは、この乗降口のハッチを半ドアにして、この長い棒で……、よっ……、ハッチの隙間から……、発射スイッチを……押して……、素早く離れるっと、よし、セット完了。
では、日本で会いましょう。よっ」
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