こころ
でめきん
こころ
こころ
でめきん
少年はぽそりと呟いた。
「『こころ』ってなにかな?」
「こころ…。精神。情愛。意志。意向。情趣。風情…。」と少女は答えるようにポツリポツリと言葉を並べた。少年は少し驚いたように少女に目を向けて「それは『こころ』のこと?」と尋ねる。
「……辞書にはそう書いているわ。」
「君はそれらを正しいと思う?」
「……分からない。」
「分からない。」少年は少女の言葉を噛み締めるように繰り返して言った。そして、しばらく間をあけてから、ハッとしたように顔を上げ「僕はそうは思わない。」と少女の瞳をしっかりと見つめて言った。
「どうして?」と少女は少し怯えたように尋ねる。少年は少女の気持ちを汲み取ったのだろう。ゆっくりと、優しく、少女を言葉の温もりに包んでいった。
「いいかい?きっと『こころ』は、僕らの考えとは裏腹に単純明快なのさ。辞書を一生懸命に引いて出した君の答えもあるいは間違っていないかもしれない。でもね、辞書に書き並べられた幾つもの難しい熟語よりももっと単純で分かりやすいものがあると思うんだ。」
「それは何?」と少女は瞳をキラキラさせて少年を見つめて言った。
「それはね」と少年は言った。「たとえ、瞳を永遠に閉じても、耳に全ての音が響かなくても、鼻へ届く香りが失われてしまっても、身体に何の衝撃も伝わらなくなっても、食べものの味を堪能することが一生できなくなっても、僕の全ての感覚が損なわれるようなことになっても…どのような深刻な事態が肉体に生じたとしても。」
そこで少年は一度、深呼吸をした。深く長く。沈黙を噛み締めながら。
「僕の瞳は君を写し、耳には君の声が響き、鼻へは君のシャンプーのほのかな香りが届き、僕の体で君を包み、温めるのは容易なことで、僕の全てが『君』という存在を感じることができる。」
沈黙が舞い降りる。破ることができないのでは無いかと思うほどの、でもとても温かく和やかな沈黙が。
「そうね。」
沈黙を破ったのは少女だった。そこに怯えていた少女の影はなかった。少女は大きな瞳をくりくりさせて、少年を見つめた。少年もまた少女を見つめた。二人の瞳は今にも落ちそうなほどに見開かれ、そこにはたくさんの可能性が秘められているようだった。
そして、少年と少女は誰に言うわけでもなく、まるで何かを確認し合うように、優しく、淡々と、同じ言葉を落とした。
「たとえ」
「君が」
「貴方が」
「星になってしまっても」
「君は」
「貴方は」
「僕の」
「私の」
「『こころ』に。」
「ずっと貴方へ微笑んでるわ。」
「ずっと君に寄り添っているよ。」
私はゆっくりと扉を閉めた。鍵はもちろんかけなかった。彼らがいつでも扉を開けられるように。そして、私はきつく閉じていた目をゆっくりと壊れ物を扱う時のように慎重に開いた。
そこに在ったのは、鏡に映る『私』を真っ直ぐに見つめる『私』という確かな存在だけだった。
こころ でめきん @dmkn1984
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