第2話-アイドルストーカー
「おはよう」
朝のエントランスで待つこと数分、美冬と琉亜が扉の向こうからやってきた。
「一花、おはよう」
「おはよ」
私達はそのままマンションを後にした。
こんな朝の日常を繰り返して約一週間が経ち十月に入った。蝉の声も完全に途切れてしまって、夏が遠ざかったかのようにも思えた。
あの気持ち悪いラブレターも最近は見ることが無くなって、少しだけホッとしている自分が居た。今まで以上に一人になる時間が減ったから、きっと盗撮をするタイミングも無くなったんだと思う。
学校に着いて琉亜が美冬を教室に送るから、そのおこぼれを貰いつつ私も一年D組に辿り着いた。
「「おはよう」」
私と美冬は言い捨てのような挨拶をクラスメイトに投げて、いつも通りの席に鞄を置いた。
「暑いわね」
「そうだね~」
美冬はシャツの襟元をパタパタとしていた。その時に見える彼女のうなじと首元がチラリと見える。めっちゃ色白で柔らかそうだった。
琉亜はそんな彼女に触れることを許されているわけで、そう考えると女の私ですら羨ましいとすら思う。
でも、あんまり進展が無いって美冬が言ってたのは覚えてる。彼女も進展が無い事に不満が無いとは言っていたから、そんな状態では進展があるはずはない。
私も業種的にスキンケアが必須だからしっかりとしてるけど、ここまでもちもちに見えるのは羨ましい。
「美冬、めっちゃ見られてるからそれ」
男子の視線が美冬に集中してたのに気が付いて、こそっと耳打ちする。
「……はあ、面倒よね」
彼女は死ぬほど面倒くさそうな表情を作ってからパタパタするのを止めた。
「まあ、美冬って綺麗だからね」
「ありがと。でも、このタイミングで言われても嬉しくないわ」
「だろうね。……そんなに暑い?」
彼女は机に溶けるように突っ伏していた。
「机が冷たくて気持ち良いのよ」
「そ、そっか。良かったら、何か飲み物買ってこようか?」
「えぇ? ……後で買いに行くから大丈夫よ」
「私が買いに行くから良かったらって」
「……冷たい緑茶で」
「は~い」
この校舎には一階に自販機がある。軽い足取りで階段を降りて自販機の前に立った。
がちゃんがちゃん、銀色と銅色の硬貨を入れていく。美冬に頼まれた緑茶と私が好きな炭酸飲料がガッコンガッコンと自販機の口に落ちてきた。
……なんか、視線を感じる気がする。
さっさとペットボトルを取り出して私は自分の教室に戻った。
それから数日が経ったある日。
「……また、みたい」
私は朝に来て、入っていた手紙を見つけてしまった。
「手紙?」
「うん」
美冬の問い掛けに素直に頷く。
「お手洗いに行きましょうか」
「……ありがと」
手紙を他の人に見られないように服の下に仕舞って、私達は教室を後にした。
「中身は?」
お手洗いに人が居ない事を確認して美冬は口を開いた。
「……今から見る」
彼女が見てる前で堂々と手紙を開封する。うぇ……やっぱり、写真が入ってる。気持ち悪……
「この写真に写ってるの、一階の自販機よね」
「これ多分、この前に美冬の飲み物を一緒に買った時だと思う」
確かにあの時、誰かからの視線を感じた気がした。多分そういう事なんだと思う。多少なりとも冷静に物事を考えられるのは、今回が初めてじゃないから……だと思ってる。
「手紙の内容は?」
「ん……こんな感じ」
典型的なストーカー野郎の手紙だった。彼女に文章を見せた。
「よくも来なかったなって書いてあるわね」
「めっちゃざっくりと要約したら、そんな感じだね」
要らない文を全て読み飛ばして彼女はそう言った。
「警察に被害届け出そうかな」
「そうしたら? ストーカー規制法って手紙とかでも動いてくれたはずよね?」
「だけど、それで解決できるかは別問題」
「それはそうね」
警察に被害届を出して、その上でこっちでも色々とやってみないと解決は出来ないと思う。結局こういう話の解決って、物理的に無理だったら警察も無理なんだよね。
「でも、あの一瞬で撮られるなんてあるかしら?」
「でも、あの一瞬以外で一人で行動した事も無いよ」
「……ってことは、私達のクラスの人?」
美冬のその言葉は私も考えていた可能性だった。だって、私が教室から離れて一人で移動した事を知っている人間じゃないと、一階の自販機まで追い掛けてくるなんて有り得ないし、出来ないはずだ。
それってこのクラスに居るか、もしくは、教室の外で私が出て来るのを待ち構えるくらいしか方法がない。……と思ってるけど、結論を出すのが早過ぎる?
「人を疑うのはちょっと早過ぎると思う」
「じゃあ、クラスメイトへの疑いを早めに晴らしておいた方が良いと思うけれど?」
「まあ、確かにそうかも。でも、そんなに簡単に出来ないよ」
「……そうよね」
美冬は顎に手をやって、本当に真面目な顔をして考え始めた。
「……ねえ、誘き出してみる?」
「え?」
誘き出すってどうやって?
「一花が一人で教室から出る時間を増やして、私がその間に教室を観察すれば、その時に誰が出て行ったかはわかるじゃない?」
「な、なるほど」
囮になれって言われてるのかと思って、ちょっと焦ったのは内緒。
「どう?」
「やる」
美冬に手伝って貰って、犯人捜しを始めることになった。
それから更に数日が経った。
また、手紙が机の中に入っていた。今回は朝の時間では無くて、二限と三限の間にそそくさとお手洗いに移動した。
「どう?」
「……何枚もある」
前の手紙の時は自動販売機でペットボトルを買ってる私が写っている一枚の写真しかなかったけど、今回は合計で五枚の写真が同封されていて、けれど、写っていたのはどれも自動販売機でペットボトルを買っている私だった。
それは私が一人で行動するのを飲み物を買う時だけにしてるから、だと思ってる。その予想が犯人の意図と同じかをストーカー本人に聞いたわけでは無いからわからないけど。
「これは昨日の貴女ね」
「これは一昨日の私」
写真を見た時に何時の私かわかりやすくする為に、毎日違う色のニットベストを着ていた。
「で、誰が私が外に出た時に外に出てたの?」
「可能性があるのは三人、ね」
「……誰?」
美冬曰く井上正明、海津亮、藤岡康の三人らしい。三人とも私には心当たりが無かった。
「この後、どうしたら良いと思う?」
「まずは、その時のアリバイを調査した方が良いわね」
「それをそもそもどうすれば良いのかわからないってば」
アリバイの調査とかやった事が無いからわからないし、それって素人に出来るものなの?
「そうなのよね。私もクラスメイトと仲が良いわけでは無いから……」
彼女も困った顔をしていた。
これがクラスの中に味方が多かったり、ある程度仲が良かったりしたら、もうちょっと楽なんだと思うけど、急に私や美冬みたいな目立つ人が普段関わらない人に話し掛けたら、間違いなく変な目で見られるのは間違いない。
もし犯人がクラスメイトなら、こうやって美冬と会議している事に勘づいている可能性もある……と、私は勝手に思ってる。
「それについては、また後で考えましょうか。今の生活を暫く続けて、もっと絞っても良いと思うし」
「そうだよね。こうやって、写真を送って来たら逆に絞りやすくなるよね」
「ええ。それよりも、これらの写真がどの位置で撮られてるのかを見に行かない?」
「今?」
「ええ」
そうと決まれば授業の合間で時間が無いから、私達は軽く小走りになってお手洗いの外に出た。なのに、外に出た瞬間、美冬が私の手を思いっ切り掴んで足を強引に引き止めた。
「ど、どうしたの?」
「良いから、黙ってクラスに戻って」
「……わかった」
美冬の真剣な声音に何があったのかを聞く事すら出来ないまま、授業の合間で賑やかになった教室に戻ってきた。
「……なんで?」
「藤岡が廊下に居た。もし、勘づいて観察してたんだとしたら、今行ったらヤバいって思ったのよ」
「え、気が付かなかった」
「私が偶々気が付いたってだけよ。この写真の位置、私達が確かめるのは危なさそうね」
「それは、相手に勘づかれるって意味で?」
「もちろん。というか、誰が犯人かはわからないけれど、私と貴女がコソコソやってるのは気になってるはずよ」
でも、そんな事を言い出したら何も出来ないんじゃ……
「この話、別の人にしても良い?」
「舞とか?」
「そう。今度何かご馳走するって言えば、聞いてくれると思うのよね」
「……お願いしたいかも」
少しして教室にやって来たのは琉亜だった。美冬は今日はもう使わない教科書の間にストーカーから送られてきた手紙を挟んで彼に渡した。
「舞さんに」
「ん、わかった」
言葉数は少なかったけど、きっと伝わったであろうことはわかった。
「出来ることはこれくらいかしら?」
「ごめん、美冬に任せっ切りで」
彼女みたいに頭の回転が速くないから、私があたふたしている間に彼女が行動を起こしてしまっていて、自分事なのに全く役に立ってない。
「思い付いたことをやってるだけよ」
「思い付かないから、そんなに」
私は指で頬をかくしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます