第16話 バカが風邪をひいた話

「高い高ーい、かーらーのー 早い早ーい そしてぇ ぐるぐるぐる~」


「きゃはははは」


 洗濯を終えてみんなで村の共同浴場に向かう途中、イザネがメルルを肩車して全速力で走り、そのまま片足を上げてクルクル回る。


(肩車したまま、よくあんな運動できるもんだ……しかもあんな恰好で……)


 俺達の泥とスライムにまみれていた服は全て洗濯しバンカーさんの宿の二階に干して貰っている。

 そのため、俺達は大きめの毛布やタオルを借りて体に巻いているだけの状態だ。

 イザネは胸と腰に布を巻いているだけの危うい恰好にも関わらず、まるでそれを気にしていない様子だ。

 俺はたまらず注意をする事にした。


「おぃ、危ないぞ。」


「なんだよ、この程度で俺が転ぶわけ……」


「違う!

 腰の結び目が緩んでるから!」


 実は胸の方の布も、揺れる度に布がズレそうで俺はヒヤヒヤしていた。


「あ、ほんとだ。」


 イザネはメルルを肩から降ろすと、結び目を直している。

 それにしても、あんなに激し動きをされたら普通の子は怖くて泣きだすと思うのだが、メルルちゃんは喜んで笑っている。

 度胸のある子もいたものだ。


「ルルタニアじゃ、いくら激しく動いても解けた事ないんだけどな。」


 イザネが腰のタオルを結び直しながらぼやく。

 そういえば段が元にいた世界では下着を脱ごうとしても脱ぐ事ができなかったと言っていたような。

 あれは本当の事だったのか?


「ルルタニアっていうのは、ゆうし……冒険者さん達の故郷なのかい?」


 イザネの言葉にララさんが、スカートにしがみつくメルルちゃんをあやしながら尋ねる。


「ええ、その通りです。

 大きな神殿を中心にした街がありましてね、そこで我々が誕生したんです。」


 腰に布を巻いた半裸の東風さんが応える。

 半裸なのでよくわかるのだが、東風さんは腹が大きく出ているもののそれ以外は全身が筋肉で覆われていた。

 どういう鍛え方をすれば、あんな体系になるのだろう。


「ルルタニアはいいぞぉ!

 冒険のクエストが山ほどあった。

 可能ならカイルもルルタニアに連れて行って冒険者として鍛え直してやりたい程だ。」


「おいおい冗談はよしてくれよ。」


 段は本気で俺にルルタニアを見せたいらしいが、話を聞く限りでは冒険以外の事は

 希薄な世界に俺は不安しかなかった。


「ところで風呂なんかにわしらは何をしに行くのじゃ?」


 片方の肩に大きめのタオルをひっかけるように体に巻き付けたべべ王が尋ねる。


(ルルタニアにもちゃんと風呂があったのか?)


「何って、体を洗うに決まってるじゃない。

 ルルタニアでは風呂に入らなかったのかい?」


 ララさんが呆れるようにべべ王に尋ね返す。

 俺はもう慣れてしまったが、こいつらの会話は本当に奇妙に聞こえる。


「汚れのエフェクトなんて、時間が経てば自動的に落ちてたからなぁ……」


「風呂なんて、みんなで湯浴み着っていう薄着を着て交流する場だったぜ。

 温泉とか、特別な効能のあるとこは一時的なパワーアップ目的だったが。」


 イザネと段の会話に俺は眉をひそめる。

 湯浴み着のために風呂があるなんてトンチンカンな話は聞いた事もないし、温泉が体に良いとは聞くが、パワーアップするなどという話は初耳だ。


「随分、変わった世界に住んでたんだねあんた達。」


 ララさんが不思議そうな顔をして言う。


「パパー」


 共同浴場の前でバンカーさんが手を振っているのを見て、メルルちゃんが駆け出して行った。


「洗濯に随分時間がかかったじゃないかララ。」


 バンカーさんのセリフを聞いて俺はべべ王達の方を見る。


(東風さん以外サボってたから時間がかかったんだよなぁ……)


「ええ、洗濯物の量が多かったものだから……」


 ララさんが苦笑いしながら答える。


「俺は裏に回ってるから、湯がぬるかったら声をかけてくれ。」


 そう言うとバンカーさんは足を掴んでいたメルルちゃんにララさんの方に行くように促し、薪の束を脇に抱えると共同浴場の建物の裏の方へ歩いて行った。


「みんな、こっちよ。」


 ララさんは共同浴場のドアを開けて皆を中へ招く。


(男風呂はこっちだな。)


 部屋の左右にあるドアのマークを見て、俺は右の扉を選択した。


「あら、あなたはこっちよ。」


 ララさんの声に振り向くと、俺の後に続こうとしていたイザネをララさんが引き留めていた。


「え?」


 キョトンとした顔をしているイザネにララさんが続ける。


「だから女の子はこっちなの。

 ほら、いらっしゃい。」


 ララさんに手を引かれてイザネとともに左のドアに消えた。

 湯浴み着を着ていたというし、ルルタニアの浴場は混浴だったのだろうか?

 いや、混浴にしたって更衣室は男女別になってなければおかしい筈だが。


 俺はそこで一旦考えるのを止めて男性更衣室のドアをくぐる。

 部屋の中には衣服を入れるための籠が並べられており、身体を洗う小さなタオルと湯上り用の大きなタオルが人数分かけられていた。

 バンカーさんが俺達のために用意しておいてくらたのだろう。

 高級宿のようにガウンまでは用意されていないのは仕方がないが、着る物がタオルしかない現状では風呂から出たら湯冷めをしないようにすぐに家に向かわねばならないだろう。

 最初にリラルルの村に来た時は、ゴブリン退治はすぐに終わると思った俺は着替えを用意していなかったのだが、今にして思えばとんだ判断ミスだった。

 俺は腰に巻いていた大きなタオルを籠に畳んで入れると浴室に向かおうとした。


「なんで裸になってるんですかカイルさん?!」


 俺の後ろから東風さんが驚きの声を上げる。


「なんでって?風呂に入るんだから裸になるのは当たり前でしょ?」


 返事をして振り返ると東風さんがパニクっていた。


「湯浴み着はないんですか?

 というか、私達が今着ているのが湯浴み着ですよね?

 なんで脱いじゃうんですか?」


「いや、混浴じゃないから湯浴み着なんて必要ないし、そのタオルを巻いたままだと湯舟が汚れちゃいますよ。」


 東風さんは裸になるのに戸惑っているが、他の二人はまるで抵抗がないようだ。


「そうか、裸でいいのか!」


「たしかに湯浴み着よりこっちの、方が気持ちええのぅ!」


 段は勢いよく籠に腰に巻いてたタオルを放り、べべ王は腰を振って……ええっと、そのイチモツをペチペチ鳴らしている。


「おら!恥ずかしがってないで東風も脱げよ!」


「ちょっと、ジョーダンさん!

 まだ心の準備がっ!」


 段が東風さんのタオルを強引に剥ぎ取る。

 どうやら東風さんは裸になるのが恥ずかしかったようだ。

 確かにそういう人もたまにいるが、東風さんはこんなに筋肉質な立派な身体をしているのだから恥ずかしがる事もないだろう。

 むしろ俺の方が恥ずかしいくらいだ。

 一般人よりはよっぽど鍛えているつもりだったが、段はもちろんべべ王も鎧の下は筋骨隆々で、俺の身体とは比べるべくもなかった。

 まぁ、あの重そうな鎧を普段から着こなしているのだから、べべ王が尋常でない筋量を持っていても不思議ではなかったのだが。


「おっおい……裸で入るのかよ!

 湯浴み着はないのかっ!」


 女湯の方からイザネの悲鳴も聞こえてくる。


(あいつ、あんなに薄着でも平気なのに裸になるのは嫌なのかよ……)


 俺は東風さんをイジってはしゃぐべべ王と段を置いて浴室へと向かった。



         *      *      *



「いやー、気持ちいいですね。

 この気持ちよさはルルタニアの風呂では味わえませんでしたよ。」


 やっと裸でいる事に開き直った東風さんが湯船につかりながらつぶやく。

 べべ王も段も今はおとなしく湯船につかって気持ちよさそうにしている。

 さっき浴槽ではしゃごうとする二人を見た時はどうなる事かと焦ったが、なんとか説得して浴槽を台無しにされるのを避ける事に俺は成功していた。

 もっとも、東風さんが浴槽につかった時に大量の湯が浴槽からあふれてしまったのはどうしようもなかったのだが。

 これは不可抗力ではあるが、バンカーさんに一言謝らなければなるまい。


 湯に体が芯から温められイザネとの稽古の筋肉痛が心地よく引いていく。

 俺は浴室の壁に頭をもたれ、さらにリラックスして疲れを取ろうとした。


「イザネちゃんって柔らかいのね。」


 もたれた壁の向こうからララさんの声が聞こえる。

 そういえば俺のもたれた壁は女湯側であった。

 こういう場合、壁に穴が空いている事を期待する人も少なくないと聞くが、そんな穴が あれば悪用される前に塞がれているのが常である。

 とはいえ、声だけでも聞こうとするのが男の性だ。


「ほんとだ、イザネおねーちゃんぷよぷよしてて面白ーい。

 あ!!ここも柔らかーい。」


 これはメルルちゃんの声だ。

 一体壁の向こうで何をやっているのだろう?

 俺は思わず想像力をいろいろな方向に働かせてしまっていたが、次のイザネの一言が俺の幻想をうち砕いた。


「筋肉は柔らかい方がよく動くんだよ。

 堅い筋肉は、力は出たとしても動きまで固くなっちまうんだ。

 更に武道には日常生活では考えられないような緻密な動きをしなければならないから、柔らかくてきめ細かい筋肉が必要になるのさ。」


「メルルもイザネおねーちゃんみたいに柔らかくなれる?」


「鍛え方次第かなー……」


(なんだ、筋肉の話かよ……)


 壁の向こうへと向けていた注意を男湯に戻すと、べべ王が俺を……いや俺の股間を覗き込んでいた。


「おーい、カイルがチンチンをでっかくしておるぞぉ!」


(ちょっ……待っ!)


 俺は慌てて股間を隠そうとしたがべべ王に妨害されてしまった。

 最悪だ……


「本当だ!

 どうやったんですカイルさん?」


「俺達にもやり方を教えろよ!」


「こやつ今、チンチンを隠そうとしておったぞ。」


「いや、教えろと言われたって……」


 裸になるのが初めてならば、勃起なんぞ知らなくて当然だろう。

 だが、なんの準備も事前の心構えもなしに”やり方を教えろ”だなんて……、だいたい今ここで勃起した理由から解説しなきゃならないじゃないかっ!

 無理だ!嫌だ!無茶だ!やめろっ!やめてくれぇーーっ!

 俺は咄嗟に逃げようとしたが、段とべべ王に捕まえられた。


「なーに逃げようとしてんだよカイル!」


「ますます怪しいのぉ。」


「なんでもないから!本当にっ!

 チンチン掴もうとするんじゃねぇっ!

 しつこいな!もーっ!」


 俺とべべ王と段が浴槽で揉み合っている音が女湯まで聞こえたのだろう。


「ちょっとあんた達!

 そっちでなにしてるの!」


 ララさんの怒声が男湯までひびく。

 気付けば浴槽は俺とべべ王と段のせいで殆どの湯がこぼれ台無しになってしまっていた。

 あとでバンカーさんに本格的に謝罪しなければなるまい……



         *      *      *



 家の戸を開けると、積もっていた埃はすっかり掃除されて消えてしまっていた。

 村人達が約束通り掃除しておいてくらだようだ。

 バンカーさんが湯冷めしないように用意してくれた毛布を羽織ったまま、俺はベットの布団に包まる。

 外はすっかり暗くなっていた。


(疲れたな、今日はもうこのまま寝ちまおうか)


 俺はそう思ったのだが、4人が家に入ってくる様子がない……


ゴト……


 屋根の上から何か音が聞こえた。


(あいつ等、まさか!)


 俺は毛布を羽織ったまま慌てて外に出て屋根を見上げた。

 そこには毛布を脱ぎ捨てて体に巻いたタオル一丁で星空を眺める4人の姿があった。


「なにやってんだよお前等!」


 俺は今まさに湯冷めを楽しんでいる狂人4人に怒鳴った。


「星を眺めてるんだよ。

 涼しくて気持ちいいぞー!」


「カイルさんも一緒に如何ですか?」


 イザネと東風さんから能天気な返事が返って来る。

 湯冷めを気にする様子は100%ない。


「湯冷めするから止めろって言ってんだよそれを!」


「湯冷めってなんじゃ?」


 べべ王の返事で俺は確信した。

 やはり、こいつら湯冷めを知らない。


「風呂入った後に体を冷やすと風邪をひくんだよ!」


「その風邪ってなんだ?」


 俺は段の言葉に更なる不安を募らせる。

 まさか”ルルタニアには病気がなかった”とか言い出さないよな?


「病気だよ!病気!

 湯冷めすると病気になるの!

 まさか病気を知らないなんて言わないよな?」


「バカにしてんのかよ?

 俺達は不治の病に侵されたエルフの少女を100年に一度しか咲かない花を探して治した事もあれば、病で衰弱した男を助けるために龍の霊力を手に入れに行った事もあるんだぜ。」


 まてまてまて!

 話しがぶっ飛び過ぎてないかイザネ!


「そういえば、そんなクエストがありましたね。

 でも我々自身が病気になった事はないんですよね。

 危険な胞子の吹き出る森に入った時も、胞子で状態異常にはなりましたが村人達のように体調を崩して病気になる事もありませんでしたし。」


「その胞子だって対策すれば状態異常も防げたしな。」


「懐かしいのぉ。

 あの森のクエストは胞子対策が面倒だったから、多少の状態異常は気にせずクリアしてしまうのがセオリーじゃったな。」


 話を聞く限り、どうやらこいつらはよほど病気に強い体質らしい。


「あーもう、わかったから。

 ほどほどにしとけよ。」


 俺はそう言うと家に戻った。

 このまま話に付き合ってたら夜風に当たってたら、こっちが風邪を引きそうだ。

 それにしても、土台がちゃんとした家でよかった。

 普通の家だったら東風さんが屋根の上に乗っただけで只では済まなかったかもしれない。

「バカは風邪ひかないっていうしな……」


 俺はそう呟いて、一人で布団に潜り込んだ。



         *      *      *



(やっぱ、バカでも風邪をひくんだな……。)


 ベットに寝る四人を眺めて俺は心の中で呟く。


「ゲホッ……お前が話してた風邪って病気はこれかよ。

 で、どうやったらこれ治るんだ?

 なにか特別な薬草とかいるのか?」


「寝てろ。」


 どこかに薬草を取りに行こうと上体起こそうとしたイザネを俺はもう一度寝かせてやる。


「でもよぉ、こうして寝てたって事態は好転しねーんじゃねーか?

 特殊な薬草でも龍の霊力でもいいから、なんか探して来ようぜ。

 これじゃ病気を治すクエストも進まねーだろ?」


「寝てりゃ治るんだよジョーダン!」


「あの、トイレも我慢して寝てなくちゃダメなんですか?」


「トイレの時くらいは起きても大丈夫ですよ。

 でもなるべく病気を治す事だけに体力を集中できるように寝ていて下さい。」


「ララさんもすまんのぅ。

 看病までしてもらって。」


「いえいえ、このくらい気にしなくていいのよお爺ちゃん。

 あとでお粥も持ってきますからね。」


 昨日からララさんにはいろいろと手伝ってもらってばかりで頭が上がらない。

 それにしても、一緒に風呂に入った一般人の女性や女の子も無事なのに、異世界からやってきた召喚者が風邪で全滅してるって、かなり情けない状況ではないだろうか。


 俺がそんな事を考えているとドアがノックされバンカーさんが家のドアから姿をみせる。


「まさか、4人とも風邪にかかっちゃったのかい?」


 家の中を見回しバンカーさんは呆れたような声をあげる。


「四人とも湯冷めの事を知らなかったみたいで、注意はしたんですが……。」


 なんか俺が監督不行き届きで四人に風邪を引かせたみたいな言い方になってしまっているが、俺のせいじゃないよなこの状況は。


「まいったな。

 村長が用があるみたいなんだ、カイル君だけでも行ってきてくれないか。」


「わかりました、ここはお任せしてもよろしいですか?」


「いいわよ任せといて。」


 俺はララさんとバンカーさんにこの場を任せて、村長の家に向かう事にした。



         *      *      *



「まさか四人とも風邪で動けぬとは……」


 俺の話を聞いてブライ村長が頭を抱える。

 確かに俺にとっても頭を抱えたくなる状況ではあるのだが、もしかして村長は至急俺達に頼みたい事でもあったのだろうか?


「実は、また大猿が現れてのぅ。

 早速、召喚ゆ……冒険者様に退治をいらいしようと思ったのだが……。

 こんな事になるのならスライム退治など頼まなければよかった。」


「もしかして、以前の大猿がよく吠えて縄張りを主張してたのって……」


「そうだ。

 今にして思えば他の大猿が近くにいるのを知っていて、自分の縄張りを主張して近づけさせないように警戒しておったという訳だ。

 モンスターの生息地が年々広がっていたのは知っていたが、まさかこの村付近にあんな化け物が何匹も来ておったとは。」


 村長としてはすぐに退治を頼みたいところだったのだろう。

その落胆ぶりが見て取れてしまう。


「ともかく、風邪が治り次第大猿退治に向かうよう四人に伝えておいてくれ。」


 ため息交じりに肩を落とす村長に見送られて俺は村長の家を後にした。



         *      *      *



 俺が家に帰ると既にララさんとバンカーさんの姿はなかった。

 おそらく粥を作りに一度宿へ戻ったのだろう。

 俺は四人に村長の依頼を伝えたが、それに対する四人の返事は意外なものだった。


「そういう事なら、おまえが退治しにいけばいいじゃねーか。」


 事も無げに段が言う。


「おいおい本気で言ってるのかよジョーダン!」


 俺はムキになって言い返そうとしたが、みんな段と同じ意見のようだった。


「大丈夫ですよ。

 今のあなたなら一人でもいけますよ。」


「この世界のスライムのような特殊な能力を持つ敵なら注意は必要じゃろうが、話を聞く限りあの猿にはそれもなさそうじゃしのう。

 問題はなかろう。」


 本気で言っているのか?

 あのデニムをズタズタにした大猿を、俺一人で倒せと本気で言っているのか?

 俺は救いを求めるようにイザネの方を見る。


「あの程度のモンスターなら今のおまえでも楽勝だろ。

 実際にあれと戦った俺が言うんだ、間違いないぜ。」


 どういう根拠かわからないがイザネが俺に太鼓判を押す。


(無茶を言うなよ。)


 俺には全く自信がなかった。

 いや、俺にも勝ち目がない訳じゃない。

 イザネの作った魔導弓とべべ王が作った防御の指輪。

 確証はない。

 例えあの武器と防具がの助けがあったとしても俺が大猿に勝てるかどうかなんてわからないが、勝ち目がない訳でもない。

 確実に勝てる相手としか戦わないというのなら、それは冒険者ではない。

 勇気なくして冒険などできる訳がないのだから。


「しょうがねーな。

 じゃ、俺が行ってくるよ。」


 迷っているおれに痺れを切らせたのか、イザネが額の濡タオルをどかしてベットから体を起こそうとする。


「いいよ。」


 俺はそう言って魔導弓の入ったカバンを掴む。


「信じていいんだよな、これ。」


 俺は魔導弓のカバンと各種防御の指輪をハメた手を差し出した。


「あったり前じゃ。

 誰が作ったと思っとる。」


 べべ王の不満そうな言葉で、俺は最後の迷いを断ち切った。


「わかった、行ってくるよ。」


 俺はそう言うと、水筒と冒険用の道具袋を身に着けて、指輪をした手に手袋を被せた。

 ララさんのところに行って朝食をお願いしてから出発するとしよう。


「しっかりクエストをクリアして、経験値を独り占めにしてこいよ。」


 段の言葉を背に受けながら俺は家の扉を開けた。

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