第3話-山あり谷あり

 

「くあ……」


 いつもの時間に、いつも通りに目覚めた。


 服を着替えて日課をこなす準備を始める。やがて、ランニングシューズを履き、部屋を後にした。

 リビングで寝たからかな、ちょっとまだ上手く眠れてない気がする……


 足を踏みしめて、しっかりと大地を掴めているから、体調が悪いってわけでは無さそうだ。

 外の気温は5月下旬ということもあって、あんまり暑いだとか寒いだとかは思わない。

 ……が、梅雨入りだからか、心なしかジメジメとしていた。

 ランニングをして、シャドーをして、昨日と変わらない時間を過ごした。


 玄関を開けると、昨日とまた同じように良い匂いがした。

 彼女が朝食を作ってくれたようで、少し楽しみにしながらリビングに向かった。


「おはよう、白石」

「おはよう。もう出来てるから、食べて貰っても良いかしら?」


 彼女は調理器具を洗っていた。


「助かる。本当にありがとう」


 マジで感謝しかない。

 脱衣所に行き軽く汗を拭き取ってから、リビングのソファに座った。


「いえ、これくらいはね」

「そんなに気にしなくて良いのに」


 いただきますと言って、食事を口にした。


 白石の事は出会いこそ気に入らなかったが、今は本当に気にしてない。リビングに俺が慣れるまでの時間はかかりそうだけど、それはまあ、いずれ慣れるだろうし。

 だからかなあ……とは思うけど、白石に世話を焼かれると違和感がある。


「ねえ……」

「ん?」

「その、本当に色々とごめんなさい」


 そんなに謝らなくても良いのに、とは素直に思った。

 まあ、これに懲りて少しは友達を作っとくんだな……とか思うが、それを口に出すのは余計なお世話だろうし。


「まあ、色々と助け合いだしな。俺は結構忙しくしてるから、あんまり白石には構えないし、そこら辺は良い感じに距離が空いてると思ってくれたら嬉しい」


 俺は生活スタイルを崩すつもりも無ければ、彼女に合わせる気も無い。むしろ、彼女に付き合わせて悪いなとすら思う。

 ま、付き合ってる訳じゃないから、それくらいで良いのかなとすら思うけど。

 毎日の勉強と鍛錬……つまりは日課で、毎日の時間を割と持って行かれるから、本当に話をする暇はあまりない。


「え、ええ。とても助かってるわ」


 それにしても、本当に美味しい。

 確かに一部屋を使えなくなったけど、しっかりとした朝食が出てくるだけで、俺にとっては充分過ぎる気がした。

 彼女への態度だって、あんまり誉められた物では無いだろうに……


「ご馳走様でした」


 食器をさげて、そのままスポンジを手に取り皿洗いを済ませた。


「白石のも洗っちゃうから、置いといて」

「自分のくらい自分で洗うわ」

「あ、そう? じゃあ、俺は学校の準備するけど……」


 スマホを取り出して、白石とのトーク画面に貼り付けたお互いの時間割を確認する。

 授業が被ってないか、どの授業の後に教科書を渡すのかを確認して、教材をスクールバッグに詰め込んだ。

 小さい針が8時を指した頃にはちょうど食器などは全て洗い終えていて、登校の準備も終わっていた。


 あっ……帰ったら洗濯物しなきゃな。流石に朝の時間に洗濯物はやれなかったか……


 白石と一緒に玄関を出た。鍵を持ってないからな。実はスペアキーを渡そうとしたんだけど本人に断られた。

 失くしたばかりで、人の家の鍵を持ち歩きたくないんだとか。


「そう言えば、白石さんって苦手な科目あるのか?」


 マンションのエントランスを出た辺りで、本当に世間話程度に話しかけた。


「いえ、特には無いわ」

「まあ、だよな」


 何か話のきっかけになればと思ったけど、想像以上に会話に広がりが無くてビックリする。

 俺も彼女も話すのが下手くそなのは、否が応にも理解させられてしまって、ちょっぴり辛くなる。

 わからない所があったら聞きたいとか言ってたけど、聞かれた事ないんだよなぁ……

 まあ、そりゃそうだ。全教科満点じゃないからと言って、彼女にわからない事があるのかって聞かれたらそれは違う。

 ましてや上から二番目だし、そんなにも優秀な生徒に“わからない”がある事がそもそも可笑しな事象だろう。


「でも、良い感じに貴方が刺激になってるとは思うわ」

「?」

「ほら、周りに勉強してる人が居ると、勉強しよってなるでしょう?」

「んー、そんなもんか」


 俺はそうじゃないから、とても曖昧な返事になってしまった。

 勉強ってより、未知の知識の習得ってイメージが強くてな。知らない事があったら気になるから、常に教科書を眺めてるってだけで。

 例えば俺の好きなラノベの新刊が出てたら、教科書を片手間に読む時間は当然減るし、本当にテストの点数は副産物なんだよな。

 それが人と違うのは理解してるから、別に人に押し付けようとも思わないんだけどな。


「それに、理解出来てりゃ良い気がするけどな」

「それは貴方が言うと嫌味よ」


 彼女の言葉に肩を竦めた。


「おはよう。琉亜、白石さん」


 後ろからやってきたのは万丈涼。

 金髪にピアスばちばちのチャラ男っぽい真面目くんだ。

 高校入学後から、かなり親しい関係を築いている……と思ってる。


「おはよう、涼」

「おはようございます。万丈さん」


 彼女はキッチリと才女様と言われても耳を疑わない挨拶をする。


「皆、おはよう! 今日も白石さんいた!!」


 一番最後に来島舞が合流する。

 そして、またもや彼女を見てテンションを爆上げする。

 まるで火と油の組み合わせだ。

 来島舞は一言で表すなら、万丈涼に片想いしている女の子だ。だが、それだけでそれ以上はまだない。

 最近の変化と言えば、昨日言われた"来島が可愛くなったら興味を持つ"と、涼に言われてめちゃくちゃ意識し始めてる事……かな。


「おはようございます。来島さん」

「「おはー」」


 昨日今日と四人で登校していると、流石に噂にもなる。

 チャラ男と容姿端麗学年代表と学年首席、どうやっても噂にならない訳がなかった。

 それが顕著に現れたのは、昼休みになってからだ。


「万丈、倉本、お客さんだぞ」


 クラスのムードメーカー、新井健人の一言から始まる。

 俺は涼と顔を見合わせて教室の外に出ると、涼よりもマイルドなチャラ男がそこに居た。


「お前ら、あいつとどんな関係なんだ?」


 チャラ男が語気を強めて、そんな事を言うもんだから、思わず俺と涼は睨み返してしまった。


「「はぁ?」」


 日頃からの鍛錬でそこらの人間に負ける気はしないし、涼は涼で、実は中学まではガッツリ不良生活を送ってたりする。不良生活脱却って意味で、オープン入試で入ってきた真面目君が涼という男だ。


「あ? じゃねえよ! 白石美冬の事だよ!!」

「は? まずはてめえが聞く態度を改めろよ」


 流石元ヤンの涼……だな。くってかかってきたチャラ男にガンを付けて正面に立って、さりげなく庇われてしまった。不覚にもキュンとするだろ。


「……手は出すなよ?」


 涼に小さく耳打ちすると、思ったよりも涼は冷静でコクリと頷いた。


 ギャーギャーとチャラ男は騒ぐ。が、涼は正面から睨み付けたままで、もはや口を開こうともしない。

 段々眉間に皺が寄っていくのが、その一部始終を見ていた生徒には恐怖だったらしい、というのはあくまで後日談だった。


 そんな所に新井と来島が先生を呼んできた。


「君達、何があったのかね?」


 担任でも無ければ、割と本当に見た事ない先生だった。マジで記憶に無いからきっと別の学年なんだろう。


「先生!こいつらがー」

「いえ、一方的に食ってかかったのはアイツです。俺、見てました」


 チャラ男が人のせいにしようと言い切る前に、新井がバッサリと言い切った。

 クラスのムードメーカーになれたのは、こういう正義感の強さも影響しているのかもしれない。


「てめ、余計な事をっ!」


 チャラ男が新井に掴みかかる。

 その腕は新井に届く前に俺が捻り落とした。殴っちゃいないし、正当防衛って事で許してくれ。

 チャラ男は地面にキスをする。取り押さえるのはとても簡単だった。


「新井、なんかごめんな」


 俺が謝罪するのはお門違いだとも思うが、俺達が理由で殴られかけたしな。


「へえ、お前凄いんだな」

「まあ、多少は出来るだよ。あ、先生、こんな感じです」


 先生の前で殴り掛かったチャラ男は、自ら黒だと発言したような物である。ある意味で話が早くて助かる。


「ちょっと君、職員室に行こうか」

「うるせえ!」


 先生の言葉を聞いても、チャラ男はまだ静かにならない。


「誰か、体育の先生を呼んできて貰えるかな? 一応二人欲しい」


 来た先生はあんまり力がある方では無いのか、とは言え、自分が離れるわけにはいかないので、周りの生徒を見渡してお願いをする。


「私、行ってきます!」


 それにいち早く反応したのは来島で、走って職員室に向かっていった。

 なんか、あいつ脚速くないか? 

 今は帰宅部だけど昔は陸上部だったりするのかもな。


 後ほど、チャラ男は厳つい二人の先生に連れて行かれ、その場に残った先生に俺と涼は事情を聞かれた。

 その後、あまりああいった輩は相手にするなと窘められ、素直に頷いておいた。

 喧嘩を買うなという事だ。確かに不用意な反応を返したなとは思わなくはない。


 こうして昼休みは終わりを迎えた。



 やがて、午後授業も終わりを迎えて放課後になる。


「なあ、琉亜?」


 教室で帰り支度をしてると、涼が話しかけてきた。


「どうした? 涼」

「めっちゃイライラするから、ストレス発散に遊びに行こうぜ」

「お、良い……んー」


 涼の誘いに頷こうとしたが、白石の事を思い出した。……というより、彼女が居るから一旦家に帰らなきゃいけないしな。


「なんかあるのか?」

「あー、えっとな」


 家庭の事情で流していた白石の件を涼に説明する。


「はあっ!?」

「しっ、声が大きい!」


 叫んだ涼の口を塞いだ。下手なこと言って面倒くさい事になるくらいならお前を殺す。


「……と、悪い。いや、驚くってそりゃ」

「まあ、そうだよなあ。ってな訳で、一旦帰らなきゃいけないんだよ」


 このままゲームセンターに直行……は出来ない。


「んー、あ、じゃあさ。来島と才女様を誘って、どっか遊びに行かね?」

「来島は来るだろうけど……」


 メッセンジャーアプリを起動して彼女を遊びに誘う。

 そしたら、驚く事に"行きたい!"のスタンプが返ってきた。


「白石来るって」

「ま? じゃあ、来島誘ってみるわ」


 彼はスマホを迅速なフリック操作で使う。少しして、彼は片手で丸を作った。


 **


 下駄箱で待ち合わせて、私達は駅に向かう。目的地は二駅先のショッピングモールだ。


 倉本くんと万丈くん、それから来島さんと私の四人だ。

 横一列で歩くわけにもいかないから、前に男子二人、後ろに女子二人となっていた。


「ねえ、白石さんと倉本くんって、実際どんな関係なの?」


 来島さんは急にそんな事を言い出した。どんな関係……って言われても、説明が難しい。

 何処から話せば良いのやら、そもそも、周りが思ってるような関係ではないことも含めて、けれども、それを話した所で対外的にはそう思われない事くらいわかっているから、私は余計に説明が難しいと思った。


「ああ、ごめん! 困らせるつもりはなかったんだけど……」

「いえ、その……困っていた訳では、ただ、どう説明すれば良いのかわからなくて……」


 謝らせてしまった事に、少しだけ罪悪感を抱きながら精一杯弁明をする。

 話すのが得意ではないから、来島さんみたいな子には申し訳ないなと思う。


「それ、困ってるって言うんだよ」


 向けられたジト目がイラっとした。最初のきっかけから、全て話してしまった。ムキになってしまった。やらかした。


「えっ、ええ……」


 口をあんぐりと開けて固まってた。

 その表情は私の満足感を満たしてくれて、生えた棘の針が薙がれていく。


「それ以上は無いです」


 でも、本当にそれだけ。それ以上の“何か”は何もない。


「そ、そうなんだ。じ、実はね、今日さ、喧嘩があってさ」


 倉本くんと万丈くんと、クラスメイトの一人が巻き込まれたらしい。

 何気ないゴシップネタだと思って聞いていたけど、言動とか行動に少し心辺りがある気がした。


「えっと……それってまさか、茶髪でピアスを開けた……」

「そうそう! ジャラジャラした奴! って、なんで知ってるの……?」

「その、えっと、先日告白されて……振ったんです」

「な、なるほど……」


 まさか、振られた腹いせで、最近話すようになった倉本くんや万丈くんにちょっかいをかけたの??


 だとしたら、本当に申し訳ない。


「ごめんなさい。私の不注意で……」

「いや、全然。そういう事なら仕方ないよね……」


 そんな風に言われても、納得なんて出来ない。


「ねえ、そういうのは昔からあったの?」

「昔は……その、告白されて振って終わりだったので。そもそも、男子と遊ぶ事も無くて……」


 別にモテ自慢をしたいわけじゃない。けれど、そうとしか言いようがない。だから人と話すのは苦手だ。


「でも、だとしたら……考えた方が良いかもね……」

「か、考える……? でも、これは私の問題ですし……」

「涼達なら、一緒に考えてくれるよ」


 ほほん、なるほど。そうなのね。私も気が付いてしまった。


「来島さん」

「ん?」

「万丈さんの事、お好きなんですね」

「にゃ!? にゃにおっ!?」


 きっと彼女にとって、彼には随分とフィルターが掛かってしまってるのではないかと思う。

 惚れた弱みだとかよく言うじゃない?


「……でも、どうですかね? 万丈さんはそうかもしれませんが……」


 倉本くんは間違いなく面倒くさそうな顔をするし、こんな相談事を持ってくるなとすら思いそう。


「まあ、ほら、話すだけタダだしさ! 後で話してみようよ!」


「そうですね。少なくとも謝らなければいけないので……」


 ほぼ間違いなく、昼の喧嘩は私の影響だと思うから。


「白石さん? いいや、美冬さんって呼ぶね! 私も舞って呼んでくれて良いから。

 今回の話は、美冬さんが謝る事じゃないよ。そういう風に思っちゃうのは仕方ないけど、それは口に出したら最悪だよ」


 その言葉は凄い力強くて、大人しく頷くしか無かった。まるでそれは、先人の経験談みたいだった。


「わ、わかったわ。えっと、舞……さん」


 名前で呼ぶのは慣れない。自分でも慣れない形を口にしたと思う。


「ヾ(*´∀`*)ノ

 あの才女様に名前で呼ばれた!

 ・:*+.\(( °ω° ))/.:+」


 来島……じゃなくて、舞さんは可笑しいくらいに喜んでいた。

 でも、才女様と呼ばれるのは嫌。


「コホン。ごめんって、でも、こうやって勝手に憧れるのもウザいよね」


 さっきまでのテンションは何処に消えたのか、彼女は呟くように言った。


「ええ、本当に不快だわ」

「ぐっ!? あ、駅着いたね。なんか人多いねー」


 駅を見た彼女に釣られて、私も前を見る。駅はいつもより賑わっていた。


「ねね、ちょっとゆっくり歩いて欲しい……かなーって」


 舞さんが前の二人の肩を叩いて伝える。確かにこのペースだと、あっさりとはぐれてしまう気もする。

 彼らは、それはそれはとても楽しそうに馬鹿馬鹿しいやり取りをしていて、ちょっとばかり話を遮るのに申し訳なさが募った。


「ん? あ、ごめんごめん」

「じゃあ、涼に来島は任すよ」

「だな、仕方ない」


 軽い会話で、万丈くんは舞さんの隣に、倉本くんは私の隣に並び順が変わった。

 こうやって特にキザな感じもさせずに、女性をエスコート出来るのって、やっぱり彼らが優しいって事だと思う。


「白石も、急に誘っちゃって悪いな」

「いえ、今まで友達と遊んだ事なかったから、これだけでも楽しいわ」


 謝られる理由は無い。


「なんか、失礼な事聞いたな?」

「そうやって掘り起こす事が失礼よ」


 ちょっとムッとしてしまう。


「……それは失敬。まあ、野郎二人の急な企画で楽しんでくれて嬉しいよ」


 その言葉で、彼はあまり楽しめないだろうと思っていた事が伺えた。

 きっと、私が同じ家に帰らなければならないから、こうやって誘ってくれたのだろう。

 何となく察せてしまったけれど、楽しいから関係ないとも思える。

 ICカードで改札を通る。


「涼〜、先行き過ぎだから!」


 少し離れてしまった万丈くんと舞さんに、彼は声をかける。


「あ、ごめんー!」


 その声を聞いて、倉本くんは"ちょっと急ごう"と呟いて、私も頷きを返した。

 少し早足になって、無事に舞さん達と合流した。


「何するー?」

「折角ショッピングモールに来たし、俺は服とか見たいかもな」


 倉本くんの言葉は、ちょっと意外だと思った。何がとは言えないから、何となくとしか言えないのだけれど。


「っても、オシャレなんてする機会無いから、買わない可能性高いけど」


 ただ、ちょっとばかり恥ずかしそうに彼は付け足した。

 学校があると殆どを制服で過ごすし、必要性が高くない事はわかる。貯金とか買いたい物があったら、まず買おうとすら思わないと私も思う。


「お、いいね。じゃあ、そうするか」

「賛成〜! 美冬さんはどう?」

「私は皆さんについていくわ。勝手がわからないから……」


 あんまり人と遊ばないから、私は大人しく後ろをついて行きたい。わからないのよね、普通ってどうやるのか。


 取り敢えずは若者が行きそうなカジュアルな服屋を物色する事になった。物色するってなんか……万引きするみたいに聞こえるわね。

 ギャルっぽい服や、チャラめな服が多く並んでいて、私みたいな黒髪で大人しめな人には似合わないなと思う。

 逆に舞さんみたいに、ちょっと茶髪で元気ハツラツな人だと、似合いそうな服が多かった。


「おおー? これ、ダボッて着たら可愛いと思う?」


 舞さんが手に取った奴は、少し大きめの巷ではBIGシルエットとか呼ばれるトレーナーだ。


「良いんじゃないかな。あ、でも、こっちの方が来島には良さそう」


 万丈くんが彼女が手に取った物より、少し明るめ-灰色に英字が入った-トレーナーを指さす。


「んー、どっちも着てみようかな」


 悩んだ末に、試着室で試す事に。それを見送って別の方向を眺めてると、倉本くんが悩んでいるのが見えた。


「倉本くんって、そうやって悩む事もあるのね」


 やる事も無くて、つい、彼に話し掛けてしまった。


「お恥ずかしながら、お洒落したことなんて無くてさ」

「へえ、そうなの。私もあんまり私服を着ないから、参考にならないけれど、マネキンの格好とか参考になるわよ?」


 マネキンとかモデルさんの格好とかで、なるべく大人しめの格好を参考にコーデしたりする事が私は多いから。


「……なんか、チャラいんだよなあ。防御力低そう」

「チャラいって……まあ、わかるけれども」


 防御力低そうにもツッコミを入れたい所だったけれど、そこまで口が回らなかった。


「だとしたら、ここの服は良くないかもしれないわね」


 そもそも、このお店はチャラチャラした感じの服がメインで売られているし……


「ふうん……、そっか」

「だから、探すなら……そうね、違うお店に行きましょう?」


 どうせ、私もこの服の系統は合わない。見てる分には楽しいから、待つ事が苦痛になるわけではないけれども。


「涼〜! 俺、別の場所見てくる!」


 彼は舞さん達に伝えて、別の店に行こうとする。


「良かったら私もついて行って良いかしら?」

「良いよ。なんか、色々と教えてくれたりすると嬉しい」

「私もそんなに詳しくないけれど、それで良ければ」


 彼に便乗する形で、私もその店を後にした。

 年頃の男の子って、オシャレに興味無いのが普通なのかな。

 その飾らない感じを私は嫌いじゃないけれど、気にならないかと言えば嘘になる。


「ふふっ」


 ちょっと面白い。


「笑うなよ……」

「いえ、ごめんなさい。取り敢えず歩きましょう。そうすれば、何処かで見つかるわよ」


 笑ってしまった事は本当に申し訳ないと思う。やりたい事を笑われたらやる気なんてなくなる。

 お詫びも兼ねて、凡そ一時間くらい、彼のウィンドウショッピングに付き合った。


 ピコん


 彼のスマホが鳴った。彼は指を動かして、次に口を動かした。


「東館に来いって」


「どうせ、倉本くんは買わなさそうだものね」


 こんなに歩き回ったのに、彼のお眼鏡に適う物は無かったらしい。


「そう……だな。どれも高くてなー 付き合ってもらったのにごめん……」

「初めてなら仕方ないわよ」

「そう言って貰えると助かる。東館、行こうか」


 私達は進む方向を変えて、ゆっくりと歩き始めた。


 妥協してまで、折角回ったのだからと好きでもない服を買うのが良い事だとは流石に思えない。だから、これはこれで良い結果だと私は感じた。


 それよりも、本当に彼がオシャレ初心者だった事に驚いたわ。

 女子の中でも私は大人びてると思うし、女子は男子より大人っぽくなるのが早いとも言うし、同年代でもオシャレに興味が無い人が居ても可笑しくないとは思う。特に男子だから余計に。


 わかっているけれども、そういう人を前にした事がなかったから驚いてしまった。


「白石はよくここに来るの?」

「あんまり来ないわ。ただその、お店とかを知ってるだけで」

「通販とか?」

「そうね。だから、こうやって歩くのは私も初めてだったわ」

「へー、そうなんだ。慣れてるから意外だ」


 私は友達も居ないし、買うなら通販になってしまう。

 慣れてると言うよりは、知識があるから慣れているように見えるだけ。


「私も久しぶりで楽しかったわ」

「俺も助かったわ。まじで店とかわからないから」


 そんな顔もするのね。私が思ってる以上に、きっと彼も臆病なのかもしれない。

 つい、私より出来る人だから、怖い物など無いと思ってしまった。……そんな事、ある筈ないのにね。



 **


「お、来たな」


 涼と来島を見つけた。


「あれ、倉本は何も買ってないの?」

「何買えば良いかわかんなくてさ」

「琉亜も完璧じゃないんだな……」


 んな、完璧な訳あるかよ。出来るのはやった事だけだって。


「そりゃ、経験が無いとな」

「初めてだったのか」

「……まあ」


 あまりに彼が驚くから、視線を反らしてしまった。なんか負けた気がする。


「悪い悪い、そんな気にすんなよ。あ、でさ、飯食って帰らないか?」


 それは半ば予想出来ていた。だって、ここレストラン街だし。


「俺は良いけど、白石さんは?」

「私は大丈夫よ」


 じゃあ決まり!と来島が騒ぎ、俺達はフードコートに流された。


「他にも高校生が居るのね」


 白石が感慨深そうに呟いていた。あんまり来ないってのは、本当だったんだな。

 こういう場所は俺も来ないから、ちょっと新鮮な気持ちになった。


「ん、フードコートってそういう場所だしね」

「じゃあ、俺はラーメンにしようと思うんだけど、誰か来る?」

「はいはい! 私も行く!」


 涼はラーメンにするらしい。来島はそれについて行った。迷いが無くてあからさまなアピール過ぎて、ついつい生温かい視線を向けてしまった。


「お前らはどーする?」

「んー、俺はもうちょっと見て回るよ」

「じゃあ、私も」

「おっけー」

 俺達はまた二手に分かれた。



 やがて、四人席にはラーメン二つと丼と特大サンドイッチが置かれた。


「え、美冬さんのめちゃ美味そう!?」


 彼女が選んだのは特大サンドイッチ。理由は家では食べないから、だそうだ。

 彼女は殆ど和食ばかりなので、あんまり洋食を作ってるイメージがない。

 別に上手いから文句無いけどな。


「一口欲しい……?」

「えっ!?」


 才女様と関節キス……?

 と口で言わないだけセーフというべきか、固まってしまった事をアウトと言うべきか。

 来島はカチコチに固まってしまった。


「はあ……」


 何をそんなに意識するのだろうか。


「琉亜のそれって高そうだけど、いくらくらい?」

「あー、これな。日替わり丼ってやつで……」


 俺の前に置かれているのは豪華な海鮮丼。


 お値段なんと800円、学生にしてはちょっと高めかもしれない値段だ。それでもコスパはかなり良い。


「えっ、俺のとほぼ同じ値段……また今度な」


 涼のラーメンは具材盛り盛りで、それなりに値段が張ったっぽいな。

 逆に言えば、800円くらいで豪華なラーメンが食えるなら悪くないよな。


「……また来るのか?」

「えっ?」

「冗談だよ冗談」

「めっちゃビビったわ。琉亜に嫌われたかと思った……」


 涼はガックリと肩を落とす。今までの意趣返しだ。


「はいちゅーもーく!」

 

 食事を終えて駄べっていると、唐突に来島が大きな声をあげた。とは言っても、話し声よりは大きい程度だが。


「はい、どぞ」


 だけど、来島は白石にどぞどぞとジェスチャーした。白石から話……? なんかあったっけな。


「お昼の事なのだけれども……」

「……昼?」


 涼に目線で問いかける。"心当たりはあるか?"と。

 すると、涼は肩を竦めた。うん、俺も無い。


「えっと、その……私のせいでトラブルがあったって聞いたのだけれど……」


 そんな風に言われても、心当たりが無いんだから仕方ない。

 なんの事?と首を捻ったら、涼も首を捻っていた。真似すんな?

 白石が困ったような顔をして来島を見る。来島に心底呆れ返った視線を向けられた……気がする。多分違うと思いたい。


「昼にチャラ男と喧嘩になったじゃん?」

「あー! あれの事か」

「あいつ面白かったよなw」


 来島の一言で思い出した。その事件を忘れる為に遊びに来てるんだから、そりゃあもう忘れてる。

 急にキレてきたにクソザコナメクジだった。くらいにしか覚えてない。


「ええっ……」


 来島がめっちゃ困った顔してるけど、俺は元々暴力に慣れてるし、多分涼はもっと慣れてる。格好的にもな。


「確かに白石さんの事を口走ってたけど、俺達の事は気にしなくていいよ。大方、逆恨みでしょ?」

「そ、そうだけれども……」


 涼はけろっとそんな事を言う。俺も頷かざるえない。


「でも確かに、白石さんからすれば気にはなるのかな」

「そんなもんなのか?」

「俺も女子は気にするって事は知ってる……くらい。

 俺達みたいに楽しめるのもいれば、シンプルに恐怖を感じる奴もいるってこと」


 涼の説明を聞いても、ああそうなんだなって思うくらいで、それ以上に思う事は何もない。


「俺はどっちかと言うと、チャラ男が白石に危害を加えないかが気になるかな」


 俺達は何とかなるけど、白石の方が危ないだろ。実際ああやって絡まれて、どうやってやり過ごすんだろう?


「あ〜……そうだな。そういう奴も居るもんな」

「だよなぁ……」


 数日とは言え、関わった相手が傷付くのを見るのは嫌だなぁ。


「まあ、そういう時は俺達を誘ってくれれば良いんじゃないか?」


 そうするしか無いよな。俺は行き帰り一緒だし、大体の奴はフルボッコ出来るし何とかなるだろ。


「だなー。あれくらいなら、なんとでもなるし。あ、そんな事よりさ、今度もまた遊ばないか?」


 こんな湿っぽい話を続けてても、何も面白くない。次の遊びの予定を立てた方が有意義だ。

「四人だと色々出来るしな。今度はゲーセンでも行くか」

「私は良いけど、美冬さんは?」

「えっと、良いのかしら?」

「ここでダメとか言うの、どんだけ性格悪いんだよ……」




 涼と来島と分かれた。


「その……ごめんなさい」

「何が?」


 いや、マジで何の話?


「色々と気を遣ってもらって」

「ん~……でもまあ、楽しかったし、気にしなくて良いんじゃないか?」


 俺は楽しかった。少なくとも涼や来島と絡んでる時に、他の奴は遊びに誘っても来ないから、人数的な意味合いもあって、人が増えるのは歓迎はするけど、嫌になる事はない。


 ……多分。


 性格悪かったら無理だな。


「楽しい……?」

「楽しくなかったのか?」


 彼女が楽しくなかったなら、誘って申し訳ないなって思う。


「そ、そんな事はないわ。とても……その、楽しかったわ」

「なら安心だな。今日は先に風呂場使ってくれ、俺は先にやりたい事があるから」


 その言葉にホッとした。

 いつも通り日課をやらなければならない。例え目標が無くとも、それは関係ない。


「ええ、わかったわ」


 すんなりと頷いてくれる。ちょっとした申し訳なさはある。

 やがて、マンションのエントランスに辿り着いた。


 どんなに楽しかった日も、どんなに辛い悲劇でも、こうやって日常に戻っていく。

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