第2話-アイドルストーカー②

 私こと来島舞は万丈涼と一緒に、美冬さんの依頼を承って一花が盗撮された現場に来た。


 今は三限から四限の間で、早弁を考える生徒が少しだけ購買に群がっているのが見えた。


「それにしても、美冬さんも一花も災難だよな」

「だねえ。上手く行ったら美冬さんの手作りが食えるらしいから、しっかりと依頼はこなそうね」


 美冬さんが晩飯を腕に寄りを掛けて作ってくれると聞いたので、私は特に反対することも無く美冬さんの依頼を引き受けた。


「舞の前でこういうのもどうなのかって思うけど、美冬さんの手料理は気になるんだよな」

「いや、気になって良いから。そんなんじゃ怒らないって言ったでしょ?」


 涼が変な所で申し訳なさそうにするから、つい、ツッコミを入れてしまった。


「いやでもさ、言い換えると“彼女じゃない女の手料理楽しみ”って言ってるんだぜ?」

「その表現方法に悪意しかないでしょ」

「……まあ、否定はしないけど、そういうこと」

「それともそんなに気にするってことは、まさか美冬さんに……」

「いや、琉亜の溺愛っぷりを見てそんな風には思えねえよ」


 涼の言う通りで、傍から見て琉亜の美冬への溺愛っぷりは異常だ。ナチュラルに惚気てくるから余計に質が悪い。


「ここかな?」


 一花が写ってる写真から、憶測で立ち位置を決める。


「ここより後ろって感じだな」


 カメラのズーム機能を何処まで使ってるのかはわからないけど、取り敢えずはここら辺のラインに写真を撮った人が居たのは明らかだ。


「でも、どの写真もここのラインからっぽいね?」

「バレるって思わねえのかな?」

「一花を脅す為だから、むしろ、そうしたいのかもね?」

「あー、ストーカーってそんなもんか」


 気持ち悪いことしてますよって、ストーカーしてる相手にアピールして怖がってる姿を楽しむんだろうね。


「美冬さんに写真を送っとこう」


 スマホでパシャパシャと写真を撮って、そのままメッセンジャーアプリにぺたぺたと張り付けた。


「今後とも御贔屓にっと」

「楽しそうだな」

「そうかな?」

「そう見えるけどな」

「こういうのワクワクしない?」

「まあ、犯人捜しって楽しいよな」


 ストーカーされてる一花に聞かれたら怒られそうだけど、探偵ごっこしてる身としては楽しいよね。


「でもまあ、早くわかって欲しいよね」

「だな~」


 私達はそのまま教室に帰った。



 **


「目星は付いてるんだっけ?」


 帰路に着く途中、琉亜があっけらかんと口にした。


「う~ん、私はわかってないと思ってるけど……」


 一花は何かある?って視線を私に向けてきた。


「まだ確定した情報はそんなに無いわね」

「美冬が無いって言うなら無いんだろうなあ」


 彼は私の言葉に“困ったなあ”と言った表情で頬をかいた。


「ただ、舞さん達に調べて貰ったから、明日からもうちょっと対策を打てると思う」

「どんな?」

「ここら辺から、いつも一花の事を撮ってるみたいで……」

「へえ、なるほどな」


 舞さんから送られてきた写真を琉亜に見せる。


「犯人を捕まえるのは俺達がやろうか?」

「え、良いの?」

「逆に美冬にやって欲しくないかな。犯人が逆上したらどうするつもりなんだ?」

「う……、それは……その、先生に……」

「現行犯じゃないとめんどいのに、一々それを確認してから先生を呼ぶのか?」

「うっ……」


 琉亜の真っ直ぐ過ぎる正論が心に刺さって痛い。


「る、琉亜、美冬を怒らないであげて」


 少しだけ苦い顔をしたら、一花が私を庇ってくれる。


「怒ってない。こうやって人の為に動けるのは美冬の良い所だってわかってる。けど、俺が居るのに頼ってくれないのは嫌かな」


 それは……確かに、そうかもしれない。


「琉亜、ありがとう」

「ん」

「でも、これは私の友達の話で、それに貴方を進んで巻き込むのは違うと思ってるわ」


 貴方という武器を手に入れる為に、私は貴方と付き合っているわけではないの。


「……まあ、そういう所は嫌いじゃないよ」

「でしょうね」

「じゃあ、これは俺の我儘だ。頼るんじゃなくて、俺を駒として絶対に使え。……それが出来ないなら、別れよう」


 ガツンと言葉で殴られた気がして、キーンと頭が冷えた。


 私の生き方を捻じ曲げる気はないのだろう。捻じ曲げたいとも思ってないのだろう。けれど、それでは現実的に危険過ぎるから“わがままを言うな”と言われている気がした。


 彼の“別れ”を告げた時の表情は、あまりに感情が無くて、何を考えているかすらわからなかった。今まで感情を隠そうとした彼を見た事が無かったから、そんな表情をした彼に唖然としてしまった。


「……私は貴方にそうやって頼って、貴方と対等で居られるかしら?」

「違う。美冬が頼ったんじゃなくて、俺がズルい手段で美冬に言わせたんだよ」


 ああ、もう、どうしてそうやって……、自らの心を酷く傷つけてまで、そんな言葉を口に出すの?


 私が意固地なのも悪い。けれど、今回は琉亜の言葉のチョイスがきっと、もっと悪い。

 だって、言われた私の心は酷く寂しい気持ちになって、きっと彼の心も酷く傷付いている。どうして、お互いに傷付くとわかっている言葉を躊躇なく選んでしまったのか私にはわからない……、いいえ、違うわね。


 きっと、その言葉を選ばせたのは私。もうちょっと彼の心を尊重すべきだった。


 私の心を尊重しようと彼はし過ぎてしまったのね。


 パンっ


 彼の頬を両手で挟んだ。


「そんな風に言わせてごめんなさい」

「……何のことだか」


 表情の色が無い顔は、やがてバツが悪そうにした。


「あと、別れろって言われても別れてやらないから」


 彼の瞳に自分の姿が映っているのを確認して、私は吐き捨てるように告げる。彼の瞳は少しだけ大きくなって、それから、柔らかく優し気な瞳に変わっていった。


「ごめん。言葉を間違えた」

「ううん、私が我儘だったわね」


 もう十月の上旬、彼と付き合い始めて三か月近く経った頃、私は初めて彼と喧嘩をした。


 **


「その、私の為に、ごめん」


 目の前で美冬と琉亜が揉めてるのを見て、私はそう言うしか出来なかった。


 だって、こんなにも幸せそうな二人が私のせいで、私が原因で喧嘩してるのを見て、耐えられなかったから。


「ごめん……なさい」


 辛い。


 気が付いたら視界がぼやけて来て、それを見られたくなくてまた俯いた。ぽろりぽろりとアスファルトの地面が変色していくのが見えた。


「一花、な、何で泣くの?」

「だって、だってぇ……」


 私が美冬に相談しなければこうはならなかったし、彼らの間に“別れ話”が投下される事も無かった。美冬がどれだけ彼の事を好きなのか知ってたのに、私が持ち込んだトラブルは安易にそれを傷つけた。


「一花が泣くことじゃないわよ」


 美冬が優しく肩を叩いてくれる。でも、彼女達がどんな表情をしてるのかまではわからない。


「さっさとこのストーカーの話、終わらせましょう?」

「……」


 美冬の力強い言葉に素直に頷くことが出来なかった。


 もう私は彼女達に頼ってはいけない気がした。


 一人でケリをつける必要があると思った。


 そうだ。私は頭の良い美冬に、彼女を助ける琉亜に頼り過ぎてた。


「……うん、ありがと」


 私は嘘の同意と真実の感謝を美冬と琉亜に伝えた。



 **


「「ただいま」」


 私達は家に帰ってきた。


「ごめん」


 彼の言葉が静寂を引き裂く。


「私もごめんなさい」

「なんで謝るんだよ」

「色々と意地の張り方を間違えていたみたいだから」


 自分のことならまだしも、友達の事で彼に頼るのは可笑しな事だと思ってた。話の筋が通ってないと思ってた。

 それは確かに、その感性は間違ってなかったかのように思える。


 でも、その感性を捻じ曲げるために意地を張るのだって、凄く大切な事だと気が付いた。


 そうじゃないと、私は彼を傷付ける。


 それに今日気が付けて良かったと、心の底から思った。そうやって納得したのに、今も煩い心臓は鳴り止んではくれない。


「いや、そんなに変じゃないと思うけどな。筋は通ってると思ったし」

「私もそれはそう思ってるわよ」

「じゃあ、美冬が謝る必要なんて無いだろ」


 キッチンで冷えた麦茶を汲んで、ソファに座っている彼に渡した。


「あ、ありがとう」

「さっきの、謝る必要が無いって話だけれど」


 彼の隣に深く座った。


「……そんなこと無いわよ。筋が通ってれば良いわけじゃないのね」


 冷え切った麦茶を飲む事によって、少しは落ち着くかと思ったけど、そんなことはなかった。


 さっき彼に“別れる”と言われてから、ずっと、心が冷え切ったままで、不安なままで、ずっと心臓がバクバクしていて、それを少しでも和らげたくて、私は彼に手を伸ばした。


「ちょっとごめん、強引かもしれない」


 その次の瞬間、彼に伸ばした手を引っ張られた。彼に抱きしめられたと気が付くまで数秒掛かった。


「あんなこと言って、こんなに不安にさせて本当にごめん。言葉を選ぶべきだった」


 彼の胸元に顔を埋めて彼の表情は見えないけれど、何となく耳だけで彼の表情が見えた気がした。


「ううん」

「情けない話だけど、めちゃくちゃ言ってて苦しかった」

「知ってるわよ」

「バレてたか」

「……ねえ、膝貸して?」

「男の膝に需要なんてあるか?」

「落ち着くし、話しやすいから」


 私は一旦彼から離れて、彼の膝に仰向けに頭を置いた。私の顔を見下ろしてる彼と視線が交わった。


「帰ってくるまで、ずっと、怖かった」


 上から見下ろしてくる彼に告白する。


 “別れる”って言葉を聞いた時の衝撃は異常だった。帰ってくるまではずっと、全身が“別れる”という事を拒んでいた。

 帰ってから今に至るまでに、少しだけ私の心臓は落ち着きを見せ始めていて、やっと、ゆっくりと空気を吸えるようになってきた。


「本当にごめん」


 彼の手はいつもと変わらずに優しく私の頭を撫でてくれる。強張っていた筋肉が一気に弛緩したのを感じた。


「謝ってほしいわけじゃなくて、どれだけ私が貴方を好きなのか知って欲しいの」

「そっか」


 私のアピールは彼にしっかりと伝わっているかしら?


 そんな私の不安に対して、彼は私の頭を撫でるだけだった。


「好きだよ」

「……それはちょっと、不意打ちが過ぎるわ」


 思いっ切り私が赤面したのが自分でわかってしまい、もっと羞恥に苛まれた。


「なんで顔隠した」

「見られたら恥ずかしいから」

「見たいから剥がして良い?」

「絶対ダメ」


 軽いちゅって音と共に、おでこに柔らかな感触がした。


「えっ」

「ん?」


 思わず彼に確かめるような視線を送った。


「なんだろうな?」

「ちょっ、待って」


 何をされたかわかってしまって、更に身体は熱を帯びた。

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